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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第四章 障害に次ぐ障害
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第191話 『増援』



 もう仲間のほとんどが死んでしまっている、東棟の二階。

 まだ生きているのはドミニクの他、壊れてしまったイーサンとサナの父娘、そして這いずって逃げるだけのジルの四人だけだった。


 逃げ場は無く、スケルトンや狂人は外から、つまり一階から際限無く入ってくる。

 希望は見えない。ナイフなんかを振り回しても、死ぬまでの時間稼ぎでしかない。死を待つだけ。


 そう、誰もが思っていた。




「おーーーい!! ――まだ生きてる人がいるなら、30秒動かずに目を閉じていろ!! 今すぐ!!」




 四人全員に聞こえるほどの大きな声。下の階から響いてきた。

 四人とも、今のが聞き覚えのある声だとは思ったが、特定までは至らず。


 というか、この人食いどもに囲まれていて一瞬でも気を抜けば食い殺される状況で()()()も目を閉じる?


 自殺行為だ。




「もし目を開けてる奴がいたら、まとめて殺ス!!」




 そんな脅迫が添えられたって、頭のおかしい奴ぐらいしか信用しないだろう。

 だから。


「…………!」

「…………!」

「…………!」

「…………!」


 追い詰められて頭がおかしくなっている四人全員が、その場で動きを止め、目を閉じた。



 こんな……どこからか突然に生えてきた馬鹿みたいな救いの手でも、縋るしかないのだから。



 イーサンなんか、今まさに顔面に噛みつかれそうなところだった。それでも目を閉じた。

 狂人の口からの熱い息が目前に迫るが――風を切るような音とともに消え去ってしまう。



 骨が断裂される音。


 肉塊が引き裂かれる音。






 ドタバタと、壁や床を縦横無尽に、巨大な何かが高速で動き回っている音。






 一瞬たりとも音は消えない。


 だが確実に、フロアじゅうを埋め尽くしていた死者たちの気配は消えていった。

 一つずつ、一つずつ。時には一気に消えた。素早く、着実に。



 ……30秒が経過。



 恐る恐る、目を開ける。



「え?」



 このフロアに残っているのは、キッチリと誰一人欠けず、生存者が四人。

 スケルトンも狂人も全て床に倒れ、頭部を破壊されて活動停止している。


 一階や三階にまだ敵はいるだろう。


 でも、四人は一旦、危機を脱することができたのだった。


「今のっ、て……エン、の声……?」


 瀕死のジルが珍しく戯言を呟いた。






◇ ◇ ◇



 西棟、二階――――


 腹を押さえて片膝をつくニック。


 したり顔でナイフを抜き取ったレオンが、追撃を入れるために一歩踏み出す。

 と、



「『ジェットブーメラン』っ!!」



 このフロアに謎の大声が響き渡ると同時、ホープやドラクたちの横を何かが通過していく。

 小さな物が回転しながら空中を――


「ん?」


 その物体はレオンとニックの横も通過し、奥まで飛んで行って空中で動きを緩めた。

 それは、やはりブーメラン。投げられたのだから持ち主のもとへ戻るはずだがそのブーメランの勢いは死んでしまっている。


 突然のことに思考停止したレオンだが、止まったブーメランをよく見ると、その両端には何か機械のようなものが付けられていた。


 両端のそれは一瞬だけ、それぞれ逆の方向に勢い良くジェット噴射。

 結果として再び高速回転を始めたブーメランは、


「おぉぶッ!?」


 片膝をついたニックの頭上を高速で通過し、延長線にあったレオンの顔面にクリーンヒット。彼は軽く吹き飛ばされ、ナイフを落とす。

 ブーメランは後ろの何体かのスケルトンや狂人の頭部を吹き飛ばしてから、床に落ちた。



「……って戻ってこねぇし! また失敗かよ!」


「カーラ!」



 無慈悲にもスケルトンたちに踏み潰されてしまったブーメランの持ち主は、やはり発明家カーラ。

 ダリルと共に、いくつかの荷物を持って戻ってきたようだ。


 カーラはスケルトンたちの隙間からギリギリ見えた裏切り者に一矢報いることができたものの――やはり遠すぎて、ニックが刺されていることまでは見えないようだ。


「てめぇら待たせたな。発明品をいくらか持ってきたぞ! ブーメランはダメだったが『ミンチにするプロペラ』に『心停止キューブ』、『巨大爆音チェーンソー』!」


「ア、アレ……発明品ッテ、コノちぇーんそーダケジャナカッタノ!?」


「そうだがそのチェーンソーはてめぇのもんだリザードマン。重くて人間じゃ振り回せねぇから」


「マタ、ソンナノ作ッテ……おいらコンナとげとげシタ武器、怖クテ使エナイヨォ!」


 なぜカーラはいつも重たくて自分でも扱えない物を発明してしまうのか。ため息をつくダリル。

 彼女らを見てドラクがあることに気づく。


「カーラ、お前が手に持ってるバッグは!?」


「銃がたんまり入ったやつだ! このグループ、銃扱える奴がほとんど死んじまったから倉庫で腐ってた!」


 ブロッグやハント、フーゼス、ティボルト……使おうとすれば銃を使えた者もほとんどいなくなってしまい、ホープやジルが決死の思いで回収したバッグもそんな扱いになっていたとは。

