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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第四章 障害に次ぐ障害
222/239

第205話 『添い寝する!』

第四章、最後のエピソードです。四章の最初の回の真相も明かされます。


※入れようと思ってた会話セリフを思い出して、後半に少し追加しました…















 ホープは焚き火のある所まで戻って来るが、周囲を見渡しても目的の人物はいない。

 みんな、疲れ切って寝ているだけだ。


 もう少し探してみようか、と振り返った時。

 妙に気になる木を発見する。何と言うか……もしも自分だったらこの辺りに隠れたくなるような。


 試しに覗き込んでみると、


「誰……えっ」


「…………」


 目的の人物――レイ・シャーロットが膝を抱えて座っていた。

 即座に反応した彼女のパールホワイトの瞳と、目が合った。そう、彼女は仮面を外しているのだ。


 未だに『信じられない』とでも言いたげにホープを見つめているレイだが、


「……さっきは驚いたよ」


「えっ?」


「まさか、君が自分から『魔導鬼』だって、みんなの前で話すなんて……」


 純粋に驚きと喜びを口にするホープに、若干だが照れているような表情をする。


 実は――ホープが『破壊の魔眼』についての説明を終え、誰もがそれを飲み込むための静寂に入ろうかと思ってた矢先に、


『あ、あたしも……みんなに言わなきゃいけないことがあるのっ! 疲れてると思うけど……聞いてくれる?』


 レイが、ホープに続くように告白。

 知っている仲間もいたが、改めて自分が『魔導鬼』であることを公にしたのだった。


 みんなの前で仮面まで外して、そのまま経緯を話していたのだ。


 初めて知った仲間たちはもちろん驚いていたが、全員静かにレイの話を聞くばかりで、追及したり責めたりする者はいなかった。


 でも、ホープは――



「正直……無理だと思ってた。おれは、どうやら君を信じてなかったみたいだ」


「…………」



 それは――二人の関係が崩れたあの時、ホープがレイを激昂させてしまった大きな要素だった。

 ホープの『約束破りの自殺願望』もさることながら、『レイを信じなかったこと』も本当に大きな問題だ。


 だが、レイは静かに頷く。


「……バカね」


「え?」


「……前のあたしじゃ、無理だったと思う。あんた以外ではドラクに言うのが精一杯だったし」


「……!」


「あんたと離れて()()()()()、荒んで、襲ってきたポーラを殺して、シュガアからアドバイス貰って……それでようやく話す気になったんだから。あんたは、間違ってない」


