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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第四章 障害に次ぐ障害
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第201話 『カラスと魔眼』



 ――ヴゥゥゥゥンッヴンッヴウウウウウ!!!


 地下室の入口にて『巨大爆音チェーンソー』を抱えて佇んでいたホープ。

 段階的に大きく甲高くなっていくチェーンソーの音が、最高までうるさくなった時。


 彼は、とうとう前進を始める。


 ――ズシン、――ズシン。


 チェーンソーが非常に重いために、ホープの一歩一歩も重く、遅い。

 正直、両手に抱えて棒立ちするだけでも疲れる。ここまで階段を下りてくるのもかなり大変だった。


 だが今は――怒りが全てを凌駕する。



「ちょ……ゲホゴホ、ゴホッ、ちょっと」


「…………」


「ま、待てって……!」



 これから自分が何をされるのか。それはホープの姿を見れば明らかだろう。

 エムナスが何を言おうが、ホープが無表情の無言を貫いているのもそれを裏付けている。


 先程にホープが地下室を出ていった時も仲間たちは道を開けてくれたが、今チェーンソーを持って歩くホープへの道の開け方は尋常ではない。


 仲間たちにも恐怖を与えていることになる。


 だが、それでいい。それがいい。


 ホープは元より普通ではないのだ。

 これぐらいの異常っぷりを見せつけないと、普通で優しい人だと誤解されてしまう。


 どうせバレるなら、誤解を解くなら、早い方がいいと思う。



「……お、おい! 尋問は!? 何も聞かずに八つ裂きにする気か!? ゲホッ、そのガキ頭おかしいぞ!」


「何だァ? 今さら俺たちの味方すんのか?」


「そのガキよぉ! 情報を隠蔽するためにウチのこと始末したいんじゃね!? だいたい『赤い目』のこともお前らに隠してたんだろ!? 信用ならんと思わねぇ!? おい吸血鬼ぃ!」


「急にペチャクチャうるせェな。それ決めんのはてめェじゃなくて俺たちだろうが」



 何も言いたくないホープの代わりを務めるように、ナイトが受け答えをする。

 代役だろうと慈悲は無いが。


「うっ、うわっ」


 後ずさりもまともにできず腰を下ろすエムナスが、迫ってくる刃に怯えまくる。

 少しでも離れたいのか上体を限界まで仰け反らせる。


 そして、



「かっ、カラス!! 『カラス』だ!!」



 生存者たちが見守る中、とうとうエムナスは命乞い以外の言葉を発した。

 それが有益な情報かどうかは、ここからさらに質問をしていく必要がありそうだ。


 が、



「お、おい? 止まれよ。い、言ったぞ……言っただろ? ウチは言っ、ぎゃあぁ


 ――ヴヴヴバリバリバリバリィィッ!! ブゥゥゥンッバリバリバリバリ!!


