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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第五章 吸血鬼の国
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第208話 『見た目じゃわからない』




「ハイ、ほーぷコレ」


「え?」


 とある目的のため出発しようとしていたホープは、リザードマンのダリルから何かが入った袋を受け取る。

 中からいい匂いがする。


「れいト、ないとト、約束シテル所二行クンデショ? オ腹ガ空イタ時二食ベテ」


「甘いもの?」


「『はにーちきん』ダヨ。ないとガ持ッテキテクレタ鶏肉ト、蜂蜜ヲ合ワセタ。案外合ウンダ」


「ハニーチキン……ありがとう。行ってくる」


「気ヲツケテネ!」


 美味しそうな食料をくれたダリルは、元気に手を振って見送ってくれた。

 ホープもまた振り返す。廃旅館での戦い以降、割と仲良くなれたようだ。


 ホープの真の目的は――もちろん、ナイトと共に彼の故郷『デュラレギア鬼神国』とやらに向かうこと。

 なのだが、その前に少々やることができた。



◇ ◇ ◇



 約束の人物が森の中に残した目印を頼りに、ホープは迷わず歩いていく。時折スケルトンを排除しながら。

 代わり映えのしないバーク大森林の景色、目印が無ければ『約束の場所』なんて言葉が使えるはずもない。


 数分歩いた先に、



「あーっ! 猫だ! カワイー!!」


「ニャー」



 しゃがみ込んで小動物を愛でる、橙色の巨大ツインテールを携えた仮面の少女。

 とうとう仲直りを果たしたこのレイこそが、件の人物だった。


『落ち着いたらでいいんだけど、あんたに紹介したい人もいるのよ。町から帰って来る途中でね……』


 添い寝をしてくれた夜、確かにそんなことを言っていた。

 ――約束というのは、その人を紹介してもらうこと。できればナイトも合流して、その人とも一緒に『デュラレギア鬼神国』に行ければいいと思っているのだが。


「……レイ」


「わぁっ!? ホ、ホープ……びっくりした」


 妙に人懐っこい痩せた猫の、その頭や顎を撫でるのに夢中だったレイは背後からの声に驚く。

 まさか、とホープは、


()()がおれに会わせたい人?」


 真顔で猫を指差して聞いてみる。違うだろうとは思ったが。


「ぷっ! あははっ……! 急に冗談やめてよ、この子は偶然通りかかっただけ」


「そっか」


「紹介したい人は、ちょっと遅れてるみたいね。近くにはいると思うんだけど」


 冗談を言ったつもりは無いのだが、レイを笑わせることができたのは何だか少し誇らしかった。

 レイが嬉しそうに語っていた人物とは、まだ会えないようだ。残念だったが、まぁそのうち会えるだろう。


 しかし、この森で猫とは珍しい。まだこんな世界でも生き残れるものなのか。今通ったとは言うが、


「の割には仲良しだね」


「人からエサを貰ったりしたことも、あるのかしらね。あたしは何もあげられないけど……ホープもちょっと触らせてもらったら? 癒されるわよ!」


「えぇ、おれは……動物とはあんまり相性が……」


 牛の頭を吹き飛ばした記憶が蘇る。

 あれ以来、不思議なことに動物からも嫌われる人生だ。魔眼の存在に気づくのかもしれない。


 とは言いつつも、動物など『獰猛な野犬』や『巨大な熊』を除けば久しく会っていない。

 試しに近づいて手を伸ばしてみる。


「シャーッ!!」


「うお」


「え、本当にダメなのね……」


 一気に梅干しのように顔をシワクチャにして威嚇した猫に、危うく引っかかれるところだった。

 そのまま猫は茂みの先へ逃げてしまった。


「っていうかホープ、ビビりすぎじゃなかった? その気持ちが猫にもバレるのよ!」


「だってさ……痛いのは嫌だって言ったことあるでしょ?」


「でもそれってみんな嫌よね」


「おれは人一倍なんだ」


 猫ごときに逃げ腰のホープを、小馬鹿にしたような物言いのレイ。


 と、ここでホープは過去、孤独だったのでひたすら本ばかり読んでいた頃の記憶を掘り起こす。

 猫の力をナメてはいけない。


「本気になった猫と人間が真剣勝負したら、人間に勝ち目は無いらしいよ」


「えっ!? 嘘よ!」


「どうかな?」


「も、もし本当だとしたら……すごいけど」


 確証も無い知識をひけらかすホープだが、そこまで疑ってこないレイの純真さに罪悪感を覚えていたところ、


「見た目じゃわかんないのね……ホープみたい!」


「は?」


 予測不可能の流れ弾が飛んできたので、怒っているわけでもないのに素で『は?』とか言ってしまった。

 彼女が言うには、


「ほら、あんたって全然強そうに見えないし……死にたがってるのに。何だかんだで修羅場を切り抜けて、みんなのことを救ってる」


「……救えてないよ」


「本当に、見た目で判断しちゃダメよね」


 ホープの小声の呟きは聞こえなかったのか、無視したのか。それはわからなかった。

 とにかく話題を変えたくて、ホープは気になるところを唐突にツッコむことに。


「あのさ……仮面、取らないの?」


「うぐっ!!」


 レイが、背後から刺されたかのような声を出す。やはり良くないところを突いてしまっただろうか。

 せっかくグループの仲間たちに仮面まで外して『魔導鬼』だと打ち明けたのに、逆戻りしてしまったのだろうか。


「バ、バカ! 仕方ないでしょ! そんな、そんな、いきなり人が変われると思わないでよ! バカね!」


「いや別に責めたわけじゃないから……」


