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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第四章 障害に次ぐ障害
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第192話 『脱落者』



「ぐぁ……ッ!!」



 しゃがんだホープの正面、血が滴る。

 左腕――手首より少し上の部分を噛まれている、ドラクの血だ。

 スケルトンの紫色の歯が、上下ともに、しっかりとドラクの皮膚に食い込んでいる。


「…………」


「…………」


 ――あらら、不思議だな。

 何も言葉を発せないホープも、同じく何も言葉を発せない庇われた張本人コールも、そんな感情だったりする。


 どうしてそんなに軽い感情なのか?



「ウ"ゥゥウ」


「あぅあぁッ……ッ!!」



 スケルトンが、ドラクの腕の肉を食いちぎる。


 まるで単なるゴム人形が破損して、イチゴジャムでも垂れ流しているだけに見える。


 つまり、その光景は現実感が無かった。



「…………!」



 フラつきから立ち直り、目を見開いたコールが駆け出して、ちぎったドラクの肉を貪るスケルトンに迫る。

 銃でそのまま頭蓋をぶん殴って床に倒すと、コールも屈んで銃で殴りまくる。


 とっくに頭蓋は粉々なのに、殴り続ける。


 明らかに冷静さを失っているコールに、また別のスケルトンや狂人たちが近づいてくる。



「……ッ!」



 それらを横から蹴散らしたのは、とてつもないスピードで飛んできた老人スコッパーだった。

 敵を排したスコッパーは、銃で殴り続けるコールの振り上げた腕を掴み、



「冷静さを失うな!!」



 額に青筋を浮かべたスコッパーが叫ぶ。

 荒い息で。明らかに動揺しているのを、どうにか押し殺しながら。


 まだ終わっていない。

 見ればわかる。見なくてもわかる。ここはスケルトンや狂人で埋め尽くされたままだ。


「っ……」


 コールは、思わず涙を流してしまう。


 拭うこともしない。

 とにかく感情がぐちゃぐちゃで――――ドラクの方に、顔を向けられない。


 一方、ホープは。



(え? ドラクなの?)



 あらら不思議だな。そんな感情からまだ抜け出していなかった。

 いや、抜け出すとかの問題ではない。それだけがホープの本心だから。



(ドラクかなあ? 噛まれたの、ねぇ?)



 腕の肉を食いちぎられているのを、まじまじと見て、それでもホープは。



(違うでしょ。ドラクが噛まれるわけないし……)



