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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第四章 障害に次ぐ障害
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第187話 『餌場』

※場面転換が激しいですが、場所はあまり覚えなくていいです。誰と誰が一緒にいるかを何となく覚えてください。



 けたたましく鳴り続けるサイレン音。

 こんなことが起きるとは誰も予想していない中、誰かが明確な悪意を持って起こしたことなので、誰かが気づいて止めるまでは終わらない。


 ようやく放送室まで辿り着いたホープ、そしてカーラだが、


「待ちやがれてめぇ! おい! ……クソ!」


 放送室で細工をした後だろうローブで顔など隠している何者かが、逃げていった。カーラの静止などもちろん聞かずに。

 だがカーラは追いかけるよりも先にサイレンを止めなければならず、歯噛みしながら放送室へ入る。


 機器のスイッチを切ってようやく爆音が消え去った。


 電気は流れていないはずだったが、どうやら放送を流していた機器に、ゴウン、ゴウンと音を出す機械が繋がっている。


「発電機……!? そういや地下倉庫にあった発電機が一つ失くなったって、報告があったような……! まさかこんな悪事に使われるとは!」


 ガソリンか何かで発電をする機械を繋いで、無理やり放送してしまったらしい。


「誰がこんなこと!?」


 ホープは、現状が信じられなかった。

 スケルトンの群れが廃旅館に侵入してくることに、何のメリットがある? 理解不能だ。


「あぁ、そこ大事だよな。おれは犯人を追う! ホープ、てめぇは玄関に行ってくれ! バリケード作って侵入防ぐんだ!」


「え、うん」


 指示を出したカーラは放送室を飛び出し、全速力で先程逃がした犯人を追いかけていく。

 ホープも、言われるがまま西棟の玄関へ走った。



「そっか――こういうのを防ぐためにも、ニックの野郎はおれに監視させてたのか……」



 今さらになって、カーラは自分が背負っていた役目の真の重大さに気づく。

 敵はスケルトンだけではないことを、完全に失念していたのだ。



◇ ◇ ◇



「おい、何か重たい物! 早く持ってこい!! これ以上はもう――うわっ!?」

「ひぃぃ入ってきたぁ!!」

「助けっ――ぎやあぁぁぁ!!?」


 サイレンの音量が尋常ではなかったために、スケルトンたちの勢いも凄い。群れが一体残らず廃旅館へ迫ってくるのだ、当然のこと。


 数人がかりで扉を押さえたところで、玄関からは次々に死者たちが侵入してきて、


「ウ"ォウゥ"ゥ"」

「コ"ォォ」


「あぁがぁぁ!!?」


 塞いでいた人間たちが、次々に押し倒されて食い散らかされていった。

 ――ホープが玄関へ到着した時には、既にこの有り様。地獄はもう始まっている。


「マズいぞこれは、マズい、マズい……!」


 頭の中が真っ白になる。もう玄関からは外に逃げられないが、脱出経路は他にあっただろうか?

