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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第四章 障害に次ぐ障害
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第202話 『カーラ/ホムラ』



「まったくも〜! 隠し事の多いグループですね〜、マジでスパイいるんじゃないですかぁ〜?」


 大事な話も一段落ついたグループの面々が焚き火を囲んで休んでいる中、メロンが盛大にボヤく。

 ホープの『破壊の魔眼』、レイの『魔導鬼』……隠し事が嫌いなメロンには堪えただろう。


 それはわかるが、ちょっとうるさい。


 全員が疲弊しきっている。もう静かに休ませてほしい。


 仲間たちは思いを一つにし、元気すぎるメロンのボヤきを無視した。

 そして彼女がこれ以上何を言っても寝たフリを決め込むのだ。


「ん〜……? あれ〜?」


 そう、何を言っても寝たフリだ。


「銃が無い〜……?」



◇ ◇ ◇



 草木を掻き分け、痛む頬をさする。


「ふぅ……」


 仲間たちがリラックスする焚き火から、ホープは少し離れた場所へ移動してきた。

 大きな木を背もたれに、腰を下ろす。


 ため息。

 それは『安心』したから出たもの。


 ようやく――ようやく、『破壊の魔眼』のことを仲間たちに打ち明けることができた。

 わかってはいたのだ。言っても大丈夫だと。


 前の暴力的なだけのニック・スタムフォードなら、この力を存分に利用しようとしたかもしれない。


 でも今の彼は変わった。『亜人禁制の町』でのプレストンたちとの戦いを経て、明らかに成長している。

 仲間を大事にし、それ以上に仲間たちの心を大事にしているように思う。


 この状態のグループに『破壊の魔眼』を悪用したり、差別したりする者は絶対にいない。

 それはわかっていた。


 その上でスコッパー、ホムラ、アクセルが――自分の能力を狙ってきた敵に殺されてしまった。

 それだけではない。仲間たちは各々が大怪我を負ってしまった。


 事前に『破壊の魔眼』のことを伝えておけば、何か変わったのか?

 まさか知りもしない敵に狙われるなど、誰かが予測できたのか?

 どちらにせよもう大惨事は起きてしまった。

 

