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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第四章 障害に次ぐ障害
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第171話 『アフランシスネ編:餌』



 バーク大森林の、とある場所。


「へっへっへ……やっと追い詰めたぜ」

「ずいぶん逃げてくれやがったな」


 息を切らした二人の屈強な男が、ニヤニヤ笑いながら一人の少女を追い詰めていた。

 少女の正面には切り立った崖があるのみ。逃げ場は無い。


「……知らない男性に追いかけられたら……逃げるのは当然ですわ……」


 褐色の肌を持つ少女は、長い金髪を控えめに揺らして振り返る。

 彼女の目元はボロ布で覆われていた。


「ありゃ? 目が見えねぇのか、だから行き止まりにも気づかなかったんだな?」

「……の割には、器用に森を駆け回ってたが」


「気づいていなかったんですのね……」


「まぁな、どうでもいいし!」

「残念だなぁ俺たちの姿を見れないなんて」


「……? なぜですの……?」


 少女の問いに男たちが一歩、二歩と距離を詰めてくる。

 まるで奴隷のようにボロ布を被っただけの服装の少女も、後ずさりする。


「そりゃ今から気持ちいい〜〜ことをしてやるんだ、顔も見れたらもっと幸せだろうよ」


「…………」


「そんな布っきれだけの格好で寒くねぇか? 裸足で痛くねぇか? こっち来いよ、温めてやる」


「…………」


 下衆な声が、聞こえる。


 下衆な仕草が、()()()


 下衆な表情が、()()()


 卑劣で、愚劣で、汚い感情が……手に取るようにわかった。


 たとえ、目が見えなくても。



「あなた方の姿……見えないことに感謝しますわ……」


「「は?」」



 盲目の少女――アフランシスネが、その長い髪を耳にかけた。

 その瞬間、二人の男は戦慄する。



「尖った、耳……エルフか!?」

「いや待て! 褐色の肌だ、ダークエルフ!!」



 アフランシスネが人外であることに全く気づいていなかった馬鹿者二人だが、知識はあるようだ。

 ダークエルフは――エルフよりも気性が荒く、殺戮が好きなことで有名である。


「目の前の人が見えないからこそ……感覚は研ぎ澄まされ……見えるのは、中身の『闇』だけ……」


 そして、


「は?」

「あ」


 男たちの背後から突然やって来た()に……一人の片腕が食い千切られた。



「ガァァァアアアア――――!!!」


「「ぎああああああああああああああ」」



 言うまでもなく、アフランシスネの眼前では惨劇が巻き起こる。

 今まで少女を追い詰めていた屈強な二人の男が、ほぼ何の抵抗もできず虎に蹂躙されていった……


「ガルル……!!」


「……もう、遅すぎたんですわ……」


 虎は、鮮血に染まった牙を剥き出しながら舌なめずりをし、ゆっくりと近づいてくる。

 アフランシスネは、そっと手を差し出す。


「今回の餌は……美味でしたの……?」


 虎はアフランシスネのその手に、


「ガルル……」


 頭を擦りつける。ついでに頬まで擦りつけてから、少女の手に撫でられるまま。

 (あるじ)の手は、どうしてこんなにも心地が良いのだろうか。



「ガルル」


「ん……どうしたんですの……? あら、近くに生き物の匂いがすると……? それも人間や人外の……?」


「ガルルル……」


「……ただの人間の餌は……飽きてきたと……?」



 虎の言葉を完全に理解できるアフランシスネは、少しも困惑することなく微笑み、



「じゃあ……いきましょうか……()()



 ――真っ赤な死体が二つ転がり、そこらじゅうに臓物がぶち撒けられた、赤い海の真ん中で。


 返り血でグチャグチャのアフランシスネは、返り血でグチャグチャの虎を抱きしめ、撫で回した。






(いやポチって何やねん……)






 不服。

 虎のポチは『その気持ち』を言葉にしないため、アフランシスネは知らない。



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