 館内図を頭に入れてあったはずなのに、何もわからなくなってしまう。


 死者の群れは一階にどんどん広がっていき、そう遠くないうちに階段からも二階へ上がっていくのだろう。


 先程のサイレンの音で、他の仲間たちもこうなることは理解しているはず。別にホープが緊急事態を知らせて回る必要は無い。

 ホープはとにかく二階へ走った。客室など主要な部屋は二階や三階に集中しており、他の仲間たちもいる。


 スケルトンに食われて死ぬなんて、それだけは拒否させてもらう。



◇ ◇ ◇



 こちらは東棟。二階の廊下。


 客室に隔離された感染者たちのために、なけなしの食料を運んできたドミニク。

 そしてドア越しでもいいからニコルと面会したがった、イーサンとサナも。


「へ……!?」


 突然に鳴り響き、しばらくして止まったサイレンの音に驚いて硬直している。

 外にはスケルトンの群れがいたはず。何が起こるか想像のついた気弱な黒人女性ドミニクは、食料の入ったダンボールを床に落としてしまった。


「どうし、どっ、どうしましょう……」


「パパ……?」

「スケルトンどもが……入ってくる……よな?」


 一階の玄関に向かおうとも思ったイーサンだが――扉の壊される音が、無数の唸り声が、階段の下から木霊するのを聞いてしまった。

 もはや戦意喪失だ。じきに奴らは階段を上がってくるだろう。西棟だって同じ状況のはず。


 顔面蒼白のイーサンだが、


「パパ……」


 娘に手をギュッと握られて我に返る。

 見ればサナは、状況を全て理解できていないながらも涙目になっているが、父親ならきっと何とかしてくれると信じてイーサンの顔を見上げていることがわかる。


「……ダメだよな。そうだ、諦めちゃダメだ。脱出の道はきっとあるはず……ドミニク、館内図とか持ってないか!?」


「すっ、すみません無いです……」


「どうしたもんか……!」


 瞳を潤ませるドミニクは本当に申し訳無さそうにペコペコ頭を下げている。

 万事休すか……


「パパ! ここって『にかい』だよね?」


「……そうだが……?」


 ふいにサナが、パァッと表情を明るくさせてイーサンに問うてくる。どうしたのかと思ったが、


「えっと『にかい』の奥に、『ひじょう……』なんだっけ? が、あるって……」


「そうか非常口か!! 俺もやっと思い出した、でかしたぞサナ!」


「う、うんっ!」


 イーサンも記憶が曖昧でモヤモヤしていたのだが、サナからの助言でハッキリした。

 少し入り組んだルートにはなるが、二階の客室などを越えた奥の方、扉の先に非常口へ繋がる細長い廊下があると聞いたことがある。


 この東棟にも、西棟にも。それぞれの二階に、外へ出れるそんな経路が設置されているのだ。

 ――いや、もしかすると西棟には無かったかもしれない。そこだけが思い出せなかった。


 だが、とにかくこちらの東棟には逃げ道がある。


 聞いたドミニクはすぐに駆け出し、非常口へ繋がる扉を確保しに向かう。

 それを見たイーサンは、自分はニコルや他の仲間たちを連れてくるべきだと考えた。が、


「……っ!」


 すぐそこの階段から、多数の足音。死者たちが駆け上がってくる。

 ここを無人にすることはできない。非常口への道が無くなってしまう。


 この階の客室にいた者たちもサイレンの音に驚いて何人か廊下に出てきているが、彼らは多くがゾルンドナト病の感染者。

 病人がどこまでやれるかわからない。それに事情を説明して回る暇もない。


 今は、自分が中心になるしかない。


「……サナ。重要なことを頼んでもいいか?」


「え、う、うん……!」


 混乱しながらも、サナは覚悟を決めた真っ直ぐな目で答えてくれた。


「ママは三階だ。すぐそこの階段から三階に上がって、ママや他の皆を連れてきてくれるか?」


「……わかった!」


「よし。急いでくれ!」


 サナが駆け出すと同時、階段下からスケルトンが侵入してくる。イーサンは近くにあった消化器を手に取り、


「こんの野郎っ! おら!」


「ウ"ォ"ア」


「俺もスケルトンと戦ったことぐらい、あるっ!」


 消化器の底で二回ぶん殴って一体のスケルトンを倒す。その後ろから上ってくる一体に、


「うらぁあ!!」


 蹴りをかまし、階段を転がり落ちるそのスケルトンが更にその後ろにいた死者たちも巻き込んでいった。

 だがその間を抜けて次々にこちらへ向かってくる個体もいる。


「サナ、急いでくれよぉ……!?」


 恐怖心に簡単に打ち勝てたら良かったのだが――娘には届かないが、イーサンの情けない呟きであった。



◇ ◇ ◇



 東棟、サナが向かっている三階。

 その客室の一つ。


「んん……? 短いがスゲーよく寝たな……メシか……?」


 ――ドン、ドンドン、ドン。

 ノックされている。隔離されていた一人の男は高熱もあってか深い眠りに陥っており、サイレンの音などすっかり聞き逃していた。

 ドミニクが食料を持ってきてくれたのだと考え、ドアを開ける。


「ん? ……あっ」


「アア"ア"アッ!!」


「ぬおぉ……」


 瞬間、大口を開けたスケルトンにあっさり押し倒され、逆に男が食料になってしまった。



「あっ、どうしよう……ママ……ママぁ!」



 階段からこの三階へ上がってきたサナは、部屋の中へ押し倒されていく男を見た。そして血飛沫も――

 サナが使った階段とは別に、反対側にも階段があり、そちらからは死者たちが既に侵入してきている。


 サイレンを聞いて廊下に出てきている者たちの中に、ニコルの姿は無い。


 とにかく母親を呼ぶことしかできずにいたが、


「サ、サナっ!? ケホッ、ケホコホッ……どうなっているの!? パパは!?」


