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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第19話 『お喋り魔神』



「話を……?」


 話をしよう。

 フェンスの向こう側、ドラクと名乗った細身で饒舌な男は、確かにホープにそう告げた。


「そうなんだよ話をしたいんだ……待て待て、オレらを疑うなよ。『話をする』ってのに、それ以上の意味はねぇぞ? 言葉以上でも以下でもねぇ」


 抱いてもいない疑惑の自己弁護を、さもホープに問われたかのように延々と喋るドラク。少し面倒くさそうな男だ。


 ――上はタンクトップに下はニッカーボッカーズと動きやすそうな服装をしている彼は、臙脂色の頭髪をツンツンと跳ね上げたような髪型をしていて、それをゴーグルのような物で軽く纏めている。

 ドラクはホープの目線に気づいて額のゴーグルを触り、


「お、こいつが気になったか? 兄ちゃんお目が高いねぇ。実はこれは領域アルファの科学力を結集した、世界最高峰の――」


「嘘。ただのアクセサリー」


「ジルてめぇ! オレらと青髪くんは初対面なんだぜ? 『すげぇ人』って第一印象を魂に刻みこもうって時に……これじゃオレの第一印象『詐欺師』じゃねぇか」


「嘘つきは、嘘つき。さっき私のこと、身長と器が小さいって紹介した……その罰」


「あ、クッソ、完全にしくじった。お前の性格の悪さ忘れてた……身長も器も小せぇどころか、心まで狭いときてやがる。ま、所詮お前の大きいとこは胸と態度――あだっ!?」


 ドラクのペテンを簡単に暴露し、さらには彼の肩をグーで殴ったのはジルと呼ばれた女。


 ――身長150センチ前後の彼女はダボダボの黒いパーカーを一枚着ていて、付属したフードを浅く被っている。

 フードの奥には縦に一本紫色のメッシュが入った、短めの黒髪を覗かせている。ショートボブ、という髪型だったか。


「……み、みっともねぇとこ見せちまったかな? 悪ぃな青髪、このジルって女は内気でさ、感情表現が下手糞なんだ。初対面のお前の前だから緊張してんだろうよ」


 ドラクはジルを手で示して、懲りずに意地悪な紹介を続ける。常にジト目を崩さないジルは、もはや完全無視。

 ――しかしホープには彼女が内気だとは、とても信じられなかった。


「あの……内気って、どこが?」


 彼女から、否、彼女の身体から目を逸らし、それでも疑問は口に出す。

 具体的に指摘することは、ホープにはハードルが高い行為だった。恐らくこれだけでも、自分の頬は赤くなってしまっていることだろう。


 ジルはファスナー付きのパーカーを着ているが、そのファスナーはかなり下まで下ろされている。

 彼女の豊満な胸が作り出す谷間が、向かい合っているだけで視界にちらちら入ってくる。


 ジルのパーカーはダボダボだが、もちろんそれが覆っているのは足の付け根の辺りまで。

 パーカーより下、つまり太腿から下には地肌を隠す衣服など無く、足元にスニーカーを履いているだけ――彼女の白い脚線美は、大胆に露出されているのだ。


 ――挙動不審のホープを見て何を思ったのかジルはほとんど萌え袖状態になっている掌をホープに向け、


「別に、気にしなくていい」


「え? な、何を?」


 無表情のジルが突然言ったのがどの部分のことなのかよくわからず、ホープは狼狽えながら聞き返すが、


「私が、内気ってところ。それ、ドラクの勝手な評価」


「あ……そうなんだ。じゃあ結論、ドラクの言葉はあんまり信じない方がいいってこと?」


「ん」


 まだ会って間もないのに、特にジルとは今初めて言葉を交わしたのに、彼女と意気投合できたような気がした。ホープは何だかちょっぴり嬉しくなる。

 ジト目で無表情ではあるが、顔は可愛い。そんな美少女が自分の質問に頷いてくれたから。まぁそれだけのことなのだが。


 ちなみに『ん』というのは決して喘ぎ声とかではなく、『うん』という肯定の言葉をさらに省略したものっぽい。面倒臭がりなのだろうか。


「おいお前ら、オレ抜きでオレへの接し方を決定してんじゃねぇ! オレだってやるときゃやるんだ、泣くぞマジで――あと、そろそろ鬱陶しいから名前だけでも教えてくれよ青髪」