 つまり、言うタイミングは今しか無かった。

 ホープはそれをしっかりと掴めたのだ。


「……じゃあ、もういいよね」


 バーク大森林の暗闇。

 木々の間から美しい月が覗いている。


 ――ホープは拳銃を自身のこめかみに突きつける。


 引き金に指を掛け、











「何、してるの……?」











 突然現れたジルに話しかけられ、ホープは無言で動きを止めてしまった。



◇ ◇ ◇



 銃を下ろしたホープの横に、ジルは座る。

 パーカーの裾から覗く彼女の両足。月光を反射する白い肌が眩しい。


 フードを被る彼女の頭が、ホープの肩に乗せられる。


「……それは?」


 下ろした銃が何なのか、ジルは指差して聞いてくる。きっとそれは所在のことだろう。


「…………」


「ホープ?」


 答えたくなかった。

 何も言いたくなかった。とうとう、こんな姿を仲間に見られてしまうとは。


 よりにもよって、ジルに。


「……メロンのを盗った」


「そ」


 素っ気なく返事をしながらも、ジルはゆっくりとした動きで銃に手を伸ばしてくる。

 白い手が銃を掴む。


「……っ」


「っ」


 思わず、少し抵抗してしまった。

 それでもジルは力を込めて、半ば強引にホープの手から銃を奪ってきた。


「…………」


「…………」


 二人の間には沈黙が流れる。

 聞こえるのは木々が風に揺れる音、そして夜特有の虫の鳴き声。


 ――バカだった。

 見られても、さっさと撃ってしまえば良かったのに。

 ジルに声を掛けられた瞬間、指が硬直してしまった。予想外すぎた。

 つい先程、人差し指をほんの少し動かせば――


「……私、『いなくならないで』って、言ったじゃん」


「ッ!」


 息を飲む。確かに、そんなようなことを言われた気がする。

 でもそんなことは――どうやらホープ(クズ)には響かなかったようだ。


「やっと、ホープの右目のことも、知れたのに……私だけじゃなくて、みんなも」


「……うん」


「みんな、受け入れてた、よね? 誰も、ホープのこと、咎めなかったし……受け入れてたのに。最後に一悶着、あったけど……それは別件、に見えたし……」


「……うん。本当に感謝してるよ」


 ホープは間違いなく『破壊の魔眼』のことを、グループ全員の前で曝け出した。

 さすがに能力を直接見せたりはしなかったが、これまでの経緯を洗いざらい暴露したのだ。


「過去のことも多少、話してくれてたけど……本当に、全部話した?」


「…………」


 いいや――自殺願望については話さなかった。

 ソニやエリンのことは一言も言及せず、ドルドのことは『破壊の魔眼』に関係する部分のみを掻い摘んだ。



「やっと、『仲間』になってきたのに……ホープはこれで良いの?」


「……!」



 答えられない。

 だって正直に答えるなら『別に良い』とも言えてしまうからだ。


 とにかくホープは尋常じゃないほど、普通ではない。


 仲間たちに認められたいという気持ち。

 信じ合いたいと思う気持ち。


 それは確かにある。


 しかし同時に『死にたい』という気持ちも消えずに存在しているのだ。

 本当に、どちらの気持ちもある。


 だからジルのような人にだけは、この『自殺願望』をバラしたくなかったのに。


「……まだ私、謝罪もできてないのに」


「え?」


「ショッピングモールでの……『序列』のこと。ひどいこと、言った。ごめん」


「……あぁ、良いんだよそんなの。感情が昂ったんでしょ。もう気にしてないから」


 ジルから言われて久しぶりに思い出した。

 そういえばスコッパーからも『序列は皆ある、ジルともう一度話し合え』とか言われたっけ。


 色々ありすぎて完全に忘れていた。


「だっておれ、さ……聞いたと思うけど、ドラクの腕をこの手で切り落と――」


 ギョッとしてしまった。

 ああ、ホープはこの点も完全に忘れていた。



「……えっ? ジル?」


「ホープ、だったの……?」



 目を見開いたジルがホープの肩から離れ、後ろ手に何かを握ったのがわかった。


 手斧だ。

 ――ドラクという男が、ジルの序列の一番上に位置していることを完全に忘れていたのだ。


「い、いやっ……腕をスケルトンに噛まれたから、イチかバチか、切り落とせば助かるんじゃないかって……」


「ん……そっか、そう、だよね……ごめん。つい」


「あ、いや……」


 説明していなかったか。そういえばジルはゾルンドナト病の進行が激しく、回復までかなり時間が掛かっていたのだった。

 目覚めたら、ドラクの片腕が失くなっていて、心底驚いたことだろう。



「でもねジル。この前ドラクと話した時……ドラクは笑ってたんだ」


「…………」


「『隻腕キャラってのは強キャラなのが定石だかんな!』ってさ……」


