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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第四章 障害に次ぐ障害
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第186話 『牙の矛先』



 喧騒と混乱の廃旅館から離れると、普段はそう静かなイメージも無いバーク大森林が穏やかに感じられる。


「…………」

「…………」

「…」


 リチャードソン、ナイト、エディ。咄嗟に集まった珍しいメンツだった。

 共に歩く三人も、普段からうるさくないタイプ。こんな静寂はいつぶりだろうか。


 木々のざわめき、湧き水のせせらぎ。ほんの少しの虫の声。

 昇り始めた日の、心地良い暖かさ。


「なぁ、お前さんら。あのゾル……ナントカ病。ありゃスケルトンパニックの原因に関係あると思うか?」


「…」


 最初に沈黙を破ったのはリチャードソンだ。

 いつだって無口なロン毛剣士、エディは当然黙っているが、


「……さァな。だが、今まで目から血ィ流してる奴、人間でも『狂人』でも見たことあるか?」


「無いな」


「…」


「じゃあ関係ねェんじゃねェか」


 意外と冷静なナイトの分析に、リチャードソンも「そうか……」と、それぐらいしか返せなかった。

 全員ぶっきらぼうだから、会話など長く続かない。でも別にそれが目的ではないのだ。


「もう少し進めば町があったはずだ。青髪の坊主たちが行ったとこよりは広い。『U-021』とやらもあるかもしれん」


 頭の中に入っている地理を少し思い出したのか、リチャードソンが他二人を先導して歩く。

 と、


「なァおい……リチャードソン」


「うん? どうした」


 最近どうにもメンタルがやられているらしいナイトが突然話しかけてくるのは予想外だったが、リチャードソンは咄嗟に返事する。


「この前ァ、あんたに乱暴なこと言った。事実ではあるが……あの言い方はねェよな。悪かった」


「はぁ? お、おう」


 正直リチャードソンは適当に返事をしていた。それはナイトもわかっているつもりではある。

 ただナイト自身が、言っておかないと気が済まなかった。


 ずっと覚えていて後悔していたから。

 それは『亜人禁制の町』へ突入する直前、グループで話し合っていた時の会話。



『た、確かめるってお前さん……』


『何だよ。文句でもあんのか? 俺が主と決めたのはてめェじゃねェ、ニックだ』



 悪口を言ったわけじゃないが、彼はニックの相棒のような男である。

 仮にもこのグループにおいてサブリーダー的なポジションにいる人物に不敬であったと、言ったそばから後悔していたのだ。


 普段は『あんた』なのに、勢い良く『てめェ』呼びであったし。


 この時は――ニックが敵に捕まっていて生死不明であったり、エンが死んだと思われていたり、口調が悪くなってしまうほどのストレスは充分にあり得たが。


「うっ」


 歩く三人。誰かが短く声を出した。

 突然のことでちょっとだけ驚いたナイトだが、自分以外に声を出すなら一人しかいない。


「リチャードソン?」


「あ、あぁいや……すまん。ちょっとな……最近、腹の調子が悪いもんでな」


「…」


「あァ? 大丈夫かよ」


「俺から連れてきといて悪いんだが、ちょっとそこの茂みで……いいか?」


「行けよ勝手に。俺たちァここで待ってる」


「すまん」


 どうにも緊張感の無いやり取りを経て、リチャードソンは冷や汗をかいて腹を押さえながら茂みへ。

 分け入って、しばらくガサゴソと音がする。割と奥深くまで行くようだ。


「はァ……」


「…」


 良さげな切り株を見つけたナイトは、腰掛ける。エディも、すぐ側の地面に適当に座った。


「……さっきの、言わなくて良かったと思うか? 俺が考えすぎか?」


「…?」


「リチャードソンに謝ったやつだよ。てめェも一部始終は知ってんだろ」


「…」


 話しかけられたエディは、ちゃんとナイトの声に耳を傾けてくれているようだが表情一つ変えない。

 してくれたことといえば、『さぁな』とでも言いたげに肩をすくめるぐらいだ。


「…!」


 ややあって、エディは突然に立ち上がる。

 腰に携えた剣に手をかけ、何の変哲もない茂みを注意深く観察しているようだった。


