第178話 『大穴の理由』
「あああああぁぁぁぁ――――っ!!」
ショッピングモールの二階から、真っ逆さまに一階へと落ちていくレイ。
掴めるものも無く、
(え、嘘、死ぬの? あたし、死ぬの? こんなところで? こんな風に?)
一階でレイを待ち構えているのは、
「ア"アア"ェ"」
「ル"ォ"ォオオオォ」
「ォォ"オオ」
無数のスケルトンたち、狂人たち。
落ちれば怪我をしてすぐには動けない。そこを死者たちに一斉に囲まれるだろう。
(そんな。嘘よ。だって、まだ、ほら、あたし……何も、何も解決してない)
囲まれたら、体じゅうを噛みつかれ、肉を引き千切られて終わるだけ。
レイは自身の魔法の杖を抱き締めながら落ちていく。
(――ホープ)
脳裏に浮かび上がる名前は、それだった。
浮かび上がる顔もまた、青髪青目の少年の無表情だった。
普通はこんな時、笑顔を思い出すのかもしれない。だが彼は表情が豊かでないから、こうなってしまった。
(やだ助けて、助けてよ――ホープ)
もう、一階の床が近い。レイを直視するスケルトンたちの群れの中に、彼女は突っ込んでいく。
逆さまになった仮面の下の顔を、涙でグシャグシャにしながらレイは杖を強く抱き締めるしかない。
その時だった。
杖の先端にある宝玉が白く光った。
眩い光ではあったが、強く目を閉じているレイは気づかない。
カツン――――。
衝突する。
だが床に先に到達したのはレイの脳天ではなく――抱き締めている杖の先端の宝玉だった。
「――ッ!!!」
白く輝く宝玉が抉った地面は、宝玉と同じように白く輝いて爆ぜる。
爆ぜた床はその周囲の床を爆ぜさせ、そのまた周囲が爆ぜて、また周囲が、と連鎖していく。
結果、めくれ上がりそうな勢いで床が波打った。
波打つ床の暴威にスケルトンや狂人たちも翻弄され、多くは頭部にもダメージを受けて活動を停止した。
そして、
「……?」
魔法による衝撃によって落下の勢いも死んで、無傷のレイは気づいたら床にペタンと座っていた。
本人は――何が起きたのか全くわからない。どうやら落下死は免れたようだが、偶然には違いなかった。
「……え!? 何これ!?」
振り向くとすぐ後ろ、噴水の横の床に巨大な穴が空いていた。
これを自分がやったのか? 何か普通でないことが起こったのだけはレイにも理解できた。
が、
「……レイ〜!? 止まってないで逃げてくださ〜い、スケルトンどもが来ますよ〜!!」
「はぁ!?」
レイを呼ぶメロンの声と、連発される銃声が耳に飛び込んでくる。
手を離しといて今さら何を言ってるのかと、レイの返事は自然と荒くなってしまったが。
笑顔を崩さないメロンは、どう見ても援護してくれている。
さっきの一撃でスケルトンの群れはほとんど壊滅したが、全ては倒し切れていない。
悠長に座っている場合ではないのだ。
二人は無我夢中で戦い、駆け抜け、ショッピングモールからの脱出を果たした――
◇ ◇ ◇
「いやぁ〜、良かった良かった〜! レイが助かって本当に良かったですよ〜!」
「…………」
外に出てすぐ、メロンは安堵の表情でレイに飛びついてきた。
レイはというと、
「……っ!」
メロンを引き離し、その胸ぐらを両手で掴む。
そして前後に大きく揺らし、
「あんたねぇっ!! 何してくれてんのよ、何をヘラヘラしてんのよ!? あたし死ぬとこだったじゃないのよ!」
「……!?」
ガクンガクン、と前後に勢いよく揺らされるメロンは、珍しく驚愕している様子だった。
「メロンあんたっ……ホント、このっ……バカ!! みんなバカよ!! あたしは仮面を取って顔を見せたいなんて一度だって言ったことないのに! みんな勝手にあたしの正体を知りたがって、それで……それで教えたらすぐみんなあたしから手を離すの!! あんたもやっぱりそうだった! もうイヤ! もうイヤよこんな世界全部滅びれば――」
「ちょっとちょっと〜。レイ、何言ってんだかわかんないので落ち着いてください〜」
メロンの表情は、呆れたような笑顔へと変わっていった。ますます意味不明なのだが、
「気づいてないとは思いませんでしたよ〜、自分の手を見てください〜」
「はぁ?」
「いいからいいから〜。あなたの手ですよ〜」
指差して言ってくるメロンに従って、レイは自分自身の手を見た。
血のように赤い肌。いつもと変わらない、忌々しい、嫌われ者の証。
「変わらないじゃな――」
――それを隠しているはずの手袋が、ない。
左手には手袋を着けているが、メロンに握られていた右手の手袋だけが無いのだ。
「これでわかったでしょ〜? ――すっぽ抜けたんですよ〜、レイの手汗で! 私もさすがにビックリして焦りました〜」
「へ?」
笑いながら言うメロンのその手には、一つの手袋がヒラヒラと揺れていた。
「返しますね〜。はい、ど〜ぞ〜」
「……あ、ありがと……」
