第176話 『――嘘つくと殺します』
「あの〜、レイ〜! ちょっと聞いてみてもいいですか〜?」
「何?」
「嘘ついたら殺すんですけど〜」
「……は?」
レイは、自分の耳が突然おかしくなってしまったのかと錯覚する。
錯覚のせいにしたくなるほど、メロンの発言は常軌を逸しているのだ。
――二人はショッピングモール内にあるレストランの裏側、キッチン等で食料を調達している真っ最中なのだが、
「ちょ、ちょっと待ってよメロン。あたしの聞き間違いだったら本当にごめんなさいだけど、今あんた『殺す』とか物騒なこと――」
「レイってホープのこと好きだったんですか〜?」
「っ!!?」
理解が追いつかなくて、驚きすぎて、レイはリュックに放り込もうとしていた缶詰を豪快に床に落としてしまった。
缶詰はゴロゴロと転がっていき、メロンの足にぶつかって止まる。
「……なるほど〜! あ、やっぱ答えなくていいですよ〜、レイってわかりやすいんですね〜!」
メロンはその缶詰を拾い上げ、ニヤニヤと笑いながら荷物へ詰め込んだ。
「……!」
今のニヤニヤ顔と台詞で、メロンの中で勝手に解釈された答えは明白だ。
納得がいかない。レイは何か、何かを否定したかったのだが、どうにも言葉が出てこなかった。
「あ。あと〜、これも嘘ついたら殺しますけど〜」
「……え、えぇ……」
まさか質問する度にそれを念押しするつもりなのかと呆れかけたレイだが、
「最近ホープと距離置いてるのは聞かずともわかりますけど〜……ナイトとイイカンジになってるっていうのは本当ですか〜?」
「は、はぁ!? 意味わかんないわよ、どうしてあんた、そんなにあたしのこと……」
「カーラっていういつもローブを着てる『発明家』の子がソワソワしてたんで、銃を突きつけて吐かせたんですよ〜!!」
「だから何なのよ、その執念は!?」
行動もだいぶ危険だが、問題はどうして危険な行動を起こしてまでレイの懐に踏み込みたいのか、という部分である。
メロンもレイの意図を察したようで、
「私、嘘とか秘密とか、大っ嫌いなんですよ〜! 親しい仲間なら特に〜!」
「そ、そっか……」
他人の秘密が嫌いだからって力づくで暴こうとするなんて、なんて強欲で傲慢なのだ。
とは思うが――レイのことを『親しい仲間』と遠回しに発言してくれたように聞こえて、それが少し嬉し恥ずかしくて、責められなかった。
「え、えっと、質問に答えてなかったわね。ナイトとは別に……そういう関係じゃないわ」
「ホントですかぁ〜? 雨降りの森の中で、レイの方から抱き着いてたって目撃情報があるんですが〜」
「え? あ、あぁ! その時は……違うの、そういうことじゃな――」
「――ちょっと静かに〜」
メロンがいきなり人差し指を立てて「し〜」と言ってくるものだから、レイは思わず仮面の上から口を押さえる。
耳を澄ませると、確かに何か異音が聞こえた。
「……あ〜、さっき缶詰落として転がりましたよね〜。そんなに大きい音と思いませんでしたけど、あれがマズかったんでしょうか〜……」
笑顔に似合わない不穏な台詞を呟きながら、メロンがレストランの外――つまりモールの真ん中を貫く大きな一本道へ出る。
レイも続けて出ると、
「アァア"ァ"ァ」
レストランの向かいの店だ。
服を売っていた店のようだが、マネキンの並ぶ窓越しにスケルトンの姿が見える。
そのスケルトンは明らかにレイとメロンを標的としているが、進行方向として邪魔な窓を割ろうと叩きまくっていた。
――知能のないスケルトンは、真っ直ぐにしか進もうとしないのだ。
すると窓を叩く音に、店内の他のスケルトンや、店員らしき狂人もどんどん集まってきて、いつの間にか10体以上が店内から窓を叩いている。
「こりゃ〜向こうの群れもこっち来ますよ〜」
「え? まだバレてなさそうよ?」
「まだですけどね〜」
メロンもレイも、モール内の大通りで偶然にも形成されてしまっていた死者の群れを警戒しながら物資調達をしていたのだが……良くない流れだ。
「カ"ァァア"ッ」
「ウク"ォォォォ"」
「オ"オ"アーッ」
叩かれていた窓が、ついに割れ砕けた。
店内のスケルトンたちが雪崩のように這い出してくるのはもちろん。
ガラスの割れた甲高い音に、大通りの群れまでも一斉にこちらを向いてきた。
「きゃあっ!? これヤバいわよメロン! どうする!? どうすんの!?」
「落ち着いてください〜」
正面の服屋、そして横の大通りからスケルトンたちに迫られている状況。
慣れていない上に久々な気もするし、レイは焦るのだが、メロンはあくまで笑顔を崩さない。
