第181話 『決着』
チマチマと少しずつ書いてました。長いけどある程度お話がまとまります。
実は今、やることがあり、10月くらいまでは投稿できるかどうかすら危ういです。すみません。
「――ポーラ様ぁぁ!!」
「やっちゃえーーーっ!」
「ゴキブリみてぇにしぶとい魔導鬼だっ!」
「その醜い顔、叩き潰せぇ!!」
――ギリッ。
ガントレットから放たれた衝撃波で風穴の開いた金網。それを背にしたレイが歯噛みする。
最悪だ。地獄のように、本当に最悪。
「歓声が聞こえるかしら、魔導鬼ちゃん? あら、うっかりしていたわ。あなたには罵声ばかりね!」
「……うっさいわね……!」
称賛や応援ばかり受けているポーラは、レイを指差してケラケラと笑う。
観客といっても、あの観客たちは全員がポーラの部下である。知っているレイは真に受けないように気をつけていた。
『信じることも、愛するものも、自分で決めるんだ!』
教えてもらったことがある。あの人の言葉を無駄にしたくない。
けれども、やっぱり……傷付くものは傷付く。未だに弱いレイは自分を騙し続けられないのだった。
そんな逡巡の中、
「はぁっ!!」
「……わ!?」
レイよりも筋肉質なポーラの右腕が振り回され、ガントレットの拳槌部分が迫ってきた。
ギリギリ気づけたレイも左腕のガントレットを両手で抱え上げて防御。
勢いよく振り抜かれ、ポーラの右腕が彼女の背後まで回って、
「あああ!!」
すぐにそこを起点にガントレットによるパンチが打ち出される。
(や、やばっ……!!)
先程の防御の反動で、体勢を崩してしまっていたレイだが頭は回転していた。
あのパンチは衝撃波を伴う――という考えに至った瞬間、反射的に足が動く。
「ッ!!」
レイは後ろに倒れながらもポーラのガントレットを蹴り上げたのだ。
照準をかち上げられたまま衝撃波は放たれ、頭上にある金網を突き破り、その遥か先の天井が抉れて、地下闘技場の全体が震わされる。観客もどよめく。
「おお! 見よあのガントレットの威力をぉ! 観客席の皆も放送席の僕も、巻き込まれたらひとたまりもないな!」
放送席のジェクトは興奮しているようだ。
一方でレイは動揺していた。
「はぁ、はぁ……な、何なのよこの殺戮兵器!? 領域アルファにこんなもの存在してて良いの!?」
戦慄する。直撃していたら四肢がバラバラになるどころか、体が弾け飛んで骨も残らないのではないか。
骨――といえば。
「ウ"ウゥ"ァアァ」
「あ……」
そう。このリングは初めから無数のスケルトンに囲まれていたのだ。
金網があったから侵入されなかったが、一発目の衝撃波で穴が空いている。
そこから、一体のスケルトンが侵入しようとしていた。当然レイは焦った。
「ちょ、ちょっとポーラ!? 中止よ中止っ! スケルトンが入ってくるじゃないの!」
「それだけで中止? 逃げ腰に言い訳しているだけじゃない、本当に『美しくない』わね」
「違う、あんただって食われるわよ!?」
「『美しくない』あなたに心配されても嬉しくないわね」
「……こっ、こんのっ……!!」
「また怒るの? そうやってすぐ怒る。鬼っていうのは短気なのねぇ、ことごとく『美しくない』」
こんな短い会話の中で三回も『美しくない』とか煽られてしまっては、意味もなくブチ切れそうになってしまう。
それは一旦置いといて侵入するスケルトンへ振り返るレイだったが、
「オ"オ"オ"オ"アアア"ッ!!」
金網に触れた瞬間スケルトンの体が青白く発光し、弾かれるようにリング外へ落ちた。
まるで、
「え、電気!?」
金網に高圧電流が流れているかのようだった。痛覚の無いスケルトンにはダメージも無いだろうが、弾き飛ばされるなんて余程の威力で――
