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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第四章 障害に次ぐ障害
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第203話 『アフランシスネ編:エピローグ』



「ポチ……機嫌を直してくださいまし……」


 夜のバーク大森林。

 焚き火の明かりに当てられながら、ダークエルフのアフランシスネが、虎のポチを撫でる。


 ムスッとした様子で顔まで地面に着けて横になるポチは、何も言わない。


「久々に出会った……『強い力』を持つ人々でしたわね……餌なら、またすぐに見つかりますわよ」


「……ガル」



◇ ◇ ◇




 虎のポチが、アフランシスネに気を取られている吸血鬼の不意をついて襲いかかる。


「あァァァァ――――ッッ!!?」


 喉に牙が食い込み、血が噴水のように飛び出し、情けなく叫ぶ吸血鬼。

 そのまま噛みちぎらんとするポチだったが、


「うぐ……ゥ!」


「ガ……」

(どうなっとんねんコイツ!?!?)


 牙が微動だにしない。

 よく見るともう血も噴き出してはおらず、僅かに流れるだけに留まっている。

 どんなに力を込めても食いちぎれないのは、吸血鬼が異常な筋力で牙を締めつけているかららしい。



「バカでけェ『熊』に続き……最近の俺ァ、(ケモノ)に縁があるなァ……」


「ガァ……ッ!」



 噛みつかれながらも己の不幸を嘆く吸血鬼が、逆にポチの首を片手で締めてくる。

 互いに喉をじわじわと攻撃し続けているという、意味不明な状況に突入。


「……困りましたわね……っ」


 どう動くかアフランシスネが迷っていると――いつの間にか別の人物に背後を取られていた。


「…」


「あら、お見事……全く気づきませんでしたわ……」


 盲目のアフランシスネは周囲の状況を、気配や物音、匂いなどで掴んでいる。

 だというのに、この人間――呼吸音どころか茂みの音一つも立てずに接近してきた。


 虎の引っ掻き傷二つ程度で何とか逃れたらしい無言の男が、半ばで折れた剣の刃をアフランシスネの首に突きつけた。


「ッ……てめェ無事だったか……」


 吸血鬼も虎も、そちらに気づいた。

 ポチは主人の危機に焦り、思わず牙を抜いて吸血鬼から離れてしまう。


「……ポチ……」


 その行動にアフランシスネも混乱。



「てめェら……覚悟ォ、できてんだろうなァ?」


「…!!」



 ポチが背中を見せた瞬間に立ち上がった吸血鬼。そしてアフランシスネを静かに脅す剣士の人間。

 二人の殺気と威圧感に、アフランシスネは決断を下したのだった。


「ポチ……引きましょう。撤退ですわ」


 盲目で裸足のダークエルフは、虎の背中に乗って去っていく。

 ――後ろで吸血鬼が『おォ。リチャードソンが無事かどうか探しに行くんだな?』と人間と話しているのを耳にしながら。



◇ ◇ ◇



「あの無口な剣士さんが、もしも、わたくしを殺してしまったら……ポチ、あなたはどうしたんですの?」


「ガルルル!!」


「……そうね、やり返しますわよね……」


 主人が殺されてしまえば、ポチは問答無用で剣士の人間を食い殺しただろう。そしてその後も吸血鬼と死闘を演じただろう。

 それを、あの剣士の人間は理解していたのだ。


「あれ以上に誰も傷付かない方法……最善の選択でしたわね。あの吸血鬼の御方も荒っぽいように見えて、無闇やたらと暴れずに、わたくしたちを逃がした……」


「…………」


「あれこそが『強い力』……賢さ、生きるための判断力……何よりも……」


 あんなことのすぐ後でも、彼らは『リチャードソン』という別行動の仲間の心配もしていたようだった。



「仲間……助け合い……タスケアイ、の精神……」



 このクソったれの世界で忘れていたもの――アフランシスネは、月に手をかざす。



◇ ◇ ◇



 ――――とある遠い場所からやって来たアフランシスネは嵐の中、バーク大森林をフラフラと歩いていた。


「はぁ……はぁ……」


 空腹に苛まれ、体力は限界。

 おまけに雨はさらに体力や体温を奪い、地面はドロドロにぬかるんでいて足を取られる。


「はぁ……はぁ…………あ」


 先程、大きな音が聞こえたとは思った。

 だがその発生源については全く考えていなかったのに、偶然ぶち当たってしまった。


 ――土砂崩れだった。


 バーク大森林の中にも大小の山や丘があちこちにあるものだ。

 この嵐では土砂崩れも充分あり得る。


 そして、そんな土砂の中に、



「……ガ……ガアァ……!!」



 一匹の、虎。


 腰から後ろ足にかけて、土砂に巻き込まれてしまい動けないようだ。

 アフランシスネはナイフを手に取る。


「神よ……お許しを……」


 朦朧とした意識の中、衰弱しつつも前足を暴れさせて咆哮を上げる虎へと近寄る。


 ――謝罪をしながらも神に感謝する。

 この虎を殺して食ってしまえば、アフランシスネはとりあえず命を繋げられる。


 虎の目の前でナイフを振り上げる。

 と、


「ガル……ルルルッ!!」


「……あっ!」


 鋭い爪に腕を引っ掻かれ、血が滲む。

 目の前で無様にも暴れ回る虎。今からナイフで脳天を刺され、食われることが確定している存在の、最後の悪足掻き。


 と思ったのだが……



「……ああ、そうか……そうなのですね」



 アフランシスネはその傷をさすり、痛みを感じて、改めて虎を見下ろす。


「……ガ、ガヘッ……ハァッ……ガゥ……」


 口から舌を放り出し、今にも死にそうな荒い呼吸を紡いでいる。

 この獣は土砂崩れに巻き込まれ、こんな痛みなど比較にならないほど苦しんでいるのだ。

 苦しみから逃れたいからこそ抵抗する。生きたいからこそ他者を傷付ける。


 空腹と疲労に苦しむアフランシスネと、何が違う。



「あなただって……誰だって……生きたい。当然のこと、ですわよね……?」


「……!!」



 心が通じ合う。


 アフランシスネはナイフを捨て、代わりに手のひらを虎へ近づける。

 虎ももう暴れずに、彼女の手に身を委ねた。



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