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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第18話 『とっぷしーくれっと』



 ――ホープがあまり遭遇したことがないだけで、領域アルファには銃が全く無いわけではない。銃を作れるくらいには文明の発達した世界だ。

 今のところは持っている人の方が珍しいが、決してあり得なくはないのだ。


 ホープは、こんなに大きな作業場で、こんなにたくさん指導者がいるのだから、銃くらいあって当然かと考えていた。

 だがよくよく振り返ってみると、指導者たちの持っている武器はいつも鞭やナイフ、棒などの意外と質素なものだったと思う。


 しかし、もしエドワーズ作業場に銃が無いのなら、


「……いやいや意味がわかんないんだけど。どうしてここの労働者は銃弾を作る? ……無意味なの?」


 ここは『銃弾製作所』。

 鉛でいくら弾を作ったって、それを込め、射出する道具がないのでは作る意味がない気がするのだ。その点にホープは少しだけ嫌悪感を抱いていた。


 聞かれたジョンは眼鏡をくいっと整えて、


「それは僕にもわかりません、『トップシークレット』としか聞いていませんからね」


 その言葉に、ホープは聞き覚えがあった。確か地下採掘場でケビンから聞いたことで、


「採掘する鉱石も『トップシークレット』……」


「あ、そうですね。確かにそう言われました。エドワードさんはもちろん知ってるはずですが、良い地位にいる指導者さんの中には聞かされている人もいるでしょうね」


 ホープとしては、鉱石の話はジョンにするつもりはなかったのだが、口から出てしまっていたようだから仕方がない。

 ジョンはさらにホープの耳に顔を近づけて、


「でも僕の見たところ……こ、鉱石や銃弾、その他多数の資材や道具は、誰かに渡すために貯蔵しているように見えるんですよねぇ。ただの推測ですがね」


 三日前に入ってきたジョンがそう言うのだから、他の指導者から聞かされていないのは間違いないだろう。

 大方、倉庫か何かに貯めてあるところを、もしくは貯めに行った人を目撃したとか、そのくらいだろう。


 ――ホープも一応気にはなっていた『このエドワーズ作業場は、いったい何のために存在するのか?』という問題。

 スケルトンが危険だから、フェンスで囲み、防音をしっかりして、光源を設置するのはわかる。安全な場所を確保できるのだから。


 しかしそうなると不可解なのは、労働者たちに謎の作業を日々やらせている意味だ。

 銃だって無いのだから、銃弾製作は自分たちには何のメリットもない。鉱石も然り、収集した物資の用途がわからない。

 フェンスで囲んで安全な場所を確保……この作業場が存在する理由は、恐らく、いや間違いなくそれとは別にあるだろう。


 だが、そもそも、


「……あれ? 『トップシークレット』の話なのに……貯めてることとかおれに言っちゃって……いいの?」


「はい、ただの推測ですし。それにホープさんになら、話しちゃっても大丈夫な気がしたんです」


「……そ、そう、なんだ」


「はい。じゃあ言っちゃったついでに、さらに言っちゃいましょうか」


「もう滅茶苦茶だなあ……」


 どういう訳か、ホープは他人からよく『優しい人』だと勘違いされる。雰囲気を取っても、喋り方を取っても。

 そうではなくて、ホープには生きる気力が無いだけなのだが。


 再び眼鏡の角度を整えたジョンは、宣言通りにさらに口を開いて、


「僕、サイレンサー付きの銃の音、たぶんこの前聞いちゃったんですよねぇ」


「それさっきの噂話と……」


「同じですよねぇ。ただ、聞こえたってだけであって、全然どこの誰が撃ったのかとか見当もつきませんが」


 ジョンの異常な聴力は、やはり聞いてはならないと思われるような、危険すぎる音も拾ってしまうらしい。


「だ、だからそれとなーく先輩指導者さんに聞いてみたんですけど、やっぱり、銃が作業場内にあるはずないとのことです」


 最初に銃声を聞いてしまった時は、ジョンも困ったことだろう。先輩の指導者たちは口を揃えて「銃は無い」と言うのだから。

 だがその口を揃えている者たちの中の何人か、そしてボスのエドワードは真実を知っているだろう。


 ホープ個人としては、白い箱――見張り台が怪しいと考える。

 ひょっとするとあの箱の放つ不穏な空気は、銃があるからこそのものなのかもしれない。


 ――そんな時、銃弾製作所の重いスライド式のドアが突然開いた。



「おーい! 道具を運ぶのにちょっと人手がいる! ……そこの青い髪のガキ! こっちに来い!」



 まさかの、指導者に呼ばれてしまったのはホープだった。

 他の労働者たちより、入口に近いところで椅子に座っていたので当然なのだが。

 呼ばれたホープはジョンを見るが、


「ああ、もちろん行ってくださいホープさん! そ、その後に戻ってきたら銃弾作りの手順を……って、もうすぐ休憩時間ですかね。ま、深く気にしないでいいですから」


 とのことなので、ホープは呼んだ指導者の背を追って、銃弾製作所を後にした。



◇ ◇ ◇



 相変わらず閑静な作業場内を歩きながら、ホープは考える――ジョンは、良い人だとは思う。

 だが、やはり指導者は指導者。ホープ側かエドワード側かと問われれば、当然エドワード側なのだ。