「よそ見なんて余裕あるの、ねっ!」
「ぐぅッ!?」
完全にポーラの攻撃を警戒していなかったレイの横腹に、ポーラの鋭い蹴りが刺さる。
吹っ飛ばされて、
「ぃあああぁああぁ――――ッ!!!」
レイも、スケルトンと同じ目に。
ひとたび金網に触れるとレイの全身に青白い光が迸り、電撃が体を焼いてくる。
「あ〜! レイ〜〜っ!!」
「レイくん!」
メロンとシュガアの必死の叫びも耳に入らないほどに、熱い、熱い、とにかく熱い。
体じゅうの血が沸騰しているような感覚。
あまりにも危険。熱さで何も考えられていなかった思考回路はすぐに『金網から離れろ!』と自身の本能に殴られた。
早くそうしないと、本当に焼け死んでしまうから。
「――――っう!!」
どうにかレイは自力で金網から離れ、まだバチバチと電気が走っている自分の体表に驚く。
普通に生きている生物には起こり得ない事態に、レイの心臓が異常な速度で脈打っている。
「うぅ……く……はぁっ、はぁっ…………あ」
息をするのがやっとのレイがリングの床に這いつくばって――ようやく気づいたことがあったのだが、
「あら。穴が空いてしまったから電流ももう流れてないかと思ったら、正常に動作していたわね。ウフフ」
そんなレイを見下ろしながら冷たく笑っているポーラの姿に、レイはこれまで以上に怒りを覚えた。
ゆっくりと立ち上がり、
「あんた――わかってはいたけど、本当にこれが初めてじゃないのね」
「……ん?」
「あたし以外にも、何人もの女性をこうして連れて来て、見せ物みたいに殺してきたんでしょ」
リングに這いつくばって気づいたのは、無数の血痕の存在だった。
今回まだレイもポーラも大した出血はしていない。当然スケルトンに血は無い。
つまりこれは、今までポーラが相手してきた女性が無惨に敗れ、殺されてきた証である。
「あら。見せ物なんて言い方は『美しくな――」
「黙んなさいよ、クソ女」
事実に気づいてしまったレイは、もはやポーラの下らない言葉など耳に入ってこない。
怒りの限界だった。
「もう……あったま来たわ!!」
踏み込んだレイ。火事場の馬鹿力で左腕のガントレットも軽く持ち上がり、呆然としているポーラの顔面を捉える。
――ここでもう一つ奇跡が起こっていた。
電撃を浴びたことで、レイのガントレットに誤作動が起きて設定が変わってしまったようなのだ。
「うりゃああああああああ!!!!!」
「っ!!?」
鉄の塊のようなガントレットにポーラは顔面を殴られるが、それと同時に微弱の衝撃波が起きた。
『微弱』と言ってもこれまでと比べればの話ではあるが、ポーラの体は嘘のように吹き飛び、それよりも早く駆け抜ける衝撃波は背後にあった金網までも揺らした。
ポーラが金網に体をぶつけ、電撃を一瞬だけ浴びる。するとその面の金網が、固定されていた隅の鉄柵ごとリングの外へ倒れていった。
「ポ、ポーラっ!? リングが……こんなの初めてだぞ、前代未聞だ! 皆、武器を取れ! 決闘なんてどうでもいい、スケルトンからポーラを救い出すんだぁ!」
「「「うおおおおお」」」
放送席のジェクトの驚き様が、事態の深刻さを物語っている。『処刑場』と言っても過言ではないこのリングが崩壊するなど、あり得なかったのだろう。
観客席の部下たちもワーギャーと叫び散らしながら下へ駆けつけ、銃をぶっ放している。
「あれ〜レイが見当たりませんが〜!? しかもロープこのままだし〜! どうしましょ〜!?」
「確かに前代未聞だが……」
周りの空気に呑まれて珍しくあたふたしているメロンに対し、同じくロープに縛られ下手に動けないシュガアは、冷静であった。
