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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第四章 障害に次ぐ障害
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第163話 『ウルフェル編:悲しむ暇もなく』



「――もう、三日にもなります。ウルフェル様、そろそろこちらの『亜人禁制の町』跡地にもスケルトンが侵入してくるでしょう」


「……グスッ……」


「悲嘆に暮れたいお気持ちは、充分すぎるほど理解できます。が、申し訳ありません。先に行かせていただきます」


 深緑色の髪をした長身の男、レナード・ホークは、丁寧に腰を折ってからその場を立ち去った。


 ――未だに瓦礫の山の前で、膝を抱えて泣いている狼の獣人、ウルフェル・ベリサリオを置いて。



「う……ぅ、ティボルトぉ……オレ様はぁ……!」



 ウルフェルは、あの戦いの日から三日が経過してもまだ泣いていた。

 親友と称していたティボルトが、謎の爆発によって瓦礫の下敷きになったことを嘆いて。


「オレ様の機動力なら……本来はよぉ……魔導鬼もテメェも、両方とも救えたんだ……」


 上から爆弾のようなものが降ってきていたが、全く気づけなかった。

 油断だろう。戦いは終わったのだと思って気を抜いていたのだ。


 自分の拳で自分の頭を殴る。

 ウルフェルがバカだったせいで、ティボルトは――


 そうやって同じことを、三日三晩ずっとここに留まって悔い続けていた。

 確かにレナードの言う通り。そろそろ、ゆっくりしていられなくなるだろう。


「グオオ……」


 しかし、レナードの言葉とは違う――つまりスケルトンではない脅威が迫ってきていた。

 背後に気配を感じる。獣人の嗅覚で、わかってはいた。


「……熊かぁ?」


「グオオオオオッ!!」


 呟きながらウルフェルが振り返った瞬間、五メートル程もある巨大な熊が動き出す。

 猛スピードで、牙を剥き出しにしながら突っ込んでくるのだ。


「お、おいおい!?」


 素早く立ち上がったウルフェルは、噛みついてくる顎を避けるためにジャンプ。

 狼の獣人というだけあって筋力は凄まじく、熊の正面から背後までひとっ飛びだった。


 熊は獲物に一瞬で背後を取られたことに困惑した様子だったが、


「ガアアッ!!」


 すぐに振り向きざまの爪攻撃を繰り出す。

 地を這うようにしてそれを避けたウルフェルは勢いをつけて、


「らぁよ!」


「ゴガ!」


 熊の顎を蹴り上げる。

 勢いを止めずに拳を握り固めて、


「"ウルフ・アッパー"!!」


「ゥゴ!」


 かち上げられた熊の顎に、追撃の一発を入れてさらに打ち上げる。

 と、


「ゴォォオオオ!!!」


「うぉ、げほぁッ!?」


 空を仰いだままの熊が両方の前足を滅茶苦茶に振り回したことで、ウルフェルは横腹に衝撃を受けて吹き飛ばされた。


「ぐあぁはぁっ! き、効くぅぅぅ〜〜〜……!! こんな筋肉の塊と真正面からやり合うのは無理か! よっぽどのバカじゃねぇとなぁ!」


 地面に転がったウルフェルはジタバタと藻掻きながら、痛みを消そうと愚痴る。

 獣人の頑丈さで致命傷にはならないが、やはりここまで巨大な筋肉の塊とはそうそうやり合えないようだ。


「……だけど……なぁ?」


 横倒れたウルフェルだが、涎を垂らしながら走ってくる熊を見て思う。


「逃げるのは……オレ様のポリシーに反する! ウォーウ、ウォウウォウーッ!」


 熊に向かって吠える。

 前足を叩きつけてくるのをジャンプして躱し、


「テメェ、よく見りゃボロボロだな! ガラハハ、どっかのバカにパワー勝負で負けたのかぁ!?」


「グオオオオオ!!」


 実は顔が()()()()だらけの熊は、まるで挑発に乗るかのように咆哮を上げ、空中のウルフェルを叩き落とそうとする。

 しかしその前足は空を切り、



「ざーんねん♪ オレ様、パワー勝負やーめた♪」


「グォ!?」



 いつの間にか熊の下に移動し、仰向けに寝ていたウルフェルが、


「ガァァルルルッ!!!」


 寝たまま、広げた両手をそれぞれ自身の中央へ向かって振り回す。

 交差したその両手には、もちろん鋭い爪が光る。


「ゴォ……ォア……」


 ウルフェルの爪に喉を掻っ切られた熊は、溜まっていた疲労もあったのか、素直にその場に倒れた。

 すると、熊の牙に引っかかっていたらしいドッグタグが、ウルフェルの足元に落ちた。



「あぁ……? 何じゃこりゃ……『プレストン・アーチ』? ……ああ、なるほどな」



 それはきっとこの熊に食われた、プレストンという男が身に着けていたのだろう。

 ――ティボルトの元仲間を殺した奴の名前だ。


「よくわかんねぇが、安心しろティボルト……テメェの殺したかった男は、もう死んだらしいぜ」


 ウルフェルは、その小さな金属のプレートを親指でピンと弾き飛ばした。

 それは日の光を反射して煌めきながら、瓦礫の山の上に着地する。


 ウルフェルは、今ので何となく納得できた気がした。


「……ウ"オ"オァ」

「ラ"ァァ」


「おっとっと!」


 今度こそレナードの言う通り。

 壁をくぐって、亜人禁制の町の跡地へスケルトンたちが侵入してきている。


 大切な人の死――辛いが、残された者には『立ち直る』ぐらいしかできることがないのだ。


 でなければ『引きずる』か『後を追う』か、ぐらいだろうか。

 いずれも、まぁ良くないものだ。



◇ ◇ ◇



 自慢の爪でスケルトンたちを薙ぎ倒しながら、立ち直ったウルフェルは町から出るために走る。

 ただひたすら、出口だけを求める。


 そして壊れた門から一歩踏み出し、



「あぁ、また獣人かぁ――!」



 どこかから聞こえた、興奮しているような上ずった中性的な声。

 ウルフェルはキョロキョロと周囲を見回し、


「ッ! うぉ!?」


 気づいたら、左の太ももが斬り裂かれていた。


 突然まともに歩けなくなり、膝をつく。ぱっくりと割れた傷口から血が噴き出す。


 そして、



「最近のボクは、獣人に縁があるなぁ――!!」



 シルクハットを被った吸血鬼の刀が、ウルフェルのすぐ眼前まで迫っていた――



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