「……噴水がありますね〜? その横にあるエスカレーター……黒い階段みたいなのを登ってとりあえず二階に行きましょ〜」
「わ、わかったわ」
「気ぃ入れていきますよ〜!」
メロンはハンドガンを両手で構え、窓を割って出てきたスケルトンたちの頭蓋を正確に撃ち抜いていく。
射撃しながらも確実へ前へ進んでいく。
「さ、さすがね……」
彼女の冷静さに若干引きながらも、レイもメロンの後に続いて、動かないエスカレーターへ向かう。
――しかしエスカレーターへの乗り口周辺が死者に囲まれ始めてきていた。
「逃げらんないじゃない!」
「……こっちは私が片付けます〜、レイは群れの方を足止めできますか〜?」
「群れを足止めなんて……」
普通の人間だったらできるわけがないけれど、という補足は入れずに、
「まぁ、やってみるわ……!」
レイはメロンがエスカレーター周辺に集中して射撃しているのをいいことに、杖を取り出す。
割れて落ちていたガラス片たちを握りしめ、
「やぁっ!」
群れの方へバラバラと投げ散らかし、すぐに先端の宝玉が白く光る杖を振るう。
「カ"ァァオ"――」
「ホ"ォ"――」
投げられたガラス片たちは星屑のように煌めき、スケルトンや狂人たちの骨を、肉を、断つ。
星屑の一つ一つが、死者たちの群れを一列ずつ蹂躙していった。
だが――
「量が多すぎて話にならないわね……!」
殺しても殺しても終わりが見えない。この群れの死者の量は、半端ではない。
そんなこんなで振り返るとメロンがエスカレーターの乗り口を確保完了するところであった。
「……今の何ですか〜?」
「えっ!!?」
「ま〜、今はいっか〜」
まさか見られていたのか?
さすがにスケルトンとの戦闘となると、メロンも目の前に集中することしかできないと思ったのだが。
正直言って――メロンは考えが読めない危険人物。
『魔導鬼である』という真実を打ち明けるには、せめてもう少し彼女のことを知ってからにしたいものだ。
それか、全く打ち明けなくてもいいが。
殺されそうで怖いから。
「止まってる暇は無いですよ〜」
「あっ……え、ええ!」
メロンがエスカレーターを駆け上るのに、レイも続く。するとスケルトンや狂人たちもすぐに追いかけてきた。
――その質量というか密度というかは、尋常ではない。
エスカレーターという狭い通路に大量の死者が詰め込まれてしまい、その反動で、先頭にいた個体は溢れ出すかのように高速で二階へ吹っ飛んでくる。
「カ"アァッ!」
「……うぇっ!?」
二階へ到達したばかりのレイは飛んできた一体のスケルトンに捕まってしまい、振り回され、柵へと叩きつけられる。
「や、やめ、てよっ!!」
そのまま抵抗しなかったら噛まれていただろうが、どうにか相手の両腕を押さえられた。
しかし柵に押し付けられていて、紫色の顎がガチガチと、何度もレイのに噛みつこうと迫ってくる。
「ぐ……!」
グズグズしていると群れに追いつかれてしまう、これはピンチだ。
さらに、
「う、うわっ……!?」
レイの体を掴むスケルトンの怪力は、彼女の体を少しずつ宙に浮かせていく。
その結果、レイは反らした半身を柵の外へ投げ出されかけている。
「落ちちゃう! 落ちる落ちる、落ちっ……!!」
「この〜っ!!」
「ヘ"カ"ゥ」
気づいたメロンがスケルトンに飛び蹴りを入れてくれるも、僅かに間に合わず……
「わっ、わぁぁあ――っ!!」
柵の上でレイは一回転し、そのまま一階へ落ちていく。
当然、一階にはまだスケルトンや狂人の群れが広がっている。
万が一転落で死ななくとも、グチャグチャに捕食されて終わるだけだ。
と思いきや、
「……え?」
「危なかったです〜、ギリセーフ〜!」
間一髪。
柵から身を乗り出してレイの手を掴んだメロンが、ほっと安心の息を吐いていた。
だが安心はできない。
エスカレーターからも次々とスケルトンたちは迫ってくる。
早く引き上げねば、先にメロンが食われて――
「――嘘つくと殺しますけど〜」
「はぁ!?」
今度は、レイは錯覚を疑う前に――自分の死がすぐそこに迫っていることを自覚する。
ああ、自分はここで死ぬのだろう。だって、
「レイって人間じゃないですよね〜。仮面の下には何隠してんですか〜? いい加減に教えてくださ〜い」
片手でレイの手を掴んでいる笑顔の少女が、もう片手で構えたハンドガンの銃口を、間違いなくレイの顔に向けていた。
それ質問するタイミング、今?
下には死者の群れ。このまま止まっていてもすぐに死者の群れに襲われる。
なのに。
メロンに任せてぶら下がっているしかない今のレイを、彼女はいつもと変わらない笑顔で見下ろしているのだった――