 見ようとしなかった。

 ドラクがゴム人形のように見えたのは、あまりにも現実感が無いから。


「うぁっ……!」


 肉がほんの少し足りていない左腕を抱えながら、苦しむドラクが尻餅をつく。

 ホープの目の前に。


 それでも、



「い〜〜〜やいやいや、いやいやいや……あっはっは、いやいや」



 否定する。認めない。見ない。見えない。絶対に、違う。あり得ない。嘘だ。信用しない。


「いやいやいやいや」


 あの、うるさくて、明るくて、バカで、たまに早口すぎて何言ってるかわからなくて、


「いやいや……」


 ただのアクセサリーのゴーグルつけてて、エドワードに片方レンズ割られてもまだつけてて、ただのトンカチを武器にしてて、


「はは、は……」


 人間として強くて、何だかんだ優しくて、悪事を働く者以外には分け隔てなく接してくれて、


「ドラク? 嘘だよね」


 エドワーズ作業場のドン底からの付き合いで。


 ジルと大の仲良しで、ナイトとも親友で、コールと恋仲になって、レイにもあだ名つけて仲良くなって。

 ホープを――



「嘘だって言ってよ」



 彼の肩を掴み、歪んだ笑顔のホープは脅迫した。

 ()()()()()()を強制した。有りもしない現実を。架空の楽しくて幸せな世界を。

 ドラクに、求めて、




「悪ぃ、オレ……脱落(リタイア)だわ……」




 返ってきた当たり前の回答に、




「嘘だって言えよぉッ!!!」




 ホープは真顔で、ブチ切れた。



◆ ◆ ◆



「……お、おい!? どうしたジジイ! そっちで何か起きたのか!?」


 頭上のプロペラで死者たちを狩りまくるカーラ。そのプロペラもバッテリーが減って動きが悪くなってきた頃、異変に気づく。


 ――カーラ、そしてダリルからは、スケルトンや狂人が多すぎてホープたちがよく見えない。

 唯一近くにいて見えていたスコッパー。唐突に彼が血相を変えて飛んでいったのが気になったのだ。


 スコッパーも今では見えなくなってしまったが、叫んだ声は聞こえたようで、



「噛まれた……ドラクの旦那が、噛まれたっ!!」


「な……!?」

「……!」



 想像以上に重苦しい事態だった。

 カーラも、ダリルも。普段から口が減らないタイプだが、黙ることしかできない。


 だが、このスケルトンの量で、こんなにも長く戦っているのだ。

 誰も死なないのは不自然と言っていい。


 この事態は、もしかすると妥当だったのかもしれない。


 すると、


「はっ……はぁ……っ」


「……?」


 スコッパーがどんどんこちらへ近づいてくる。

 殴り飛ばされたスケルトンの骨なんかが、辺りに撒き散らされていく。


「あった!」


 スコッパーがスケルトンどもを蹴散らした末に見つけたのは、まだ火がついたままの()()()だった。


 火の中に鉄製のスコップをなぜか放り込み、



「おい、二人とも聞けい!」



 カーラとダリルに『あること』を話し終わった老人は大慌てでホープたちの方へ戻っていく。



◆ ◆ ◆



 今、一瞬、ほんの少しだけスケルトンどもの進行が落ち着いた隙を見計らってスコッパーがどこかへ走っていった。

 囲んでくる死者たちを銃で撃ちまくっていたコールだが、弾も尽きたようで、とうとう銃で殴るしか攻撃方法がなくなってしまった。


 それを知っていながらも、



「ダメ……だ……ダメだ、ドラク……」


「おいおい、弱々しすぎだろ……ってかホープよぉ……そんなに、オレのこと……大事だったのかよ?」



 心が折れないようにするのが精一杯のホープと、痛む左腕を抱えるドラクは会話を止められない。


「お、お前、いつもオレのこと、邪魔臭そうにさ、邪険にしてくるから……きらっ、き、嫌われてるかと、思ったぜ……?」


「バカ、そんなわけない……」


「嫌われてたって……ウザ絡み、するけどなオレは……なはは」


 確かに、エドワーズ作業場を脱出してからのホープは常時ドタバタしていて、かと思ったらすぐにレイと喧嘩して、特にドラクとはまともなコミュニケーションを取れなかった。


 しかし、


「おれは、おれには、わからない……人の愛し方が。人から愛されてるかも、よくわからない……嫌われるのに慣れすぎて、おれは……」


「…………」


「君のことは尊敬してるんだ、ドラク。エドワーズ作業場で、君がおれを拾い上げてくれなかったら……君が心の強さを見せてくれなかったら……おれは終わってた」


「…………」


「死ぬのなんか怖くないけど……あのまま、あの作業場で朽ちていってたら……レイも、ケビンも。助けようとすら思えなかったさ……」


 たどたどしくても、拙くても、いい。


 ホープは初めてドラクに本心を打ち明けた。


 自分が弱すぎて打ちのめされていたホープに、ドラクが見せてくれた『身近な強さ』が無ければ。

 ホープは、レイやケビンのために戦うこともしなかっただろう。レイもあのまま死んでいただろう。


 冷や汗まみれのドラクは薄く微笑み、



「は……人の愛し方がわからねぇ……かよ。そういうの、さっさとレイっちに言っとけば、少しは変わったんじゃねぇの……?」


「そんなこと、今はどうでもいいだろ!!?」



 ホープは本心から怒鳴った。

 心の底から、今起こっていること以外をどうでもいいと言い切った。


