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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第四章 障害に次ぐ障害
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第194話 『せっかちな殺戮兵器』



「……ん? 今、のは……銃声……?」


 耳は何とか機能しているニック・スタムフォードが、眠りから目を覚ます。

 外からマシンガンか何か――いやしかし、それよりも重く、あまり聞いたことのない銃器の音がした。


 見回してみるとグループの仲間たちは、ほぼ全員が満身創痍。体力面も精神面も休息を求めており寝たいが、寝ることすらキツそうだ。


 ――このグループの面々はいつも『満身創痍』に陥ってばかりなイメージもあるのだが、今回は本当に追い詰められている。

 今また別の災難にでも襲われたら、耐えられる者はここにはいないだろう。


 そんな中でニックだけが銃声に気づいたようだ。


 だがニックもゾルンドナト病に侵されており、両目は血が溢れて使い物にならない。

 元々の疲弊に加えてナイフで刺された傷もある。這いずって移動することさえ不可能。ならば、


「お……っゲホッ! お、おい……ダリル……」


 大声を上げようとすると、咳と吐血のセットに襲われたので、仕方なく囁き声レベルの声量。


「オロロロォ……ウエッ、オロロロロ……!」


「……ダリル……」


 どちらかというと体力の残っている方かと思い、リザードマンのダリルを指名するが……未だに取り込み中のようだった。



◆ ◆ ◆



「はぁ……はぁ……」


 とある扉を蹴破って入ってきた部屋で、エンは周囲を見回した。


「『ラボ』ってここだろ……? いないじゃないかっ!! どういうことだ!!」


 彼はカーラという少女を探していた。

 ドミニクが場所を伝えてくれたが、彼女が嘘をつく理由など無いはずだ。



「あいつ……やっぱり僕から逃げてるんだな!?」



 エンにしては珍しい、八つ当たり。イラつきのままに周囲のガラクタを蹴りつけた。



◆ ◆ ◆



「――じゃあな」


 仲間たちには『ラボ』へ戻ると言っておいたカーラだが、彼女は廃旅館の屋根に座っていた。


 今、懐にしまったのは通信機だ。


 ホープたちが大都市アネーロから持ち帰った銃の詰まったバッグの中にあった、壊れかけの通信機を修理して使えるようになったもの。


 短い通信ではあったが、有意義な時間を過ごせた。



「はぁ……ホープ・トーレス、『ここぞ』という時にしか機能しない男……かよ」



 通信も終わったのに、カーラは青空を見上げて一人呟いた。

 空がこんなにも綺麗に見えるのは、きっとホープたちと共に、あの死線をくぐり抜けたからだろう。



「結果的にだが、本当に命を救われちまったな……おれも……」



 カーラの発明品は強力だが、やはり万能とまではいかない。何でも作れるわけでもないし。

 あのままでは、被害はドラクの片腕どころでは済まなかっただろう。


 それをホープ・トーレスは、あの『ダリル専用』と呼べるはずだったチェーンソーを利用して、スケルトンどもを全滅させてしまったのだ。


 ホープという、何の変哲もない男がここまで生き残ってきた理由。

 そしてレイ、ドラク、ジル、ダリル等――謎のコアなファンが多い理由。


「おれにも、わかってきたかも……ん?」


 屋根から見下ろしたカーラは、気づいた。



◆ ◆ ◆



 棒立ちのホープの前に、真っ赤な穴だらけになってしまったスコッパーが横たわる。

 絶句しているホープの横からは、



「おいガキ、耳ついてる? 『赤い目』持ってんのかって聞いてるわけ。こっちも仕事なんだからグズグズしないでくんね?」



 20代と思われる女性。

 フランクな喋り方の彼女は、女性にしては少し短めの黒髪以外は何の特徴も無い。


 ただ、持っている武器だけが、あまりにも異質。


「……ぅ、ぅー……」


「っ! スコッパー!?」


 心ここにあらずだったホープの耳朶を打つ、奇跡的にまだ息があるスコッパーの――



「無視すんな。あとこれ気になってるみたいだけど『ミニガン』って言うんだ。爺さんまだ息あったか」


「っ、やめっ――!?」



 いつの間にかホープの目の前まで歩いてきてた女が、武器の説明をしながら無表情でスコッパーに追撃。

 ホープの制止など効果は無く、女は至近距離で嵐のように銃弾を浴びせまくる。


 虫の息で無抵抗で、どう考えても彼女にとって全く脅威ではないスコッパーに、だ。


「『ミニガン』の威力わかった?」


「…………」


「ちなみにウチの名はエムナス。エムナス・ファトマ。早く『赤い目』のこと言え」


「…………」


