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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第四章 障害に次ぐ障害
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第198話 『■■■は遅れてやってくる』



「あああァ!!」


 エムナスを一発斬りつけたナイトは、すかさず二撃目を叩き込む。

 しかし一瞬で体勢を立て直したエムナスはミニガンで刀を防御。


「らァ! るァッ!」


 ナイトは止めどなく斬撃を連続させているが、


「……吸血鬼かぁ」


 エムナスは全く怯まない。

 自分の身長と同じぐらいの大きさのミニガンを容易く振り回し、喋りながらナイトの刀を全て正面から受けている。

 斬られた傷も、意に介さない様子。


 そこへ、



「今だ……!」


「っ!」



 離れた物陰から、目を強引に擦って一瞬だけ視界を確保したニックが拳銃を構え、また別の物陰からドミニクがスリングショットを引き絞る。


 ナイトの連撃を受けているエムナスの、その背中を狙った二発が放たれる。


「考えたな」


 だがエムナスは余裕の笑みを見せ、軽くジャンプ。空中で体を捻り、二発の弾をギリギリで躱す。

 その不安定なはずの体勢のまま、


「そらっ」


 空中にて片手でミニガンを薙ぎ払うように振り回し、銃弾がニックとドミニクを的確に襲う。


「っ!? ぐあ!!」


 ニックは右肩を撃ち抜かれ、


「いぃッ!?」


 ドミニクも左の太ももを撃ち抜かれた。

 刀を振り上げながらナイトは冷や汗をかき、


「バカ、てめェら危なっ――」


「お前もだよ吸血鬼」


 危うく殺されかけた仲間たちへの忠告を、瞬間的に振り向いてくるエムナスが許さない。

 高速でミニガンがこちらへ振り回されるのを、


「おォっ……!?」


 ナイトは思考が追いつかないながらも反射神経だけで銃身を刀で打ち返し、その衝撃を使って飛び退く。


 未だ空中のエムナスは――それでも怯まない。


 飛び退いたナイトが着地したのは壁。襲い来るミニガンの弾幕を避けるため、


「う、おおおォォ!!」


 勢いだけで壁を走る。ナイトが駆ける、そのすぐ後ろの壁が次々と穴だらけになっていく。

 追いつかれたら終わりだ。


 ここでエムナスは、やっと両足を地面に着けた。


(お、おい……ちょっと待て……)


 部屋の壁を走り続けながら、ナイトは頭を整理していく。

 いや、これは仕方ないのだ。頭の整理に割く時間が一つも無い。エムナスとの戦闘が始まってから、一瞬も気が抜けないのだから。


(あの女ァ……! 今の一瞬で、しかも空中で……どんだけやりたい放題やりやがった……!?)


 弾幕に追いかけられながら、ナイトは頭の中だけで戦慄していた。

 あのミニガンを腰だめで撃てるだけで人間を辞めていると言っていいが、それを片手であんなに自由自在に振り回すのだ。


(動体視力……反射神経……身体能力……全てにおいて、あいつァ異常だ……)


 ここまでの道中でホープから少し話は聞いていたが、まさかこれほどの強敵とは。


 ――ナイトは壁走りの速度を上げ、あっという間に部屋をぐるりと一周してしまう。

 エムナスは最後の方はさすがに追いつけなくなり、ナイトは攻撃を仕掛けようとしたが、


「ッ!!」


 明後日の方向を向いていたはずのミニガンが、ナイトが踏み込んだその一歩目でもうこちらを向いていた。

 ナイトは踏み込んだ右足のバネを使い、大きく跳躍することにした。


 エムナスの頭上を、放物線を描くように飛び越えていって――



「は?」



 それを見たエムナスは無言で射撃中のミニガンを抱え込み、そのまま仰け反って後方へ振り回す。

 まるで自身のミニガンにバックドロップを仕掛けるかのように。


 結果、



「ぐァ……っ!?」



 放物線を描いている最中――まだ空中にいるナイトが弾幕に追いつかれ、右足を貫かれる。

 痛みとかよりも驚愕と恐怖でナイトは心が折れかけてしまった。


 どうにか着地するが、


「ちょっ、待っ――」


 イナバウアー状態のままエムナスは射撃を続行してくるものだから、ナイトは右足の痛みを堪えながら逃げ続けなければならない。


 ねっとりと執拗に追いかけてくる銃弾の雨に捕まらないためには、逃げ道を絶対に間違えず、一歩一歩を確実に走らなければならない。

 踏み出すたび、右足からブシュッと血が噴き出す。


(何だコイツ。やべェ。殺される)


 もはや吸血鬼も人間もクソもない。

 このまま戦い続ければ、エムナス・ファトマは確実にナイトを殺すことができる。


 ぶっちゃけ、普通の人間はナイト等の吸血鬼にとっては『格下』となるだろう。

 吸血鬼も同種だし『同格』の域を出ない。


 だがエムナス・ファトマは?