 ぁあぁ……」



 本来なら地下室を響き渡り、生存者全員の鼓膜と心を揺さぶっただろうエムナスの絶叫が、そのほとんどを『巨大爆音チェーンソー』に掻き消された。


 ――微塵も怒りが収まらなかったホープが、回転するチェーンソーの先端をエムナスの腹に押し当てたのだ。

 挨拶代わりの初撃だが――薄皮一枚切り裂くだけでは済まなかった。もちろん故意だ。


「あ……あぐ……」


 血が止まらない、縦に裂かれた腹を押さえながらエムナスが苦しんでいる。


 一歩下がったホープの顔は返り血に染まっている。

 それを見ていることしかできない仲間たちは、どういう感情を持つのだろうか。



「カラス?」


「カラス……って……」



 だが少なくともナイトとレイはそれ以上に思うことがあったようで、違った反応をした。

 他の仲間にはわけのわからない情報を、二人は噛み砕こうとしている。


「……そ、うだ……機械の義手の……男が……『カラス』と、そう……名乗ってた……ローブを着てて、顔までは……見えなかったが……」


「そいつがてめェに『赤い目』のことを?」


「……あぁ……仕事の依頼……請け負った……」


 激痛に苦しみ、吐血を繰り返しながら、エムナスは弱々しく情報をこぼし始めた。



「機械の、義手だって……?」



 久々にホープも呟いた。

 そして三人は、共通の記憶を掘り当てることになる。



「てめェ『エドワーズ作業場』を知ってるか」


「……は……? 知ら、ねぇよ……」



 思い出したくもない記憶。

 今聞いたナイト、そしてレイは、屋上に追い詰めた作業場のボス・エドワードが叫んだ、



『く、くそぉ! カラスっ! 俺を助けろカラスぅ! 物資を差し出すからお前が守ってくれるって、そういう契約じゃなかったのかよ一生恨むぞカラスぅぅ!!』



 という言葉を。

 そしてホープも、同じく作業場での出来事を思い出した。



「見張り台に上がっていった男……ブロッグさんや、ケビンを撃ったあのスナイパーだ!!」


「んだとォ!?」

「えっ……」


「あいつの狙いは……おれだったのか……!」



 黒いアタッシュケースを持ち、機械の右腕を見せながら、ホープに『騒ぐな』とジェスチャーをしてきた謎の人物。

 結果としてあのアタッシュケースには銃が入っていたのだろう、ブロッグもケビンも奴に撃たれた。


 憎き相手だ。



「俺が殺し損ねたあのスナイパーがよォ……エドワーズ作業場、そしてこの女……全ての黒幕だったってことでいいのか?」


「うん。たぶん。エドワードもきっと、あいつの言いなりだったんだろう……」



 全てが繋がってきた。

 エドワードも追い詰められると『カラス』と叫んだのだという。頼りにしていた証だ。


 ここで、エムナスが苦しみながらも口角を上げた。


「グフッ……な、なぁ……? 必要な情報は揃っただろ……どうせ病気も治らねぇんだ、解放してくれたって良いじゃ……」


「いいや。まだだ」


「……っ!?」


 首を横に振ったホープが、またチェーンソーを吹かした。エムナスがびくりと震える。


「まだ聞いてないことがある。『カラス』がおれの『目』を狙う目的は? それに、どうやってこの場所を突き止めた? 真実を言えばお前を……」


「も、目的!? は!? 知らねぇし! ただの仕事の依頼人がそんなこと話すわけ――」


「もう一つの質問にも答えろよ。ノロマ」


 またホープは重い一歩を踏み出し、唸るチェーンソーの先端がエムナスの裂けた腹へ。



「うぎゃあぁ


 ――ゥヴヴヴヴヴヴゥゥンンン、バリバリバリグチャグヂャグチャグチャッ!!!