 娘の声を聞き、大慌てで出てきてくれた。


「下にいるよ! 『ひじょうぐち』から逃げようっていってた!」


「わかったわ、ありがとうサナ。行きましょう……あんまり私に近づかないでね」


「えー、びょうきだから?」


「そういうこと……みんな、こっちよ! 二階に非常口があるから……!?」


 ニコルは自身の口元の血を拭いながら、なけなしの体力を振り絞って三階の感染者たちを誘導しようと振り返ったが、



「キャ――――ッ!!」

「うわぁぁ!?」

「ぐぁ、やめ、来るなぁぁッ!!」



 地獄絵図。

 もう、ほとんどの者は手遅れだった。



◇ ◇ ◇



「ああ畜生っ! 逃げ足速ぇな、あの裏切り者!」


 西棟、一階から二階へ行くための階段の踊り場。

 放送室から裏切り者を追いかけていたカーラだったが、見失ってしまった。


 そして今、もうこんな所まで入ってきたスケルトンたちと対峙している。

 カーラ一人に対して敵の量が膨大すぎて、この階段から二階への侵入を止めることはできないだろう。でも、


「二階には非常口があったよな……避難の時間、少しでも稼いでやっか!」


 いつになく燃えているカーラは、左腕に付けた腕輪のような装置のスイッチを入れる。仕込んであった刃がシャッと飛び出す。

 右手にはサブマシンガンを持ち、片手でぶっ放す。


「おらおらぁぁ!!」


「ク"ォ"ォオ」

「ホ"ァアッ」


 できるだけ、足止めを試みることにした。



◇ ◇ ◇



 カーラが取り逃がしてしまった裏切り者は――スケルトンが侵入するよりも速く西棟から東棟へ移り、一階から三階まで駆け抜け、渡り廊下からまた西棟へ戻ろうとしていた。

 それを察知していたのは、


「おい、ゴホッ……待ちやがれ! 顔なんか隠して、この事態はてめえが引き起こしたのか!?」


 ゾルンドナト病の感染者として、東棟三階の客室に隔離されていたニック・スタムフォード。

 彼が裏切り者を追って渡り廊下に出た瞬間、背後――つまり東棟三階の廊下が阿鼻叫喚に包まれたのだが、戻ってもできることは無い。


 実際、高熱もあり、咳と吐血も繰り返していて、体力がかなり削られている。歩くのが精一杯。

 裏切り者を追いかけても、今の自分がどこまでできるかは自信が無いのが正直なところだ。


「銃がありゃあな……ゲッホゲホ……!」


 あれば裏切り者もすぐ撃てたのに。銃は、西棟に置いてきてしまったのだ。



◇ ◇ ◇



 西棟、二階。

 隔離されていたジルは、エンの質問に答えるのもとっくに終わっていたところでサイレンの音を聞いた。


「はぁ……ケホッ、何が……起きて……?」


 ベッドから立ち上がろうとする。が、足が上手く動かない。フラつくのだ。

 どうしようかと考えていると、


 ――ドン、ドンドン。


 この客室のドアがノックされている――外の状況はわからないが、予想ならつく。スケルトンの群れが建物に侵入してきていることなど、簡単に。

 しかし、もしかしてもう二階も死者で埋め尽くされているのか?

 ドアの向こうにいるのは――まさか。


「く……!」


 ジルは壁伝いにどうにか歩きながら、ドアへ向かう。今の自分に仕留められるだけの力があるかはわからないが、手斧を握りながら。

 ドアをゆっくり開けるが、誰もいない。


「……?」


 刹那。

 横から飛び出してきたのは。



「何モタモタしてんの、ビッチ!! さっきの大音量が聞こえなかった!?」


「え……」


「二階にも奴らが上がってきてるよ! 塞がれちゃった道もあって、もう東棟に逃げるしかない!」


「……シャノシェ……?」



 死者どころか、超元気なティーンエイジャー。

 ジルのことを嫌いなはずの少女、シャノシェがそこにいて――ジルの手を掴んで引っ張る。


「ちょ……感染……」


「そんなこと気にしてる場合!? 背に腹は代えられないって言うでしょ!」


「っ……!」


 なんて力強い物言い。なんて美しい正義感。ジルは、驚きを隠せずにいた。

 シャノシェに引っ張られ、東棟への渡り廊下へ向かうことに。


「東棟の非常口だったら、確か地下を通って建物から離れた場所に出られるはず……使えればいいけど!」



◇ ◇ ◇



 東棟の二階。


 イーサンは他の数人のゾルンドナト病感染者にも協力してもらいながら、スケルトンの足止めをしていた。


 今は西棟への渡り廊下の方にスケルトンたちが多く、西棟へ逃げるのは難しい。

 情報によると向こう側の階段から三階にも侵入されているらしく、三階も使えないようだ。サナとニコルの無事は祈るしかない。きっともうすぐ下りてくるはず。


 要するに現状では脱出経路は一つだけだ。


 全ては、サナやニコル含めた三階の人たちが下りてきて、非常口へ避難するまでの時間稼ぎ。


 全て、その非常口のため。


 そんな『希望』そのものを確保しに行ったドミニクが、慌てて戻ってきた。

 彼女の表情など、振り返って見てあげる余裕もないイーサンは、


「どうだ!? ちゃんとあったか!? 道も覚えてきたんだよな!」


「は、はいっ……そう、なんですけど……」


「何だよ!? どうしたんだ!?」


 煮え切らないドミニクの回答に、声を荒げてしまう。自分の余裕の無さが憎くて――




「鉄の扉でしたが……固く()()されていました。開けられません……」


「は?」




 唯一の脱出経路が。

 唯一の『希望』が。


 崩れ去る。


 津波のように押し寄せる、スケルトンや狂人たちを前にして――東棟(ここ)は、ただの『餌場』と化したのだ。



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