「スケルトンか?」


「…」


「任せていいか?」


「…」


 どちらの質問にも、無口で勇敢な剣士は頷いた。

 態度を見るに、スケルトンの数はそう多くないようだ。彼だってここまで生き残っている、バカじゃない。

 ナイトに助けを求めないのだから、勝手にやってもらえば良いだろう。


 エディが剣を抜き、茂みの奥へ入っていった。


「ふゥ……」


 ナイトは――切り株の上でダラけていた。今までの自分ではあり得ないだろう。

 今となってはもう戦うことどころか、歩いたりするのも億劫だ。何もしたくない。もう何も……



◇ ◇ ◇



 二体のスケルトンの頭部を斬りつけ、エディは剣を鞘へと納める。

 ドサリと倒れたスケルトンたちの音に、もう一体の奥にいた狂人が気づいて振り返る。


 エディはもう一度剣に手をかけ、


「…!?」


 何か――違う。

 強大な気配が近づいてきていることを察し、手を止めてしまう。

 自分の勘を信じるのなら――スケルトンとか狂人とか、そういうレベルの脅威ではない。


 視線を感じる。


 斜め後ろの茂みの奥から、息を潜めてこちらを見ている、何かの視線。


 ゆっくりと……その存在を刺激しないように、顔だけ振り向いた。



「ガルル……」



 それは(トラ)だ。


 虎が牙を剥き出しにして、エディの周囲を回りながら睨みつけてきている。

 一応、前からは狂人が迫っている。


 何という不運。

 これほどまでに吸血鬼ナイトに居てほしい状況が、よりにもよって、彼の同行を断った今来るか。


 どうする、この状況……



「ポチ」



 前から声がした。少女のような声質だった。

 狂人の背後の茂みからだ。


 エディは、つい反応して前を向いてしまう。


 その瞬間。



「…!」


「ガァ――――ッ!!」



 虎がエディに飛びかかる。


 その牙によって剣は簡単に折られる。

 砕けた刃と、おびただしい血飛沫が宙に舞った。



◆ ◆ ◆



「あァ〜〜〜〜あ……」


 切り株の上で、ぐうたらするナイト。


 自分は、どこまで堕落するのか――本来、先程のようにスケルトンの気配が近くに現れたら、誰よりも先にナイトが感知するはず。

 誰よりも先に刀を抜いて臨戦態勢に入るはずだ。

 エディの感覚も素晴らしく鋭いが、人間が吸血鬼に身体能力で勝ることはない。


 それが、エディだけが感知し、エディだけが動いていた。


 ナイトはもう何もする気が無い。仲間のために戦うなど、もってのほか。

 もし今――オルガンティアのような強者と戦いでもしたら、瞬殺される自信がある。


「このまま逃げちまおうか……?」


 リチャードソンもトイレで不在、エディは真面目に仕事をして不在。

 自分しかいないこの状況。どこかへ消えてしまっても、二人はきっとナイトを見つけられないだろう。


「…………」


 割と本気だ。

 上手くいってしまう可能性も、かなり高い。


「よォし」


 別にどこかに逃げたとしても――やりたいことも、やることも何も無い。

 ただただ野垂れ死ぬだけだろうと想像はつくのだが、それでも。


 もう、消えてしまいたいから。


「ん?」


 暗い覚悟を決めたナイトが本気で消えてしまおうと、切り株から立ち上がったその時だった。



「もし。そこの御方。どちらへ行かれるんですの?」



 表現するならば、異常に清らかな少女の声だ。強制的に振り向かされるような、そんな不思議な魅力のある声。


 見れば、一人の褐色の肌の少女が立っている。


 長い金髪も目につくが、何よりも目立つのは裸足であること、ボロ布を被っただけのような服装に、目元を覆う布だ。


「目が見えねェのか……? 俺がどこへ行こうが、俺の勝手だ。てめェに教えることァ何も――」


「ガアッ!!」


「あ?」


 衝撃。

 ナイトが女との会話を打ち切ろうとしているところ、死角から、すさまじい力と勢いに突き飛ばされる。

 気づくと地面に押し倒されており、




「あァァァァ――――ッッ!!?」




 のしかかってきた、誰かの返り血にまみれた(トラ)がナイトの喉に噛みつく。

 牙が食い込み、噴水のように血が飛んだ――



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