「これはチャンスだ」
◇ ◇ ◇
放送席から慌てて駆け出すジェクトの最後の声が、スピーカー越しに聞こえる。
「試合は中止! 中止だ! 従って……君たちにも落ちてもらう!」
「え〜〜っ!?」
メロンが驚愕しているのは、ジェクトが退室の間際に何らかのレバーを引いたのが見えて、その直後に自身を拘束するロープが落下し始めたからだ。
――スケルトンの海に向かって。
「まずいな……ここは強行突破といこう。メロンくん! しっかり掴まっているんだ!」
「ちょっ、どうするつもりです〜!?」
見上げたシュガアは、ロープが天井から切り離されていないことを確認。
まだ天井を起点として、ぶら下がっている状態ならば、かろうじてロープを揺らして勢いをつけることぐらいはできるかもしれない。
「ぬお、おおお!!」
シュガアは持ち前の腕力で、強引に自分たちの体を右へと揺らし、振り子の理論で左へと揺られる。
その方向には、リングから突き落とされたポーラがいるはずだ。スケルトンが多すぎて姿は見えないが。
「うぉ!? あの爺さん!?」
「構うな、ポーラ様を助けるんだ!」
スケルトンと交戦するポーラの部下たちの頭上を通過していく。
ロープを揺らして目的地まで着実に近づいてはいるが、同時に、着実に高度も落ちてきている。
「オコ"ォォ!」
つまりスケルトンたちの手が届きそうになるのだが、
「おおおおおっ!!」
「アカ"ッ」
「ゥ"オ"」
神業というより、荒業というべきか。
シュガアは自分に手を伸ばしてきたスケルトンの顔面や肩を次々に踏みつけて、それを推進力として前へ進んでいく。
狙ってくるスケルトンどもを逆に足場として、ロープの振り子の理論の勢いに任せて移動しているのだ。
だがこれは、まだロープがピンと張っているからこそできるもので、
「く……もう限界か」
ロープが、グニャリと垂れ下がってしまうようならば使えなくなる移動法だった。
シュガアの読み通り、もうロープは張らなくなってしまったが、
「……っ! ……危なかった」
「ひゃあ〜っ間に合いましたぁ〜! たぶん今の私、息してませんでした〜!」
最後のスケルトンへのひと蹴りによって、シュガアとメロンは倒れているポーラの近くまで転がり込むことができた。
そこも安全とは言えないが、ポーラを助けるために部下たちが銃を撃ちまくっているためスケルトンの量がまばらだった。
「……あ……あなたは……!」
「返してもらう。出口はどっちかな、ポーラくん?」
「それは――」
シュガアは淡々と、ポーラの右腕からガントレットを外して自分の腕に装着する。ついでに抜け目なく脱出経路も聞いておいた。
出口の方向を吐いてもまだ何か言いたげなポーラを放置して、シュガアはレイを救出するためリングの方へ振り向く。
もう、リングの上もスケルトンだらけだった。
「レイくん……?」
蹴りやガントレットで近くのスケルトンを排除しつつ、見回してあの少女の姿を探す。
どこにも見つからず焦ったが、
「ん? おお、あれは……」
「今のは衝撃波ですか〜!?」
メロンが指差して言った通り、今、どこからかスケルトンの群れを割るように衝撃波が飛んだ。
もう一つのガントレットはレイが持っている。つまりあの辺りへ向かえば、
「レイ〜っ!!」
「わ、メロン!? シュガア!」
――抱きついてきた元気そうなメロン、その後ろで笑顔で頷くシュガア。
二人の姿にレイは深い安堵を覚えた。だが、
「仮面も杖も服も、あと荷物も無い……全部あいつらに取られちゃったわけよね」
「ですです〜! そういえば私の銃も持ってかれちゃってんですよね〜困ります〜!」
