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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第四章 障害に次ぐ障害
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第169話 『腐った水』



「これが……しょっぴんぐ、もーる?」


 と呼ばれる建物の前に到着し、ホープが呟く。聞いたこともなかったが、なんとなく想像と違った。



「ショッピングモール。色々な種類の、たくさんの店舗が集まった商業施設だ。そこのエスカレーターは登らなくていい」



 軽く説明してくれたのは、ホープたちをここまで案内してくれた二人組の片方――ガイラスという男。

 歳はホープとそう変わらない。黒髪で眼鏡をかけた若者だが、そう聞くと思い出すのは、今は亡き仲間のジョンだろう。


 しかし、


「え、えす……?」

「エスカ……エスカルゴ……」


「エスカレーターだ。電気が通っていればこれが動くんだが、動かない今は階段と変わらないな」


 田舎者のホープやジルに説明してくれる様子はハキハキとしていて、ガタイも良い。

 顔つきなども含め、弱々しいジョンとはまた違う、体育会系のメガネ男子(?)という感じ。


 動かないエスカレーターに、開きっぱなしの自動ドア。

 役目も果たせなくなったそれらを通り過ぎ、ショッピングモールの屋根の下へ。


 するとガイラスよりももっと体格の良い大男――オリバーがガイラスに話しかける。


「おいガイラス、医者先生の言ってたことは覚えてんだよな?」


「ハーラン医師だろ、もちろん覚えてる」


 例の『亜人禁制の町』からやって来た医者、それがハーランという年配の男だ。

 彼からの依頼は偶然、ホープも聞いていた。



『――これだけの人数が廃旅館に押し込まれることになるとはのぅ、人手が多いのは良いが……』


『何か問題が?』


『食料はもちろん、ここは薬も不足しとるのじゃ。わかりやすいのだと風邪薬とか、痛み止めとかな』


『なるほど』


『前の町でもあったじゃろ。あんだけ立派な町でも、流行病が蔓延し、すぐに薬が不足して大変なことに……』


『わかりました。探してみます』



 ――それがホープの思い出せる範囲の、ハーラン医師とガイラスの会話だった。

 考えたこともなかったが、確かに人数が多いとそういうことも気にしないといけなくなるようだ。


 ホープが回想している間に、ガイラスたちは薬だの医療関係だのの品物が置かれた店舗を見つけ出していた。

 ガイラスに上の空でついていくだけで、ホープまで目的地に到着してしまう。有能だ。


 が、


「スッカラカン、ダネ……」


 リザードマンのダリルが野太い声で弱々しく言った通り、もぬけの殻だった。


「チッ、他のコーナーは残ってたりしたのに、薬だけ全部持ってかれてるのか……」


 舌打ちするガイラス。確かに、運のないことだ。


「どうすんだよガイラス? ここは誰かが探索済みなんだろ、俺は他を当たった方が良いと思うぜ」


 大男オリバーが、脳筋っぽい見た目に似合わず知的な助言をする。


「他とは?」


「え? そら同じ町の中に薬局とか、ドラッグストアとかあんだろ? 探してこようか」


「じゃあ頼む、オリバー。俺はここをもう少し調べてみる。別の店舗も」


「おう」


