第166話 『発明家の感謝』
カーラによって引きずり込まれた部屋。
そう広くもないこの部屋に、ガラクタというか、鉄製品というか、スクラップというか、そういうものが色々と無造作に置かれている。
ホープは軽く見回して、
「えぇっと、ここは……?」
「見てわかる通り、おれの『研究所』だ」
「っていうか『倉庫』じゃ……」
「あ?」
余計な一言。
すぐ睨みをきかせてくるカーラに、ホープは焦る。
「ち、違うって! 元々はこの部屋、ただの倉庫だったんじゃないかなって」
「あー……忘れた。確かそうだったような」
――ホープを引きずり込んだ後、カーラはなぜかホープに背を向けて作業し始めてしまった。
あぐらをかいて正面では何か作っているようだが、ホープは別に興味も無いし、よくわからない。
「……おい、そこのスパナ取ってくれ」
「ふぁ!?」
「スパナだよ」
カーラは前で右手を作業させたまま、左手だけ後ろに向けてきてチョイチョイと、ホープに道具を要求してきた。
まさか、助手が欲しかったのか? そう思いながらもホープはスパナを見つけてきて手渡す。
「サンキュー」
「あ……うん。スパナならわかるけど……」
それ以外の道具だったらわからなかった。この部屋は見たこともない道具だらけだ。
というか、
「爪、黒いね。カーラ」
「汚ぇみてぇに言うなよてめぇ、黒のネイルしてんだろうが!」
「ごめん言い方悪かった……いいね、それ」
「お目が高ぇな。洒落てんだろ?」
「うん」
スパナを手渡す時に気づいたが、カーラの手の指全部に黒いネイルが施されていた。
似合ってる。なかなか、良い。
「あとその、犬の首輪みたいなやつも」
「チョーカーだろうが! てめぇさっきから……」
「いや侮辱するつもりは無いんだごめん! おれってそういうの本当に詳しくないから……名称がさぁ」
トゲトゲの付いたゴツいチョーカーを褒めたかったのだが、また勘違いされてしまった。
ホープがファッションなどわかるものか。察してほしいのだが、やはりダメか。
「ま、そりゃそうだよなぁ。ジルからも聞いてたが、てめぇは普段は見た目通りの冴えない男らしいかんな」
「え?」
「他の奴らの話からも、てめぇは『ここぞ』って時にしか機能しねぇんだっけ」
「……あの」
そろそろ、本題に入りたい。
今まで正体を見せなかったカーラが、いきなりこんなことをしているのは変だから。
「カーラ、どうしておれをこの部屋に?」
直球な質問をしてみると、
「あぁ……すまねぇな。いざ話してみようとすっと、思いの外、照れ臭くなっちまってな」
「へ?」
少し気まずそうな様子でカーラは、あぐらをかいたままこちらへ向き直る。
美しく輝く、緑色の双眸で真っ直ぐに見つめてくる。
赤い髪と緑の瞳。その組み合わせの絶妙さは、見る者を吸い込んでしまいそう。
黒マスクで口元は見えないが、少なくとも今のカーラは可愛く見える。
そんな美少女が、気づくとホープのすぐ目の前まで歩み寄ってきて……
「ほら、もう死んじまったが占い野郎がいただろ。その占いで『ジルが殺される』って出て」
「あぁ」
「助けるようにてめぇに頼んだろ?」
それは『亜人禁制の町』での戦いが起きる、少し前のことだ。
機械の鳥に導かれてカーラから頼み事をされ、ジルを殺そうとするシャノシェを止めたことがあった。
その説明にホープが納得すると、カーラはホープの肩に腕を回してくる。
カーラの顔が限界までホープの顔に近づき、キャミソール越しに――大きめな胸が、ホープの腕に当たってくる。
「あ……!! あの、ほら……アレだ!!」
と、そんなに距離を近づけたくせに、カーラは何かを言い出すことができないでいるらしい。
さっき『照れ臭い』とか言っていた気がするが……
「カ、カーラ……近いって……」
とにかく自分の腕に胸が当たっているのが緊張してしょうがないので、ホープはやんわりと離れるように言うと、カーラも離れて、
「えぇっと……ちょい待てよ、探すから……」
ガラクタの山を、何かを探して漁っているようだ。
しばらくして「あったぞ!」と喜ばしげにお目当ての物を手に取って、
「じゃあ言うぞ? ホープ」
「え? それって……」
確か『メガホン』というものに似ている気がする、記憶が確かならそれは声を大きくさせる道具――
「そうだ。おれ特製の『拡声器』!」
カーラはそのスイッチを押して、
「あ!!! り!!! が!!! と!!! なああああああああああ――――!!!!!」
「うわぁぁぁ」
やはり、音が大きくなった。
それをホープのすぐ耳元でやるもんだから、脳が直接揺らされたような、そんな気分だ。
鼓膜、破れてないだろうか……
「と、というか……気持ちはわかったけど……そんな大きな音出して大丈夫なの!? スケルトン寄ってくるでしょ!」
ホープは当然の疑問を叫ぶが、
「おれ特製って言ったろ? こいつは『音を一点に集中させる拡声器』、立派な発明品さ。今の礼はてめぇにしか聞こえてねぇよ」
「なんだ、びっくりしたよ……」
「心配いらねぇ。この部屋は壁も防音素材で敷き詰めておいたし……あっ……今ので拡声器イカレちまったけどな」
「脆っ!?」
色々とツッコミどころが多すぎる気はするが、とにかくカーラはホープに感謝を伝えたかっただけ、のようだ。
ホープは素直に受け取り、
「どういたしまして……っていうか、ジルはおれにとっても死んでほしくない人だから、逆に伝えてくれてありがとうって言いたいぐらい」
「……そりゃ良かった」
少し前の出来事にはなってしまうが、言うべきことを言えて、お互いにスッキリだ。
◇ ◇ ◇
「ジルとはさ……どういう関係なの?」
「んあ?」
カーラの用件にも一段落ついて、今度はホープから話を切り出してみる。
それがずっと、イマイチわからないでいるから。
「……同郷だ」
「え?」
「聞こえなかったのかよ?」
「いや、聞こえたけど、でも……」
ジルの出身は、確か『スノウ村』という場所だったはず。カーラもそこが出身なのか。
にしては、
「おれ、ジルの過去は聞いたけど、君の話は出てこなかったんだよね」
「本当か? ジルは『一応話した』と言ってたぞ」
「……えぇ……?」
悪いが、どうしても納得できない。
ジルの過去の話はきっちりと覚えているが、『カーラ』という名前はどこにも無かったはずだ。
と思っていると、
「ま……『その部分』については……軽く流すように話したんだろうなぁ、あいつのことだ」
カーラは俯き、空虚な微笑みを浮かべながら、変なことを呟いた。
どうやらジルの過去に関わっているのは間違いなくとも、深い事情があるらしい。
「カーラ……」
「そろそろ頃合いだろ、ホープ。てめぇとの時間は楽しいけどよぉ、あんまり長くここにいると他の仲間どもも心配すんだろ」
「え?」
「もう出てけ」
「えっ!?」
本当に頃合いと思ったのか――ホープが少し深く入り込みすぎたのかは定かでないが、カーラは再びホープの後ろ襟を掴み、
「うおぉっ!!」
文字通り、ホープは『ラボ』からつまみ出された。
すると偶然にもその近くに、
「……おォ、ホープじゃねェか……探してた」
「ナイト」
以前のような覇気が全然なくなってしまった、ローテンションのナイトが立っていた。
なぜ、探していたのか。それを聞かねばならなそうだ。