何もかもポーラたちに没収されて、そのまま。
かなり痛いし納得もいかないが、スケルトンだらけのこの状況下で甘えたことは言っていられない。後で取り返せるかも微妙だが。
とはいえ、
「あ! 出口もわかんないじゃない!」
絶体絶命だ、と下着姿のレイが頭を抱えるが、
「それについては問題無い。聞いておいた。二人ともついて来なさい」
「さすがすぎ……!」
シュガアがポーラから出口を聞いておいたのが功を奏した。
何よりポーラから情報を引き出せた理由には――彼がポーラのグループ入りの勧誘を断りはしていても、喧嘩したり追い出したり荒っぽいことをしてこなかったから、ある程度ポーラとの信頼関係が構築されていた、という軌跡もあるが。
と、
「ん? ……おい? メロンくんはどこだ?」
「えっ、あれ? おーい、メロンー!?」
先程までレイに抱きついていたはずのメロンの姿がどこにもない。
今の呼びかけが聞こえたのか、
「私もポーラの話は聞いてましたから〜、大丈夫です〜! 荷物を取り返してきま〜す! 先行っててくださ〜い!」
スケルトンの群れのどこかから、そんな声が確かに聞こえた。かなり離れているが。
せっかく三人合流できたのに忙しないことだ、とは思いながらも、二人は仕方なく出口へ走り出す。
「そうだ、コレ返すわね……どうやって外すの?」
すっかり忘れていたが、レイは左腕のガントレットをシュガアに外してもらう。
何やら特殊な外し方で、見ていても全く理解できなかった。
重いものが外されてレイは少し気分爽快だが、シュガアの喜びはそんなものではないようで、まるで子供のように歯を見せて笑っている。
「やっと本気が出せる」
装着し、設定し終えた両方のガントレット。
どちらも前方へ突き出し、駆け出す――衝撃波によって開かれた活路を。屍が転がっているだけの道を。
◇ ◇ ◇
レイとシュガアが出口へ向かっているのを、部下たちと合流したポーラは遠目に見ていた。
「はぁ……はぁ……シュガア……なぜここに来たのかわからなかったけど、まさか魔導鬼を助けに……?」
ポーラとしては、シュガアとあの二人の少女に何の繋がりがあるのか見当もつかない。
だが魔導鬼と一緒に逃げているあれが現実。シュガアは敵になった、というわけだ。
敵、というのは、
「あの鬼女……よくも私の『美しい』顔を……顔をガントレットで殴るなんて……絶対に許せないわ……!」
ただの試合相手だったレイとかいう魔導鬼を、ポーラは今や完全に私怨で『敵』認定している。
こちらは魔導鬼の顔でも狙わずにおいてやったというのに、魔導鬼は遠慮無く顔を殴ってきた。
なんて卑劣な女。
ポーラの鼻は潰れてひん曲がり、形の良かったはずの『美しい』鼻は今や見る影もない。
「魔導鬼なんて嫌われ者の顔なんか、ボコボコに殴ったって誰も文句は言わないわ……でもこんなにも『美しい』私の顔だけは、汚しちゃいけない! そうでしょう!?」
「そうっすよマジで!」
「ポーラ様の容姿は世界の宝です!」
「わかってるわね、流石あなたたち……ジェクトはどこ? ジェクトと合流して、鬼もオジ様も全員まとめてお仕置きしてやらなきゃ……」
ジェクト――あの青髪のイケメンはポーラにとって、ただの部下ではなく恋人だ。
スケルトンに部下がいくら食われようとも構わない。だがジェクトが死ぬのは当然に『美しくない』のである。
「あ、私、ジェクト様を見かけたのですが!」
部下の一人が駆け寄り、報告してくる。
「なんだか……さっきまでロープで捕らえていた緑髪の少女に、追いかけられていたように見えまして……」
「はぁ?」
このスケルトンだらけの場所で、わざわざジェクトを狙って追いかけている?