「しっかし魔導鬼って本当に肌が赤いんですね〜、初めて見ましたよ〜! さっきのスゴいやつも、『魔法』ってことですよね〜?」
「え、ええ……そう……ね……」
レイは返してもらった手袋をすぐに右手に着けながら、淡々と話すメロンに相槌を打つ。
――気まずい。
「あの……」
「ん〜? どうしました〜? さっきから」
「……いや、その……ごめんなさい。怒鳴っちゃって……勘違いしてたの……」
被害妄想、というのに近いか。
レイは正体を明かしたら嫌われるという前提でメロンのことを見ていたので、手を離したという可能性しか信じられなかったのだ。
実際は、焦りすぎた自分の過剰な手汗によるアクシデントだったという、なんとも酷いオチ。
確かにずっと右手はスースーしていた。視界にも入っていたはずだが、気づけなかった。
それで怒鳴られたメロンには、ぶん殴られても文句は言えないだろう。
だからとにかく頭を下げたが、
「いいじゃないですか〜、お互いに命あったんですから〜!」
メロンは手でグイッとレイの頭を強制的に上げさせ、笑い飛ばすように言った。
「え……? で、でも……」
気恥ずかしさが抜けないレイは動揺することしかできないが、
「そんなに罪を償いたいんなら〜、一つ私に付き合ってもらってもいいですか〜?」
「えっ……」
メロンの提案。
いったい何に付き合うのか、頼み事でもあるのか、ジャンルも何もかもわからない。
恐ろしい――でも、やるしかない。
レイは覚悟を決めた。
◇ ◇ ◇
覚悟を決めたことを、レイは後悔していた。
「何よこれ……?」
大きな鏡に映る自分の姿に、目眩がするような感覚を覚えた。
自分の姿というよりも、今の服装に、だ。
「ダメ……こんなの、ダメ! ダメったらダメ!」
「え、何がですか〜!?」
「何もかも!!!」
いきなり町の服屋に連れ込まれ、メロンから服を押し付けられて『これに着替えてみてください〜』と言われ、試着室で着替えてみたはいいものの、
「この、スカートっ……! 短すぎ! ちょっと肌出すだけでもヤバいのにっ、こんなの、こんなの……けしからん!」
「私と同い年のくせに〜。ジジイみたいなこと言わないでくださいよ〜」
それは、いわゆる『ゴスロリ』的な服だった。
フリル付きの黒い上着。胸元のリボンタイ。そこまではいいが、問題は黒の三段フリルのミニスカートだった。
脚が出ている。割と大胆に。
赤い肌が。
「肌の色が嫌なんですか〜? それとも脚なんか出したことないからそもそも恥ずかしいんですか〜?」
「ど、どっちもよ! もう服装戻すわ! 似合ってもいないしね!」
「え〜私まだ観察していたいんですけど〜。超似合ってますよ〜、鏡ありますけど〜……あなた、目ぇついてんですか〜?」
「ついてるわよ!」
「その仮面で見えづらいんじゃないですか〜? ちょっと貸してください、外してあげま〜す!」
「や、やめっ! やめてぇ!」
どういうつもりなのか試着室に乗り込んできたメロンが、無理矢理にレイの仮面を外す。
抵抗したが、全く敵わなかった。
「い、いやぁ……」
「ほら見てくださいよ〜、オレンジ色のツインテールも、白い瞳も! 白黒の服とマッチしてます〜!」
「恥ずかしいぃ……」
「まるでパンツ脱がされたかのような反応なんですが〜……仮面着けすぎててパンツみたいな感覚になっちゃったんですかね〜」
「れ、冷静に分析しないでよっ!」
意味のわからない問答を散々続けてきたが、
「私は、その肌もいいと思いますけどね〜! ほら、顔だって可愛いじゃないですか〜!!」
けっきょくのところ、メロンが伝えたかったのはその一言だったらしい。
謎の感動で、思わずレイのパールホワイトの瞳が揺れてしまうが、
「っ!? ちょっと隠れますよ〜、レイ」
「え……?」
店の外の方を見ながらメロンが、ゴスロリなレイの手を引っ張って商品棚に隠れる。
試着室の中では逃げ場が無いから移動したのだろうか。
「ポーラ様の名の下にぃ!! ぎゃはは!」
「今日はこの店の『美しい』服、全部頂いてってやるぜぇ! おらよぉッ!」
「何でもいいから持ってくわよ、ポーラ様は何でも『美しく』着こなすんだからね」
窓を蹴り割って、数人の男たちが入ってくる。中には女も混じっているようだが。
ポーラ、なんて名前は聞いたことがない。
「この町のボス的なポジションでしょうか〜……?」
「そんなのどうでもいいじゃない……メロン、どうするつもり?」
二人の意見は一つだけ完全に一致していた――あの連中とは、話し合いで解決できそうな気がしない。
いかにもな悪党だ、そんな感想。
別に敵とは限らないのだが、人数の差もあるし、できるなら見つからないように外へ逃げたい。
と、
「……君たち。こっちへ」
少し離れた所にある裏口らしきドア。一人の男が顔を出し、静かに呼んできた。
白髪頭に白い髭。60歳くらいの渋い老人だった。




