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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第四章 障害に次ぐ障害
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第174話 『ラブロマンス』



 片方レンズの割れたゴーグルを額に着けている男――ドラク。

 長い茶髪を揺らす幼い少女――サナ。


 そんな二人は、廃旅館を出てすぐのところで木の棒を持って睨み合っていた。


「今日こそは、たおしてやるーっ! かくごぉ!」


「なっはっは! この魔王ドラク様に勝てるものか! ひねり潰してくれるわぁ!」


「とりゃぁぁっ!」


 それはもう、毎日の恒例行事のようになっているロールプレイだった。

 ちびっこ勇者サナと、お喋り魔王のドラク。シチュエーションは謎だが、とにかく一騎討ちである。


「あいたッ!? く、くそが!」


 今、ドラクの脳天に、サナの振り下ろした木の棒が命中した。


「……おーい、サナ。あんまりイジメてやるなよ〜」


「致命傷はやめてあげなさ〜い」


「はーい!!」


 なぜかこの試合、ギャラリー多め。

 サナの両親イーサンとニコルも雑に野次を飛ばしているわけだが、


「何でオレの方が弱い扱いなんだよ!? ガキ相手に手加減してやってんだろうが納得いかねぇな!!」


 ドラクの超大人げない発言に、



「それさー、子供の前で言っちゃったらおしまいじゃねー? まだまだだねードラクー」



 近くに腰を下ろして楽しげに見ていたコールが、茶々を入れる。


「コール!? 何でお前に評価されなきゃいけねぇんだよマジ! だったらアイラブユーでユーラブミーなのお前くらいなんだからせめてオレの味方してよ!!」


「何言ってんだか早口でわからんー」


 長い白髪に三白眼、八重歯が特徴の不眠症お姉さんコールは、ドラクの反論をけらけらと笑う。

 ――その隣には黒人の女性ドミニクが座っている。


「あ、あの! あのあのあのの! コール、さんっ! ちょっと聞きたいこと! が!」


「んー? どったのー?」


「いや、その、あの、ですね……大したことではないんですけど……」


「?」


 オドオドとしまくるドミニクは、自身の綺麗な水色の髪をイジりながらなかなか本題に入れない。

 優しいコールは急かすこともなく、のんびりと彼女が話すのを待っていると、



「えと、その、コールさんって、あそこのドラクさんと……つ、付き合ってる? というか、恋仲? って噂を聞いたり聞かなかったり? したんですが……その、それは……」



 ドミニクはその整った顔立ちを赤らめて、自信無さげに俯かせている。

 コールは意図を確認したくなり、


「その噂がー、本当なのかを聞きたいのー?」


「えっ!! あ、はい! はい!!」


 こくこく頷きまくるドミニクへの、解答は至極簡単なものだった。



「ホントだよー」


「えっ!!!!!」



 肯定。

 揺るぎない事実である。


「そんな驚くー? 変かなー?」


「いやいやいや! へ、へへ変ではありませんが! 何というか、その、まずコールさんって私と同じで25歳だと聞きましたし……」


「えっ、同い年なのー? 知らなかった嬉しいなー! よろしくなー!」


「ひゃっ!? ひゃいっ!?」


 同い年の仲間というのが地味に少なかったのか、喜んで肩を組んでくるコールに、ドミニクはたじたじ。

 だがコールは話を逸したわけではない。


「わかってるよー、ドラクはだいぶ歳下だよねー。でもアタシはそういうの特に気にしないんだー……ま、どっちも告白しちゃいないけどねー」


「そそそうなんですか!?」


「うんー。なんか、気づいたらこうなってた感じー? ……ドラクさー、喋ってて楽しいしー、あとアタシと一緒に夜更かししたりもしてくれんだよねー」


「へ、へぇ……!」


 不眠症とは人によって色々タイプが違うのかもしれないが、とりあえずコールの場合は、夜が全く眠れなくて昼間に眠気が来てしまうものだ。


 他の仲間たちは基本、夜に眠っている。つまり夜中は一人ぼっちなのだ。


