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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第五章 吸血鬼の国
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幕間    『亡霊』

…別作品、完結させてきました。

もう二度と…安易な見切り発車で別作品を始めたりしないと、誓います…








 夜の帳が下りたバーク大森林。不思議とざわめきも無い夜だ。

 そんな静かな暗闇を切り裂く、焚き火の炎を――三人の若い男が囲っていた。


「ふぅ、今日は骨野郎どもに会わなかったな。珍しい」


「この辺にはいねぇみたいで助かるな」


「肉焼いて食いてぇ……もうないのか?」


「一ヶ月前ので全部だよ」


「全部ったって、ほんのちょっとだろ……また缶詰生活かぁ。トホホ」


「贅沢言うなよ今さら。しかし、骨野郎だけじゃなく動物も見つからないのは困った」


 生存者たちは、火の音に掻き消されない程度の小声で会話している。

 そろそろ火を消して寝ようか。そんな雰囲気になってきたところで、一人がちょっとした小ネタを思い出したようで、



「そういえばこの辺の地域って――世界が骨に支配される前に、噂話があったな」


「え?」



 バーク大森林の中も一面が木々に覆われているとはいえ、街の近くとか、目立つ建物があるとか、何となく『地域』という概念はある。

 いや――以前はあった、と言うべきか。


「何だよ。こんな森で噂って。バケモノでも現れるってか?」


「熊とか?」


「まぁ似たようなもんでさ……」


「はぁ?」


 他二人は冗談半分で言ったのに。軽めに肯定されると苦笑が出てしまう。


「知らないか? 『十三人の傭兵団』って」


「聞いたことないな」


「だっせぇネーミング! お前が今付けたんじゃねぇの?」


 最後の言葉に「違うわ」とツッコミが入り、三人揃ってひとしきり笑ってから、その傭兵団についての内容に入る。


「要は殺し屋集団って感じで、人から依頼を受けて、誰にも気づかれずターゲットを殺す……そんで金を貰って生活してる奴らがいたらしい」


「こ、怖ぇな」


「この辺にアジトがあるんじゃないか、とか聞いた気がすんだよなぁ」


「でもそれ……どうせ何年も前の話だろ? 少なくとも一年以上前」


「そうそう」


 スケルトンパニックが起こって一年。

 常に殺戮が蔓延っているこの世界で、殺し屋稼業など成立するわけがないのだ。


「と思うじゃん?」


 噂話の語り手はオバケの真似事のように両手をヒラヒラ動かし、


「その組織の奴ら……スケルトンによって壊滅してもまだ殺しの味が忘れられなくて……亡霊になった今でも、生存者を呪い殺してるらしいぞぉぉぉ」


「ぎゃー! って言うとでも?」


「くっだらねぇ」


 もちろん、こんな世界の状況で、そんな噂話が広まるはずもなく。

 けっきょくはバカ話で終わってしまった。

 本当に火を消して寝ようと三人は――



「ん?」



 今、何か、風を切るような音が聞こえた。

 すると一人が倒れる。

 二人は反応できなかった。


「おいどうした? 俺の話が怖すぎてぶっ倒れちまったか?」


 火を消してしまったので暗くてよく見えないが、倒れた男の体を揺する。

 反応が無い。


「冗談やめろよお前……」


 強く揺すり、倒れた男の顔がこちらを向く。月明かりが照らすのは、



「あぁ、うあぁぁっ!?」



 彼の眉間に突き刺さる、鋭い鎌。

 ドクドクと流れ出る鮮血。冗談などではないことが、今ハッキリとわかった。


 あくまでも一年と少しを生き延び、ある程度の生存本能が研ぎ澄まされている男たちが全く反応できなかった。

 男が倒れてようやく気づいたのだ。


 それに、


「な、何だよ! どっから……」


「どこだ!? どこにいる!」


 仲間が死んでしまった悲しみを抱えながらも、武器を構えて立ち上がる。

 ――なのに、どうすればいいのかわからない。


 音が無い。


 気配が無い。


 意味が無い。


 木々のざわめき、茂みの揺れる音……それどころか空気の揺らぐ感覚すら無い。

 まるで夜の闇に襲われているようだった。


 どこに何が……誰がいるのか、全く掴むことができない。

 なぜ自分たちが狙われているのか、意味がわからない。

 明らかにスケルトンや動物ではないこと、わかるのはそれだけだ。


 二人を包むこの暗闇が。

 何も教えてくれない木々が。

 このバーク大森林全体が、自分たちの敵に回ったような気分だった。


「ッ!?」


 また風を切る音。

 暗くてわからないが、視界を何か鋭いものが横切った気がした。


 狙われている。

 どこに誰がいるのかこちらは全くわからないというのに、相手は未だに自分たちの命を狙ってきているのだ。


 そして遂に、


「あぁがっ!!」


 一人の太腿に鎌が突き刺さった。

 常識の埒外から攻撃されたような謎の感覚は、熱を帯びて一気に苦痛へと様変わりする。


「ぐぅ……うう!!」


「大丈夫か!?」


「来るな! おまえ……逃げろっ!」


 ガクリと膝をつく男は、もう自分が歩けず逃げられないことを悟る。

 とにかくもう一人の仲間を、この一方的に殺されるしかない『狩り場』のような胸糞悪い場所から、遠ざけようと思った。


 もう一人の男は泣きそうになりながらも、走り出すために踵を返して――


「ゔ」


 正面を、黒い服の人間が横切る。

 片膝をついた男からは仲間の背中しか見えないのでわけがわからなかったが、


「……っ」


 ドサリ、と仲間は両膝をついてから横倒れてしまった。

 よく見えないが喉にナイフが刺さっているようだ。


「……なん……だよ……」


 悔しい。

 仲間を二人、何もできずに失ってしまったことはもちろん悔しい。


 だが、何よりも――――


「あっ……あぁ……?」


 後ろから引っ張られる。引っ張ってくるのは一人ではない。二人か、いや三人かもしれない。

 黒い服の腕たちが、後ろから自分の胸や腹に回っているのが見える。


 引っ張られた男は大きな木の幹に背中をつけるような形にされ、


「がっ」


 後ろから、鎌で首を掻っ切られた。

 喉から垂れる自分の血が、鎖骨を、胸を、腹を、足元まで伝わっていくのがわかった。


 けれどもやっぱり一番に悔しいのは、




(な、に……?)




 殺されても、なお。


 相手の人数も正体も、自分たちが殺されなければならない理由も、自分たちの死因すらも、よくわかっていない――何もわからない。


 何も、全くわからない。


 ただそんな思いだけが脳内を駆け巡っていた。

 死ぬまで。



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