 オリバーはショッピングモール以外の可能性を探るため、一人で出て行ってしまった。


「……ツ、ツイテイケナイヨ」


「うん……」


「私たちのグループのこと、私たちよりも、新入りが考えてくれてる……」


「狭っ苦しくなっちまったなぁ」


 ダリルの呟きというかボヤきに、ホープが同調し、ジルが補足し、スコッパーは正直な意見を述べた。


 人数が増えた。グループのことは今までより一層考えなくてはならない。

 今までのようにニック一人では回らないから、ガイラスのような『まとめ役』を買って出てくれる人材がいて良かった。


「というかさ、新入りたちはみんな物資調達とか慣れてないって話じゃなかった……?」


 だからホープたちも同行しているのに。

 それにはガイラスが反応してくれて、


「ああ、すまない。俺とオリバーは前の町でもこういうことを毎日やってるようなポジションでね。他の人よりは慣れてるんだ」


「ほぉ、そうだったんか。堂々としとるわけだ」


 では元からグループのメンバーだった者をこれだけ同行させたのはニックのミスか、とスコッパーは愚痴っている。


 ガイラスが薬を探してショッピングモールを歩き始めると、スコッパーは無言でついていく。

 ダリルとジルも続こうとしている中、ホープは薬コーナーをもう少し先まで進んでみる。


「ほ、ほーぷ……ドウシタノ……!?」


 汗をかいて、自分の口を手で覆いながらダリルがホープに忠告してくる。


「いや、もっと奥があったら嫌だからさ」


 他人よりも細かいことを気にしやすいホープは、一応奥の方まで直接行って確認したいと思った。

 進むと、


「カ"ァ……」

「……オォ"ゥ……」


「いるなぁ」


 奥の方にいるのはスケルトンたちだけ。

 床に空き箱や空き瓶が散乱しているくらいで、商品は本当に一つも残っていなさそうだ。


 と、


「……ん? 『P』?」


 壁に何か見つける。赤いスプレーのようなもので、アルファベットの『P』が大きく書かれている。

 ――意味は、全くわからない。


「奥にスケルトンいるから気をつけよう」


 ホープが薬コーナーの奥から持ち帰ったものは、そんな報告だけであった。


「ソッカ……ネ、ネエ? じる、ほーぷ……『オニギリ』デモ食ベル? おいらノ」


「え?」

「急すぎるなぁ……」


 おかしな流れから、突然ダリルが『おにぎりでも食わないか』と誘ってきた。

 廃旅館からこの町までは二時間ほど歩いて着いた、まぁそろそろ腹が減るかもしれないが、


「おれさ、主婦のみんなから簡単なお弁当みたいなの貰ったんだ……『食べる』っていう行為が好きじゃないから食べるつもり無かったんだけど」


「私も、貰った」


「ウウ……ソウダヨネ……」


 実は出発する際、『亜人禁制の町』からやって来た主婦や料理の得意な皆さんから貰っていたのだ。

 ダリルだってそうだと思うが……


「お、おいら、モウ料理担当ジャナイミタイ、ナンダヨネ……主婦サン達ガ、イルカラ」


「そうなの? 全然気づかなかったよ」


「『食』ヲ管理シナイナラ、おいらハ、出来ル事ガ無イカラサ……」


「そ、そんなこと……」


 突然ダリルのお気持ち表明が始まったが、ホープとジルは慰めなければいけないのか?

 顔を見合わせるが、


「おいらハ今、きっちんニ入レテモラエナイ……ナントカ作ッタノガ、コレ」


「あ……おにぎり二つってことか」


 主婦たちが作ってくれるのに、そこまでして何か作る必要あるだろうか?