 彼は優しいが、きっとそれはホープ限定ではないのだし。


 ホープやケビンの脱獄の協力を頼むには、立場的な距離があまりにも遠すぎる。上手くいくとは思えない。

 レイの居場所を教えて、とも問うのが不安だ。


 彼がどこまでホープの味方なのか。

 少なくとも明確な彼の意思がわかるまでは、彼に頼ることはできない。

 やはりホープの味方はケビンと、生死不明のレイしかいないということか――



 指導者の男についていくと、視界いっぱいにフェンスが広がるほどに外と近い場所にたどり着いた。

 フェンスにはちょうど、スケルトンが一体と狂人が一体張りついていて、


「ア"ァアッ――」


「おら、クソが!」


 スケルトン(と狂人)一体につき、一人の指導者が担当。鉄の棒で奴らの額を突いている。

 エドワードとの邂逅の際も、同じような光景を見た。指導者たちにはこれが普段の日常のワンシーンなのだろう。


 スケルトンと狂人の始末が終わった指導者たちが、笑い合いながらその場を去っていく。


 肝心のホープを連れてきた指導者もそのグループに混ざり、「そこのツルハシとか採掘場に運んどけ」とホープに雑に指示をして、どこかへ去ってしまった。

 ホープはいつの間にか一人になっていた。


 事実、彼の言うツルハシやスコップといった道具はフェンスの近くに置かれている。

 置かれている、というよりは落ちている・捨てられているように見える雑な置き方ではあるが、


「……っ」


 道具が置かれている位置を見て、ものすごい嫌悪感を抱くホープ。誰でも感じて当然だ。

 ――なぜなら、先程突かれて殺されたスケルトンのすぐ目の前だからである。もし指導者がスケルトンを殺し損ねていて、起き上がってきたら怖い。


「いや、安全だろうけど……」


 フェンス越しであるから、フェンスが倒れるとか、穴が空くとかのアクシデントがなければ危険は無い。



「それに、ここに来てから……()()よりか、人間の方がよっぽど怖いよ……これは……世界が壊れる前からそうだったのかもしれないけど……ね……」



 人間の方が怖いかもしれない。エドワード一味をずっと見てきたホープの感想がそれだった。

 ――それが真実かどうかは個人差があるが、少なくともホープはスケルトンの怖さを忘れているだけ。つまり、変なところで記憶力が弱いだけの話でした。


 うだうだ言っていてもまぁ仕方ない、とホープは近づいてしゃがみ、道具らに手を伸ばし、


「ア"ァウ"ァァ!」


「……っ!」


 案の定、悪い予感は現実へと変わる。

 額が微妙に傷付いただけの目の前のスケルトンが、立ち上がってフェンスを揺らしたのだ。普通にビビる。


 ――『案の定』というのは、洋館でのことが関係してくる。ホープもケビンも「嫌な予感がする」とさんざん言って、やっぱり大変な事態になったからである。


 今回は、まぁ命の危機には程遠いが。

 ホープはそのスケルトンに向かって恨めしそうにため息をつき、


「無駄にびっくりさせないでほし――」


「ア"ッ――」


 突如、元気にフェンスを揺らしていたスケルトンの掠れた声が途切れる。

 俯いていたホープの目は、転がる石ころを捉えた。


「……えっ!?」


 顔を上げてみるとスケルトンの後頭部には大きく穴が空いており、フェンスにしがみついたまま、活動は完全に停止している。


「なに……なんだよ、急に、どうして――」


 誰かが外から石ころを投げた。ホープには、そんな状況としか考えられない。


 どうしよう、どうすればいい? 石を投げるなど人間もしくは人外に決まっているが、外からやってくるということは、ホープの味方? 敵? 感覚が麻痺しているようだ。



「よっしゃ当たったぜ! ナイスヒット、オレ!」



 ホープが何も動けずにいる中、そんな陽気な――でも音量にはしっかり配慮しているような――声が聞こえてくる。間違いなく外からだ。

 正面の茂みが僅かに揺れている。



「悩める少年。少し話でもしようぜ! そこじゃ見張りに見つかっちまいそうだから、建物の裏に」



 そんな台詞にホープが後ろを振り返ってみると、なるほど確かに見張り台が見える。

 遠くはあるが、決して死角ではない。中にいる何者かは、今もホープを――最悪、銃を構えて――見ているかもしれない。


 だからホープはツルハシやスコップを抱え、近くの建物とフェンスの間に滑り込むように移動。


 様子を見ていただろう外の者は、ホープの行動を見て安心したかのように茂みから出てきて、フェンスへ猛然と近寄ってきた。

 すぐフェンス越しでホープと向かい合った男はキョロキョロと周囲を見回し、


「敵にはたぶん見つかってねぇよな……よし大丈夫そうだ。やっと会えたな。お前、やっぱ気ぃ良さそうな顔してんな!」


「えっ、え、君たちは……?」


 満面の笑みを浮かべるお喋りな男、そして後ろからはジト目で無表情で無言の女が現れる。


 笑ってしまいそうになるほどキャラが濃い彼らは、どちらもホープと同年代に見えるが、


「よくぞ聞いてくれた……オレの名はドラク。こっちの身長と器の小せぇ女はジル。さっきも言ったけど、話をしようぜ!」


 ドラクと、ジル。

 ――彼らと彼らの仲間たちが、自分にとってキーパーソンになるなど、この時のホープには予想もつかなかった。



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