ポーラには理解ができなかった。が、
「ジェクト……相変わらず、肝心な時に役に立たないわねあの王子様気取り……まぁいいわ。出口に先回りして、私の顔を殴ったことを鬼女に後悔させてやるのよ……!」
すぐに気持ちを切り替え、収まらない怒りを発露することに重きを置くこととした。
◇ ◇ ◇
「はぁっ……はぁっ……い、いったい何なんだ!? さっきから僕をつけ回しているな!?」
というのは、ある地下通路にて足を止めたジェクトの言葉だ。
振り向く彼の視線の先に、
「そうですけど〜? 出口って聞いてたのと全然違う方向にあなたが行ってるもんですから〜、大事な物でも取りに行くのかと思ったり〜?」
数メートル離れた所で笑顔のメロンが足を止めた。
「ほう、鋭いね」
――水道管やガス管と思われる鉄パイプが壁や天井にびっしりと敷き詰められた、幅は広めの地下通路だ。
そのパイプたちの間にポツンとある錆びた扉を、ジェクトはコンコンと拳で叩いた。
「ここに、今までポーラに『挑戦』してきた奴らから没収した品々が眠ってるのさ」
「『挑戦』ですか〜。強制的に戦わせるクセによく言いますよね〜」
「はっ、黙りなよ! もちろんここには君の銃や、リュックなんかもあるけど、返さない。もう僕らのものだからね!」
暗くジメジメとした地下通路だが――メロンの心には、そんなものを吹き飛ばすほどの炎が灯っていた。
「私の銃なんて特に思い入れも無いし〜、いくらでも替えは利きます。でも〜……」
拳を握りしめたメロンは、床を蹴って猛スピードで駆け出す。
「友達の杖と仮面だけは絶対に、返してもらいます〜っ!!」
魔導鬼である彼女には絶対に必要なものなのだろう――できれば仮面は外してもらいたいが、奪い返せるのにわざと奪い返さないのは嫌がらせみたいだ。
杖はもちろん、仮面も返してもらわねば。
「おお? やる気だね! 君の『ちょっとだけ美しい』強かさに免じて、僕も銃やナイフは使わないであげよう! ただし――」
ジェクトは上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、上裸になってみせる。
服の上からでは全くわからないのだが、彼の筋肉量は思いの外すごかった。
「女の子だろうと手加減しないよ、僕の心はポーラ一筋だからねぇ! 鍛え抜いた僕の『超美しい』この肉体美に勝てるといいが!!」
「げっ!?」
二枚目な顔、サラサラで綺麗な青い髪と、王子様のような雰囲気のジェクトにはおよそ似つかわしくない細マッチョボディ。
不釣り合いすぎてどこか化け物にも見えてしまうジェクトの振り上げた拳に、さすがのメロンも驚き、
「ふぅんッ!!!」
「わ〜!?」
大振りのパンチを仰け反って避ける。
細い腕だが、脈動する血管がいくつも見えるほどパンパンに鍛え上げられた頑強な腕だ。
ジェクトの拳は壁のパイプの一本を容易くへし折っていた。
「こりゃ〜当たったら致命傷ですね〜……」
「当たり前さ! ポーラも言っていただろう、見た目だけじゃなく強さもまた『美しさ』に含まれるのだと! どんどん行くぞ、それそぉれ!!」
「わわっ、わは〜っ!?」
右から左から、次々と飛んでくるパンチをメロンは後退しつつ避け続ける。
一瞬の隙を突いて、
「えいっ!」
「…………」
ジェクトの腹にパンチを入れてみるが、その硬い腹筋にダメージは弾かれてしまう。
「ははっ! 効かないなぁ! 君の顔や声が『美しい』のは認める、豊満さは無いがスタイルも良し! しかーし!」
「あぁ……!?」
ジェクトが次の言葉を紡ぐ前、メロンは今の台詞の『ある部分』を聞き逃せなかった。
カチンときた。
「強さが圧倒的に足りないぃ!! 顔が美しかったから、周りに媚びながら自分は楽をして生きてきたのだろう! それが透けて見えるのさ! つまりその観点で言うところ君は『美しくな――」
「――――ウツクシイ、ウツクシイって、あなたたち鳴き声みたいにクソうるさいですねぇ〜」
「なっ!?」