 レイにもレイの人生がある。ホープとはまた違う経験を、彼女も日々積んでいるのだ。

 ホープと距離を置いてからも紆余曲折があり、それでやっと『勇気』が出たのだと彼女は言う。


「間違ってたのは……あたしの方」


「……!」


「あ、あんたがその……『死にたい』って思ってること……あれって、常に……そうなのよね?」


「うん」


 とても聞きづらそうに聞いてくるレイに、ホープは敢えて即答する。

 彼女は一瞬驚いたようだったが、


「常に死にたいのに、どうして、あんたはこんなに頑張ってみんなを助けられるの?」


「……え? いや……頑張っては……」


「どう見ても頑張ってるじゃない!!」


「うぉ……」


「……それが答えだったのよ」


 彼女が何を言いたいのかホープはよくわからずにいたが、お構いなしにレイは続ける。



「バカみたいな『約束』なんかにこだわったあたしは……ホープから貰った優しさも愛も、全部、嘘だったのかと思ったの」


「ッ!」


「でも違う。廃旅館での活躍もザッと聞いたけど……嘘でここまでできるわけ、ないわ」


「レイ……」


「ごめんなさい、ホープ。あたし、あんたに依存するばっかりで、あんたの気持ちなんて全然考えてなかったの……気づくのが遅すぎるわよね」


「っ、そんなことない!」



 ホープがダブルスタンダードで生きているなんてアホみたいな話、ホープ自身ですら気づくまで時間がかかった。

 確か作業場でドラクに説教されて初めてわかったのだ。『自殺願望』と『優しさ』が、自分の中で両立しているのだと。


 誰からも教えられずに理解してくれたレイは、なんて健気で、賢く、強いのだろう。

 どれだけホープのことを想ってくれているのだろう。自分は幸せ者だ。


「最初からずっと……悪いのはおれだ。おれはクソみたいな人間で、君はただの振り回された被害者だ」


「っ!」


「君がどんなに理解してくれても……おれは変わってない。変われない。これからも……もう一生、変われないのかもしれない」


「…………」


「おれのことを理解すればするほど、同時に失望もすると思う。どこまで行ってもおれは自分優先ってことなんだから」


 どれだけ仲間の命を救っても、現実逃避する仲間を説教して連れ戻しても、敵を殲滅しても。

 結局のところ、ホープは自殺願望を持つ者という事実は永遠に揺るがない。


「ジルにもさっきバレたけど……悲しそうだった」


「!」


 ホープとは仲良くなればなるほど、無駄だ。


 いつの間にか知らない所で死んでいるかもしれないホープと付き合って、もしホープのことが好きならダメージを受けるのは仲良くしようとしたその人だけだ。


 ホープにとっては『その人が生き延びること』が本望であり、また、『自分が死ぬこと』も紛れもない本望なのだから。


「ねぇ、ホープ……」


「ん?」


「ホープってさ……」


 レイは、また言いづらそうにしている。

 どんな攻めた内容を聞いてくるのか、とホープはほんの少し身構えて、



「ジ、ジルのこと好きなの!?」


「は?」



 気の抜けた質問に、ホープも肩の力が抜けてしまった。だがレイはパールホワイトの瞳をうるうるさせて、真剣そうだ。


「いや、まぁ、好きだけど……?」


「ッ!!!!」


「何その反応……」


 ホープが当然のように答えた瞬間、レイはホープの『自殺願望』を初めて聞いた時よりも(?)絶望の表情になった。


「あ、あっ……あたしよりも好き!?」


「はぁ?」


「スタイル良いから!? おっぱい大きいから!? 美脚だから!? 肌白くてツヤツヤだから!? パーカーダボダボだから!? やる気無さそうでフランクだから!? 静かだから!? あたしみたいに情緒不安定じゃないから!?」


 とうとう涙まで流し始めたレイは、ホープの体をポカポカと叩きながらわけのわからないことを言いまくる。


 この流れ、何?

 ひょっとしてレイまで『序列』の話してる??


 混乱するホープは、そんな彼女をただ見つめることしかできない。


「おっ……男なんてどうせ、みんな、おっぱい大きい方が好きなんだ!! ホープもそうなんでしょ!」


「うん」


「ああああ……っ!!!」


 あまりに真剣な顔でレイが聞いてくるのでホープも真剣に思いを伝えると、彼女は死ぬほど落ち込んだ。

 この答えはマズかったのだろうか。


「あのさ……レイ?」


「あ、あたしなんてどうせ……あたしなんてどうせ誰からも愛されな……ブツブツ……」


「レイ?」


「……何よ……」


 何やらブツブツと言い始めたレイに、ホープは自分でわかる思いの最上級を伝えたかった。



「どうやらおれは……君を失うと、正気を保てなくなるみたいなんだ」


「えっ……!?」



 これはホープの気持ちであるとか、推測ではない。既に起きたこと。事実だった。



「君と喧嘩してさ、離れて……一時期は快楽殺人鬼みたいになってたんだよ」


「……今でもそうじゃない?」


「……そうかも。いや違う! 殺人を楽しむなんてイカレてるよ! 今のおれは、確かに悪党を処刑したりしてるけど……楽しいなんてことは、絶対にないから」



 熊にプレストンを食わせたり、エムナス・ファトマをチェーンソーで八つ裂きにしたり。


 酷いところばかりレイや仲間たちに見られているが、あれらは楽しんでやっているわけではない。

 気分爽快ではないと言えば嘘になるが、やられた分の怒りを返しているだけだ。


「君を失ったらおれは……っていうかさ! ジルのこと言うならさ! レイだって、ナイトと森でイチャイチャしてたって噂だけど!?」


「はぁ!?」


「ホムラも言ってたし、メロンも何か色々言ってたよさっき!」


「……あぁ、そういうことね……」


 一人で納得しているレイに、どういうことなのかと追撃を入れるか迷う。

 別に? ホープは気にしていたわけではないが? レイが先におかしな文句を言ってきたのだから? まぁ聞いてみようかなと思っただけだが?