 ぁぁぁあああぁ」



 回転するギザギザの刃がエムナスの腹に侵入。ゆっくりと内臓を切り刻みながら撹拌し、とうとう背中まで貫通していった。

 普通の人間なら死ぬだろうが、残念なことにエムナスは強すぎて死ねない。


 ホープがチェーンソーを抜くと、



「……ぁ……あぁ……目的は……知らん……マジで知らん……グフ……だがこの『廃旅館』のことは……と、当然のように伝えられた……」


「…………」


「『バデム』って町で会った……奴は……しきりに右耳を気にしてた……たぶん、クソ小せぇ通信機だ……」


「通信機……?」



 よくわからないことを言ったエムナスは、ニンマリと不気味な笑顔を作る。


「何が可笑しい?」


 思わずホープが問うと、




「――この、グループ内に……()()()でもいんのかもな……知らんけど……」


「「「!!!!」」」




 そんな一言に、震撼が走る。

 気づくとニックが駆け出してエムナスをぶん殴っていた。


「デタラメ言うんじゃねえっ!! ……全員、こんなアホンダラに惑わされるな!!」


「あのスナイパーの仲間が混じってるだァ? ふざけてんじゃねェぞ女」


 ニックは熱く、ナイトは冷たく、彼女の発言を全否定している。仲間たちをパニックにさせないためだ。


「仮に本当ならこいつもスパイの名を知ってんじゃねぇか? 今この場で吐かせようぜぃ」


「そうだ。まだ何か知ってるに決まってる」


 リチャードソンは変化球で、まだエムナスを生かして情報を搾り取ってやろうと提案。

 それにニックも乗り気だ。スパイ発言を訂正させるためにも、まだ尋問したいのだろう。


「それだって本当かわかんねぇってウチにも……も、もう何も知らねぇよぉ……」


 尋問は無意味だと宣うエムナス。


 ――ホープの意見は、ある種()()に賛同するものだった。



「死にかけの奴は嘘をつけないよ。エムナス(こいつ)はこれ以上何も知らない無能だ」


「「「ッ!!?」」」



 エムナスの発言を真実と断定する、予想外のホープの言葉に驚愕したのは仲間だけではない。

 エムナス本人もだ。なぜなら、


『死にかけの奴は嘘をつかない。これ鉄則な』


 自分でも鉄則としていたことを、こんなガキから逆に叩きつけられてしまったから。

 とはいえ、



「な……なぁ……? 言えることは、もう本当に全部言った……ゴホッ、ゴホ……頼むよ解放してくれ……」


「…………」


「さっき言ってただろ……真実を言えば……」


「……言えば、何だ? おれが何て言った?」


「あ」



 持てるだけの情報を全部吐いて、完全に助かる気でいたエムナスは、ようやく思い出す。

 真実を言えば――その後にどうするか、ホープたちは一度だって言及していないと。



「まぁ、楽に殺してやるか――比較的に」


「……う……」



 バチバチと音を立てて今にも壊れそうな『巨大爆音チェーンソー』を、ホープが再度吹かす。

 これが恐らく最後だ。


 とうとう泣き始めたエムナスが、


「うぅっウチは! 女だぞ! 女だ……見逃してくれたら、気持ち良いことでも何でもしてやるって! ひどいよぉ、よってたかって女一人を……」


 さんざん大暴れしておいて、今になって自分の性別を盾に命乞い。

 全員が呆れる中、優しいナイトが告げるのは、



「……男か女かの話はしてねェ。てめェがクソなのかクソじゃねェのかの話をしてる。てめェはクソだから処刑する。それだけだ」


「う、ぐ……」



 真理。

 そしてホープや皆の言いたいことを、具体的にわかりやすく言葉にしてくれたのだ。


 そして、


「ひ……っ」


 回るチェーンソーの刃の先端が、エムナスの顔の前まで近づく。


「や……やだ……」


 そのまま刃をエムナスの顔面に押し付ける。



「いやだぁぁああぁぁぁあっ


 ――ドチュッ!!

 ――ガガガガガガガ、ゴキゴキ、グチャグヂャグチャグチャ!! 



