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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第四章 障害に次ぐ障害
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第197話 『ホープvsナイト 第1ラウンド』

いや追い詰められたホープカッコ良すぎでしょ…自信を持ってお送りします。













 ホープのヘナチョコパンチ。そして刀を抜いたナイトが動きを止める――それが開戦のゴングだった。


「約束だァ……? 確かに『殴れ』と言った記憶ァあるが……約束までした覚えはねェぞ!」


「は……はぁぁっ……! ぅはぁっ……!!」


 怒るナイト。

 だが30分、少しも休まずに走り続けたホープは、突然止まったことで疲弊がどっと押し寄せてきた。


「何とか言いやがれェ!」


「はぁっ……はぁ……っ」


「……ッ! ……ふざけやがって……どんだけ走ってきたんだ! あァ!? そんなに疲れるほど、俺を一発殴るのに必死になってたのか!?」


 怒りが収まらないナイトは、ホープの胸ぐらを掴もうと近寄ってくる。

 伸ばされたその右腕を、


「っ!」


 中腰で俯いていたホープは、冷酷に払いのけた。


「はぁ……はぁ……この、おれが……君なんかを殴りたいとかって理由で、こんなに必死になるわけ……ないだろう!?」


「……知らねェよ!」


「知れよ!! おれたちは『仲間』なのかってわざわざ確認取ってきたのは君だったんだぞ!?」


「ッ! クソがァ……!」


 戦い、とはいっても殴り合いでホープがナイトに勝てるわけがない。

 ホープが使えるのは理論攻めのみだ。


「……はぁ……はぁっ……リチャードソンと、エディは? 薬は? 君のその傷は?」


「うるせェ……」


「今……はぁ、はぁ……逃げようとしてたな……? どこに逃げようとしてた?」


「うるせェ!!」


 よく見るとナイトは首以外にも、胸や腕などに引っ掻き傷のようなものがあった。スケルトンや狂人のものではなさそうな、肉食獣の爪痕のようだが。


 こうなってくるとリチャードソンとエディが不在なのが気にかかるが、今の壊れているナイトは説明してくれそうにもない。

 恐らく、薬も見つかっていないのだろう。


 頭を抱えたナイトはホープを本気で睨みつける。


「てめェ……何しにここに来たァ!? どうやって俺を見つけた! なぜ放っといてくれねェ!?」


「うるさぁいっ!!」


「あァ!? 殺すぞ!!」


「うるさいうるさい死ね死ね死ね!!」


「てめェが消えろ!!」


「ナイト死ね!!」


 理論攻め。

 そうだ。これが『理論攻め』というものだ。


 相手の『理論攻め』も思ったより強い。


「死ねだとォ!? 俺ァ消えようとしてただろォが! てめェが引き止めやがったんだ!」


「うるさい死ね!」


「ッ……てめっ……!」


「うるさい死ね!」


「いい加減にしろォ!!」


「うるさい死ね!」


 おお。この最強の『理論攻め』にまだ抵抗するなんて、なかなかナイトも強情だ。


 正直言ってホープは――ほぼ脳死で口を動かしている。自分でもびっくりだが、もうこの口を止めることができない。


 仲間があれだけ大勢死んでも涙一つ流さず、割と冷静でいられたと思っていたが……これのどこが冷静だ?