 スケルトンの世界。見張りも任されているものの、暗い夜は孤独感も増し、不安や恐ろしさに襲われる。

 そんな時、若いドラクは時々コールに付き合ってくれたりすることもある。彼はお喋りなので、退屈することもない。


「そんでさー、ちょっと好きになっちゃってさー……やっぱ、おかしいかなー?」


「――おかしくないと思います!!」


 ドミニクは両方の拳を握りしめて、珍しく吃ったりもせず堂々と答えてくれた。


「愛に形はありません!!」


 そんなドミニクの強い言葉に、コールは「おおー」と感動すら覚えたのだった。

 が、次の瞬間には、



「すぴー……」


「ファッ!? ねねね寝ちゃったんですか!?」



 昼間のコールとの会話は、そう長く続かない。新人のドミニクは初めて体験するのだった。



◇ ◇ ◇



「……シャノシェ?」


 彼女は階段の上から、踊り場の窓を見る。外ではドラクとサナがチャンバラしている。


「ほんと、子供だよね。あのドラクとかいうダサ男」


「……ああ見えてそこまで精神子供じゃないんだよ、ドラクは」


「で、どうしてあんた、私が出てきたらそんなにポカンとしてたの!」


「いや……だってさ……」


 タン、タン、と階段を軽やかに降りてきた、栗色のショートヘアーの少女シャノシェ。

 彼女はやはり怒り気味に、踊り場でホープの正面に立ちはだかった。


「君には悪印象しか無いから」


 問いかけにもド直球に答えるだけのホープ。


「それはこっちだって同じだし!」


 シャノシェの気持ちもホープと変わらないらしい。ならば、意味がわからない。

 関わらなければいいのに、どうして無駄に会話なんかしようとしているのか。


「……ただ、あのビッチにまた騙される男が現れるのが、癪なだけ」


 目を逸らすシャノシェの、それが理由らしいが。

 ホープはため息混じりに呆れるだけ。


「あのさ。おれはジルとは恋愛関係にはならないから――シャノシェ、もう二度と彼女を殺そうとするなよ?」


「っ!」


 とにかくカーラに導かれて、シャノシェがジルをメスで刺し殺そうとしていたあの場面。

 ホープがジルを庇い、肩を刺されたあの場面が、頭に残って離れないのだ。


 痛いのは最悪。

 占い師ベドベ、そしてカーラがいなければジルはもっと酷い目に遭っていただろう。


 だから、


「君とは話もしたくないん――」


「はっ、笑わせるよね。『恋愛関係にはならない』? バーカ! みんなそう言いながら騙されるんだよ。男ってのはみんな!」


「あ?」


 あまりにも喜々として嘲笑してくるシャノシェに、ホープはつい威圧的な声が出てしまう。


「何なんだ、本当。どけよお前」


 ――ホープはレイと喧嘩した辺りから、口調が攻撃的になることがしばしばあった。

 しかしナイトやニックと多少の親交を得たり、亜人禁制の町での戦いを乗り越えても、ホープは丸くなったわけではない。


 オリバーの胸ぐらを掴んだ時もそう。

 嫌いな相手には、いつだってブチ切れる。


「わかんない? じゃあ教えてあげる。例えば、私がこうしたとする……」


「え?」


 だが、『どけよ』と言ったはずのホープが逆に一歩後退させられてしまった。

 踏み込んだシャノシェが、ホープの顎に手を添え、優しく撫でてきたからだ。


「な、え……? ちょっと」


「何? ビビってんのあんた? きゃはははっ! ダッサいんだから!」


 日和りまくるホープの震えた声を、性悪なシャノシェが腹を抱えて笑っている。

 そして、挑発的に顔を覗き込んでくる。


「ねぇ、今私がキスすると思った? どうなの? もしそうだとしても動揺しすぎじゃない?」


「う……っ」


「やばぁ! そんなにイキってるくせに、やっぱキスもしたことないんだね! きゃはは!」


 別にホープはキスなど、したいとか思ったことは本当に一度もない。

 だがこんな風に『してて当たり前じゃん』というノリで嘲笑されると、さすがに心にクる。


 目線を下にしていたホープは、



「ねぇ、ファーストキスは私でもいい?」



 バッと高速で顔を上げさせられた。

 どうして、何がどうなって、いつの間に? そんな話になってしまったのだ?