 エムナスの顔面を抉り、後頭部まで貫いたところで、チェーンソーは故障して動かなくなる。

 頭蓋骨に引っ掛かり、もう抜き取れなくなったチェーンソーからホープが手を離す。


 重たいエンジン部分が地下室の床に落ち、刃に貫かれたままのエムナスの頭部も引っ張られ俯く。


 座った姿勢のまま、まるでチェーンソーと一体化してしまったかのようなエムナス・ファトマの死体。


 こういうオブジェが存在しそうだ。


 ふと――眺めていたホープは、彼女の右耳に何か装着されていることに気づく。

 仲間たちに見守られながらそれを手に取る。するとちょうど、



《……おい? エムナス・ファトマ。聞こえぬのか。報告はどうした》


「っ!?」



 声。

 通信機らしき物をエムナスの耳から外した瞬間、声が大きく聞こえるようになった。


 年齢的にはそう若くもなさそうな、疲れ切った男の声のようだ。


《ん? 今聞いているお主、エムナス・ファトマではないようだな。何者だ》


「…………」


 通信機の先にいるのは恐らく、作業場にいたスナイパー。エムナスの雇い主。

 ホープも一度だけローブ姿を見たが、声はそもそも知らない。


 奴の狙いはホープ・トーレス。ならば、



「エムナスならおれが殺した――おれは、ホープ・トーレスだ」


《ほう。お主が、そうか》



 正々堂々と名乗ってやる。

 居場所も名前も仲間も、現時点では、どうせ全てバレているのだ。



《奴を返り討ちにするとは、中々やる。作業場で見かけた時はそのような器には見えなかったが》


「……あの時のスナイパーがお前だな? ブロッグさんやケビンの仇だ」


《悪いが(マト)のことなど、いちいち覚えてはいない》



 そうだろうとは思っていたが、仇本人から命の軽さのことを改めて言われると、腹の底から沸々と怒りが湧いてくる。




「……お前は、おれの手で殺す。必ず」


《良い威勢をしている――我輩は現在『バデム』という町だ。急いでいるのでな、そちらから来てもらえるなら助かる》




 エドワーズ作業場で働かされていた頃の自分だったら絶対に言えないと自分でも思う、そんな台詞。

 それをこれまでの全ての黒幕に叩きつけるのだった。


 だが、



「でも殺すのは今じゃない。今日とか明日でもない――敵よりも仲間が優先だから」


《ほう?》


「強い仲間と約束したんだ。おれはまず『デュラレギア鬼神国』に行く」


《――!》


「どうしてお前に合わせると思ったんだ? 急ぐんならお前が勝手に来いよ」



 それだけ言って、ホープは通信機を床に落として踏み潰した。

 必要なことは聞いた。スパイ疑惑のことは聞いてもどうせ答えないだろうし、これ以上あんなクズと余計な言葉を交わしたくない。


 次会ったら殺す。単純な話だ。


「……!」


 ナイトが口を開けっぱなしでこちらを見ていた。


「どうしたの?」


「……い、いやァ……」


 別にスナイパーに襲われてもナイトは乗り越えてみせるつもりだ。

 それよりもホープがナイトとの約束を何よりも優先したのが意外で――ちょっと、嬉しかったのだ。



「てめえの次の目的地の話は置いといて――もう、この拠点は放棄するぞ」



 ニックは仲間たちを引き連れ、廃旅館から立ち去ることを決定していた。

 理由は山ほどある。


 スケルトンどもやエムナス・ファトマによって、修復不可能なほどボロボロにされてしまったこと。


 ゾルンドナト病のウィルスが、空気感染しないとはいえまだ残っていると思われること。


 居場所が『カラス』にバレており、また殺し屋を送り込まれる可能性が高いこと――

 この最後の部分だけは、グループ内にスパイがいるなら無駄となってしまうが。



「スパイなんかいねえよ。今はただ、進み続けるしかねえがな……」



◇ ◇ ◇



 バーク大森林に夜の帳が下りる。

 また少し前のように、控えめに燃える一つの焚き火の周りに仲間たちが集まった。


 サナから距離をかなり離されている父親イーサンは、


「……壁のある町から、古びた旅館から……けっきょく、森の中を彷徨うことになるのか……あの子にこんな思いはさせたくなかったなぁ……」


 火を見つめ、愚痴のようなものを呟く。

 だがそれは娘のこれからを思っての発言だ、と誰もがわかっているから咎めない。


「そうか。思えばお前さんらも、キツい旅路だな……奥さんのことは俺たちとしても残念だ」


「ありがとう。リチャードソンさん」


 酒が止まらないリチャードソンの言葉だが、それは異様に皆の心に染み渡る。

 グリーン家の現在の状況は辛いだろうと、本当に、全員が思っているから。


 大人だからイーサンは本心を隠して話せてはいるが、きっと精神は崩壊しかけているだろう。

 何よりも、サナの精神は……考えたくもない。


 イーサンは一般人代表として、


「恥ずかしい話だが、今日の地下室での話はほとんどついていけなかったよ。何だか全てが夢みたいだった……ホープくんの言葉も含めてね……」


「ま、それが普通だわな」


 当然のことだ、と、いくつもの死線をくぐり抜けてきたリチャードソンは余裕の態度。


 そこへ、



「みんな……さ……半分以上は意味わかってないと思うんだけど、たぶん、おれのせいだよね。それ」



 おもむろに立ち上がり、仲間たちに語りかけたのはホープだった。

 こんなことになってしまったからにはもう、彼は話さなければならない。



「悪気があって隠してたわけじゃないけど……奴らに狙われるのは、おれの右目が特殊だから……その話をさせてほしい」



 悪用されたり、秘密兵器扱いされるのが嫌で、レイ以外は誰にも打ち明けなかった――今回こんなにも話の中心にさせられてしまった『破壊の魔眼』。


 どうして殺し屋を雇ってまで狙われるのか?


 あの『カラス』は何者?


 わからないことは多いから――せめてホープにわかることだけでも、仲間たちに伝えることにしたのだ。



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