「あぁそうだった、ごめん。おれはホープ」


「へぇー、ホープか。変な名前してんなぁ、なはは。喋り方もなんか変だしお似合いの名前だけどな」


 ついこの間にレイから『いい名前』と言われたばかりだから、『変な名前』というのは新鮮な評価。

 しかし、


「喋り方……」


 名前どうこうより、まさか喋り方をここまでストレートに批判されるとは思わなくて、絶句するホープ。

 ――かなり恥ずかしい。誰もいなかったら、その場に膝から崩れ落ちたいくらいだ。


「いでっ! おま、今日ちょっと暴力的じゃねぇ……?」


 きっとホープのそのショックが顔に出てしまっていたのだろう、見かねたジルはまたしてもドラクの肩を殴り、


「私も、ホープもだけど……特にドラク。他人の喋り方、批判できない」


「はぁ? オレにだって批判する権利くらいはあんだろ、オレの喋り方のどこが変だ、変か!? ……はい、変ですよねすいません。ホープさんすいません!」


 苦言を呈されたドラクは、腕を忙しなく振り回しながら思うままくっちゃべってその場に膝から崩れ落ちる。直後にホープに頭を下げてくる。

 自分に投げた問いを即座に自分が答えるという、お手本のような自己完結。


 ホープは自分の喋り方が変で、人が聞くとウザがるだろうとは自覚している。

 が、フェンス越しのドラクも大概である。ジルの言う通りだ。


 ところで、


「……君たちは、その、どうしてここに?」


「あー! まーた本題からズレまくってた、やっぱりジルのせいじゃねぇか。話が脱線する時、オレの横には常にジルがいるぞ」


「それって常にドラクもいるってこと……じゃ……ないかなあ……?」


 よく話が脱線するケースだったり、はたまた、晴れていたのに突然雨が降り出すことが多発するケースだったり。

 『そういう時はいつもあの人がいるんだ!』なんて言う人物は、まず間違いなく自分だっていつもその場にいるのだ。それを忘れている。


 ――あれ? おかしい。もともと口下手なホープの舌が、いつも以上に回らなくなってきた。


「私もそう思う。ホープ、賢いね。ドラクと大違い」


「ジルお前、なに勝手に味方作ってんだよ……そんなに意気投合されたら、オレ一人ぼっちになっちゃうよ?」


 犯人扱いされたジルは相変わらずのジト目でドラクを睨んでいて(?)、ドラクはそれに傷付いているが、ホープの目にも脱線の犯人はドラクにしか見えない。


「お前いつもは一人でいるくせに、ほぼオレぐらいしか話し相手いないくせに、どうして今だけは違うんだよ? 演技か? いつものは内気な演技か?」


「演技――じゃない。彼とは、気が合いそうなだけ」


「だからホープとはさっき会ったばっかだろ、何だそりゃ。まだ『ドラクへの悪口を共有できます』って部分しか共通してねぇのに、それだけでもうお友達ってか。マジ性格悪っ、怖っ」


 今だって、もう既にドラク主導で脱線が始まっているし。


 ホープは彼らの目的を再度聞こうとして、





「……どうしてっ! ここに来たんだよ……!?」





 ――なぜ、だろう。



 今、ホープは網状のフェンスに力強くしがみつき、まるでドラクとジルを威嚇するかのように声を震わせていた。



 恐らく、青筋が見えるくらいに眉間に皺を寄せている。

 しかも瞳は潤んでいて、今にも涙が出そうだ。



 感情が死んでいるはずのホープの顔は、いつの間にこんなことになっていた?



 こんなにも、ぐしゃぐしゃになっていた?



 もしかして――ホープがエドワーズ作業場において味わってきた、度重なる苦痛だろうか。

 心身ともに、耐えていることを隠すのが限界に来てしまったのだろうか。



 なんて、脆い自分だ。



 ドラクとジルにとっても突然のことだったろう、二人とも顔を強張らせた。

 そして一歩、先程とは打って変わって真剣な表情で歩み寄ってきたドラクが、その唇を舌で湿らせ、


「……気づいてなかったわけじゃねぇけど、ホープお前、体が包帯だらけだよな。さっき苦しそうに運ばれてたしな」


「見て、たんだ……」


「まぁな」


 鞭で背中を叩かれた後、監獄に運ばれたあの時をドラクたちは見ていたらしい。

 彼らはどこまで知っているのか。


「悪ぃことしたな。さっきまでは場を和ませようと喋りまくってたんだが、さすがに喋りすぎた。配慮が足らなすぎたよ」


「あっ、いや、そ、そういうわけじゃ……」


「――ここ、辛いんだろ? オレにはわかんねぇけど、オレらの仲間が一人、お前と同じようにその辛さを味わってるとこなんだ」


「君たちの仲間が……ここに……?」


「そうだ」


 真剣な表情を全く崩すことなく、瞑目して腕を組むドラク。

 先程までとのギャップに、ホープは圧倒されかける。


 ドラクは閉じた瞼をゆっくり上げてから、片方の手をフェンスに押し付け、顔をフェンス越しのホープとぶつかるくらいまで近づけて、言う。



「ホープ、お前を助けてやる。その代わり、オレたちに協力しろ――その話をしに来たんだ」



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