第163話 『ウルフェル編:悲しむ暇もなく』
「――もう、三日にもなります。ウルフェル様、そろそろこちらの『亜人禁制の町』跡地にもスケルトンが侵入してくるでしょう」
「……グスッ……」
「悲嘆に暮れたいお気持ちは、充分すぎるほど理解できます。が、申し訳ありません。先に行かせていただきます」
深緑色の髪をした長身の男、レナード・ホークは、丁寧に腰を折ってからその場を立ち去った。
――未だに瓦礫の山の前で、膝を抱えて泣いている狼の獣人、ウルフェル・ベリサリオを置いて。
「う……ぅ、ティボルトぉ……オレ様はぁ……!」
ウルフェルは、あの戦いの日から三日が経過してもまだ泣いていた。
親友と称していたティボルトが、謎の爆発によって瓦礫の下敷きになったことを嘆いて。
「オレ様の機動力なら……本来はよぉ……魔導鬼もテメェも、両方とも救えたんだ……」
上から爆弾のようなものが降ってきていたが、全く気づけなかった。
油断だろう。戦いは終わったのだと思って気を抜いていたのだ。
自分の拳で自分の頭を殴る。
ウルフェルがバカだったせいで、ティボルトは――
そうやって同じことを、三日三晩ずっとここに留まって悔い続けていた。
確かにレナードの言う通り。そろそろ、ゆっくりしていられなくなるだろう。
「グオオ……」
しかし、レナードの言葉とは違う――つまりスケルトンではない脅威が迫ってきていた。
背後に気配を感じる。獣人の嗅覚で、わかってはいた。
「……熊かぁ?」
「グオオオオオッ!!」
呟きながらウルフェルが振り返った瞬間、五メートル程もある巨大な熊が動き出す。
猛スピードで、牙を剥き出しにしながら突っ込んでくるのだ。
「お、おいおい!?」
素早く立ち上がったウルフェルは、噛みついてくる顎を避けるためにジャンプ。
狼の獣人というだけあって筋力は凄まじく、熊の正面から背後までひとっ飛びだった。
熊は獲物に一瞬で背後を取られたことに困惑した様子だったが、
「ガアアッ!!」
すぐに振り向きざまの爪攻撃を繰り出す。
地を這うようにしてそれを避けたウルフェルは勢いをつけて、
「らぁよ!」
「ゴガ!」
熊の顎を蹴り上げる。
勢いを止めずに拳を握り固めて、
「"ウルフ・アッパー"!!」
「ゥゴ!」
かち上げられた熊の顎に、追撃の一発を入れてさらに打ち上げる。
と、
「ゴォォオオオ!!!」
「うぉ、げほぁッ!?」
空を仰いだままの熊が両方の前足を滅茶苦茶に振り回したことで、ウルフェルは横腹に衝撃を受けて吹き飛ばされた。
「ぐあぁはぁっ! き、効くぅぅぅ〜〜〜……!! こんな筋肉の塊と真正面からやり合うのは無理か! よっぽどのバカじゃねぇとなぁ!」
地面に転がったウルフェルはジタバタと藻掻きながら、痛みを消そうと愚痴る。
獣人の頑丈さで致命傷にはならないが、やはりここまで巨大な筋肉の塊とはそうそうやり合えないようだ。
「……だけど……なぁ?」
横倒れたウルフェルだが、涎を垂らしながら走ってくる熊を見て思う。
「逃げるのは……オレ様のポリシーに反する! ウォーウ、ウォウウォウーッ!」
熊に向かって吠える。
前足を叩きつけてくるのをジャンプして躱し、
「テメェ、よく見りゃボロボロだな! ガラハハ、どっかのバカにパワー勝負で負けたのかぁ!?」
「グオオオオオ!!」
実は顔がたんこぶだらけの熊は、まるで挑発に乗るかのように咆哮を上げ、空中のウルフェルを叩き落とそうとする。
しかしその前足は空を切り、
「ざーんねん♪ オレ様、パワー勝負やーめた♪」
「グォ!?」
いつの間にか熊の下に移動し、仰向けに寝ていたウルフェルが、
「ガァァルルルッ!!!」
寝たまま、広げた両手をそれぞれ自身の中央へ向かって振り回す。
交差したその両手には、もちろん鋭い爪が光る。
「ゴォ……ォア……」
ウルフェルの爪に喉を掻っ切られた熊は、溜まっていた疲労もあったのか、素直にその場に倒れた。
すると、熊の牙に引っかかっていたらしいドッグタグが、ウルフェルの足元に落ちた。
「あぁ……? 何じゃこりゃ……『プレストン・アーチ』? ……ああ、なるほどな」
それはきっとこの熊に食われた、プレストンという男が身に着けていたのだろう。
――ティボルトの元仲間を殺した奴の名前だ。
「よくわかんねぇが、安心しろティボルト……テメェの殺したかった男は、もう死んだらしいぜ」
ウルフェルは、その小さな金属のプレートを親指でピンと弾き飛ばした。
それは日の光を反射して煌めきながら、瓦礫の山の上に着地する。
ウルフェルは、今ので何となく納得できた気がした。
「……ウ"オ"オァ」
「ラ"ァァ」
「おっとっと!」
今度こそレナードの言う通り。
壁をくぐって、亜人禁制の町の跡地へスケルトンたちが侵入してきている。
大切な人の死――辛いが、残された者には『立ち直る』ぐらいしかできることがないのだ。
でなければ『引きずる』か『後を追う』か、ぐらいだろうか。
いずれも、まぁ良くないものだ。
◇ ◇ ◇
自慢の爪でスケルトンたちを薙ぎ倒しながら、立ち直ったウルフェルは町から出るために走る。
ただひたすら、出口だけを求める。
そして壊れた門から一歩踏み出し、
「あぁ、また獣人かぁ――!」
どこかから聞こえた、興奮しているような上ずった中性的な声。
ウルフェルはキョロキョロと周囲を見回し、
「ッ! うぉ!?」
気づいたら、左の太ももが斬り裂かれていた。
突然まともに歩けなくなり、膝をつく。ぱっくりと割れた傷口から血が噴き出す。
そして、
「最近のボクは、獣人に縁があるなぁ――!!」
シルクハットを被った吸血鬼の刀が、ウルフェルのすぐ眼前まで迫っていた――