 どこにも発散できずにいた鬱憤が、闇が、ホープの腹の中で腐り果て、どんどん大きくなっていき、今ここで全てをナイトにぶつけているのだ。


「もう放っとけェ俺なんかァ!」


「うるさい死ねカス! ボケがよ!」


「っ……て、てめ、俺を罵りに来たのか……?」


「カス!!」


「…………」


「カス!!!」


 ここまでくると『キャラ崩壊』とかそんなチャチな言葉では表現できない、ホープの現状。

 心なしかナイトの口数が少なくなり、声も震えてきた気がするが。


 人前で涙など見せたことがない、ナイト。


 仮面の少女と別れたあの日以降は一度も涙を流していない、ホープ。


「死ね!!」


「……てめェが死ねっ!!」


「いいよぉ!?」


 涙の枯れきった二人の罵り合いに、やはり涙が流されることはなかった。

 まるで子供の喧嘩――それ以下だ。


「死ねよ……ナイト」


 突然、ホープは声を静めた。ホープは、わかっている。このまま罵り合っても何も解決しないと。



()()()()()()()()()()、死ねよ! ナイト!」


「……あ?」


「この役立たずぅ!!」



 これまでの暴言の意味が覆されるような発言に、ナイトは首を傾げた。

 落ち着いてきたホープはようやく本題に入る。


「廃旅館が……危機に陥ってる……知っての通り現在進行形で、感染症で仲間たちは蹂躙されてる」


「あァ……」


「まだ解決してないのに……裏切り者が出て……スケルトンの群れに侵入されて、仲間たちが蹂躙された」


「……は!?」


「何とかスケルトンを撃退したら……今度は人間離れした強さを持った女がおれを狙ってきて、また仲間たちを蹂躙してる」


「っ……」


 初めて聞かされたナイトが絶句するのも当然。

 ほんの数日、いや、実質的にはほんの数時間で、ちょっと蹂躙されすぎだ。



「だから、助っ人が要る。君を連れて帰る。それがおれの任された――」


「無理だ」


「――こと、なんだけど……」



 予想通り。

 ナイトの中の何かを解決しなければ、普通に頼んだって、この野郎が素直に従ってくれるわけがない。



「君が戻らないとみんな死ぬんだけど」


「わかってる……」



 本当に仲間を見捨てることができるほど、ナイトは落ちぶれた。


『おいホープ……今のナイトを連れ戻すのは……少し、難しいかもしれねえ……気をつけろ』


 廃旅館から出る直前のニックの言葉を思い出す。


 とはいえナイトのことを豆腐メンタルだと知っているグループの仲間たちも、まさか気づかない間にここまで堕落するとは予想できなかったろう。


 だが、ホープは予想していた。


 なぜか?