 それに今だって、


「コールやニックが銃使えるんだから渡してぇが……このスケルトンの量じゃな!」


 スケルトンや狂人は相変わらず無数であり、立派な障害物たちだ。

 投げ渡すにも重くて無理があるし、足元を滑らせるにもカーラから遠すぎる。


「だったら狩るしかねぇ……! おれは銃の扱いに関しちゃ上手でもねぇからな、弾を無駄にしないための発明武器だ! いくぞ!」


 カーラは帽子のようなヘルメットのようなものを取り出し、頭に被る。ボタンを押すと、取り付けられていた巨大なプロペラがカーラの頭上で回転を始め、


「……コ"ァ"アッ」

「ア"ホ"」

「ア"カ"カ"」


 お辞儀するみたいに頭を下げたカーラが突進すれば、進行方向の死者たちが次々ミンチにされていく。

 美少女のクセして、やることがえげつない。


 銃をコールやニックに渡すか、もしくは発明武器のみで東棟への道を開いてしまうか。達成できればどちらでも良いのだ。


 しかし、しばらくはこんな戦闘の状態が続くだろう。スケルトンどもの量は半端ではないのだから。


「ム、無理ダヨおいら……」


 ダリルは『巨大爆音チェーンソー』も床に放っといて、両刃斧を握りしめてカーラの後ろでガタガタと震えるだけだ。

 ――状況を読んだホープは、


(そろそろアレの使い時かもな……)


