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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第五章 吸血鬼の国
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第206話 『変化』



 今――ホープたちに拠点は無い。


 では滅茶苦茶になってしまった廃旅館を放棄して、それから数日をどう過ごしているのか?

 ――もちろん、森を彷徨うだけだ。


「…………」

「…………」


 グループの生存者の人数がかなり減ったため、物資については少し余裕が出た。

 だが、やはり食料も水分も毎日全員必要であるし、マメな物資調達は避けられない。


「……ほら見ろ。あそこだ」


「……倉庫?」


「まあ、小せえがな」


 だから今、ホープとニックは事前に見つけていた小さな倉庫のような建物へ足を運んでいるのだ。

 他の仲間たちは離れた所にいて、キャンピングカーと、あと何日か前に見つけた乗用車の中で休んでいる。

 仲間といえば、


「……ああ、さっきの話だが」


「……うん」


「正体不明の『カラス』とやらに、ホープ、てめえは喧嘩を売ったよな」


「先に売ったのは向こうだと思うけどね」


「……だが余計に挑発するようなことをした。敵の規模も、明確な目的もわからねえのにだ――てめえはグループを危険に晒してる」


「…………」


「わかってんな?」


「わかってる、つもりだよ」


 倉庫に近づき、ニックはドアを何度も叩いてみる。

 わざと音を出して、中にスケルトンがいないかの確認である。


「何もいねえようだが……」


「ちょっと見てくるよ。おれが戻るまでここで待ってて」


「あ? ……おう」


 有無を言わさずホープは侵入。鍵は開いていた。


(いやに積極的だな……?)


 廃旅館での様々な事件から、またしてもホープ・トーレスは様子が変わった。


 何でもかんでも自分が、自分が、と首を突っ込むというか、仲間を控えさせて自分ばかり危険な行動に出る傾向がある。

 以前のように単独行動して行方をくらますことは無くなったので、まぁマシなのかもしれないが。


 ――待ち始めて数秒、中から『ガシャン』と音がする。割と大きな音だ。



(何だオイ? 大丈夫だろうな……)



 ドアノブに手をかける。

 だがホープの言葉を思い、動きが止まる。『ここで待ってて』と言われた。

 額に軽く汗が滲む。もう何も聞こえないが、もしかすると中で戦闘になっているのだろうか。

 そして、


 ドン、ドンッ。


「!」


 中からドアが叩かれる。驚いたニックは距離を取りコンバットナイフを抜く。

 今、ドアを隔ててそこにいるのは、誰だ。


 と思ったら開き、



「もう安全だよ」



 出てきたのは普通にホープだった。


「大丈夫かよ」


「……うん、まぁ」


「……すまねえな。助けに行かなくて」


「いや、でも……おれを信じてくれたの?」


「信じてえと思った。だがダメだな、さすがに物音がしたらすぐに飛び込むべきだった」


「そんなに考えてくれるとは……おれももっと気を使うべきだった」


 ホープは少し反省をした。

 まだニックのことを『暴君』のように見ている癖が残っており、雑に扱ってしまうことが多い。

 彼は、割と仲間のことを考えてくれる。普通の人として扱うべきなのだ。


 安易に『待ってて』とか言うと、それが足枷になってしまったり、逆に気を使わせてしまうこともある。

 普通の人が相手なのだから。


「怪我は()えか? スケルトンがいたんだろ?」


「あぁ、そうだよ、スケルトンだ……」


「…………」


「――バケツにつまずいた」


「なんだよ」


 なぜスケルトンと戦ったなどと、ちょっと強がって嘘をついたのかは、ホープは自分でもわからない。

 ニックは呆れながらも、少しだけ笑っていたように見えた。



◇ ◇ ◇



 物資調達から戻ったホープが、荷物を置くためにキャンピングカーへ入る。

 と、


「待ってましたよ〜〜〜〜ホープ〜!!」


「えっ?」


 入った瞬間、赤ら顔のメロンが腕を首に回してきて、捕まってしまった。

 もう片方の手には酒瓶を持っている。


「あ……ホープ、無茶しないでね……」


 メロンの後ろから、相変わらず道化師っぽい仮面を付けたレイが申し訳なさそうに言ってきた。何だ。これから何が起きるというのだろうか。


「ちょっと待って……この中にみんないると思ったんだけど……男は?」


「男はみんな別のとこ行っちゃいました〜! 安心してくださいよ〜ここにはホープの好きな女たちしかいませんよ〜!」


「いや女好きみたいに扱わないで……でも全員じゃないみたいだけど……」


「あ〜もうメンタルやられちゃってる組にも出ていってもらいました〜!」


「……!」


 正直、女性の中にも何人かメンタルが心配な人がいたのだが……追い払ってしまって大丈夫なのだろうか?