 冷めているホープはそんなことばかり考えてしまうが、ダリルなりのプライドとか、責任感のようなものがあるのかもしれない。


 半ば強制的におにぎりを持たされたホープとジルは再び顔を見合わせて、


「じゃあ……」


「ん……むぐ、むぐ」


 とりあえず食すことにした。

 すると、自然と口から感想は出てくるもので、


「美味しいよこれ」


「ん」


 まぁ単なるおにぎりだが、塩加減が絶妙で、やはりダリルは味付けが上手だとわかる。

 ジルも親指を立てた。


「ホント? ……アリガトウ。デモおいら、モウ料理担当ジャナイナラ、変ワラナキャ」


「変わる?」


「ソウ。()()()()()()()!」


「え、何……!?」


 また唐突にそんなことを言い出すから驚く。


 ダリルの声は少し聞き取りづらいところがあるので、まさか『ホープみたいになりたい』だなんて言っていないだろう。

 聞き間違いに決まってる。


「は……」


 乾いた笑いしか出ない。

 まさか、ホープが憧れられるなんてあり得ない。仮にもし本当だとしても困惑しかないのだ。



◇ ◇ ◇



 なぜか薬コーナーにダリルは残り、ホープはジルとも別れて単独行動になった。


 ――ショッピングモールという、生まれて初めて見る建物を見回してみる。

 中央に一本通った、広く長い通路。その両端に店舗が無数に連なっている。


 スケルトンパニックが起きたままの状態なのだろう、シャッターが閉じっぱなしであったり、物が散乱していたりと色々な様相が見られる。


「あ、噴水なんかもあるんだ……ん?」


 もちろん現在は水の噴き出していない噴水が通路にあるのを確認すると、


「え……?」


 噴水のすぐ横の通路に、何やら巨大な穴が――



「――あんたがホープ・トーレスだよな?」


「お!?」



 驚いた。いきなり後ろから呼んできたのは、ガイラスであった。

 思えば、彼と面と向かって喋るのは初めてだ。



「サナが――あんたのことを言ってたから」


「え、サナが? 仲良いの?」


「ああ、あの子とはよく話すんだ。あんたがシリウスから助けてくれたって、嬉しそうに話してた」


「……!」



 それはあの町での戦いのことだろうか。いや、それしかない。

 ホープは最後までしっかり守り切ってはいなかったが、サナはそんな風に思ってくれていたのか。


「シリウス――あいつは根は悪人じゃなさそうだったんだが、怒りに身を任せすぎて異常者と化していた」


「…………」


 ホープ的にはシリウスのことなど忘れたいしどうでもいい存在だが、あいつのことを冷静に分析しているガイラスへの好感度は上がった。


「サナみたいな小さな子は、この世界じゃなかなか生き残れないと思うんだ。だから、貴重な――この世界の『未来』とか『希望』の象徴っていうか」


「そ、そこまで!?」


「そこまで、さ」


 でも確かに、ホープはこれだけ敵でも味方でも生存者たちに出会ってきたが、そういえば『子供』はサナが初めてだ。

 ガイラスの言うことは、大げさでもないかもしれない。


「あの子の両親もきっと、相当あんたに感謝していると思う」


 それはどうだろう。

 母親はいいが、父親は……そうでもなさそう。



「でもサナが安全だったのは『壁』に守られていたから、というのもあるだろう」


「う、うん」


「あの子は町を出た。だからこれからも――守っていかなきゃな」


「うん」


「俺も()()()()()()()()頑張るよ」


「うん……えっ!?」



 最後のは聞き逃がせなかった。否定したかったのだがガイラスは、



「何だ? 尊敬しちゃいけないか?」


「え……えぇ……いや、それは……」



 当然だろ、とでも言うかのように真顔で質問をしてくる始末だ。

 わかってはいたが、クソ真面目な性格らしい。


 そのままガイラスは笑顔で歩いていってしまった……



「何かおかしいな、最近……」



 ドラクから『ベテラン?』と呼ばれたり、ダリルからもガイラスからも、聞き間違い説が濃厚だが変なことを言われた。

 どうも、何か勘違いされている。



 ――ホープの自殺願望は、消えちゃいない。



 ――これだけ時間が経っても、色々な出来事を経験しても消えないのだ。

 つまり永遠に続く、呪いのようなものなのだろう。



 本当は生きる気力の無い、空虚な男だというのに、みんなが可哀想だ。

 今のホープの頭の中は、罪悪感ばかり。



 それもこれも、何もかも、死にたい死にたいと言いながら死んでいない自分の責任であることは――わかっているつもり、なのだが。


 ふと顔を上げると、


「ん……? ガイラス……」


 先程まで話していたガイラスが、通路の噴水の近くにしゃがみ込んでいた。



◇ ◇ ◇



「何だ……この大きな穴は……」


 しゃがみ込んだガイラスは、不自然すぎる大穴を覗いていた。

 ここで爆発でも起きたかのようだ。


「地下は駐車場になって……うっ!?」


 地下駐車場の存在がわかった瞬間、ガイラスの鼻腔にとんでもない悪臭が刺さる。

 反射的に鼻をつまんでしまう。


(臭ぇ……何だこりゃ……この穴を覗いてから悪臭がし始めたぞ……)


 よく見ると地下駐車場には、汚れた水が大量に溜まっているではないか。

 何なのかはわからないが、黒く濁っているし、ヘドロのようなものが浮いていたりする。


(まさか……下水が溢れたとか、逆流したとかか? まったく、はた迷惑な落とし穴だ)


「ガイラス!!!」


 考え事をしていたガイラスには――



「危ないっ!! 後ろ!!!」


「――っ!?」



 ホープの叫び声が届くのが、一歩遅れた。


「カ"アァァウッ!!」


「うおぉ!?」


 それでもガイラスはすぐに立ち上がって振り返り、噛まれる寸前でスケルトンの肩を掴む。

 顔の目の前まで迫っていた紫色の歯を遠ざけるため、押し返す。


 ホープの声が無ければ、本当に噛まれていただろう。


「オォオ"!! オォ"オオオッ!」


「ぐ、ぐぐ……」


 最悪なことに、ガイラスのすぐ後ろには大きな穴がある。

 スケルトンとの押し合いに負けて一歩でも下がれば、ヘドロの海に真っ逆さまだ。


 あの汚水はいったい、どれぐらいの深さがあるのか?