「ドラク、らしいね……」



 唯一の救いは、ドラクが強いことだ。


 とはいえ故意じゃないにしても、まさかジルがホープに敵意を向けてくることがあるなんて。

 少しショックを受けた。が、


「――ジル、率直に言うけど」


「……?」


「今回の一連の事件は、生き残った人の人格を変えてしまってもしょうがないレベルだと思う」


「……!」


「今回もまた、おれも、君も生き残った……これは生存者の性なんだよ」


 大きな事件が起きれば、大量に仲間が死んでいく――生きる者は、大量に愛する人を失う。その上でこの先も生きていかなければならない。

 ちょっと頭がおかしくなってしまっても、誰にも責められない。ドラクなんかは強すぎるのだ。


「じゃあ、ホープの()()も?」


「…………」


 違う。自殺(それ)だけは。

 ホープのは、最初からだ。だからやっぱり答えることができない。


「……ホープ」


「え?」


「……シャノシェのこと、聞いた?」


「死んだとは聞いた……」


 たどたどしく、よそよそしく、前後の繋がりが滅茶苦茶な会話だと、二人もわかっている。


「シャノシェはね、私を庇って……死んだ」


「え……」


 驚いた。

 彼女に、そんなことができたなんて。死人に口無しだから、もう何も聞くことはできないが。


「……カーラも、そう、だったんでしょ?」


「うん」


 ホープは懐から――最後の『心停止キューブ』を取り出して眺める。

 まさかこれがホムラの形見になってしまうとは。


「……どうしてだろう。ホムラはさ、すごくおれのことを気にかけてくれたんだ。最後の最後までおれを助けようとしてくれたし」


「……ん」


 謎の『発明家』でしかなかったホムラが――最後までホープを死なせまいと尽くし、励まし、なぜか隠していた本名まで教えてくれた。

 ジルは頷き、


「理由。わかる、気がする」


「えっ?」


「私もね――本当は、ホープのこと、言えない。過去の話をしたこと、覚えてる?」


「……? もちろん覚えてる……」


「友達を失い、殺してしまった、私は……」


「……!!」


 続く言葉は『死のうとした』。

 そして自殺しようとして『殺人の目撃者に止められた』はずだ。


 聞いた覚えがある。ただ、過去の内容が濃すぎて、その部分を流すように聞いていたのかもしれない。


「カーラも、私と同じ『スノウ村』に、住んでた。出身は違ったみたいだけど、ね」


「その部分は省略してたのか……」


「ん。言う必要無い、と思ってたから」


 どうやら、今になってようやく、言う必要があるとジルは確信したらしい。

 それは省略された過去――――



◇ ◇ ◇



 ――――雪が降り始めた『スノウ村』。

 ルイスがジルの手を引き、この数分後には殺人事件の現場となる場所――ルイスの家へ向かっている時。



「ん? おーい。見ねぇ組み合わせじゃねぇか」


「……!」

「カーラ」



 いつも通り怪しげなテントで機械をイジっている、赤髪のツインテールに黒マスクの少女――カーラが喋りかけてきた。

 ジルとは元から友達なのだが、


「急いでるんだけど!?」


「……そうか」


 別に知り合いでもないルイスは若干イラついた。

 だって今、本来ウォレンという男へ体を捧げに行くはずだったジルを、逃がしている真っ最中だから。


 しかし、カーラはルイスには目もくれず、


「なぁジル」


「え?」


「時たま、おれも製作過程のチェックリストを疎かにするんだ」


「……?」


 全くついていけなかった。

 いつもの機械イジりについての話だろうか。



「すると不思議なことに、後々必ずボロが出ちまうんだよ――怠惰ってのは、自分に返ってくるんだな」



 やっぱり意味がわからなかった。

 呆れたルイスが「行くよ」とジルの手を引っ張り、寂しそうな目をしたカーラから離れていく。


 ――彼女は、警告してくれていたのだ。


 このままあっさりと、誰にも何も言わずにルイスの家へ行って、彼と愛を育もうとすれば。

 毎日ジルと同じことをしているウォレンを。ウォレンを奪われたと思っているクロエを。


 日常を。


 全て、失ってしまうことを。



◇ ◇ ◇



 ルイスの家の前。

 雪の上に膝立ちのジル。そして彼女を囲む、三人分の死体と赤い雪。


 全て、失ってしまった。


 全て、ジルのせいだ。



「あ……あ……嫌だ……一人は嫌だっ……」



 吹雪に掻き消されても、ジルは呟き、血に染まった手斧を自分の首へ突きつけた。

 みんなの所に、今行くよ……動かそうとした右手が、



「やめろよ」


「っ……!」



 後ろから掴まれて止まる――カーラの手だった。

 霜焼けなのか真っ赤になっているカーラの手だが、なぜか燃えるように熱かった。

