◇第一章IFルート『逃亡者と乱入者』◇
※今回はあくまで「もしもの世界」です。本編とは全く関係ありません。
三章を経たからこその一章の別ルート。ホープが『破壊の魔眼』でフェンスを壊せることにちゃんと気づき、一人でエドワーズ作業場から逃げ出したらどうなっていたのか?
登場キャラはたった二人。
多分やりたい放題しても大丈夫なのが三章までなので、今のうちに書いときました。
…これIFルートって呼んでいいんですか?チャチすぎでしょうか?よく知らないもんで…
あと最近投稿できてなくてすいません。三章は戦闘ばっかりなのでノリで書いても大丈夫だったんですが、四章はそうもいかず、プロットというものを作るべきか…とか色々考えています。
一話だけ書いてはいるんですけどね…
とにかく今回は、本編ではあり得ないだろう展開をどうぞ。
――これは、一つ何かが変わっただけで、辿られていたかもしれない物語――
「はぁ……はぁっ……」
17歳の青髪の少年、ホープ・トーレスは走っていた。
ひたすら、鬱蒼としたバーク大森林の中を走り続けていた。
「何で……おれが……おれがっ……!」
頭に雑に包帯を巻かれているホープは、走っているせいで荒い呼吸の中で悪態をつく。
「洋館では、洋館ではさ……柄にもなく頑張っちゃったけどさぁ……っ!」
出血した右目には痛みがあり、それを手で押さえながらもなお悪態を続ける。
「どうしてあの『エドワーズ作業場?』とやらで、苦しみながら働かなきゃいけないんだよ……っ!?」
そう。
このホープ・トーレスという男――捕まっていたエドワーズ作業場から、一人で逃げてきたのだった。
「知らない……おれは、知らないぞ……! 置いてきた命なんか無い! 知らない人の命だ! 大事なのは、おれが苦しまず死ぬことだ!!」
――知らないはずがない。
そんなこと、この男自身が一番よくわかっていることなのだ。
「……いやダメだ、ダメだ。思い出すな!!」
右目を押さえていた手で、今度は自分の頭をぶん殴る。余計なことばかり思い出そうとする、この馬鹿な頭を。
「馬鹿……そうだよ、おれは……」
思い出してはいけないと、何度も何度も自分に言い聞かせたのに。
自然とホープの足が止まってしまう。
――レイ・シャーロット。
そして――ケビン。
洋館でホープとともに生き残った二人であったが、作業場の連中に、全員揃って捕まってしまった。
「はぁっ……! はぁっ……っ!」
あの二人はどうなったのか?
考えたって、答えなどわかりきっているから、
「ダメだ! やめろ!」
ホープは両手で自分の頭を殴りつける。何度も。
――殺されたか、もしくは死ぬまで働かされるのだろう。それ以外の運命は無いに等しい。
いや、レイの場合は性的暴行もあり得るか。
「そんなの……そんなの……あんまりじゃないか……」
すぐ横にあった大木に、ホープは全体重を預けるしかなかった。
そして、力無くズルズルと体は脱力していき、地面に座り込む。
「これ……おれのせい? 違うよね? だっておれ、何も悪いことなんか……してない? よね?」
――――エドワーズ作業場が『閉ざされた地獄』だと知ってしまったホープは、すぐに『破壊の魔眼』を使用してフェンスに穴を空けた。
その際だがホープが不器用すぎて、三回か四回ほど『破壊の魔眼』を発動しないとフェンスの網が上手く壊れなかった。
右目に激痛が走っているのはそのせいだ。
つまり、
「思い留まる……ことも……」
可能であった。
充分、引き返すのに時間はあった。誰にも気づかれていなかったため、罰だって受けなかったはずだ。
それでもホープは逃げ出した。
「でも……でも……洋館でオースティンやエリックからレイを守ったんだ……! おれは、やったんだ! 何でまだこの運命を続けなきゃいけないんだ……っ!」
口ではそう言う。
こうでも言っておかなければ、ホープは今すぐにでも廃人になりそうだった。
死にたいのは『体』の方であって、それよりも先に『心』や『脳』に死なれては困る。
そんなんじゃ自殺すらまともに――
「ずいぶんと独り言が多いんだね、キミ……運命ってのは逃げられないから『運命』なんだよ?」
レイやケビンのことを思って今にも涙を流しそうだったホープに、声が掛けられた。
「っ!?」
一歩遅く反応したホープが、立ち上がりながら上の方を見れば、
「よっと……」
シルクハットを被った、若そうな男が木の枝から飛び降りてきて、
「……え?」
腰から刀を抜きながら、ホープの目の前に着地した。どこか夢を見ているような現実味の無さにホープが呆気にとられていると、
「キミ、面白くないよね。どう考えても」
口内の二本の牙? のような物が目立つ若い男が、喋りながら刀を鞘に納めた。
そして、ホープは違和感に気づく。自分の体に起きている、違和感。
「あ……? ……ああ??」
「ヒヒヒヒ! 気づくのが遅すぎるよ」
それを見たけれど、ホープの脳は認識しようとしなかった。
信じ難い光景だから。
しかし目の前の男が肯定してしまったために、
「ああああああああああ――――――ッ!!!!!」
自分の右腕が斬り飛ばされていることを、理解せざるを得なかった。
「ああっ! ああ!? あ? あああ? あああ?? あああっ!? あ!?」
まず、ホープはその場で転んだ。
斬られた瞬間は感じなかった痛みが、激痛が、きっと後付けのように襲ってくるだろうことを予感していたから。
もちろん腕を斬られた経験など無い。