 普通に立つと人間の膝下ぐらいかと思ったが、定かではない。

 浅いのなら、この高さから落ちたら骨折ぐらいはしてしまいそうだ。


 ただ、


「オカ"オァァア"ァ!」


「くっ……」


 噛まれるよりはマシか。

 いや、このままではスケルトンと一緒に落ちることになる。



「ガイラス! 今、行く!」



 噴水の向こう側からは、手斧を抜いたジルが走ってくる。

 彼女の必死の形相は、ガイラスを心から助けたいと願っていることの、何よりの証拠。


 ガイラスの脳裏に過る――



『おいおいガイラス! あのジルとかいう()、超可愛くね!? 脚スゲー綺麗だし、あの胸のデカさ……』


『オリバー……やめろ』


『あん? なーに清楚気取ってやがる、お前だってチラチラ見てんだろ!』


『くっ……うるさい』


『ほらな! アレで彼氏とか、いないらしいぜ!? 告白してお前のもんにしちまえよ!』


『だからやめろって……上手くいくわけない』


『そんな本気にしてんのかー!? ぎゃははは!』



 ――まるで走馬灯のような仲間との会話。

 こんな下品でクソ下らない会話の的にしてしまっていたジルが、自分のために走ってくる。



(俺は……何て酷いことを!!)



 この世界で同じグループに属するというのは、こういうことだ。

 ガイラスは自分への怒りをぶつけるように、


「ふんっ!!」


「カ"ッ――」


 素早くナイフを抜く。

 スケルトンに噛みつかれる前に、その額に刃を突き立ててやった。

 倒れるスケルトン――前に、倒れる。



「な……っ、まっ、待て!! うわぁぁ!!」



 前に倒れてくるなら、そこにはもちろんガイラスがいて。

 ガイラスがバランスを崩せば、もちろん穴へと落ちるだけだ。


「ガイラスっ!?」


 落ちゆくガイラスに、ジルが必死に手を伸ばしてくれている。

 その手を掴もうと、ガイラスも手を伸ばす、



『そんな本気にしてんのかー!? ぎゃははは!』



 が、残念なことにガイラスの手は、それほど前に伸びてはくれなかった。


 罪悪感から、まだ抜け出せていなかったのだ。


 焦るジルの後ろから、ホープやスコッパーが駆けつけてくるのも見える。


 気持ちだけは冷静なまま、



「――――!!!」



 ガイラスは落ちた。

 汚水の溜まった、暗い地下駐車場の真ん中に。


「メガネの若造!? おい無事かっ!?」


「ガイラス……」


 バシャーン、という豪快な水音とともに、ガイラスが濁った水の中に消えた。

 だが――程なくして、



「ぶはっ! はぁ……はぁ……う、臭ぇ……」



 彼は顔を出した。ひとまず安心だろうか。


 汚水は思ったより深く、立ち上がったガイラスの腰くらいまで水かさがある。

 それでも腰とかを打ったのか、痛そうに押さえているようだが。


「――そこはあくまで駐車場、出口は必ずあるぞい! どこか痛めたならゆっくりでいい、ワシらが入って来た側に出入口はなかった、反対側を探せぃ!」


「あ、ああ……」


 スコッパーの雑ながらも適切な指示に、ガイラスは藁にも縋るような思いで頷いて――




「――ゴボゴボッ」




 その音は、至近距離で聞いたガイラスはもちろん、ホープもジルもスコッパーも聞き逃さなかった。


 最悪の、絶望の音だったから。



「コ"ホ"ロロ"ロロォォオ」


「えあああッ!!?」



 腐った水の底から、飛び出すバケモノ。


 汚水によって腐敗が酷く、全身が水ぶくれのように膨張した、醜悪な姿をした『狂人』。

 それはすぐにガイラスに飛びかかり、汚水の中へと引きずり込んでしまった――。


 ホープもスコッパーも絶句する中、



「絶対、助ける……!」


「ちょ、ジル!?」

「嬢ちゃん!?」



 穴の下は、ゴボゴボ、ゴボゴボと、あちこちから続々と醜悪な狂人が這い出てくる地獄。

 それを知っていながら、ジルはパーカーを脱ぎ捨て、今にも飛び込もうとしていた――



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