第199話 『追い詰められて』
ずかずかと、エムナスは廃旅館内を躊躇いなく歩いていく――ホープたちが逃げた方向へ。
だが今、足を止めた。
「はぁ……はぁ……エムナス!!」
「あり? 自分から出てきてくれるとはありがたい」
その逃げたはずの方向から、目的である青髪の少年が戻ってきたのだ。
どうせこうなるなら、初めから降参すれば良かったのに。エムナスがそう言おうとすると、
「……これ以上、誰も犠牲にならず……エムナス、お前を撃退する方法を思いついたんだ」
「それがこれか?」
「そうだ」
別に言われなくてもわかっていることを、ホープはわざわざ再度言ってきた。
大人しく両手を上げた彼を拘束するためエムナスが一歩を踏み出すと、
「おっとォ……今さらそう簡単にいくわけねェだろ」
「ナイト……」
両手を上げたホープの背後から、ナイトとかいう顔の凹んだ吸血鬼が現れる。
彼は、ホープの首に刀を突きつけた。
「何だお前ら。仲間割れか? 人質か?」
「さァな……だが、人質にすりゃァ効果的だよな。ホープが殺されちまったら、てめェも困るだろ?」
「まぁ生け捕りが目的だし、そうだな」
エムナスは素直に頷く。ホープが死んでしまっては、仕事が失敗ということになる。
即座にナイトを殺してやりたいが、ホープの背後にぴったりと密着しているため手が出せない。
「ホープを殺されたくなきゃァ、ついて来いよ。クソ女」
「……言われる前から追ってたろボケ」
立場でも逆転させたつもりなのか?
内心エムナスはかなり怒っているが、感情を爆発させてもしょうがない。
特にこの世界では、感情を殺した者勝ちだろう。
ホープを人質にしたまま、ナイトは後ろ歩きで進んでいく。
やがて辿り着いたのは――地下へと続く階段。
「は!?」
階段の一番上から、ナイトはホープを連れたまま飛び降りた。
エムナスが若干慌てながら駆けつけ、階段の下を見やる。そこには大きな鋼鉄の扉が。
「地下室、ね」
鋼鉄の扉が、その先の暗闇へ誘うように半開きになっている。
他に道は無い。間違いなくホープもナイトも扉の先にいるということだ。
階段を下りたエムナスが、扉の先へ踏み込む。
その瞬間。
――――ピチャッ。
「うぉ冷たっ!! 何だ!?」
暗闇で全く見えないが、何か冷たくて、濡れたものがエムナスの顔に当たった。
当たったものは床に落ちたのか、顔には残っておらず何だったのか確認はできない。
――――ガシャァンッ!!
「ん?」
今度はすぐ背後で、鋼鉄の扉がすごい勢いで閉じられてしまった。
こじ開けようとしたが、向こう側に重い物が置かれているようだ。びくともしない。
「おらぁっ!」
ミニガンをぶっ放すが、鋼鉄の扉には穴も空かなかった。
仕方ない。エムナスは気分を切り替え、とにかくこの部屋の中にいるホープの捜索に専念することに。
だが、完全な真っ暗闇。
エムナスは何かないかとポケットを探り、
「おっ」
マッチを見つける。
箱の側面で擦り、マッチ棒に小さな火が灯る。
「……?」
小さな火でも、真っ暗闇よりかは視界が開けるものだ。この地下室の状況も見えてきた。
至る所に木箱が積まれて、壁のように――そして迷路のようになっている。
マッチ棒は数本しか無い。
一本の火が消えるたび、また次の一本に火をつける。
それを繰り返しながら、エムナスは入り組んだ木箱の迷路をゆっくりと着実に進んでいく。
最後のマッチ棒を落としてしまう。
火が消え、また暗闇。
もう少しで迷路から出られそうだったのに――
「ん? あれは……」
木箱と木箱の間から、何かの光が見えた。
離れた所に光源があるようだ。
エムナスは目を凝らす。
「青髪のガキ……!」
何と、見つけたのは偶然にも目的の人物。
ランタンを持ったホープが、キョロキョロと周囲を見回しながら歩いている。
この地下室の最奥――壁際にポツリと佇む、一つのロッカー。
人が一人だけギリギリで入れそうな大きさだ。
そのロッカーの中に、ホープは隠れた。
マヌケなことに、エムナスに見られているとも知らずに入ってしまったのだ。
「バカだな……」
エムナスは呆れたように息を吐きながら、そのロッカーへ真っ直ぐに進む。
ホープさえ捕らえればいい。他の仲間は放置したって全然構わないのだ。
と、
「っ!」
今、明らかにエムナスのすぐ目の前を、弾丸が横切る音がした。
もう一歩踏み出していたら撃たれていただろう。狙われている。
「……そっちもか!」
今度は背後に殺気を感じ、ミニガンを振り回して掃射。
暗くてまだよく見えないが、撃たれる前に高速で人影が動いたように見えた。
あのスピードは吸血鬼だろう。
……囲まれている?
