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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第四章 障害に次ぐ障害
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第200話 『特大ブチ切れ』



 階段を下りてくる多数の足音が聞こえ続ける中、意気揚々と地下室に入室したのは――青髪の少年、ホープ・トーレス。

 ボロボロのエムナスが、ただ困惑している。


「お、おま……だって、このロッカーに入って……? え……? ゲホッ、ゴッホ……何で外から……」


「――穴が空いてるだろう?」


「は……?」


 ホープが再びロッカーを指差し、振り返るエムナスが目を凝らす。

 ロッカーの奥、僅かに光が差してきている。確かに穴が空いているのだ。


「一週間前、だっけ。おれは()()()()()()()()()()()()()ロッカーに隠れた」


「っ!?」


「でもその後すぐ『破壊の魔眼』――お前の目的である『赤い目』を使って、壁をロッカーの裏側ごと破壊したんだ」


 エムナスは、ホープが逃げたり、誰かが助けに来ないかとロッカーを見張っていたが、こっそり穴を空けて逃げたのなら意味が無い。


 だが穴を空けるだけでは逃げられないはずだ。


「はっ……い、いや待て、ここは地下室……」


「そうだね――今回、色々と騒動が重なったけど、()はすごく活躍してくれたと思う」


 地下室の壁を壊しても、その先に広がるのは地下である。そんなことは当然ホープたちもわかっていた。

 ここで窮屈そうに鋼鉄の扉をくぐってきたのは――リザードマン、ダリルだ。


「っ!」


 ――やっぱり階段を下りてくるのは、ホープの仲間たちだったか。全員殺したと思ったのに。

 そんな風に焦ったエムナスがミニガンを拾おうとバタついたが、


「っ、クソ……!」


「おいらハ『おいらダケノ方向性デ強クナレ』――ほーぷガ、教エテクレタカラ」


 ダリルはミニガンを遠くへ投げた。まぁ銃弾は尽きているはずだが、念のためだ。



『君自身を見失うな。君の方向性で、君だけの強さを磨くんだ』



 いつかのショッピングモールでのホープの言葉を信じたダリルは、他の仲間たちとは違う活躍ができたのではないだろうか。


「実はあの時、ダリルは地下室に入ってなかったんだ」


「な、なに……? ゴホッ、全員追い詰めたと……」


「おれは『近くにカーラのラボがある』って思い出した。西棟一階だから。おれとナイトが小芝居をやってる間に、ダリルはそっちに行った」


「小芝居……って……ゲホゲホッ、あの仲間割れみたいに人質取ってたやつが……」


「お前の注意を逸らすのと、時間稼ぎが目的。ダリルには何でもいいからありったけの『発明品』を掻き集めてもらって、お前が地下室に向かうのを()()()()追ってもらった」