 覚悟を決めかねていた。


 ニックはとりあえずカーラに助けられたが、病気と傷で痛めつけられている。

 裏切り者のレオンもまだ死んでいない。


 ホープもドラクもコールも、ついでにスコッパーも。お互いをカバーし合っているのもあり疲弊がピークに達しそう。

 せっかくカーラ(と一応ダリル)が増援となってくれるのに、ここで死んだら今まで耐えた時間も水の泡だ。


 スケルトンや狂人との戦いは、とにかく噛まれれば一発アウトの世界。

 全く気が抜けないというのも精神に悪い。


 つまりホープが言いたいこととは、



「なぁホープ――お前さ、『秘策』あるんじゃね? もしかしてそれ使おうとしてんのか?」


「っ!!?」



 今、ドラクが言った。背中合わせだから顔も見ずに放たれた一言。

 あまりにも急なことで飲み込めないホープだが、唯一思いついた返答は、



「……気軽に、ましてや無限に使えるものじゃないんだ。それだけは信じて」



 なぜか、言い訳じみたものだった。

 いつの間にバレていたんだ――ホープの中でその衝撃が強すぎたからだろうか。それでもドラクは声色一つ変えずに、



「わかってる。過度な期待する気はねぇよ」


「じゃあ……やってみる。二人とも、おれの正面には来ないでくれよ……っ!」



 忠告して、ホープは『破壊の魔眼』を発動する――今だけは気づかれたドラクのことも、暴れ回るカーラのことも……重傷のニックのことも、気にしていられる状況ではない。


 物語とかだったら、『クライマックス』とでも呼ぶのだろうか。



◇ ◇ ◇



「あー痛ぇな……何だぁあのクソガキ?」



 サングラスが壊れて剥き出しになった右目でニックを睨みつけながら、レオンがゆっくりと立ち上がる。

 『クソガキ』とはカーラを指している様子だが、


「……ただの、俺の……仲間だ……」


 刺された腹の痛みを我慢して、ニックは嘲笑う。だがレオンも嘲笑い返す。


「これから俺の部下になる」


「ならねえよ」


「お前が死ぬから、俺の部下だろうが!!」


「させねえよ」


「うおあぁぁっ!!」


 結果としてレオンが雄叫びを上げながら飛びかかる。ニックは腹の傷に響かないよう、慎重にコンバットナイフを抜いて横振り。


「っ」


 だがレオンは姿勢を低くして躱し、


「らっ!」


「ぼああああああッ!!!」


 ニックの腹の、ちょうど刺し傷がある所を狙って拳を入れた。

 ドバドバと血が流れ、今まで出したこともない絶叫を上げたニックは、簡単に床へと倒されてしまう。


 馬乗りになるレオンの、


「ぷっ」


 顔面に唾を吐いてやったニックは、


「てめ……え……の、小せえ……心みてえ、に……ちっぽけな……あ、んな、ナイフ一つで……揺らぐ俺の命じゃ、ゲホ……ねえぞ……」


「……あ?」


「病気だよ……ゾルン……なんとか、のせいだ……てめえはただのザコ…………あがっ」


「わかったから、死ね」


 挑発を一通り聞いてから、レオンはニックの首を両手で締め始めた。

 それでもニックは抵抗をやめない。


「……ぐ……」


「ん? ――おぁ!?」


 どうにか片手を伸ばし、ニックは即座にレオンの右目を潰した。サングラスの割れた箇所から、親指をねじ込んだのだ。

 だがレオンはその手を振り払い、潰された目の痛みを首を絞める力に変える。


「……かっ……」


「んん……っ!!」


 それでもまだニックは死なない。体全体だけでなく心で、心の底から生き足掻いているのだ。


 瀕死にしか見えないのに――これはまだ手強いとレオンが判断して、その時。



「あれ、もうニックを仕留めるところ? レオン」


「アクセル! 遅ぇぞ!!」



 血みどろの勝負は、最悪の結末を迎える。


 いわゆる糸目キャラのような細い目の男――レオンとグルであるアクセルが、ここにきて増援として登場。

 レオンの後ろであったが、振り向かずとも声だけで彼だとわかったようだ。



「いやいや、思った以上にスケルトンや狂人に手間取っちゃってね」



 ここまで辿り着くのは大変だった、とアクセルは額の汗を拭った。

 手にしたその刀で道を切り開いてきたのだろう。そして、



「この刀で一刺し。それで、終わりかな?」


「そうだ。早くしろ!」



 手にしたその刀で、アクセルはニックにトドメを刺すつもりでいる。


 流石に――ニックは生きるのを諦めた。


 アクセルは、その何を考えているのかわからない目でニックを見下ろしながら、ゆっくりと歩いてくる。

 刀を構え、



「じゃあ、悪いけど」



 ――レオンの腹から、刃が飛び出した。

 ニックも目を疑う。



「は……?」



 紛れもなく背後から刺した張本人であるアクセルが、レオンの体から刀を抜いた。

 レオンは痛みよりも困惑を隠しきれず、急いで立ち上がって振り向く。


「おま、おまえ……?」


「君は非常口の溶接だけでなく、サイレンも鳴らしたんだよね?」


「あ、あぁ……」


「――ジャンゴを焼き殺したのも、どうせ君だろ? 大切な仲間を失ったのに冷静だったよね」


「あ……ガハッ!」


 レオンはどうにもできずアクセルの無表情を見つめるしかなく、吐血。

 そして、



「レオン、やりすぎだよ。君は……やりすぎた」



 ジャンゴやハーラン医師といった前の町からの仲間、ニックまでも手に掛けようとしたレオン。


 それだけではない。

 招き入れたスケルトンどもがここで食い散らした命も全て、レオンの責任へと帰結する。


 ニックだけを嫌ってリーダーに成り代わろうとする気持ちは、まぁ、あり得ないこともない。


 だが他の、何の恨みもない仲間を巻き込みすぎている。


 常識外れどころじゃない――桁外れの、異常行動。


 実は『非常口を溶接する』ということしか聞いておらず意味不明だと思っていただけのアクセルは、当然にレオンに怒りを抱いていたのだった。