「え、それは、えーと……」


「何? 嫌なの? 私は可愛くない?」


「ちょっ……」


 一歩ずつ、シャノシェは再び距離を詰めてくる。


 なぜか体が硬直してしまっているホープは後ずさりしかできず、その状態で階段を下りることもできないので、いつしか踊り場の壁際まで追い詰められてしまった。


 今まで意識したこともなかったが、意識してしまえばシャノシェも十分に美少女。

 マズい。緊張が、心臓の鼓動が、加速してきた。


「だってあんたさ、のらりくらりしてるじゃん?」


「へ?」


「あのレイって仮面の女が好きだったくせに、グループに入ったらすぐにジルになびいてレイと喧嘩しちゃってさ」


「そっ、そういうわけじゃ……!」


「それであんなにベタベタしときながらジルのことも好きじゃないっての? タラシなんだね、あんた。全然イケメンでもないくせにさ」


「誤解しすぎだ!」


 誤解ではある。

 恋愛感情とかは全く無関係な相関図だ。


 だが、言われてみるとコロコロと依存する相手を取っ替え引っ替えしているようにも見えるかもしれない。

 全面的に否定もできない、複雑な感情になった。


「……だったら」


「え?」


「だったら私のことだって好きになってくれたっていいじゃん! 女誑しなんだから!」


「えぇ!? 頭おかしくなったのか!?」


 そう言い合いながらも、シャノシェはもう動けないホープに確実に近づいてくる。

 とうとうお互いの息もかかりそうな距離まで来て、彼女は目を閉じ、顔をホープの顔へと――いや、唇へと近づけてくる。


 が、


御免(ごめん)っ!」


 叫んだホープはシャノシェの胸を押し、突き飛ばし、そのまま高速で階段を駆け上がっていった。

 最後の叫びは、自分でも意味不明であったが。



◇ ◇ ◇



 西棟の階段の、その踊り場にて一人ぼっちになったシャノシェは、窓からチャンバラごっこを見つめる。

 切なげな眼差しで。


「私だって……もう、子供じゃないんだ」


 窓に、手のひらを押しつける。

 何だか平和なその光景を見ていると、涙がポロポロと止まらなくなってしまった。


「大人の階段……私も登ってみたいのに……」


 服の袖で必死に拭っても、拭い切れない。涙が滝のように止まらないから。


 たかが17歳の少女、シャノシェ。


 彼女も、ただの悩める若者であった――ホープは、そんなことは知らない。



「ホープ・トーレス……あんたとなら、本気で、いいかもと、思ったのにな」



 ホープは知らない。彼女の気持ちなんか、知りたくもない。


 ホープは、知らない――ハント・アーチがシャノシェと約束をしていて、それを果たせずに終わってしまったこと。


 そのせいでシャノシェも、キスの一つもしたことがないだなんて。

 大人の階段の、その中途半端な踊り場の上で立ち止まってしまっているなんて。



◇ ◇ ◇



 こちらもまた、廃旅館の西棟。

 旅館が経営している頃から使われていなかったのだろう、ガラクタの山となっている汚い部屋があった。


「ガイラス……よく知らねぇがあいつは有能な奴だったろうが。うっかり穴に落ちるなんてヘマしねぇ」


「や、やっぱあんたもそう思うか? レオン」


 ワイルドな短い金髪にサングラスが特徴の、ガタイの良い男が、ガラクタの山に腰掛けていた。

 彼の名はレオン。亜人禁制の町からグループに加入した男だ。


 レオンに、ガイラスの容態について報告したオリバーだが、


「じゃああいつら皆がグルになってガイラスを痛めつけたってことだね。ケジメはつけてきたのかな?」


 レオンの横で腕組みしながら立っているのは常に目を細めているような、いわゆる『糸目キャラ』な男。

 彼もまた亜人禁制の町から来た。名をアクセルというのだが、彼がオリバーに質問をすると、


「もちろんだアクセル! あの青髪のチビに殴りかかってやったぜ!」


「おい、何だその言い方。殴れたのか?」


「レ、レオン……いや、だから、殴ろうとしたんだが避けられて胸ぐら掴まれちまっ――」


「ナメられちまうだろうが!!」


「ぎゃあッ!!」


 レオンに嘘はつけない。彼は亜人禁制の町の一般住民の中ではリーダー格だったからだ。

 ホープ・トーレスに軽くいなされてしまったことを言うしかなかったオリバーは、レオンに殴り飛ばされた。



「誰も彼も信用できねぇ。リーダーのリーゼント野郎も嘘臭ぇ。このグループは、やっぱり俺たちのもんにしちまおう」


「ふふん、それが良さそうだよね」



 レオンは拳を固めて関節をバキボキと鳴らし、糸目でスーツ姿の男アクセルは腰の刀に手をやる。


 ――内側や外側、ありとあらゆる場所から。

 生存者グループの不穏の歯車が、音を立てて動き始めていた。


 待ち受けるのは絶望の連続のみである。



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