 ぷんすか怒っているレイだが、ホープは責めてもいないし、急かすつもりもない。


「おれは君を尊敬してるよ。レイ。本当に立派だよ」


「っ! こ、この、バカぁ……」


 カミングアウトできただけでも、あり得ないほどの成長なのだから。

 それにこういうデリケートな問題は、段階を踏んでいかないと色々と危険なこともあるだろう、レイの判断は間違っていない。


 ちょっと込み入った話になってしまい、何となく気まずいというか、穏やかというか――静かな時間が流れた。


 ホープには。


 一つ、新たにレイに謝りたいことができていた。



「――君も」


「ん?」


「君もさ、レイ。魔導鬼って種族とか、赤い肌って外見だけで嫌われてたじゃん」


「ええ」


「でも実際グループのみんな……君のことを深く知ってから嫌ってるって人はいないよ」


「……っ!」


「見た目だけで君のことを嫌った奴らは、人生を損してる」


「……あ」



 『損をしてる』と言うべきか……

 『損をした』と言うべきか。

 きっとレイの心には今、強く思い当たっている人物がいるはずだ。



「ホープ、あんたもしかして……」


「…………」


「オースティンの話をしてるの?」



 ホープの記憶にも深く残っている。レイの元彼であるオースティン。

 もはや遠い過去のようだが、本当だと思っていた彼らの愛は、レイの『見た目』によって嘘だと証明されてしまった。


 なぜ急に、ホープが彼の話をするのか?


 それは、



「おれは……おれは、さ。ドラクのことを助けられたんだ。スコッパーの助言で」


「……? え、ええ、ドラクが助かったのは本当にあたしも嬉しかった」


「噛まれた腕を、切り落としたんだ」


「……腕を失うなんて辛いわよね……」



 ホープは嫌われるのに慣れすぎた。

 ここに来て、またレイに嫌われようとしてしまっている。

 まるで彼女を試すかのような、最低な――



「オースティンも腕を噛まれてた。すぐに切り落とせば、助けられたかもしれない」


「っ!!」


「ごめん。その考えに至らなくて」



 生きれば、生きるほど。

 動けば、動くほど。

 虫のように『嫌なこと』は湧いて出てくる。


 ドラクが死なずに済んだのは良かった。

 それと引き換えのように、全く別の過去から『後悔』が現れたのだ。


「あの時はそんな処置を知らなかった――そんな薄っぺらい言い訳で許されていいことだなんて、おれには思えない」


「…………」


「オースティンが死の淵に立たされなければ、レイがすぐに仮面を取ることも無かった……それなら、今みたいに段階を踏んで、少しずつ秘密を打ち明けていくことができたかもしれない……」


「…………」


「考えてみれば、あの方法が可能なら、他にもまだ救えた命がたくさんあるかもしれない……その中でもおれは特に、君とオースティンに謝りたい……本当に……」


「はぁ……何であんたが謝るのよ」


「え?」


 どうやらホープは、自分一人で勝手にドツボにはまっていただけのようだ。

 試すような話をしてしまっただけで、本当にレイを試そうとしたわけではなかったのに……彼女は成長が著しすぎた。


「後悔したって、もう今さらよ。あたしもオースティンも不純な気持ちで付き合ってたのも、変えられない事実なんだし」


「……!」


「あたしと元彼の関係なのに、あんた……どんだけ気にしてくれるのよ! もういいの。あたしは忘れることにしたんだから」


「…………」


「今のあたしにはもう……ホープがいるから。仲間たちがいてくれるから」


「……っ!」


「でも、ありがとねホープ。わざわざこっちの心配までしてくれるなんて」


 声色から、仮面越しの表情は伝わってくるものだ。レイは笑顔だ。

 屈託のない、邪気のない笑顔。


 以前のレイだったら、本音を隠した偽りの笑顔の可能性もあったろう。

 けれど今は違う。ホープも不覚にも成長してしまっているため、強がりではないとわかるのだ。


 ホープは何と返答したらいいかわからなかったので――もう解決したのだから普通に会話を続ければいいものを――黙ってしまった。

 また気まずい雰囲気になりそうだったが、



「よォ、てめェら」


「「うわぁあっ!?」」



 茂みから、奇妙な姿をした何かが突然の登場をしてきたので二人して叫ぶ。

 一瞬スケルトンかと思うほど真っ白な体で、男らしい声。


「やっと見つけたぞ。なんか仲良さそうに話してたみてェだが」


「え……ナイト?」


「他に誰がいる」


 レイが正解した。答えは全身を包帯でグルグル巻きにされた吸血鬼、ナイトだった。

 隙間から銀髪が多少覗く程度で、イケメンも形無しだ。もはやミイラ男にしか見えない。


「これこそ『見た目じゃわからない』ってやつね!」


「ぷっ」


「てめェら笑いすぎだ……エムナス・ファトマにこっぴどくやられたんだ、仕方ねェだろ」


 指差して笑うレイに、ついホープも噴き出してしまった。

 まぁエムナスが来たのはホープのせいなので、笑う資格など無いのだが……ナイトなら許してくれるはずだ。彼だから笑った。


 その時。楽しい雰囲気は、



「ッ」



 低く腰を落としたナイトが刀を抜くことで、一変した。

 ホープはマチェテに。レイも杖に手をかける。



「――囲まれてんなァ、俺たち」



 囲まれてる、ということは複数人。

 そして密かに囲むなんて行為は、気持ちの良い理由で行われることは少ない。


 ホープもレイも全く気配に気づくことができなかった。とんでもない精度の隠密行動。


 面倒なことになりそうだった――



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