 奴は『格上』どころの話ではないではないか。

 ナイトが手も足も出ないなんて他の敵では――




「……あ」




 銃弾の雨がすぐそこまで迫る中、ナイトは思い出したことがあった。

 彼女のこの『強さ』には見覚えが――



「先走りやがって……ナイトぉぉ!!」



 蜂の巣になる、すんでのところでナイトの前に人影が立ちはだかった。



「はぁぁ……はぁぁ……っ! あ、あいつの目的は()()()()()()()だって……はぁ、言っただろ!?」



 ホープ・トーレス。

 彼がナイトの前に現れた瞬間、エムナスはピタリと射撃を止めた。


「外にいたのかガキぃぃ!!」


 そうだ。ナイトは完全に忘れていた。

 事前に『ホープを盾にしながら戦う』という作戦を二人で立てていたのだった。


「助かった。悪ィが使わせてもらうぞ」


「ぐえっ」


 ナイトはホープの後ろ襟を掴んで、そのまま盾にしてエムナスに向かって突撃する。

 ……これはかなり骨が折れる役目だとホープもわかってはいた。嫌だったが、背に腹は代えられない。


「あぁ小賢しい戦法だな。お前本当に吸血鬼か!?」


「うるせェ!!」

「ぉおっ……おうっ……」


 ホープは、刀と一緒にブンブン振り回される。さすがのエムナスも攻撃ができず困惑していた。

 と思ったが、


「ちょ!?」


 普通にエムナスが拳を振りかぶった。


 まさか殴られる!? デコピンだけで額が大変なことになった記憶があるホープは逃げようとしたが、ナイトの握力から逃げられるわけもなく、


「うわああああ!!!」


 拳が振り抜かれる。だがエムナスの腕はホープの体にギリギリ当たらず横をすり抜け、


「ぐ……ォ……?」


 強烈なパンチが――後ろのナイトの胸にクリーンヒットしていた。


「……ァァァァアアああああ!!!」


 衝撃波が見えたかと錯覚するほどの威力に、ナイトは吹き飛ばされて転がり、階段を上へ登っていく。

 階段から『転がり落ちる』ことはよくあるが、『転がり登る』のは史上初じゃなかろうか。


 一階でパンチを食らい、二階の廊下に届きそうなところまで吹っ飛ばされた。

 抉れた階段にナイトが沈んでいる。


 ホープは二階の廊下に転がり込んだ。


「びっ……くりしたけど……怪我してない?」


 幸いなことにあれだけ階段を転がってホープは無傷だった。ナイトはボロボロだが。


「え……? いや、まさか……」


 ボロボロのナイトが、なぜか上に上げていた腕を下ろした。

 器用なことに――転がっている時、ナイトはホープが怪我しないように調整し、全てのダメージを請け負ってくれたようだ。


「……バカだな、君は」


「……感謝ぐらいしろ……ガフッ!」


 もちろんホープは感謝ぐらいしている。ただ、今はそんな無駄なやり取りをする場合ではないだけだ。

 吐血したナイトは、


「クソが……今のでアバラ、何本かイったぞ……」


 戦い始めてまだ1分も経っていないと思われるが、ナイトは右足とアバラがイっている。

 仲間にも負傷者が多数。


 でも、


「……い、行かねェと……あいつらが……」


 ナイトは重い体を起き上がらせようとする。ホープも補助し、二人は階段を駆け下りた。

 エムナスが迎え撃とうとしてくるが、



「なーんだ。吸血鬼がこのグループの奥の手かと思ったら、やっぱり決定打に欠けるんだね――相手になろうか、お嬢さん?」



 声が掛けられてエムナスは動きを止める。

 ――何段か積まれた木箱の上で、勇ましく刀を抜き放ったのは糸目のアクセルだった。


 アクセルは刀を構えて見下ろすが――いつの間にかエムナスの姿が消えている。

 恐れをなして逃げてしまったか?