「後ろから……? まさか!」


 何かが結びついた様子のエムナスを代弁するように、


「ウン。扉ヲ閉ジタノハ、おいらダヨ」


 ダリルが自慢げに言う。

 エムナスは鋼鉄の扉の向こうにバリケードのような重たい物が置かれていると勘違いしていたが、実際は彼が向こう側から押していただけ。


「マヌケなエムナスが扉を開けるのを諦めたのを見計らって、ダリルは外から穴を掘った――『穴掘り』は彼の特技らしい」


「ウン!」


 つまりホープが『破壊の魔眼』で空けた壁の穴に、ダリルが掘ってきた穴が繋がったのだ。


「……そんな、手の込んだことを……」


「全ては『ロッカーにおれが入ってる』ってお前に思わせて、無駄に体力と銃弾を消耗させるためさ……一週間もご苦労様」


「ゴホッ……クソガキぃ……!」


 こんなにも知らないところで罠に掛かっていたエムナスの驚愕を、ホープは存分に煽りまくる。

 話はまだまだ終わらない。


「彼が掘った穴を通って、おれは地下室から地上へ脱出できたんだけど――そこで『奇跡』が起こった」


 ホープは、つい表情に嬉しさを滲ませながら、扉に向かって腕を広げる。

 彼女らのことを紹介するみたいに。



「あんたがエムナス・ファトマって奴ね……好き放題やってくれたそうじゃない!」


「初めましてでアレですけど〜、やっぱお仕置きし足りないですよね〜!」



 入ってきたのは長らく不在だった仮面の少女――レイ・シャーロット。

 そして同じく不在だった若草色のポニーテールの元気少女――メロンだ。



◇ ◇ ◇



 ロッカー内から壁を破壊してすぐ、ダリルが上から穴を掘ってきて繋がった。

 ダリルが地上から手を伸ばし、ホープを引っ張り上げる。


 ナイトを必死の声掛けで連れ戻した時から、外は生憎の雨だが、


「……!」


「……ほーぷ? ドウシタノ?」


 引っ張り上げてくれたダリルの後ろ――森を抜けてこちらへ向かってくる二人組。

 それを見たホープは目を丸くして、口を開けたまま動きを止めてしまった。


「……っ!」


 ホープはダリルに礼を言うのも忘れて、無我夢中で走り出す。


「お〜ホープじゃないですか〜! な〜んかボロボロですけどどうし――」


 嬉しそうに手を振ってきたメロンも通り過ぎ、



「っ!!」


「……きゃっ!?」



 無言で、仮面の少女を抱きしめた。

 これまでで一番強い力で。その温もりを、その匂いを……彼女の無事を、肌で感じるために。


「え……?」


 レイは驚いたようだが、決して倒れたり萎縮したりはせず、堂々と真正面から受け止めてくれた。


「ヒュ〜ヒュ〜! アッツアツですね〜!」


「……ちょ、ちょっと……?」


 とはいえあまりに長すぎる、しかも表情も見えない彼の抱擁に困惑し始めていた。

 戸惑いながらもレイは、固まっていた自身の両腕でホープを包み込もうとして、



「……何を持ち帰ってきた!?」


「えっ」



 抱き合う形になる前にホープは距離を離し、レイとメロン両方に問いかけた。真剣な眼差しで。

 彼女らの行き先、そして持ち帰った大荷物――ホープはあることを期待したのだ。


 いつの間にか雨は止んでいた……



◇ ◇ ◇



「エムナス……どうしてお前、咳と高熱に襲われてるんだ? どうして口からも鼻からも目からも血を流してるんだ?」


「知らねぇよ!! ゲホッ」


「だろうね。だってそれはあんまり有名でもない感染症だから。『ゾルンドナト病』っていうんだ。覚えとくといいよ」


「っんの野郎……余裕かまし、やがって……ゲホ、この病気も作戦の内だってのか!?」


 もちろん、作戦通り。

 ホープは頷き、


「最初に地下室に入った時、何か濡れたものに当たらなかった?」


「……っ!?」


「あれは……」


 説明を始めようとして、まるで打ち合わせたみたいなタイミングで地下室に入ってくる――リーゼントとサングラスの大男、ニック・スタムフォード。



()()()()()()()()()()()に切り取った、俺の腕の皮膚だ。天井から伸びる紐にくくり付けてぶつけたのさ」


「……あれが……あれが顔に付いたから、ウチも感染したってのか!?」


「物分かりが良くて助かるぜ」



 ニヤけるニック。彼の体には、もう異常は見当たらない。エムナスがそれを聞こうとして、



「これで、助かった。レイと、メロンのおかげ」



 入室してきたパーカーの少女――ジルが、同じく病気も完治した様子で一つの小さな箱を見せる。

 パッケージを見るに何かの薬が入った注射器のようだが、


「おれの予想は当たった。レイとメロンが持って帰ったのは、おれやジルが回収できなかった大量の薬とか、まぁ応急処置ぐらいはできる医療道具とかだった」


「……!」


「おれたちが町で見た『P』の印は『ポーラ』って女を指してて――レイたちは薬を独占してたそいつを倒して、回収してくれたんだ」


「……ゴホゴホッ……!」