 振り向いて見るカーラの顔も赤いが……霜焼けではなく、


「ギリギリで間に合わなかった……何だよこれ!? 何でこうなった!?」


 彼女は眉根を寄せ、怒っている様子だった。


「うるさい……うるさいうるさい!」


「く……?」


「あなたに関係無いでしょ!! 私が全部悪いのっ、私はもう死ぬからっ! みんなに償うの! だから、放っといてよ!!」


 罪悪感でほとんど狂っているジルが、両腕を暴れさせて手を振りほどこうとする。

 だがカーラは離さない。真剣な顔で、



「死ぬことで償いになるなら――人生はイージーモードで済むけどな」


「ッ!!?」



 放たれた言葉がピンポイントに心に突き刺さり、ジルはもう抵抗できなくなってしまった。


「てめぇの『自殺(それ)』は償いか? 償いてぇんじゃねぇだろ……逃げてぇだけだろ!!」


「っ、ち、ちがっ!」


「死んだら何も考えなくて済むからだろ!? もう考えたくねぇんだろ!?」


「う……」


「もう死んじまったこいつらに、それは失礼だ!」


 友達を裏切ったとか殺したとか、そういうところにはカーラは言及しない。

 カーラの怒りは、ジルが死んで現実から逃げようとしているところにあるのだ。


 知らなかった。こんなにも熱い人物だったなんて。


 猛吹雪の中、カーラの姿はまるで太陽のように輝いて見える。


「自分で自分の心を騙す嘘は……他のどんな嘘よりも厄介だ。嘘発見器でも見つけられねぇ」


「…………」


「おれには、どんな嘘をついてもいい。だが他人よりも先に自分を騙すなよ!」


 ジルは、本当は死にたくないと思う自分を騙し、『これは償いだ』と自分に言い聞かせ、強引に逃げようとした。

 だからカーラの言葉が強烈に効いた。




「てめぇはまだ若くて『完成品』じゃねぇ。こんなもんじゃねぇぞ。この先も色んなことがてめぇに降りかかる」


「……!」


「でもな! てめぇがこれから見つけるべき『部品(パーツ)』は、ここには無い。未来にしか無い!!」




◇ ◇ ◇



 ――――なんて熱い言葉。

 さすがのホープも衝撃を受けてしまった。


「カーラは本気で悔しんで、私を正当防衛の扱いにしてくれた……色んな意味で、カーラがいなければ、私、今ここにいなかった」


「そう、だね……」


 どうして既に彼女を失ってしまった今、ようやく彼女の偉大さに気づいてしまうのか。

 どうしてこんなにも偉大な人物が、ホープを庇って消えてしまうのか。


「カーラ、きっと……ホープにも、私と同じもの、感じてたんだね……」


 それが答えだと考えるしかなさそうだ。


「ホムラはおれが思うよりもずっと、知識とかだけじゃなくて人間的にも賢くて、鋭くて……バレバレだったんだろうな」


「ん……その、『ホムラ』って……カーラの本当の名前、だっけ……?」


「うん……()()()()()で……おれはこれからもホムラと呼ぶって決めたよ」


「頬の痛み、大丈夫?」


 聞かれたことで、ホープはせっかく忘れられていた痛みを思い出し、また頬をさすった。

 実は『破壊の魔眼』の話をしていた時、一悶着あったのだ――



◇ ◇ ◇



「――――これがおれの『破壊の魔眼』の話。だいたい全部話せたと思うけど」


「ホープくん」


「え?」


 話し終わってすぐに、誰よりも早く絡んできたのは意外な人物。

 赤髪の青年、エンだった。


「その右目の話をずっとしなかったから知らなくて、エムナス・ファトマから君を庇って無駄死にした人がいるって……今、言ったよね?」


「……カーラか」


 正直言って、今のエンの顔は恐ろしい。

 今すぐに会話を辞してこの場から離れたくなるほど、ホープは気圧されていた。



「カーラじゃないだろ――ホムラだろ?」


「……!」



 冷たく言い放つエンが、



「ホムラは、()()()だ!!」


「がッ!?」



 焚き火の上を軽く飛び越え、その先にいたホープの顔を殴りつけた。

 勢いは凄まじく、ホープは簡単に倒されてしまう。


 まさか兄妹だとは。



「ホムラの死体を見た……間違いなかったよ。僕はあいつを探して大都市アネーロに行ってたんだ」


「……!」


「ヘマして拾われた先に、まさか探してる妹がいるなんて笑い話だよね――やっと判ったのに。君のせいで、会いもせずに永遠のお別れだ!!」



 殴られて転がっているだけのホープの心は、ぐちゃぐちゃだった。

 そもそも『破壊の魔眼』の話を仲間に伝えておけば、もう少しエムナス・ファトマとの戦いの顛末も変わったのかもしれない。


 でも……でも、



「おれだって……」



 ホープがホムラを盾にしたとでも?

 事情を言わなかったのを後悔していないとでも?

 彼女が自分なんかを庇って死んでしまったことに、何も感じないとでも思っているのか?


