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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
序章 苦悩の少年少女
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幕間   『面白くない』



 ――その男は、目を覚ました。


「は!? おい、どうなってんだこれ! 何も見えねぇぞ! 誰か、誰かいねぇのかよーっ!?」


 男の視界は何やら布のようなもので覆われており、体も何かに縛り付けられていて全く動かすことができない。

 手に感じる感触としては、恐らく木の幹だ。


 しかも、ここがどこかの見当もつかないでいる。

 不思議なことに直前の記憶が飛んでいるのだ。自分はどこで何をしていて、どうして縛られているのだろう。


「待てよ。俺を縛った奴が近くにいるはずだよな。クソ、何てことしてくれやがる、元々危険なこの世界でよぉ……」


 ――『領域アルファ』と呼ばれるこの世界は、一年前に突如として現れた『スケルトン』という化け物たちによって崩壊してしまった。


 なぜか暗い場所の地中から次々這い出してくるスケルトン。

 夜なんてどこからでも現れる、そんな異形の存在の好物は、生き物の肉であった。


 圧倒的な数、さらに痛みを感じないらしく攻撃が効かないという性質に、抵抗する人類側はあっという間に劣勢に陥り大パニックに。

 大量のスケルトンが彷徨うアポカリプス世界となってしまったのだ。


 男も、あの骨どもに食われゆく友人の姿を何度も見せつけられたものである。それに、


「噛まれるのだけはごめんだぞ……!」


 体じゅうを食い千切られて死んだはずの友人が、ふらふらと立ち上がってこちらへ襲い掛かってくる場面にも、何度も遭遇した。


 ここにも人類があっさり負けてしまった理由がある――スケルトンに一回でも噛まれると、噛まれた者は近い内に死んで、そして蘇り、スケルトンと同じように理性を失くして人肉を求める『狂人』へと転化する。