「薬の中にはゾルンドナト病の特効薬『U-021』も入ってて、お前が暴れてる間にそこの扉から普通に脱出したニックたちも接種した。ギリギリだったけど」


 扉の開閉はダリルが押さえるかどうかのみで決まるため、仲間たちは普通にそこから脱出していたのだ。


「ゴホッ、その箱の注射器に入ってんのか!?」


 案の定、獲物を狙う目になったエムナスに「余った一本だ」とホープは頷くが、



「……あぁっ!!?」



 ジルがエムナスの目の前に転がしたその箱を、中身ごとニックが踏み潰した。


「私も、死にそうと思った。最悪の経験、だった。ね、ニック」


「全くだ。エムナスとやら、てめえも味わえ」


「……くっ……この……!」


 同じ病気で苦しんだ者同士。仲睦まじく挑発してくる二人に怒ったエムナスは、


「ゲホゴホッ……も、もう一度っ、感染させてやるよぉっ! ペッ! ペッ、ペッ!」


「…………」


 生き汚く、エムナスは何度も唾液をジルの顔に飛ばすことで抵抗する。

 だがノーリアクションのジルに代わってホープが、


「……『U-021』を一度でも接種すれば抗体ができる。ちなみに全員接種できたから、もう誰も感染しないよ」


「な……!?」


 これはハーラン医師の授けてくれた知識だ。

 そうでなくてもホープや、今入室してきた――イーサンとサナの親子なんかは、感染症の患者と接触しすぎていたし、やはり全員で接種しておくべきだったろう。



「みんな、ごめんなさい。あたし……こんなことになってるとは思わなくて……もっと早く帰ってれば」


「いいや、君だってポーラと戦って怪我や疲労もあったんだ。責められない」



 薬ならとっくに手にしていたのに、と自分を責めようとするレイを咄嗟にホープがフォローした。


「あ、そうだ。ゾルンドナト病は感染すると『狂人』に転化する――って話があったけど」


 ゾルンドナト病に関しての話を終えるなら、その前にこの説を否定してからだ。



◇ ◇ ◇



「…………」


 今さっき、ようやく仲間全員が薬を接種し、抗体を得た。

 それなら調べなければと、ホープはシャワールームを訪れた。


「……ガイラス」


 そこには『触れない』という理由で放置されていた、眼鏡の青年ガイラスの死体が横たわる。

 彼はゾルンドナト病と診断されたが、なぜか突然『狂人』となってコールに撃ち殺された。


 ニックもジルも……あれだけ症状が進行していて、転化しそうな前兆も無かったのに。


 ホープは遠慮無くガイラスの死体を触り、服を捲り、転がし、隅々まで観察する。


「……なんだよ」


 結果――脇腹の、本当に見えづらい部分に、若干の()()()が確認できた。



◇ ◇ ◇



「ショッピングモールで腐った水の中に落ちた彼は、どこかのタイミングで狂人に噛まれてたんだ……感染症とは無関係ってこと」


「……ガイラスを、助けた判断……間違ってた、かな?」


 あっけない真実。

 今度はジルが自分を責めようとしたが、そんな彼女の頭にニックが手をポンと置く。


「てめえは善行を働いただけだろうが。ガイラスって野郎も悪人じゃあなかったが……臆病だった。それだけの話だ」


「……ん。ありがとう」


 悔しそうに俯くが、ジルは励ましてくれたニックに礼を返した。

 エムナスはというと、



「んなもん、どうでもいいけどよ! ゴホ、お前ら吸血鬼がそこで死んでるってのに余裕だなぁ!?」



 吐血しながらも狂気に染まった笑顔で、すぐそこで倒れているナイトを指差す。

 ――ゾルンドナト病を患って一週間だというのに、こいつはどこまで頑丈なのだ。



「誰が死んだってェ?」



 ちょうど良すぎるタイミングで入室したのは、体を包帯だらけにしたナイトだった。


「へ? へ? ……へ?」


 じゃあそこで倒れているのは? 一週間戦い続けた相手は? エムナスに残されていたなけなしの希望が、音を立てて崩れていく。


「よく見ろ。それは『ラジコン』とかいう玩具――ダリルが持ってきてくれた、カーラの発明品の中に混ざってた」


「発明たァ呼べねェけどな……遊びで作ったらしい」


 知らないところでカーラを失っていたナイトが、悲しげに言う。

 エムナスが倒れている『吸血鬼』を凝視すると、確かにそれは人でも何でもない。


 ホープは説明する。

 ――最初にエムナスと戦っていたのはナイトだった。しかし続いたのは数時間で、後は『ラジコンカー』に『人型パネル』を括りつけたものを走らせただけ。


「……だが声は!? 死ぬ時だって……吸血鬼の声がしてたぞ!!」


 エムナスが否定しようとしたが、


「――名演技だったろ?」


 通信機を手に持ったナイトの一言で、全てが瓦解してしまう。

 よく見ると人型パネルにも通信機がくっついていた。ナイトが外の部屋からずっと演技していたのだ。


「あ〜、ハイハ〜イ! ちなみにラジコン操作してたの私なんです〜! ふふん。偉いでしょ〜?」

 