「バカてめェ、手ェ出すな逃げろォ!!」


 なぜかナイトが怒鳴りつけるのは敵のエムナスではなく、味方であるアクセルの方だった。

 アクセルが首を傾げると、




「はい。お前退場」


「えっ」




 次の瞬間。

 突然目の前に現れたエムナスが空中で後ろ蹴り(ソバット)を繰り出し、


 ポシャッ。


 という音とともに、アクセルの頭部が爆散する。

 バケツいっぱいのペンキをぶちまけたみたいに、大量の赤黒い液体が舞う。


「……!」


 ナイトもホープも、目を疑った。

 何よりもその殺人の速さに。まばたきする暇も無かったのだ。


 アクセルの両腕も両足も、まだ生きているみたいだ。まだ戦えると思っているみたいに刀を握っている。

 頭部を失って数秒。やっとアクセルの体はヨロヨロと倒れた。


 まるで自分が死んだことに……体が気づいていなかったかのように。


「アク……セル……」


 二人が呆気にとられていると、



「ッ!?」


「だからお前も同じ目に遭うんだっつの!」



 気づいた時には、ナイトの頭上にエムナスが飛んできていた。

 思わずホープの体を乱雑に振り回して盾にしようとしてしまったが、


「あァ!?」


 射撃を封じられたエムナスが放つ蹴りは、やはりギリギリでホープに当たらない。

 ホープをすり抜けて、


「んんぶゥ!?」


 ナイトの顔面に、エムナスの靴裏が突き刺さる。


「ゥ、ゥ……」


 ――メキ、メキッ。

 明らかに人体から鳴ってはいけない音とともに、靴裏がナイトの顔面に沈んでいく。

 その蹴りの重さは、ナイトの顔の原型をなくしてしまうほどなのだ。


 エムナスは微笑む。



「『ヒーローは遅れてやって来る』ってやつかと期待したのに、遅れて来たのはただのサンドバッグかよ!」


「ァぶァァ――――ッ!!!」



 靴裏が顔面から離れた瞬間、ナイトの頭は反動で床に叩きつけられた。

 床にはクレーターが出来上がり、周囲には何メートルにも渡って亀裂が生まれる。


「……ナイトっ!?」


 それでもナイトはホープを抱え上げ続けたので、ホープは無傷で済んだ。


「蹴りやすいなぁこのサンドバッグ!」


 嬉しそうに言い放つエムナスが着地する瞬間、


「っ! はァ、はァ……っ!!」


「あ。逃げた」


 顔面が若干凹んでいるのが痛々しいナイトがホープを抱え、無様なフォームで全力疾走。

 本気で逃げないと殺される。ナイトは普段とは打って変わって、肉食獣から逃げる獲物の立場になってしまったのだ。


 ナイトのメンタルは関係ない。これは事実。


「いやお前これで終わりと思った? さいなら」


 容赦なく、エムナスはミニガンを構えてナイトの背中のみに狙いをつける。



「……ほらよ……ゲホ。投げろ……」


「エ? ギャアアアッ!? 何ヲアッサリ渡シテンノォォォ!!?」



 物陰ではニックが手榴弾のピンを抜いてダリルに渡し、ダリルが泣きながらそれを投げた。

 偶然にも手榴弾はエムナスのすぐ足元へ。


「おっと!」


 さすがにエムナスは射撃を断念し、転がって手榴弾から離れる。

 爆発と爆煙は、少しの間だけエムナスの注意を逸らすことになった。



◆ ◆ ◆



 もう……こんな状況まで追い詰められてしまっては、ゾルンドナト病とかどうでもいい。

 とにかく打開策を探るしかない。


 ホープが瀕死のニックに肩を貸し、ナイトがそれに並走する。


「アクセルの奴が……やられたか……」


「クッソォ……あの野郎、余計なことしやがって……死なずに済んだのによォ……!」


 アクセルとはそんなに面識も無かったと思うが、ナイトは悔やんでいる様子だ。

 確かに、無駄に突っ込んで死んでしまうなんて酷い最期だ。



「これが、俺の選んだ道かよ……ホープ?」


()()()()()、選んだ道だよ」



 選択とは人生において一回ではない。

 何個も何回も、小さなものから大きなことまで、色々な選択を経て、自分たちは生きている。


 いくつもの選択肢を経て、紆余曲折の果てに、ホープとナイトはこの道に立っているのだ。



「その道を選ぶことを『望んだ』か『望んでない』かは……自分にしか、わからないからね」