メロンは笑顔だが、意味ありげに額に一本の青筋を浮かべて言い放つ。
次の瞬間、メロンは驚異のスピードでジェクトの懐まで侵入した。
当然に慌てたジェクトは、
「近寄るなっ!!」
棒立ちの状態から、自身の柔軟さを活かした強烈なハイキックを放った。
ジェクトの右足はI字バランスのように、彼の頭よりも上へと伸びたのだが……
その一撃はメロンには当たらず。
「ここやられても『美しく』在れますか〜?」
「ッ!?!?」
I字バランスのすぐ正面に立っているメロンが……無防備なジェクトの股間を、抉るように蹴り飛ばした。
「――はみぎゃおアアアアアア!!?!??」
どうやらソコだけは、鍛えていなかったらしい。
ジェクトは歴史に残りそうなレベルで聞いたこともない、人間とは思えぬ謎の悲鳴を上げた。
王子様のような甘いマスクは変顔のようになって崩壊して、とにかく股間を両手で押さえながら膝をつく。
「ひん……ひんひんっ、ひん……」
「あらら〜『美しさ』の欠片もありませんね〜!」
膝をついたまま顔面まで床に擦りつけ始めたジェクトを、メロンは「ぷ〜くすくす」と満足気に嘲笑っていた。
「ひん……ひっ……ふぅ……ふっ……ひんっ……」
「…………」
もう何も意味のある言葉を発せない様子のジェクトは、床に涙の水たまりを作りながら、プルプルと体を小刻みに震わせているだけだ。
メロンは無言でしばらく観察してみたものの、
「……飽きました〜!!」
突然叫んで、先程ジェクトがへし折っていた錆びた鉄パイプをもぎ取り、振りかぶる。
「あなたに一つ格言を授けましょ〜……『貧ぬ〜はステータスです』! ってなわけでバイバ〜〜イ!」
「ぼほぉッ」
鉄パイプで横顔をぶん殴ってやると、ジェクトは白目で気絶してしまった。
まぁ、殺す価値も無い。そこまで因縁も無いし。
「ふぃ〜っ……待っててくださいねレイ〜、念願の杖と仮面と服ですよ〜!」
メロンは友達の喜ぶ姿を想像して、ヒーロー気分に浸るのだった。
◇ ◇ ◇
出口へ走るレイとシュガアは、地上への階段を探しているのだが、なかなか見つかっていなかった。
ポーラからは確かに経路を最後まで聞いたが、想像以上に通路が入り組んでいたのだ。
「この扉は?」
外に出たい一心で、レイは付近の手頃な扉をゆっくりと開いた。
部屋だ。脱出には無関係だろうがそこには、
「こ、これって……? 救急箱? ってやつとか、薬品とかスプレーボトルとか、色々あるけど……」
「そうだ」
大量に物があった。
シュガアはいつも以上に不機嫌そうな顔になって頷く。
「――ポーラくんは自分らの『美しさ』とやらを維持するために、化粧品やメイク道具なんかを大量に貯め込んでいる。ついでに病気にもならないように、医薬品とかもな」
レイは倉庫内を見回しながら「何よそれ……」と静かに驚愕していた。
一番大事なのは食料や水かと思ったが、化粧品などを優先するとは大した根性だ。
「まぁでも化粧品とかは正直どうでもいいわよね……大量に回収されて困るのって……」
「ああ。薬だな――病気をしているのに町で薬を見つけられず、苦しんで死んだ者も俺は知ってる」
「…………」
「ポーラくんは他の生存者のことなど一切考えないばかりか、化粧品や薬を全て回収した場所には『P』というマークを残すんだ。誇示するかのようにな」
「……ひどいわね。自分たちの都合ばっかり」
もう後はここから離れるだけだというのに、ますますレイはポーラへの怒りを募らせる。
この薬たちをどうにかできないのだろうか――
「ん? ……レイくん、静かに。どうやらそっちの扉から複数の足音がする。ポーラくんが部下を連れて先回りしたのかもしれない……」
「えっ」
「突破する。いいね?」
「う、うんっ!」
かなり不機嫌にポーラたちの悪行を語っていたシュガアも、とうとう臨戦態勢に入る。
奴らを迎え撃つ作戦があるようだった。
◇ ◇ ◇
扉を蹴破って、ポーラの部下たちが威勢良く通路へと雪崩れ込んでくる。