 メロンが飛び跳ねながら手を挙げる。

 カーラのラボには監視カメラの映像があり、彼女はそれで地下室を見ながら上手くラジコンを操作していたのだった。


「……く、くそ……」


 ようやく『敗北』を痛感したのか、体を小刻みに震わせるエムナスが、座ったまま額を床に押しつけた。



「――お、良いもん見れたぜ。こりゃ特等席だな、コール! なはは」


「やったー……」



 入室してきたのは――隻腕だが元気そうなドラク。

 そして彼に肩を貸す――目の下のクマがより一層濃くなっている不眠症の女性、コールだった。


 声に反応してホープはすぐ振り返る。この一週間、ずっと反射的にこうしてしまう。

 それだけ彼が転化しないか不安だったのだ。


 ドラクはピンピンしている様子で、明るくホープに手を振ってくる。


 一週間、転化しなかった。もう安心だ。


 やっと……安心できた。



「ありがとう、エムナス」


「っ!?」



 それは突然の、ホープの言葉だった。あの女に感謝を送る? おかしな話だ。


 続々と、ドミニク、エンが地下室へ。

 さらには()()()()()()()()()()も、入室する中で。


 誰もがホープに疑念の目を向ける。

 そんな疑念はすぐに解消されるわけだが。



「スケルトンどもも、お前も、おれに教えてくれた――どんなに大切な仲間でも。どんなに長く付き合ってきた仲間でも……簡単に失うことを」



 ひどい目に遭った。

 本当に参った。一週間なんかでは、体も、心も、この傷は癒えてくれない。



「正直、ドラクをあんな形で失いかけるなんて想像もしなかった。大切な仲間は、いつまでも生きててくれると勘違いしてたんだ」



 ホープは死にたい。

 仲間は生き足掻いている。


 だからといって、ホープが死ぬとは限らない。仲間が生きるとは限らない。


 仲間を失うのなんて、あんなにも呆気ないことなのだ。



「それを教えてくれた点だけは――本気で、お前に感謝してるんだエムナス。だから……」



 何かを言いかけて、ホープは踵を返してしまう。

 集まった仲間たちの間を通り抜けて、階段を上っていってしまったのだ。



「いいのかよォ、ホープ? こいつの()()に立ち会わなくても……」


「は、はぁ!?」



 去り行くホープの背中に問いかけるだけして、ナイトが刀を抜く。

 その切っ先をエムナスに向けて、



「言え、クソ女。誰かに『頼まれた』らしいが……ホープの『赤い目』とやらをどうやって知った? なぜこの場所がわかった? 目的は?」


「……っ!」


「言え」



 ――ここからが本題。

 このグループの未来のためにも、この女について調べる必要がある。

 知らなければならない。口を割ってくれるかどうかは、見通しも立たないが……



「ん?」



 ナイトは階段を下りてくる音に気づく。

 その靴音は重く、遅い……下りてくるのはホープぐらいしかいないはずだが。


『いいのかよォ、ホープ?』


 先程そう問われていたのをしっかり聞いていたホープが、






「――いいわけ、ないだろ?」






 両手に『巨大爆音チェーンソー』を抱え、地下室に堂々と現れる。


 その無表情の奥――隠せないほどの闇が、怒りが、憎しみが、苦しみが。


 ホープの右目に、赤すぎる(ホムラ)を灯す。


 冷静にエムナスに説明しているように見えただろう、仲間たちにも。

 自分にもそう見えていた。


 全然そんなことはない。


 ホープは、またしてもブチ切れている。


 だが、これまでの何よりも、その怨念は強く深く重く鋭く痛く辛く苦しく……大きい。



「っ……は……! あ……あ……!」



 エムナスの表情が、とうとう恐怖の一色に支配されてしまう。


 あの少年の纏う闇に。オーラに。殺気に。


 言葉も発せない。逃げる気力すら湧かない。


 叶うならば誰か。


 誰か助け




 ヴンッ、ヴヴヴンッ――――ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――ウウウウウウウウウウウウッ!!!!




 ホープが鳴らすチェーンソーの音が、少しずつ大きく甲高くなっていく。

 命を刈り取るその時まで。


 ――特大(とくだい)ブチ切れである。



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