 突然現れて、『赤い目』のことを聞いてきて、この短時間で惨劇に惨劇を重ねた女――エムナスに対してホープは感情が追いつかない。

 よって言葉も思いつかないわけだが、


「早く言えってんだよ!!?」


「ぅがッ!?」


 せっかちなエムナスは、いきなりホープの首を片手で掴んで絞め上げてきた。

 異常なパワー。あのミニガンとかいうバカでかい武器を軽々持っているのも変だとは思ったが。


「ぐ、ぐ……」


 抵抗しようにも、掴んでも蹴っても爪を立てても、エムナスの体はびくともしない。

 彼女は軽装だが、まるで鎧に触っているかのように全身が硬いのだ。


 というか、苦しい。


「ぁ、ぁ……」


 こんな……わけもわからないまま、抵抗力が失われていく。息ができない、声も出ない。

 最悪だ。口から出るのは泡だけで――意識が遠のいていき、



「『音を一点に集中させる拡声器』だ!! いくぞっ、だあ━━━━━━っ!!!!」



 ホープの視界の端で、廃旅館の屋根から飛び降りてきたカーラが拡声器越しに大声を張り上げる。

 前にもホープの鼓膜を破壊しかけた発明品だ。


 目に見えるほど強力な音圧が、一直線にエムナスの顔面を貫いた。


 正面からまともに食らったエムナスは白目をむき、後ろに吹っ飛びそうなのを踏ん張るが、ホープの首は解放される。


「ぉ……あ……!」


「ホープてめぇ無事か!? 悪ぃ、ジジイは間に合わなかった……!」


 自分の首にエムナスの手の跡がくっきりと残っていることに戦慄するホープに、カーラの謝罪など届かない。

 スコッパーは、最初の不意打ちでとっくに手遅れだったのだ。


 それに、喋っている場合でもないようだ。



「……っるせぇな」



 明らかにホープの鼓膜が破壊されかけた時よりも爆音だったはずだが――エムナスは容易く意識を戻す。

 間もなくミニガンを構え「死ね」と呟き、



「『USSS』起動!!」



 カーラは叫ぶと同時に右腕に着けた装置を操作する。


 装置から飛び出した菱形のパネルのようなもの、それを中心に四つの辺からまた菱形のパネルがそれぞれ飛び出し、また飛び出したパネルからパネルが飛び出し――


 それはカーラとホープを守る、大きな防壁になる。


「ぬあああぁぁぁ……っ!」


「ッ……」


「ち、ちなみに『USSS』は『ウルトラスーパーすごいシールド』の略だぜ!! ぬあぁぁあ」


 大きな鉄壁とはいえカーラの腕に装着されているシールドなので、向こう側からの弾幕の衝撃はカーラ自身にも伝わるようだ。


 1分ほど経過したが……弾幕が終わらない。


 大丈夫なのかとホープがカーラの方を見ると、シールドのこちら側に妙な画面が見える。



〘維持率:98%〙



 シールドの画面にそう表示されているのだし、シールドの残りの耐久値のようなものと見て良いだろう。


「あのイカレ女、どんだけ銃弾持ってやがる……!?」


 愚痴をこぼすカーラにだって、言及はしないがホープと同じ画面が当然見えているはずだ。

 マズいことに、


〘維持率:82%〙


 許容範囲を完全に超えた銃弾の威力と量なのだろう、数字がどんどん減っていく。


〘維持率:55%〙


 しかも減っていく早さが尋常ではない。

 シールド自体からも、バチバチと変な音がし始めている。


〘維持率:38%〙


 もしもこの数値が(ゼロ)まで減ってしまったら、どうなってしまうのか。

 ホープだけが死ぬなら別に良かったのに、前にいるカーラが確実に先に死ぬではないか。


〘維持率:21%〙


「……ッ!」


 いよいよもって、カーラにも焦りが見え始める。ホープに何も告げないのは単なる『勇気』なのか、考えがあるのか。

 ついに、



〘維持率:10%〙



 ここまで追い詰められてしまった。シールドは軽く煙を噴いている。

 だがカーラが左手を懐にやったその時、



「何だそのシールド。どこの技術だよ? 頑丈すぎだわ。普通にうざいわ。うん」



 3分以上ミニガンで射撃を続けたエムナスだったが、飽きたのか中止する。

 ギリギリのところでシールドも失わずに済んだ。


 しかし、カーラはもう気を抜くことはしなかった。



「さっきの『拡声器』は音量MAX(マックス)だった――普通なら鼓膜が破れるどころか、死んでもおかしくねぇんだよ」


「それが?」


「ピンピンしてるてめぇは危険すぎるって話だ」



 異常なパワー、異常なタフネス。

 異常な武器に、異常な量の銃弾。


 人を殺すために生まれてきたのかと疑ってしまう――まるで殺戮兵器。


 ホープには見えた。

 冷や汗をかくカーラがシールドを引っ込め、左手に握られているのは。


 兵器として利用する気はなかったと言っていた、残り二つの『心停止キューブ』だった――



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