そこには確かにシュガアとレイがいたはずだが、見当たらず皆が首を傾げる。
ポーラも続いて入ってくる。彼女が気配を察知したのは、
「ッ!!」
上だった。パイプを掴んで天井に潜んでいたのだ。
ガントレット付きの両腕を交差させたシュガアが、レイを背負ったまま天井から落下してくる。
「え!?」
「空からジジイが!?」
頑健な両足で床に着地したシュガアは、
「――悪く思うな」
交差していた両腕を大きく広げる。
振り抜かれた二つのガントレットから、左右に衝撃波が走った。
「きゃああ!!」
「「あああぁぁっ!!?」」
「「いやぁあ!」」
蹂躙される。油断していたポーラの部下たちの身体が、時には四肢が、吹き飛ばされていく。
脳や心臓に当たった者はそこを容赦なく破壊されて死んでいく。腕や足を失ったものは、失って少ししてから痛みに気づく。
「あぁ、痛い……いたぁぁいぃぃ!」
「ぐ……そ……どうじて、ごんな……」
苦しみ悶える、名前も知らない哀れな者たち。
レイは思う――これはきっと、シュガアの望んだことではないだろうと。
彼が殺人など好むわけがない。そんなことは見ているだけでわかることだ。
しばらく呆けたように突っ立っていたシュガアの、その背後から迫ってくる影。
「っ!?」
「シュガア――っ!!」
ただ一人、気づいたレイはシュガアを突き飛ばして――彼女の肩に深々とナイフの刃が刺さる。
「いた……っ!」
「邪魔をしたわね……鬼女! せっかくオジ様を殺せるところだったのに。まぁいいわ、どうせどっちも死んでもらうんだもの」
「ポーラくんっ!? 何しているんだ!」
「……くっ!」
シュガアが軽く振るったガントレットに血の滴るナイフを払い落とされたのは、鼻が曲がってしまっているポーラ。
どうやらシュガアに背負われていたレイ同様、瞬時にシュガアの背後に回って先程の衝撃波を躱していたようだった。
「私の『美しい』顔を殴ってくれた件……絶対に許さないわ、この『不細工』な鬼女め!」
「……うっ……!」
刺された肩から血がドクドクと溢れ出すのを手で押さえながら、レイは辺りを見回す。
特に、シュガアが放った衝撃波が敵を蹂躙した、その先を……
「……! ねぇシュガア……ここはあたしに任せて」
「何? しかし俺がやればすぐに片はつく……」
「あんたは部下をみんな倒してくれたでしょ? もう十分よ、後はあたしがやるわ」
「……わかった」
勝機を見出したレイは、大量殺人で精神を摩耗しているであろうシュガアを控えさせた。
さぁ、最後の戦いだ。勝負は一瞬で決まる。
「知っているのよ魔導鬼! あなたたちは『魔法の杖』が無ければ魔法を使えない! つまり人間と全く同じ、何一つ変わらないんでしょう!?」
「……そうだけど……?」
「ナイフが無くたって私は鍛えたこの『美しい』肉体があるわ……魔法にばかり頼ってきた魔導鬼が、ガントレットも無しで私に勝てるつもり!?」
「……ええ、そうだけど」
「ッ!」
その通り――『杖』を奪われることは、魔導鬼にとって最大の弱点と言えるだろう。
吸血鬼や他の人外と違って、魔導鬼の身体能力は魔法さえ無ければ人間と全く同じ。
鍛えた人間と殴り合えば普通に負けるだろう。
それは、従来ならば、の話だが。
「あああああ!! 死ね魔導鬼ぃ!!」
レイの挑発のような発言に、目に見えて怒りを燃やしたポーラが徒手空拳で突っ込んでくる。
普通に顔面を殴られ、レイは壁へ追い詰められた。
「ふふふ、死になさい……死になさい……死ね、死ね、死ね死ね死ねぇぇぇ!」
「あぐ……!」
壁に押しつけられ、レイは首を絞められる。恨みの込もったポーラの両手が、レイの命を刈り取らんとして――
「え?」
レイは両手で、ポーラの右の手首を強く掴み、
「こんのぉぉお!!」
「……え?」
右の壁にポーラを叩きつけるように振り回す。案の定、背中から叩きつけられたポーラだが……
「あ……あぁぁぁああああッ!!!?」
血が流れる。滝のように。
背中から腹へ――