 いや、こんな騒がしい酔っ払いと同じ空間にいるよりは良いだろうか……


「っていうか、メロン。何で飲んでるの?」


「いやいや〜それ聞いちゃいます〜!? 聞いちゃうんですねそれを〜!?」


「もう聞きたくなくなってきた……」


「ですからね〜!? シュガアっていうオジサンの話しましたっけ〜!?」


「えっと、忘れた……しゅがー? って何か甘そうな名前の人だね」


「シュガアとお酒を飲んだわけですよ〜! 初めて飲んだわけですよ〜! そしたらも〜、ハマっちゃっても〜!」


「法律……」


「は〜!? 知りませんよそんなの〜! こんな状況で、んなもん守ってられるかってんですよ〜!」


 まぁスケルトンだの狂人だのが徘徊し人間を食らい、常に死と隣り合わせのこの世界で、法律を守れとか言えないし言われたくもないが。


 すると運転席のコールが、


「あー、なんかねー、メロンの奴ー、ホープが色白だからってさー、酒飲ましたらどんだけ赤くなんだろーって、実験するつもりみたいだよー」


「えぇっ?」


 要するにホープが今のメロンと同じように真っ赤になるまで、飲ませまくろうというわけか。恐ろしい事態だ。


 ――ちょっとだけ振り向いたコールは微笑んでいるものの、目元は、前よりもクマがすごい。

 今は昼間なのに寝ていないところからも――症状が進行し、完全な不眠症が出来上がったことがわかる。


「っていうか〜コールも起きてんですから飲めばいいのに〜! ノリが悪いんですから〜も〜!」


「いや……いいよー……アタシ今ー、飲みたいって気分にもならんから、さー……」


「落ち込んでる時こそ飲むんですよ〜!」


「いいってー……アンタらで楽しんでー……」


 落ち込んでいる。というか、病んでいる。

 メロンが言った通りだ。不眠症が完成してしまった理由もそれだろう。


「あ、あの……ドラクさんの、こと……ですよね……えと、えっと、その件は……」


「あー、あんがとねードミニク……でも、あんま言わないで……」


「ご、ごめっ、あっ、ごめんなさっ……」


 助手席の黒人女性ドミニクも励まそうとしたが、真顔で俯いたコールに断られてしまって空回り。


 ドラクの腕のこと……そして、いつもこのキャンピングカーで一緒にいたカーラのこと。

 コールは今グループで一番落ち込んでいるのかもしれない。

 色々失ってしまったのだから、彼女が落ち込むのも仕方がない。





「…………」





 ……気持ちはわかるが、ホープはコールのことを怪訝な目で見つめてしまっていた。


「さっ、暗い話してもしょうがないですから飲みましょ飲みましょ〜!」


「うわっ……」


 メロンに引っ張られてテーブル席に並んで座ることになる。


「むう」


 そこへ、ちょっと怒った様子のレイが挟むようにホープの隣へ座ってくる。

 ちょっとメロンとベタベタしすぎだろうか。いや、あっちから詰めてくるのだからどうしようもないが。


「あれ〜? ホープったら〜まだ一口もいってないのに赤くなってません〜? あれあれ〜、もしかして私の豊満で大きくて柔らかくて魅力的な『胸』が密着してるからドキドキしちゃってますか〜?」


「え、まぁ密着はしてるけど胸は……」


「おい。それ以上言うと酒瓶で殴りますよ〜? ホープがぶん殴ったどっかの赤髪と同じ目に遭いますよ〜?」


「じゃあ今度、誰もいないとこで」


「ぷははは〜! 冗談キツいですってホープ〜!」


 仲間とはいえ……メロンならば罪悪感ナシで簡単にホープを殺してくれそうだなと、今思った。


 そういえば酒瓶でエンを殴った。あれ以来、彼とは全く口をきいていない。

 いつか背後から殺してくれるのではないかと期待したいところだが、これまでの期待は全て裏切られてきたのであまり気は乗らない。どうなのだろうか。


「ホープ」


 きゅっ、と手を握られる。

 メロンと反対側に座っている、レイの手だった。とても温かい。とても落ち着く声。


 気づくと、メロンが笑いながらもコップにドバドバと酒を注いでおり、


「さぁ飲め〜!! ちょっと強めの酒ですけど頑張って〜!」


「うぉ! ごぼぼぼ!?」


 種類もよくわからないが『強め』らしい酒を、ホープの口に無理やり流し込む。

 コップ一杯飲まされた。


「うえ……不味い……」


「舌が子供なんですから〜まったくも〜しょうがないですね〜!」


 味もそうだが、普通のお茶だとかジュースを飲んだ時とは明らかに違う。

 言い表すならば『アルコールが体内に入ってきた』というような感覚だった。

 このまま飲み続けたら、すぐに気持ち悪くなってしまいそうだ。


「あ、ホープ耳赤くなってきたわよ! ちょっと強めのお酒らしいけど……気分はどう? 大丈夫?」


「え、耳が? 気分は……そうだな、ちょっと頭がフワフワしてきたような……」


「もう回ってきてるみたいね」


「たったこんだけでですか〜!? 予想通り、やっぱホープ弱かったですね〜!」


 レイが心配してくれたおかげで気づけたが、フワフワするというか、ボーッとしてきた。

 まだ気を張っているから何とも思わないが……この感覚に身を委ねた時、『気持ちいい』という感想が出るのだろうか。


「んー、顔もちょっと赤くなってきたんじゃねー? 目もとろんとしてきたかなー」


「あ、あまり無理はせず……」


 メロンとレイに挟まれ、コールとドミニクに見守られながらも、


「いや〜まだまだ甘いですね〜こんなもんじゃ許しませんよ〜! ほれ飲め飲め〜! 私の酒が飲めないんですか〜!?」


「がぼぼぼ」


 二杯、三杯、四杯、五杯……結局は酒瓶が一本、空になってしまった。

 しかし、



「気持ち悪い……もう無理……」


「……あんまり最初と変わりませんね〜。つくづく面白味のない人ですね〜ホープ」



 ちょっと吐き気を催す程度の変化。顔の赤さも一杯目から変わらない。

 実験結果――ホープは割と、酒に強かった。



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