「ほら、さっきあんたが『破壊の魔眼』の話をした時……唐突にナイトが何か言ってきたでしょ?」


「ん? あ、そういえば……」


 話し始めてすぐにナイトが、そしてニックが反応していたこと。



『あァ……てめェ、本当に隠し事してたのかよ。俺ァ、ホープが隠してることを探れってニックに命令されて、拒否したんだぜ?』


『そういうことだ。そこのポンコツ吸血鬼のせいで、ホープ、てめえが自発的に喋らなければ永遠にお蔵入りだったわけだ……エムナス・ファトマに感謝するか』


『『『それは無い!!』』』



 あまりにもつまらない冗談に総ツッコミを入れられたニックだったが、さすがに彼は鋭いのだなとホープも感心していた一幕。


 レイによるとあの話には続き――もとい、秘められた過去があるようで……



◇ ◇ ◇



「あと、そうだ。あんたが廃旅館に戻りたくない理由って、()()も含むんじゃないの?」


 雨の中でレイは、静かに「消えろ」と言ってきたナイトに向かって歩いていく。

 そして、


「…………あァ?」


 半裸のナイトを、後ろから強く抱きしめるレイ。

 続くのは沈黙。密着する二人の体が雨を静かに弾くだけ。


 と思われたが、



「――何よこれは!!」


「ッ!?」



 抱きしめたように()()()()()、レイはナイトの腰の辺りから一枚の紙きれを奪い取っていた。

 まさかの展開に、ナイトも焦った様子で振り返ってきた。


「『ホープの秘密を……』って!? これは、ニックの書いた字!?」


「て、てめェには関係――」


「関係あるわよ! 大ありよ! あんたたち、いったい何考えてるの!?」


「……!」


 何だかレイはこの命令が『ホープの秘密を暴いてグループから追放しろ』という意味合いに見えたので、全力でホープの味方に回る。

 とはいえナイトがそのような方針でも素直に従うのかと疑問はあったが……


「いやァ、大したことじゃねェ。ニックもホープの秘密ってのがわかったところで、恐らく何もする気は無ェだろうよ」


 レイは信じられなかった。

 ――あくまで当時は、の話だ。本当にニックもナイトもホープと敵対する気は微塵も無かった。


 だが、その前にナイトが、



「どっちにしても俺ァ――今回の命令は拒否する気だ。よこせ」


「あっ」



 レイから指令書を奪い返し、ビリビリに破いて捨ててしまうナイト。

 ――これが、噂の真相であった。



◇ ◇ ◇



 レイの口から噂の真相を聞けて、ホープはどこか安心できた。

 なぜかはわからないが。


「ねぇホープ?」


「え?」


「あたし……あたしね? 本当に自業自得なんだけど、ホープに『さよなら』って言ったこと……すごく後悔してたの」


「……!」


「あんたがいないのは寂しいっ……ずっと寂しかった……『死にたい』なんて思ってても思ってなくても、いつまで生きてられるかわかんない世界で……あたし、どうかしてたわ」


「……どうかしてたのは、おれさ。こんなにおれのことを思ってくれる君のことを邪険にしたんだ……贅沢な男だよ」


「でも帰ってきた時に抱きしめてくれたのも、今あんたから話しかけてくれたのも、すごく嬉しかったわ」


「かなり『勇気』が必要だったよ……君がおれを待ってるってこと、今なら快く受け入れてくれるってことは、ちゃんとわかってたんだけどね。それでもどう話したら良いか不安で」


「あはは……あたしたち、やっぱり似た者同士よね。距離を遠くしてやっと気持ちがわかるなんて……ただのバカよね」


「うん」


 今夜は少し冷える。

 ホープとレイの距離も自然と近くなった。


「……みんな寝ちゃったけど、今夜は寝れそう?」


「どうだろう……君とこんなに喋ったの、久しぶりだから。安心はできたけど、テンション上がって寝られないかも」


「じゃあ、あたしが添い寝してあげるね!」


「添い寝……?」


「うん! そうだ、落ち着いたらでいいんだけど、あんたに紹介したい人もいるのよ。町から帰って来る途中でね……」


 多くの仲間を失い、拠点も失い、また森を彷徨わなければならない。状況は最悪だ。


 ホープの『死にたい』という気持ちも相変わらず揺らぐことはない。

 でも、レイと過ごせる時間があるだけで……ホープにとっては悪くない。


 その後も少し喋って、二人はぐっすりと眠ることができた。



◇ ◇ ◇











 ホープが眠る直前――先に寝てしまったレイの無防備で可愛い寝顔を見て、心地の良い寝息を聞きながら、考え事をしていた。


 自分でジルに言ったことが、どうにも、自分の脳に焼き付いて離れなかった。



『消えないんだ、ずっと前から。この感情だけは』



 ホムラとジルとの関係……兄であるエンとの関係……ホムラは色々なものを置き去りにして逝ってしまったようだ。



『でも今、ホムラっていう一人の偉大な女の子の話をして……心から思うよ』



 どんな話をしても、もうホムラには会えない。

 だから。

 自分は死にたいと思っているけれど、仲間想いのホープは、心からの言葉を口にしたのだ。






『みんな――――簡単に、命を捨てないでほしい』






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