 ――ナイトを、もはや他人とは思えないから。

 ――この状態まで落ちた人間を、ホープはよく知っているから。


 まるで……エドワーズ作業場にて芯の芯まで心を折られた、あの時の自分を見ているようだ。



「俺ァ、もう……何も守れねェ……そうだ、俺ァ役立たずだ……好きなだけ罵れよ」


「…………」


「終わったんだ……仲間が全滅しちまうのは、悲しいが……俺が行ったって何にもならねェから……」



 あんなに熱く言い合いをした反動みたいに、ホープから目を逸らしたナイトが心の闇を吐露する。

 暴言ももう出ない。彼の口から出てくるのは、ネガティブな言葉とため息だけ。



「てめェのお察しの通りだ。俺ァもう仲間じゃねェ……グループから去る……だからもう放っといて――」


「君が何を守れなかったんだ? ナイト」



 遮るように言ったホープに、背を向けていたナイトがピクリと体を震わせた。

 しばし沈黙が続いたが、



「……故郷だ」


「それとオルガンティアって吸血鬼?」


「……あァ、そうだな」



 例の『亜人禁制の町』で『四天王』とやらを任されていた男。

 ナイトはニックの任務に従ってそいつを殺したそうだが、どうもその辺りからナイトは様子がおかしい。


 だからオルガンティアという答えは予想していたが、『故郷』というのは初耳で少し驚いた。


 雨が降り始める。

 ナイトは銀髪を濡らしながら、虚無だけを映した表情で天を仰ぐ。


「俺の故郷『デュラレギア鬼神国』の滅亡に、スケルトンは関係ねェ」


「……スケルトンパニックよりも前に?」


「そうだ――人間に滅ぼされた」


「……でも……」


 忘れがちだが、ナイトは吸血鬼ではないか。吸血鬼のオルガンティアも知り合いだったようだし、その国というのは、


「そうだ。吸血鬼の国だが、滅ぼしたのは紛れもなく人間だ」


「…………」


 信じられないことだ。

 だが、今さらナイトが嘘をつくとも思えない。今は納得するしかないだろう。


「……同僚も……守るべき国民たちも……俺の恩人も!! 何も、俺ァ、守れなかった……!」


「…………」


「全て、失ったと思ってた……!」


 雨が、激しくなる。

 涙の枯れてしまった二人の目元に、まるで涙を添えてくれているかのように。


「だから……オルガンティアに再会できて喜んで……いや…………喜びたかった……!」


 ナイトは歯を食いしばり、血が出るほどに拳を握り締めた。


「……あぁ」


 ホープも見ていた。

 再会早々、オルガンティアはナイトを殺そうと襲いかかってきたのだ。


 その後も、ニックとプレストンとのイザコザもあり、和解など話にも上がらなかった。


 敵として再会してしまったから……

 ナイトの気持ちなど考えていなかったホープだが、考えてみると、どれだけ苦しかったことだろう。


 彼に『トドメを刺せ』と命令したのはニックだが、ニックも悪者とは言えない。

 実際オルガンティアの処遇を中途半端にすれば、こちらのグループの仲間たちは生きて帰れなかっただろう。ニックの判断は正しい。


 だからこそ、苦しさは増す。



「どうして俺が……どうして、何も守れなかった俺が……仲間を斬らなきゃならねェ!?」



 目を閉じ、俯き、ナイトは叫ぶ。


「しかもオルガンティアは……まだ希望があると、最期に俺に伝えてきやがった……」


 じゃあその希望に縋ればいいじゃないか、なんて、ホープが言えるわけもなかった。

 だって、



(こえ)ェよ……故郷に戻り、仲間に会わなきゃならねェのに……会うのが恐ェ……また同じ目に遭っちまう……」



 背を向けているナイトの体が、子犬のように震えているから。声も震え、時折裏返ってしまい、弱々しくて情けない声。

 それでもホープは、話を続けなければならない。


「じゃあ、君はグループから逃げて……故郷に行こうとしてたの?」


「……無理、だ……」


「じゃあ、どこに行こうとしてた? どの道を進むつもりだった?」


「どこにも……行けねェ……」


 行き場を見失った哀れな男。

 とうとうナイトは両手で頭を抱え、膝をつき、顔まで地面にめり込ませた。


 ――それでも。




「この道が、君の選んだ道だろ!!!」




 まるで正義でも背負っている熱血漢みたいに、青髪の少年は叫ぶ。


 ……選ぼうとすらしていない男が何言ってるんだ。

 そんな文句が飛んでこようともホープは、今だけは目の前の男に鞭を打たねばならなかった。


 ハッとしたナイトが弾かれたように立ち上がり、ホープと対峙する。


「ッ……故郷が滅ぼされたんだぞ! それでスケルトンまで現れて……理不尽に選ばされたんだろォが!」


「滅んだ話をおれは知らないし、今それは関係ない!」


「……!」


 今初めて聞いた、ナイトの故郷の話。故郷の存在や名前すら知らなかった。

 今聞いただけの情報で理論攻めなんて、ホープにできるわけがない。


 ホープが思い出したのは、


「経緯は知らないけど――君は自分からニックに頭を下げたって、言ってたよな!?」


「ッ! そ、それは……ヴィクターを守るためだ!」


「へぇそうなんだ! じゃあ君はやっぱり誰かを()()()()()グループに入るのを()()()ってことだね!」


「ッ! ッ、ッ!」


 ワンツージャブからの黄金の右、そんな理論攻め。ナイトは墓穴を掘ったのだ。

 今になって生えてきた新情報を深堀りする時間は無かったが、都合良くホープに味方してくれる情報だった。


「みんなが、君の帰りを待ってるよ。ナイト。どうしてだと思う?」


「…………」


「君が、この道を選んでしまったから。選んだ結果、事実として君は『グループ最強』になって当然だから」


「……ッ!」


「だからグループの仲間たちが危機に陥れば、君を必要とする。ニックは君に命令する。おれは君を連れ戻しに走ってくる……全部が。この道を、君が選んだからこうなってる!」


 知ったような口を叩くホープの、もっともらしい言葉の羅列だが――これはホープの『どうして自分は生き残る』という疑問には当てはまらない。


 ホープもグループに入ることを選んだが、それと同時に『死にたい』とも願い続けている。嘘でも不幸アピールでもない。

 そんなホープがなぜか死なない、仲間は死んでいく。ホープはこんな道を選んだ覚えはない。


 しかしナイトのような吸血鬼が、ごく普通の人間のグループに入ってしまえば、『最強』として祭り上げられるのは当然の結果だ。

 現れる敵も、全員薙ぎ倒すのが彼の仕事になるに決まっている。


 それを本人が悩んで、放棄してしまっては、



「考えろよナイト……自ら『最強』に、『希望』になってくれた君を、信じてくれる仲間たちが死んでいく……本当に背を向けられる!?」


「ッ!」


「これ以上ゴネれば……君はもっと後悔する!!」



 ホープは、ナイトをもう他人とは思えないと感じた。

 だが、決定的に違うことがある。



「わかってないとは言わせない……君は、信頼されてるんだ!!」


「……ん、んなわけ……」


「言い方を変えよう。もし『君自身』が信頼されてないとしても、『君の力』が信頼されている!!」


「ッ! くゥう……!」



 誰もが彼を『グループ最強』だと疑わない。

 自信を持って言おう。その()()()について否定する者は、ゼロである。



「これが君の選んだ道で……もう戻れない。それは君自身が今、証明してる」


「何を……俺が?」


「だって故郷に戻るのが恐いんだろう? 君がこの道から逃げたとしても、吸血鬼の仲間たちの道に切り替えることができない……って、自分で表現してるようなものだ」


「ッ……」



 もう言い返すこともできないナイトには、さんざん厳しい言葉を浴びせてきて悪いのだが。

 今のホープの脳裏に浮かぶのは、もっと厳しい言葉ばかりだった。



「どんなに願ってもこの道から逃げられないなら……君はもう、この道に殉ずるしかない。ニック・スタムフォードに頭を下げて、『グループ最強でいる』と約束した、この道に」