 だって、恩人が。ホープを救ってくれた、密かに尊敬している人が。


 たった今、死にそうに――



「なぁ……ホープ、わかってん、だろ?」


「は?」


「オレを……殺してくれ」


「    」



◆ ◆ ◆



「なんて、こった……」


「ドラク……」


 アクセルが刀でスケルトンどもを倒しながら困惑している、その背後でもニックが頭を抱えていた。


「あんっの、クソガキい……」


 ようやく『亜人禁制の町』での戦いで、ドラクの本当の強さを知り、認め始めていたニック。

 なのに、まさかこんな別れになるなんて。


「死ぬには……まだ早えだろ……」


 裏切り者を打倒して使命を果たしたニックは、体力尽き、壁にもたれて座っている。

 だがドラクの件で心にダメージを負い、ますますゾルンドナト病の進行を許し、両目から血が涙のように流れた。


 直後、




「にっく!! 許可ヲ、クレ!! おいら、目ヲ瞑ッテ暴レ回ルカラ!!」




 聞こえたのは世にも珍しい、臆病者ダリルの遠くからの勇ましい声だった。


「『目を瞑って暴れ回る』だあ……?」


 一瞬理解できなかったが、ニックはすぐに彼がパニックに陥ってると確信し、



「何考えてるアホンダ……ゲホッ! ゴホッ、ダメに決まってんだろうが!!」



 症状もあって喉を潰しかねないが、それでも気づいたら大声で叫んでいた。



◆ ◆ ◆



「殺す? おれが? ど、どうして……」


「オレ……人食いになりたくねぇ」


「うッ!!」


 ホープは、仲間に序列をつける気は無い。

 なるべくつけたくないとは思っている。


 けれど、どうしても、ドラクは違った。あまりにも思い入れが深すぎた。

 

 全く考えていなかった。

 ドラクという大事な仲間が噛まれたことだけで衝撃すぎて、完全に忘れていたのだ。


 転化、してしまう。


 だからこそ『一発アウト』なのだ。


「コールももう弾切れ……スコッパーも戻ってくるが武器はスコップ……他の奴らは遠すぎる……なぁホープ」


「おれは……魔眼の反動で、まだ動けない……戦力にならない……」


 そう言うホープの手にはマチェテ。

 何度も人間やスケルトンや狂人を殺してきた凶器。切れ味は抜群で、今も衰えていない。


 使いすぎた『破壊の魔眼』の反動。

 右目からの流血の量は落ち着いてはきたものの、まだ視界は安定せず、ズキズキと痛む。

 戦力に数えられるほどの動きはできないだろう。


 マチェテをドラクが使い、自分で自分の頭に正確に刺すというのも、だいぶ難易度が高い話だ。


 つまり。



「おれしか、いない……?」



 ドラクの頭をマチェテで刺すことぐらいしか、ホープにはできない。

 今はホープだけが適役だった。



「何で、何でおれはこんなことばっかり……?」



 理不尽じゃないか。

 いつか、ナイトに問うたことがあったっけ。


『どうして、おれはいつも生き残る……?』


 ホープは疫病神なのに、仲間たちばっかり被害者になって、当人はちゃっかり生き延びるのだ。

 死にたいと思っているホープが、だ。


 いや、だからこその『疫病神』か。




「あ〜〜〜〜〜痛ぇな、腕……!!」


「!?」




 突然、ドラクが腕を痛がった。

 いや違う。ずっと最初から痛かっただろうに、我慢して喋っていたのだ。


 そして、




「あ〜〜〜〜〜ぁ……死にたくねぇなぁ」


「    」




 死ぬほど情けない声で、ドラクは深層心理を的確に言い表した。


 どうやら現実逃避もここまでのようだ。


 ホープはマチェテを手に持ち、その刃を見る。刃の輝きは、ホープの顔を映す。


 映った顔は不可思議だった。

 喜びも悲しみも、驚きも怒りも、ない。まるで血が通っていないようだ。


 その刃は、きっとホープの心を映していた。


 ホープの心は今、『虚無』だ。


 だって『虚無』でないと、やってられない。


 できるなら今すぐにでも自分を刺し殺して、こんな状況を全部無かったことにしたい。

 それが無理ならせめて、この忌々しい右目をくり抜きたい。


 できない。怖くて。


 ならば今、マチェテを振り上げているのは?


 レイを除いて一番付き合いの長い仲間を殺すよりも、結局は自殺の方が嫌なのか?


 違う。

 そうではない。


 そう信じたい。


 ――ほら、考え出すとこの通り。


 心が『虚無』でないと、今度こそ本当に壊れてしまうだろう。



「ホープにこんなの任せるのは……苦しいよ」


「ごめん……ドラク」



 最後に短く言葉を交わす。お別れだ。

 振り上げたマチェテは、






「待てぇい!! 若旦那ぁっ!!」






 息を切らし、全速力で戻ってきたスコッパーの怒号に、止められた。


「もしかしたら……もしかしたら、だがな?」


 威勢良く止めた割には、続く言葉は歯切れが悪かった。だが、何か、悪い予感は――


「助かる方法が、あるかもしれねぇ……」


 それは誰のことかと聞くまでもなく、ドラクを助けられる方法であろう。

 正気を失いかけていたホープが、希望を取り戻せるかもと思いかけて――











「噛まれた腕、切り落としてみたら、どうだ?」


「    」











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