ポーラの体を貫いているのは、シュガアの衝撃波によってへし折れ、突き出していた鉄パイプであった。
「い……っ、いぃい!! こ……ん、な……こんな……あぁっ、ああ……」
「もう終わりね。ポーラ」
「ああぁああ……?」
驚きと痛みで、ポーラは顔の『美しさ』だ何だと言ってる場合ではなかった。
歪む。その表情が。苦悶に歪む。
「うぅ……ぐ……こ、の、クソ……鬼……ぃ!」
大した根性だった。
ポーラは自らの腹から飛び出している鉄パイプを両手で掴み、自分の体を脱出させようと引っ張っている。
だが、パイプには自分の血がベッタリだ。
手が滑って全然抜けない。
目だけが、レイに憎悪を訴えている。
それ以外の全てが、ポーラの思う通りにはなってくれなかった。
そして――
「レイ、シュガア、無事ですか〜!? 武器も服もリュックもバッグも取り返してきました〜……って、とんでもね〜状況〜!?」
折れた鉄パイプを振り回しながら、リングのあった方の扉から入ってきたメロン。
彼女は不要かと思ったのか手に持っていた鉄パイプを投げ捨てるが……
「カ"ァアァ"」
「ォォ"オ"ォォ」
「ひ〜!」
背後から続々とスケルトンたちが侵入してくる。メロンは早々にレイとシュガアと合流するが、
「ちょ……ちょ、ちょっと……まち、なさい……! 私ぃ……私が、まだ……ぁ!」
「ウ"ゥ"」
スケルトンたちが狙うのはもちろん――刺さって動けない、ポーラの方だった。
「い……いや……来ないで……やだ、やだ……どうするのこれ……だ、だれ……か……誰か……っ!」
「ア"ア"ァ……!」
身をよじらせ、くねらせ、ポーラは必死で脱出しようとする。だが抜けない。
動けても1ミリずつだった。そんなので逃れられるわけもなく、
「や……やっ……いやぁ……」
「カ"アアッ!!」
一体のスケルトンが、動けないポーラの頬に噛みついた。
「いっ……あぁぁぁ!!!」
「ク"ゥ、ク"ゥ"ゥ、ク"ウウウッ!」
「コ"オオオアア!!」
「あああああああああああ!!!!」
ポーラの悲痛な叫びが響き、頬の肉が食い千切られたと同時に別のスケルトンが首筋に噛みつく。
噛みつくスケルトンが増えるごとにポーラの絶叫も洗練されていき、最後には、まるで金属音のようになっていく。
しばらくは唖然としていたレイだが――まだポーラの意識がある内に言いたいことがある。
「ポーラ。あたしは魔導鬼。でも魔法はからっきし。助けられたことは何度もあったけど、あたしは魔法を頼りにして生きたことなんて一度もないわ」
「い……いぃぃ……いあ……うっ……」
「あたしはこの世界に適応して、この世界で生き残る――あたしは生存者よ」
自ら魔法に甘えたことなど一度もない。今の段階のレイにとって自分の魔法は、さしずめ『生きるための手段の内の一つ』でしかないのだ。
「ま……どう……きぃ……!!」
確かにそんな言葉を残し、とうとうポーラの姿は集まったスケルトンや狂人たちの背中で見えなくなってしまった。
奴らの足元には、血溜まりが急速に広がっていってるが。
どうも、すぐには足が動かなかった。
だがそれはレイだけではないようだったが。
「…………」
何を思っているのか、シュガアはその顔に影を落としてスケルトンの塊をじっと見ている。
「…………」
メロンも来たばかりで何が起きているのかわかっていないのか、笑顔が消えている。
それでもまぁ、命が一つ掻き消えたのだけは理解していることだろう。
「……案外、堪えるものだな。レイくん、メロンくん……脱出しようか?」
重苦しい空気の中で最初に話したのはシュガアだった。
今はまだ少量だが、すぐにスケルトンたちが次々に入ってきて地獄と化すだろう。それをわかっていたから急ごうとしたが――
「待ってシュガア! 一つだけ、やらなきゃいけないことがあるわよね」
「……?」
残るは脱出のみ――ではなくなったのだ。
よくわかっていないシュガアだが、すぐに何のことかは思い当たるのだった。