「ぐ、ぐそ……この、裏切りもんが……アクセルぅ!!」



 レオンは吐血しながらもアクセルに襲いかかる。

 どの口から『裏切り者』という言葉が出るのかとアクセルがさらに蔑む中、



「……ぉ!?」


「因果応報――とは、このことだな」



 レオンの首を後ろから掴んだのは、立ち上がったニック・スタムフォード。

 そのまま馬鹿力で、レオンを自身の背後へぶん投げた。



「え、ぁ!? 来るな、来るな……!」


「アア"ア"」



 先程の『ジェットブーメラン』と、アクセルのここまで来るための戦いによって、スケルトンたちは近くにいなかった。

 しかしそれも一瞬のこと。雪崩のように次々押し寄せてくるスケルトンたち。


 すっかりその存在を忘れて戦っていたレオンが、群れの中に放り込まれた。



「くるなぁぁぁッ、お、ぅ!?」



 その中の一体のスケルトンが、レオンの口に手を突っ込み、舌を掴む。

 強く引っ張る。



「コ"カ"カ"カ"カ"」


「えれれあ、あいあぁぁあぁあ!!?」



 ぶちり。

 舌が引きちぎられる。


「あ、あ、あおお」


 舌の断面から赤黒い濁流が喉に流れ込み、喋れないばかりか、窒息寸前。

 それでもスケルトンや狂人は許してはくれない。容赦などどこにも無い。


 四方八方から掴まれ、噛まれて、レオンの顎が裂かれて崩壊。


「んお」


 頭皮も髪の毛ごとベリベリ剥がされる。


 手も足も引き裂かれ、分離させられ、体じゅうを玩具のようにグチャグチャに食い殺されていった――



◇ ◇ ◇



 無様で、無惨な、でも何もかもに決着がついたかのような、そんなレオンの死を見届けたアクセルとニック。


 だが、ニックはとうとう倒れた。


 アクセルはわかっていた。

 彼ももう瀕死だったのを、裏切り者を殺すためだけに命を無理やり伸ばしていただけなのだと。


 ニックに、スケルトンが近寄る……


「触るなっ!」


「オ"」


 その顔面を、アクセルは刀で貫いた。

 ニックこそが、今もこれからも、アクセルが従うべきリーダーなのだと認識しているから。


 守るべき、仲間なのだと。



「ホープ・トーレス! こっちは任せてくれ、ニックを守りながら戦うから――」



 高らかに宣言しようとしたアクセルが見た方向には、見なければ良かったと後悔するほどの、最悪の光景が広がっていた。



◆♦◆♦◆♦◆♦◆♦◆♦◆♦◆♦◆♦◆♦◆



 けっきょく、ホープの『破壊の魔眼』が発動されたのは、四回に留まった。

 それでも右目には、いっそ殺してほしいと思うほどの鋭い痛みが走り、血が流れ出る。


 懐かしきエドワーズ作業場では、痛みを無視して限界を超え、七回まで発動した。


 あの時と同じようにやるつもりだった――発動する前までは。


 一回目。五体ほどのスケルトンを殺す。


 二回目。四体ほどのスケルトンを殺し、ここで思い出した。

 作業場で七回まで使った時――気絶してしまったんだったな、と。


 三回目。五体ほどのスケルトンを殺し、ここでようやく気づいた。

 これは……七回まで発動したって敵を全滅させられない。それどころか半分も減らせない。

 周りを見て全然、数が減っていないのだ。


 そう、作業場の時は細い路地に気づいたスケルトンだけが入ってきていた。状況がまるで違う。


「ホープ!? 大丈夫か!?」


 間が空いたところで、ドラクから心配の言葉が飛ぶ。彼は『秘策』に期待していない。ホープの体調を心配してくれているのだろう。


「く……!」


 でもホープは、ありもしない期待に応えなければならないと思い込み、四回目の『破壊の魔眼』を発動。


 五体ほど殺すが――連続使用に加えて、スケルトンの全滅には至らないことで心が完全に折れていたのもあり、右目から尋常でない量の流血と痛み。


 しかし、どうせ、ここらでやめておかねばならなかった。


 もうあと10回ぐらい使っても、このペースでは全然意味が無い。スケルトンは変わらず大量だ。

 無駄に力を絞り出して気絶してしまったら、それこそ味方が一気に全滅の危機に陥る。


「ぐあぁぁぁあ!!!」


「うおっ血が!? ホープっ!?」

「ホープー!!」


「若旦那ぁ!? なぜ目から血が、ゾルンドナト病なのか!?」



 ダメだとわかっていても、ホープはこの痛みに耐えられた試しがない。

 今だって例に漏れず、無様に床を転げ回っている。


 これでは気絶したのと何が違うというのか。

 けっきょく、ドラクとコールが必死にホープを守ってくれている。


 何やら、アクセルの声が聞こえた気がして――



「あ……」



 右目が血で見えないホープが、左目だけで見上げたところ、コールがフラついた。

 彼女は苦しそうに額を押さえ、銃を撃とうとして引き金に掛けていた指を止めてしまう。


 不眠症が、悪辣な猛威を振るっている。


「コールさんっ!!」


 一瞬だけ痛みを忘れるほどの衝撃でホープが叫ぶのも無理はなかった。

 コールのすぐ目の前に、スケルトンが大口を開けている。


 だがホープの体は動いてくれない。


「ああぁ!!!」


 必死に叫ぶしか、ホープにはできない。


 そのときが、訪れる。


「オ"ア"ア"アァッ」











 ――――ッ!!!






 ぶちっ。











「え……」


 時間が止まったようだった。

 ホープの頭は真っ白になった。













「う……」


「……ドラク?」





















 ――コールを庇った()()()が、その腕を、スケルトンに噛まれていた。


















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