「……!」



 ホープも、ナイトも、望まぬ選択肢をさんざん選び、選ばされてきた。今もこれからもそうだろう。

 だがそれを望もうが望むまいが、他人から見れば『あの人は選んだ』。ただそれだけ。


 ナイトは最終的にはこのグループに入り、敵を排除することを『選んだ』。

 彼の事情を知らない仲間たちは、課程も心情もすっ飛ばして、その『選んだ』ことしか考えない。


 人生とは孤独な戦いだ。


 ただ、


「……ナイトさんよー……あのイカレ女と戦った……感想、聞いてもいいかなー……?」


 痛む右腕を抱えてコールが問うてくる。ドラクを背負いつつ。


 ――ナイトの選んだ道には、少なくとも仲間がいる。

 事情とかは置いといて、協力したり、話し合ったり、分かち合ったりすることができる道だ。


「……想像を絶する、強さだった……」


「あーあー……」


 俯いて答えるナイトに、コールは「聞かなきゃ良かった」とため息。



「だが、ホープよォ……あのエムナスとかいう女について、どれぐらい知ってんだ?」


「……全く」



 何も知らない。

 いきなり聞いてきたナイトに、ホープはそう答えるしか無かったが、彼の方は思うことがあるようで、



「……俺の故郷ァ、人間に滅ぼされた」


「うん」


「それァな……ほとんど()()()()()の仕業だったんだ」


「え!?」



 ホープだけでなくニックやコール、ナイトの過去について何も知らない仲間たち全員が驚愕した。


 吸血鬼の国を――たった一人の人間が?


 ホープはてっきり、見たこともない兵器が使われたとか、何千万もの人間が突撃したとか、そういう話かと思っていたのに。



()()()に……俺ァ、手も足も出ずに敗北し……国は滅んだ」


「……!」


「過去に俺が戦って勝てなかった相手はこの世に二人だけ……その内の一人が、そいつだった」



 いったい何の話かわからなくなってしまったが、



「エムナス・ファトマの強さは……俺の故郷を滅ぼした奴の強さに、そっくりだ……」



 要するに――冗談でなく『グループ最強』のナイトが手も足も出ない、史上最悪の敵が出現したということだ。

 全員が息を呑んだ。


 実際エムナスに攻撃が通ったのは、最初にナイトが不意打ちで斬りつけた一発だけだ。

 それ以降、本当に手も足も出ていない。というか一発目も効いてないし。


「っていうかさ……ニック?」


「……あ?」


「おれたちとりあえず走ってるけど、この方向だとどこに着く? なんか追い詰められてない?」


 ホープは冷静に状況を見ていた。

 とにかく全員が、あのバケモノ女から逃げたくて必死で走っているが、目的地など無い。


「あのなあ……?」


 うっかりニックに聞いてしまったが、彼はほとんど視界ゼロ。

 そんな失敗を補助するように答えてくれたのは――父親と離れて走る、虚ろな顔の少女サナだった。


「……地下室、だよ……ホープおにいさん」


「…………」


 聞けば、最初は二階にいた仲間たちだが、追い詰められて一階に降りるしかなくなったらしい。

 それからホープは気づかなかったが、エムナスは自然に二階への階段と正面玄関を通れないよう工夫して立ち回っていたという。

 まんまと嵌められた。


「あとな、ホープ……こんな弱気なこたあ……ゴホッ、言いたくねえんだが……」


「…………」


「……俺と、ジルは……あと数時間の命だろうな」


「…………」


 目から鼻から口から血が止まらないニック。もう動くことも喋ることもできないジル。

 特にジルはダリルに抱えられるがままで、彼が走るたびに力無く揺れる首に、もはや生気を感じられない。


 全員が絶体絶命。


 下へ下へ逃げるしかなく……とうとう逃げ場の無い地下室へ。




「おい青髪のガキぃぃぃ!!! お前以外の仲間全員ぶっ殺して、とっ捕まえてやるぜぇぇぇ!!?」




 エムナスが叫び、追いかけてくる音。彼女なら有言実行できる。

 戻れば待っているのは『死』のみであり、もう、戻ることは、できない――



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