「……ッ」



 どうせ逃げられない。逃げても行き場などなく、残るのは後悔ばかり。

 ならば、ナイトはこの生存者グループに身命を投げ打つしかない。たとえ精神が狂っても。一生かけて。



「でも、君がウジウジしすぎたせいで……その道すら揺らいでる。本当に君は行き場を失くすぞ」


「……ど、どういう……こと……」


「――ドラクはスケルトンに噛まれて、おれが腕を切ったんだけど」


「ッ!!?」


「意識を取り戻した彼が、こう言ったんだ」



 そんな異常事態についてサラッと言われたナイトは呼吸も忘れるほど驚いて、問いただそうとした。

 だがホープが説明したのは、



『あの場にいたのが……今の、腑抜けちまったナイトだったりしたらよ……今のあいつじゃ、オレの腕なんか切れねぇから……』



 やはり、厳しい言葉。ドラクから真剣に言われたことをそのままナイトに伝えたのだ。


 ――ホープがエドワーズ作業場で壊れた時、立ち直らせてくれたのがドラクだった。

 そういう意味でも、彼の言葉は重い。


「……!」


 ナイトは片膝をつき、頭を抱え、どうにかして心を整理しようとしているらしい。



「おかしいだろ!? どうして君よりおれの方が頼りにされてる……どうして君が役立たずの扱いをされてる!? それは君が、体も心も仲間の近くにいてくれないからだ!!」



 こんなに責め立ててしまって、ホープも良い気持ちではない。優しさも与えてやりたい。

 でもそんな時間は無い。


 決断を迫られているのはナイトだけではない、ホープだって今は常にそうなのだ。


 打ちのめされているナイトを、完全に説得することは無理なんじゃないか?

 そんな可能性は、ゴングが鳴る前からずっと考慮していた。


 だからこそホープは――妥協、することにした。



「ナイト……これでもまだ心変わりしないなら、それでも良い……それでも良いから、今だけ協力しろ!!」


「ッ!」


「協力さえしてくれれば、おれは君に約束してやれることがある」


「……?」



 結果論だが。


 妥協したホープがナイトと結んだ約束こそが――この泥沼の口論を終わらせる切り札となった。

 ホープが『それ』を約束してくれるなら、とりあえず今だけでも協力してやる、とナイトは言う。






「おれが、君の故郷に一緒に行く――それで、何もかも全部を破壊し尽くしてやる!!!」






 もう戻ることはできないその道をホープが粉々にして、無かったことにしてやる。

 無茶苦茶で偽善的にしか聞こえないだろう。


 だがホープのそんな何の根拠もない口約束に――ナイトは弱々しく頷くしかなかったのだ。


 雨は絶えず降り続けている。


 ホープvsナイト、第1ラウンド。

 ――引き分け。



◆ ◆ ◆



「うぐっ、あぁーッ!!」


 ――眠れないながらも休んでいたコールが、廃旅館の中まで侵入してきたエムナス・ファトマを、壁から覗いて銃撃しようとした。

 だが異常な反射神経のエムナスは一瞬でミニガンを構え、こちらが撃つ前にもう撃っていた。


 咄嗟に隠れたコールだが右腕を撃ち抜かれ、右の頬も銃弾に抉られてしまった。


()っって……! 洒落に……なんねー……」


 本当に『油断=死』の状況だ。

 スケルトンとどっちが恐ろしいか、それは永遠のテーマにもなり得る課題だろう。



「殺し甲斐もねぇ雑魚の集団だなぁ! ニック・スタムフォードが率いるグループと聞いてたが、どうしたこの弱さ?? 疲れちゃったのかな!?」



 エムナスが言うように、完全に疲れちゃっている。当のニックなんて歩くことすらままならない。

 そんな最悪の状況で、こんなレベルの高い銃撃戦を制するなんて不可能だ。


 そう、単なる銃撃戦ならば。



「……ん?」



 何か、明らかに人間離れした気配を感じ取ったエムナスが周囲を見回す。

 建物の中じゃない。これは外から――



「っ、ぼはぁッ!!」



 正解の方向に振り返った瞬間、エムナスは腹から胸にかけて斬り上げられた。

 鮮血が飛び散る。仰け反ったエムナスが、現れた新たな敵を睨む。




「調子に乗りすぎだぞ、女ァ……俺は、てめェを殺すためだけにここに来た!!」




 濡れた銀髪の吸血鬼――ナイトだ。



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