幕間 『変わり始める流れ』
「――そっちは調子どうよ? 群れは元気にしてっか?」
「ん。たぶん、問題ない」
「たぶん?」
バーク大森林の中、木々に囲まれつつもぽっかりと地面の見えるスペースにて、二人の男女が合流し、会話を始める。
今まで入っていたテントで機械をいじっていた男は、やってきた女の返事が気に障ったらしく片眉を上げて、
「『たぶん』ってさぁ、言っちゃ悪いが頼りなさすぎる言葉のような気がするんだよなぁ。オレのダチにも、遊びに誘うと『たぶん行く』やら『行けたら行く』やら好き勝手言う奴いたけども、そういう奴がマジで来たとこって見たことね――」
「ドラク……本当に、連絡待ってるだけ?」
「おうともよ。スケルトンの群れを誘導して一か所にとどめておくなんて大仕事、オレには無理さ……お前ならできる。信頼してるぜ! たぶんな」
ドラクと呼ばれた――うるさくて陽気な――男は歯を見せて笑い、背の低い女の肩に片手をポンと乗せ、もう片方の手でサムズアップを作ってみせる。
ついさっきまで批判していたはずの言葉を、軽々と口から発してしまうそのドラクの適当さ。
慣れたものではあるが、無表情の女は軽く肩をすくめておいた。
肩をすくめた女を見て、ドラクは自分が簡単な役目しか背負っていないことに失望されていると思ったのか、
「あんまりこの役を甘く見るんじゃねぇぞ、ジル? 一瞬たりとも気を抜かずに通信機に張り付いて、信じ合う仲間との連絡を取りこぼさねぇように――」
「甘くは、見てない。大切な仕事」
ドラクの言葉を遮ってまで、失望なんてしていないと否定した女――ジル。
ドラクはダメージを受けたかのようにのけ反り、
「おおう、ドキッとさせてくれるじゃねぇか。ま、オレを惚れさせるには、少しばかり身長が足りてない感は否めねぇが――」
「でも弱くてヘタレなドラク、通信担当、ぴったり」
「上げてから落とすんじゃねぇ! 正論だから言い返せません、ホントすいません! クソっ、何だこのやりきれない感情の波は!」
「彼の潜入、三日前からだった?」
怒ったり泣いたりと表情が忙しく、腕まで忙しくバタつかせるドラクの多動っぷり。
慣れっこだから、無表情のジルは全く気にせずに質問を投げる。
ドラクは彼女にスルーされたことに不満そうな顔をしつつも、
「そうだよ三日前だ。よく覚えてたな……あ! 言い忘れてた、さっき連絡入ったとこだった! ったく、ジルが余計な話ばっかりするからだぞ! ジルが!」
「…………」
話を脱線させてばかりなのは、誰がどう見てもドラクだ。
ジルとしては大いに心外だが、彼の戯言にいちいち耳を傾けていると、あっという間に一日が終わってしまう。
だからジルは無表情の無言でドラクに話の先を促したのだ。ドラクも素直にそれを受け取って、
「あのバカの居場所、見当がついたってよ。だが助けるためには少し人手が必要だって言ってたんだ、そこが問題だ」
腕を組みつつ、目を閉じつつ、ドラクは語った。
この話題になると、ドラクの飄々とした雰囲気は一変。真剣な顔で考え込んでいる。
「私たち、入れない?」
ジルの質問にドラクは片目だけ開け、
「その説明してなかったっけか? だからよ、作業場内には白い箱みたいな見張り台があって、そこで見張ってる野郎は、目がものすごく良いんだと。出入りしてるとこ見たことねぇらしいし、四六時中見張ってんじゃねぇかってオレとあいつの間で専らの噂だぜ」
「じゃあ、入ったら見つかる……」
「そういうことだな。それにもし入れたとしても、問題はオレらの『戦闘力の高さ』と『ステルスの上手さ』が試される第二ステージに突入するだけだぜ。要はオレらなんかが入ったところで詰み一直線」
ジルの言葉に、ドラクは頷いてから滅茶苦茶に話を広げる。いつもの流れである。
そして腕を組んだまま、彼は考え込む。
「クソぅ、ヴィクターの役立たずは協力してくれねぇどころか殺そうとしてくるし、最終手段はまだ使うわけにいかねぇし……そうなってくると選択肢は……これしかねぇか」
ふと、考え込むのをやめ、組んだ腕を外した彼。その顔に少しだけ明るさが蘇ったような気がしたジルは、
「……何か、思いついた?」
そう聞くと、聞いた瞬間にドラクの顔はわかりやすくパァッと輝き、彼は指を天に突きつけるようにして、
「察しが良いな、ジル。バッチリ思いついたぜ。特殊部隊がようやく潜入できるってやべー場所で、追加で誰か入ることなく人手を増やす方法――ズバリ!!」
「あ、内部に味方を作ればいい」
「内部に味方を――って先に言ってんじゃねぇぇぇ!!!」
天に突きつけていた指を、今度はジルに突きつけながら必死の形相で叫んだドラク。
直後にはその腕もガックリと垂れ下げさせて、あからさまに凹んだ様子を見せる。
でもジルは、実のところのドラクはこんなにふざけていられるほど、心に余裕が無いだろうことは理解している。
だから、
「いいアイデア、と思う。実行しよう、ドラク」
彼を褒め、彼を励ますように正面の茂みを掻き分ける。
「まぁ上手くいくかどうか、神のみぞ知るってとこか……さっき監獄に苦しそうな顔で運ばれてった、あの気の良さそうな顔した青髪でも捕まえられりゃあいいけど」
「……?」
ドラクの小声の呟きが耳に届かず、首を傾げるジル。
そんな彼女にドラクは掌を向け、
「いや何でもねぇ。とにかくありがとよ、ジル――それから、悪ぃな。オレとあのバカの問題にここまで付き合わせちまって」
頭を掻きながら、珍しく水くさいことを言うドラク。
言われたジルは相変わらずの無表情を、少しだけ微笑で歪めてから、
「勝手にやってるだけ。感謝される謂れ、無い」
「そういうとこだっつの……」
呆れたように目を閉じて苦笑し、ドラクはジルの隣に並び、彼女の脇腹を軽く肘でつつく。
それから二人で、掻き分けた茂みの先にある景色を見やる。
――四方をフェンスに囲まれた、閑静な敷地。そこには、大切な仲間が囚われているから。
「んじゃ、勝負といこうか『エドワーズ作業場』――オレのしつこさを見くびってると、火傷することになるぜ! ……たぶん」