 足元に転がっていた、リチャードソンの飲み干した酒瓶を手に取る。

 口元の血を拭ってゆっくりと立ち上がる。


 ホープに背を向けて歩き出していたエンに向かって、



「おれだって……自分が憎いんだよぉぉ!!!」


「っ! おぁ!?」



 フルスイングの酒瓶が――『ガシャァン!』とエンの側頭部で割れ砕ける。

 あまりにも現実離れした光景に、仲間たちも反応がだいぶ遅れた。


 不意を突かれたエンは無抵抗でその場に倒れ込む。

 ホープはさらに近づき、



「ふっ!! ふんっ!!」


「ぐふ……ッ!」



 何度も、何度も、横倒れたエンの顔面をぶん殴る。殴る、殴る。

 その拳は、ナイトに羽交い締めにされてようやく止められた。



「う……ぐ……クソぉ……」



 地べたに蹲るエンの姿は、悲しげで――どこか哀れにも見えてしまった。



◇ ◇ ◇



 ホープの頬の痛みには、そんな経緯があったのだ。

 ついでに拳も痛かった。そして心も。マズい、色々と痛みを思い出してきてしまった。


「――エンには嫌われただろうな」


「かもね……でも、それは『破壊の魔眼』とは関係無くて、エンの逆恨みが大きい、とも思うけど……」


 控えめにフォローしてくれるジルには「どうだろうね」としか返せなかった。

 彼女も思い出したことがあるようで、


「私も、スケルトンが侵入してくる前……エンからカーラのことを聞かれた……」


「え? そうなの?」


「ん。いつも、ローブで顔が見えないから、どんな容姿をしてるの? とか。どういう関係? とか……カーラは、よくわからないけどエンを避けてたらしい」


「そっか、だから今さら妹って判明したのか」


 全く繋がらなかったが今思うと、赤い髪も、緑色の瞳も酷似している。

 ただ、



(ホムラの口には……牙が……)



 いつも着けていた黒いマスクは、恐らく口腔に並ぶギザギザの歯を隠すためだったのだろう。

 こうなってくると、その兄であるエンは――



「ホープ、まだ、死にたいと思う?」


「ッ!!?」



 ガタガタな思考回路は、ジルの一言でさっぱりと断絶されてしまった。

 そういえばそこから話は始まったのだ。



「…………消えないんだ、ずっと前から。この感情だけは」



 ジルは黙ったし、きっと無表情のつもりだったのだろうが、明らかに悲しそうな目をしていた。

 だからホープは、ほんの少しでも希望となり得そうなことを言いたくなった。



「でも今、ホムラっていう一人の偉大な女の子の話をして……心から思うよ」


「っ」


「――――――」



 最後にホープが言ったこと。

 それは『自殺願望者』と『仲間想い』のダブルスタンダードで生きるホープの、本心ではあった。



◇ ◇ ◇



『――西棟にいたスケルトンをさぁ、ホープがその場にあるもの利用して全部倒しちまったんだよ!』


『……ケホッ……すごい、ね……』


『おれにもやっとわかってきたよ……あいつに人を救う力があるってこと』


『ん……良かった……ケホケホッ……あと……』


『何だ?』


『ホープは……かわいい、でしょ……?』


『えー!? そうかー!? おれはあのナイトって吸血鬼の方が可愛いと思うぞ!』


『あれ……は……かっこいい……じゃない……?』


『イケメンって意味かよ? もしかして、ああいうのがタイプなのかてめぇ?』


『そうは、言ってないけど……ケホッ』


『でもおれ……』


『ん……?』


『ちょっと……惚れちまったのかもな、ホープに』


『……!』


『……あ、あっ! ち、違うぞ! そ、そんなフツーの女子みてぇなこと……今のナシだ!!』


『わかってるよ』


『――じゃあな』



 ホープと別れ、焚き火の近くまで戻ってきたジルは思い出す。

 廃旅館の屋根に座っていたという、カーラとの通信――最後の会話を。


 この後すぐにカーラは、エムナス・ファトマと交戦することになったのだろう。



「ねむ〜……ん〜? あれ、ジルじゃないですか〜! 何ですか夜這いですか〜!? もしかして私とキケンな愛を育み……」


「はい、これ」



 死んだような顔で、ジルはメロンに銃を返した。



「……え〜?」



 そのまま歩き去ってしまうジルに、メロンは何も聞くことができなかった。



◇ ◇ ◇



 なぜか、ジルはホープに、最後にこう言った。


『レイのところに……会いに行って』


 どうしてジルがそんなことを言うのか。

 理由はもう永遠にわからないのだが――露知らず、ホープは歩き出した。



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