 その者がまた他の者に噛みつくと、また噛まれた者が転化するのだ。

 どういう仕組みなのか不明なまま『スケルトン』と『狂人』は瞬く間に増えていき……という寸法である。


 ――噛まれたら死ぬ。

 しかも噛まれて死んだら、奴らの仲間になってしまう。


 そうなりたくない。

 そうしたくない。死にたくない。この世界の人々は誰もが、生き残るために必死なのだ。


 もちろんこの男も同じ心持ちである。だから木に括り付けられているこの状況は、絶対にあってはならない。



「おい! 俺を縛ったクソ野郎、ツラを見せやが――」


「バカだなキミは。そんなに大声で叫ぶと奴らが寄ってくるって、知らないわけじゃないだろ? それとも死にたいのかい?」


「な、いつからそこに……!? ってか死にたいわけあるかよ誰だお前! お前が縛ったのか、早く解け!」



 突然、目の前に一つの気配が現れた。

 その気配の主は男性だとは思うのだが、まるで子供のように高く、どこか無邪気そうな声だ。


 確かにスケルトンも狂人も、大きな音や強い光に敏感に反応するから危険だ。


 だが男は誰かに手を貸してもらわなければこのまま。どうせいつかは見つかって食われることになる。


 そんな風に焦っている男は、いつまで経っても質問に答えない気配に痺れを切らす。


「おい、答えろガキ!」


「ガキ……? キミって奴は、どうやら状況が理解できてないみたいだね」


「あ? 理解してるから怒鳴って――」


「縛ったのはボクだし、それを解くのもボクになるだろ。つまりキミの生死はもう、キミ自身のものじゃないよね。キミの全てがボクの管理下にあるってことさ」


 何だ、こいつ。


 言っている意味がわからない。


 もちろん正面に立っているのだろう男が、自分を縛り付け、視界を奪ったのだという事実はわかった。

 しかし彼のネジが飛んでいるような思考回路は、一生かけても理解できそうにない。


「置かれた状況がわかったかな? そう怖がらないでも大丈夫だよ。ボクの()()()にキミが合格すれば、何も起きないから」


「は、え? テ、テストだと?」


「結果はもう出てるかもしれないし、これからのキミの行動によって変わるかもしれない」


「ま、待て。お前は一体……」


「ちなみにボクの名前はヴィクター。質問は一つずつね、なるべく要約してほしいんだけど」


 顔は見えないのに、彼――ヴィクターが楽しそうに喋っているのをひしひしと感じる。


 視界は闇に閉ざされている。目の前のヴィクターはどう考えても頭がおかしい。

 完全に彼のペースに乗せられてしまっている今――これほど恐ろしい状況が存在するだろうか。


 とにかく彼の言う通り、質問をしてみなければ。それ以外に助かる方法も無さそうだ。


「……ここはどこなんだ?」


「決まってるじゃないか。領域アルファ、『バーク大森林』の中さ」


 あっけらかんと答えるヴィクターに安堵する。


 バーク大森林の外には出ていないらしい。

 もしここが未知の場所であったりしたら、解放されてもどうしたらいいかわからない。

 とはいえこの大森林も広すぎて、元々どこがどこか、はっきりとは知らないのだが。


「じゃあ、お前は何者なんだ? それによっちゃあ俺を縄で縛り付けてる理由がわかるかもしれねぇな。何者だ? おい、ヴィクター」


「何者? ボクはヴィクターだ。キミを縛り付けた理由はね……」


 何者、というのは普通に考えて名前以外のこと、立場だったり種族だったり、職業だったりを聞くものだと思うのだがヴィクターには常識が通用しなかったらしい。


 肝心の理由については、彼は少し考えて、



「――ま、暇潰しって感じかな?」


「てめぇふざけんじゃねぇぞ!! 俺をナメ腐りやがって、ぶっ殺してやる!!」



 さも当然のように言うヴィクターに、男はさすがに憤慨を抑えきれなかった。

 体に渾身の力を入れて暴れようとする。だが縄による拘束は固く、歯が立たない。


 すると、ふいに目隠しが取れた。


「テストは終わりだ」


「は? マジでふざけんのも大概に――」


「キミは、面白くない」


 初めて目にしたヴィクターの容姿は奇妙であった。彼は子供ではなく20歳かそこらの若者に見える。


 男にしては長めの藍色の髪。その上には当たり前のように黒いシルクハットが乗っている。

 今は感情が死んでいるようなその顔も、声に違わずやや中性的だ。


 何より目を引くのは、


「その、二本の牙……まさかてめぇ『吸血鬼(きゅうけつき)』か!?」


「バカなキミにしては上出来な観察眼だ。安心しなよ、とって食ったりはしないさ。ボクはね」


 言い切った彼の後方の茂みから、何体かのスケルトンが現れる。

 縄を解いてもらわなければ自分は助からない――


「助けろ! おい! どうでもいいから縄を解け! 頼む、頼む、助けてくれよヴィクター!!」


「…………」


 中性的なその顔を何色にも歪めないヴィクター。彼は静かな動作で腰の刀に手をやり、柔らかに抜き放つ。

 振り返りざまの高速の一閃が、二体のスケルトンの頭蓋骨を真っ二つにした。


 そう、スケルトンは無敵ではない。

 頭蓋骨周辺に深刻なダメージを負うと、奴らは活動を停止するのだ。


 今、ヴィクターは間違いなく二体のスケルトンを殺した。ということは、助けてくれるということか。その意思をこちらに示



「あ、ごめんね。勘違いさせてしまったかもね。ボクはキミを助けるつもりは一切無いんだ。今のはボクを食おうとしてきたから排除したまでだよ。残りは……うん、キミに任せるとしよう」


「よせ、行くな! ヴィクターぁぁぁぁ!!!」



 泣き叫ぶ男を意に介さず、微笑むヴィクターは茂みの中へ消えていった。


 スケルトンがそんな面倒な獲物に狙いをつけるはずもなく、身動きの取れない男の方へ近づいてくる。

 その数、およそ10体。大声を上げすぎた。


「ウオ"ォォ」


「あぁぁあッ――!!」


 何かにつまずいて転んだ個体が、這いずりながら男の足に噛みついた。

 紫色に染まるその歯で、足の肉を引っ張る。

 なかなか千切れず、両手を添えてさらに引っ張り、とうとう脛の肉が体から分離してしまった。


「ぎぁッ――」


 引き千切られて骨まで見える脛から溢れる血、そして激痛に叫ぼうとする。

 が、そんな男の喉に別のスケルトンが噛みついた。喉仏が噛み砕かれて声も出ない。


「げぉ、がっ、ご……ぁぅ……」


 首を噛み千切ったスケルトンはそれでも満足せず、頬にも噛みついてきた。

 別の奴が右腕に、また別の奴が腹に、別の奴が左手の指に。


 ちまちま、ちまちまと男は体じゅう咀嚼され、いつしか……力尽きた。



◇ ◇ ◇



 近くの木の上から、退屈そうに食事シーンを眺めていたヴィクターは大地に降り立ち、もう人間でなくなったあの男のもとへ。


 スケルトンは肉が大好物らしいが、干乾びた骨である奴らにとっても鮮度は重要なようで、ひとしきり食い散らかして獲物の鮮度が落ちると、さっさといなくなってしまうのだ。



「ア"ァ……ァ……」



 だからスケルトンのように世界を彷徨う、死ぬに死ねない『狂人』が、こうして量産されてしまうのだ。


「ま、ネタばらししちゃうとキミのテストは最初から終わっていたよ――叫ぶ内容から、ボクに対して抱く感情まで、何もかもがありきたり。盤石。凡庸。もしかして人間ってこういう面白くない奴しかいないのかな?」


「ア"ッ、ア"ァ……ァ」


 未だ木に縛り付けられている紫色の目の狂人は、ヴィクターを噛もうと必死に紫色の歯を打ち鳴らす。

 ガチ、ガチ、と何度も、まるで恨みをぶつけたくて仕方がないかのように。


 直後、ヴィクターの耳朶を打ったのは何かが破裂したような音であった。


「こんな真っ昼間に銃声? 銃ってことはリーゼント野郎か……いや、似てるけど銃声とは違ったかな」


 あまり遠くない位置だ。

 しばらく耳を澄ませていると、若い女の悲鳴のようなものと――そして今度は本物の銃の音がたった一発だけ聞こえてくる。


「……ただの銃声だ。行ったって面白いことなんてあるわけが無いね。またどこぞのバカな人間が、死にたくなくてパニックになったんだろうな。もう死んだな」


 そんな考えに至った『吸血鬼』ヴィクターは、縛られて動けぬ狂人を介錯してやることもなく、深きバーク大森林の闇に消えていった。



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