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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第四章 障害に次ぐ障害
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第175話 『シュガア編:悪い酒』

ここから少しだけレイとメロン側の話になるんですけど…たまには良いですよね?













 ――少し、過去に遡る。



 とある町にひっそりと佇む、とあるバー。

 客といえばスケルトンしかいないだろうこの世界で、その店はまだ営業していた。


 今日は、誰か人が来るだろうか。


 そんなことを考えて。

 白髪に白髭の、渋い老店主――シュガアという男は、グラスを磨いていた。


 相変わらずの静寂の中で、ガラスと布の擦り合わされる音だけが虚しく響く。


 その合間を縫って、ふと車の音。


 敏感にそれを聞き取ったシュガアは、ズボンから伸びたサスペンダーを整える。

 念のためカウンターの下にある武器にも手をかけておくが……



「何だ、また彼女らか……」



 もはや聞き慣れてしまったブレーキの音が、店のすぐ正面で鳴り響く。

 聞いたシュガアは呆れたようにため息を吐きながらも、急いで店先へと飛び出した。


 ピカピカに磨き上げられた赤い車が停まっていて、その運転席から男が顔を出す。


「やってるー!? ギャーーハッハッハ!」


「……こら、笑い方が『美しくない』わ」


「あ! すいませんポーラ様!」


 後部座席から現れる赤髪の美女にたしなめられて、運転席の男は口をつぐむ。

 ポーラと呼ばれた女は、この荒廃した世界では嫌でも目を引くようなエレガントできらびやかな服装だ。


「ウフフ。調子はどう、店主さん? 今日も変わらず営業しているのね」


「……ああ」


「いつも思うけどこのお店、本当に『美しい』わね。こんな世界でお客も滅多に来ないでしょうに、外観から内装まで何もかも、清掃と整頓が行き届いているわ」


 バーを眺めてうっとりとした様子で、ポーラは自分の頬に手を当ててペラペラと喋っている。

 だが店先に仁王立ちしているシュガアがポーラに向ける視線は厳しい。


「ところで店主さん、相談を――」


「君たちにやる酒はない」


「っ!」


 ポーラが本題に入ろうとしたところで、シュガアは食い気味に拒否。

 それを聞いて車からは続々とポーラの部下たちが降りてくる。


「やっぱりか! ケチ臭いジジイめ!」

「店ん中に死ぬほど酒を貯め込んでるくせに、客入れてるとこ見たことねぇぞ!」


 運転席と助手席の三下がシュガアを言い責めて、


「おい君たち『美しくない』ぞ! ――オッサン、『美しい』僕たちに足りないものはただ一つ、最高の美酒なのさ! それさえ貰えれば悪いようにはしない!」


 後部座席、つまりボスであるポーラの隣に座っていた側近のような青髪イケメンの男も降りてきた。

 二枚目な顔で王子様みたいな喋り方だが、言ってることは他の奴と何も変わらない。


 ――酒を全部よこせ。


 ポーラとその取り巻きという連中は、いつもいつもシュガアに同じ要求をしてくる。

 その度にシュガアは無表情で、



「君たちのような輩が飲む酒は――どんなに良質なものでも、『悪い酒』になってしまうよ」



 シュガアがバーで大切に保管してきた、守り抜いてきた酒たちに失礼だ。勿体ない。


 彼は、ポーラのグループが『日常的に行っている所業』が気に入らないのだ。

 ポーラたちが変わらない限り、シュガアのその対応もまた、変わることはない。


「あら残念。お酒を全てくれれば、あなただって私たちのグループに迎え入れてあげるのに」


「気持ちは嬉しいが、それも合わせて遠慮させてもらおう」


「……頑固なのね。せっかくのあなたの肉体美も、時代遅れの『美しくない』考え方で台無し」


 ポーラはシュガアの頭のてっぺんから足の爪先まで観察して、ため息。

 シュガアは昔から体を鍛えており、60歳を過ぎても肩幅は広く、頑健な肉体を保ち続けている。


「こんな腐った世界で、時代などと――」


「ぎゃあぁ!?」


 呆れて苦笑するシュガアが捨て台詞を吐いてポーラを追い払おうとしていたところ、ポーラの部下の悲鳴が聞こえた。


「オオ"」

「コ"ゥ"ウウ」


 車の音で、近くに潜伏していたスケルトンが三、四体集まってきていた。

 背後からのそれに気づけなかった部下たちは既に取り囲まれていた。


「ヴァアワァ"ァ!!」


「や、やべぇ!」

「うわぁポーラ様助けて!」


「何してるのよっ!」


 ポーラは拳銃を取り出しているが、スケルトンの量に対してそれでは間に合わないと彼女も理解していることだろう。

 だから、



「伏せろ! ――――ッ!!!」



 シュガアが右手に装着した篭手のような武具を振るうと、次の瞬間にスケルトンは全滅していた。

 ――距離は開いていて、シュガアは一歩踏み込んだだけ。けれどもスケルトンは粉々になって吹き飛んでしまったのだ。


「……!」


「な……っ! 何だその武器!?」

「た、助かった……」


 ポーラも、助けられた部下たちも困惑と感謝で板挟みになっていた。

 その武器の、意味不明な挙動も含めて。


「……その()()()()()()の威力……惚れ惚れするわね」


「どうも」


「……私たちが気に入らないんじゃなかったの? 助けてくれるとは思わなかったわ」


 表情一つ変えないシュガアは右手からガントレットを外すと、ポーラの質問に軽く首を振り、



「君たちに酒は渡せないが……だからといって、助けるかどうかは話が別だ」



 それがシュガアの答えだった。

 彼は「気が済んだら帰りなさい」とだけ、子供を注意するような捨て台詞で、背を向けて店の中へ。


 ポーラたちは、しばらくその場に立ち尽くしていた――



◇ ◇ ◇



 それと同じ時間軸。

 そして、同じ町でのこと。



「こ、ここが……あんたの言ってた、しょ、しょっ……ショルダータックルじゃなくて」


「ショッピングモールですよ〜レイ〜っ! 何でも揃ってる〜! そしてパニックものといえばモールでの籠城戦です〜!」


「何なのよそれは……」



 仮面の少女レイ、そして若草色のポニーテールが特徴の元気少女メロン。

 彼女らはショッピングモールに物資調達へやって来ていた。


 これは、ホープたちが同じモールに来る、その前日の話だ。



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