「おォい、エムナス・ファトマ!! ホープを捕らえたきゃ勝手にすりゃいいが! ロッカーに向かうんならァ、背中に気ィつけろォ!?」
吸血鬼の大声が、地下室全体に響く。
――あのロッカーまで行くためには、少なくとも数秒は『木箱の迷路』に背を向けなければならない。
エムナスは強いが、さすがに吸血鬼に背中を狙われたら無事でいられないだろう。
他の仲間たちも銃で狙っているようだし。
「つまり、何だぁ!? お前ら全滅させてからロッカーをゆっくり漁れってか!? 上等じゃあん!!」
悪足掻きを続ける生存者グループの面々に、エムナスは思わず笑ってしまう。
筋力や反射神経よりも――エムナスの一番の自慢は、殺しへの絶対的な執念。
つまり、奴らはここで終わりだ。
あのロッカーを開ける前に、必ずグループの全員殺し切ってやる。
「ウチに喧嘩売るなんて完全に狂ってら――追い詰められた獲物は恐ぇなぁぁぁ!!!」
エムナスはミニガンの乱射を開始し、周囲の木箱を吹き飛ばしていく。
最初からこうしなかったのは、うっかりホープを殺してしまうとマズいからだ。
ロッカーさえ撃たなければ今は問題ない。
エムナスは撃ち続ける――ロッカーからホープが逃げ出さないか、誰かが細工しないかをちょくちょく見張りながら。
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
――エムナスが地下室でミニガンを撃ちまくって、三日が経過した。
信じ難いが、三日だ。
彼女は三日間休まずに撃ち続けた。
ロッカーにも何も異常は無い。ホープもあの中に隠れ続けているのだ。
「おい、まだ降参しねぇのかぁ!?」
エムナスはまだまだ元気。
銃弾もまだまだ残っている。
しかし相手の方はというと、
「……て、めェ……」
「気づいてるよなぁ、吸血鬼ぃ!? ――もうお前以外は全員殺したぞ!?」
「クソがァ……っ!」
暗闇の中を、木箱の間を駆け回るナイトがエムナスの言葉に歯噛みする。
もう誰も銃で援護してくれない。
ニックも、ジルも『数時間の命』とされていたが、もう三日が経っている。
暗闇の中で息絶えているのだろう。
だいぶ、木箱が壊されている。今や迷路の形も成していない。
木箱が壊されていく合間に、仲間たちもいつの間にか撃ち殺されてしまったようだ。
「いくら吸血鬼でも、お前も限界だろ!? ウチの執念を舐めてただろ!? 三日も動き回ってて、疲れねぇわけないぜ!! ゲホッゲホ!!」
「ぜェ……ぜェ……っ」
銃弾を避けながら常に動き続けているナイト。
彼だって、体力尽きるのもそう遠くないだろう。
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◇
◇ ◇ ◇
――エムナスが地下室でミニガンを撃ちまくって、とうとう一週間も経過してしまった。
信じ難いが、一週間だ。
彼女は一週間休まずに撃ち続けた。
ロッカーにも何も異常は無い。ホープもあの中に、一週間ずっと隠れ続けているのだ。
「ゲホッ、ゴホッ……! あー、そろそろ弾が尽きちまうな……長旅用に、しこたま拵えといたのによ……ゴホ!」
「ぜェ……ぜェ……」
顔を血まみれにしたエムナスは、ボロボロの体をどうにか動かしている状態。
銃弾がもう尽きる。
そんな時、一週間逃げ回り続けていたナイトの方にも限界が来てしまったようで、
「ほい……隙あり」
「がァッ」
あっさりと、暗闇の中で動きを止めてしまったナイトが撃ち殺された。
木箱もほとんど残っていない中、息遣いで簡単に居場所がバレたのだ。
銃弾もちょうど無くなった。
ボロボロの体には重く、引きずるように動かしていたミニガンを投げ捨てる。
だってもう、後は目的を果たすだけだ。
エムナスは倒れた吸血鬼に目もくれず、歓喜に震えながら……目的のロッカーへ。
依然として暗闇で何も見えない地下室だが、ロッカーだけは方向をちゃんと覚えている。
ロッカー周りの気配はずっと気にしていたが、誰も出入りしていない。最初にホープが隠れてそのままだ。
一週間も隠れ続けて衰弱しきったホープは、抵抗もできずに捕まるだろう。簡単すぎる仕事だ。
まっすぐに……ゆっくりと……フラフラとした足取りで、向かっていく。
扉に手を掛けて、
「あぇ?」
ロッカーは、空っぽだった。
そして。
「エムナス……お前、誰と戦ってたんだ?」
反対側にある鋼鉄の扉が開け放たれ、少しの光が差して、向こう側からホープが問いかけてくる。
いくつもの足音が、階段を降りてくる音がする――
次回200話、大逆転をお見逃しなく…