本能でわかったのか、もしくは『痛み』が嫌いすぎて他者よりも予想がつきやすかったのか。
まぁ、どちらでもいい。
なぜなら、
「あぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」
実際、後から痛みはやってきたから。
ホープはその場に転げ回る。ドクドクとポンプのように止まらない、右腕の断面からの血をどうにか左手で押さえようとする。
だがその断面に触れるのが気持ち悪すぎて、鮮血から感じられる自分の体温が気持ち悪すぎて。
右腕がグチャグチャになっているというのに、感情までもグチャグチャになってきた。
「んんんん!!! んんんんんん!!!!」
なぜかホープは『痛い』と考えてはいけない、という思考に行き着く。
転げ回りながら、吹き飛んで地面へと落ちた自分の右腕の先を視界から外しながら。
その結果、泣きながら自分の左腕に噛みつくという奇行に出たホープだが、
「ヒヒヒ……まるで芋虫だね。いや毛虫かな?」
明らかに人間ではない目の前の男……いや、人間であってほしくない。
こんな残虐非道なことをして、しかもホープのことを見下しながら笑って虫けら扱いしているのだ。
人間というか、こんな奴がこの世に生きていること自体が許せない。
「んんんん!! フー……フー……!!」
ホープは泣いて自分の左腕を噛みながら、あの男を睨みつけていた。
これ以上ないほど目を見開いて、額に青筋を立てながら、荒い呼吸で。
しかし男は微笑みながら肩をすくめる。
「キミの独り言なら全部聞いてたよ。仲間を見捨てて逃げてきたんだろ? 経緯は知らないけどさ、後悔してるってことは、仲間は悪人ではなかったんだよね。そんなクズにさぁ、ボクのこと怒って睨みつける権利なんかあると思うの? どう?」
その長台詞の全てがホープに突き刺さった。ホープの心を、遠慮なく蝕んできた。
わかっている。
そんなこと、わかっている。
ホープが、これほどの罰を受けてもまだ足りないほどのクズなのはわかっているのだ。
でも――どうやって今のこの『痛み』を我慢して、自戒しろというのだ。
今この瞬間、痛いのだ。
自戒などしている暇があるものか。
「……あれ? キミ、これで終わりだと思ってる?」
血を流しすぎて意識が朦朧としてきたホープは、まだ痛みからは目を逸らし続けながらも、男の言葉を聞いた。
そして目を疑う。
男は一瞬にして、倒れるホープの足元に移動してきて、
「おぁああああああああああ――――ッ!!?」
再び刀を振り下ろし、今度はホープの左足を斬り飛ばしたのだ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「……ヒヒヒヒヒ! こんなに鳴いてくれると、こっちも斬り甲斐があるってもんだね!」
もう目も逸らせないほどに増幅した『痛み』が遂にホープを襲い、痛覚の限界までホープを苦しめる。
その結果、左足と一緒に理性まで飛んでしまった。目の前の男の声など聞こえやしなかった。
いや、聞こえたところで意味も理解できなかったろう。
今のホープには、もう。
「………………」
ところが、ホープは突然黙り込んだ。
「あれ? もう鳴いてくれないの? ……何だ、もうちょっと聴いていたかったんだけどなぁ」
ホープの作った血溜まりの中で、男は退屈そうに吐き捨てた。
そして血溜まりから抜け出る。地面に赤い足跡をつけながら、ホープに背を向けて歩き出す。
が、男は足を止める。
すぐ背後から「ピチャ」と足音がするのを聞き逃さなかったのだろう。
彼の背後から足音など、するわけがないから。
『やはり、この宿主に任せるのは無理があった」
「……ッ!?」
――立っている。
右腕を斬られただけでも虫けらのように這い回ることしかできず、しかも左足まで斬られた男が。
残った右足で、いとも容易く立っている。
『おれには目的がある。ここで止まるのは違う」
「……!」
――喋った。
先程までは、もう意味のある言葉を発せなかった男が、今までと違う冷静な口調で。
痛みや苦しみの片鱗も感じられない、余裕の声色で喋ったのだ。
『お前……名は何と言う、吸血鬼?」
「……ヴィクターだけど? キミの方こそ――」
『黙れ」
おどろおどろしく真っ赤に輝く、青髪の少年の右目。その周囲に広がる赤いヒビのようなもの。
問いに答えたヴィクターだが、目の前の存在が明らかに異常で、現実離れしていて、敵にしてはいけない強敵であることを感じ取っていた。
だから。
「来た……来た来た! ボクを楽しませてくれ、こんな奇跡はもう二度と無いよ!! ヒッヒヒヒヒヒィッ!!」
壊れそうなほどにヴィクターは喜び、笑い――刀を抜いて突撃した。
が、
「ぬぉっ……?」
ヴィクターの視界が一瞬にして暗転する。
『愚かな」
少年の左手が、突撃したヴィクターの顔面を鷲掴みにしているから。
「ぐ……おぉお……ッ!?」
強制的にヴィクターの勢いは止めさせられた。
鷲掴みにされたヴィクターの顔――いや頭蓋骨から、ミシミシと音が鳴る。
吸血鬼など遥かに上回っている少年の握力に、ヴィクターの体が悲鳴を上げていた。
掴まれた部分から出血が止まらない。
少年のあまりの力の強さに、ヴィクターは刀を振ることもできずにいた。
引き剥がそうと少年の左腕を両手で掴むが、まるでビクともしない。
『死ぬがいい」
「……ッ!!」
呟いた少年は(当然だが)右足だけで地を蹴り、猛烈な勢いで跳ぶ。
顔を掴んだままヴィクターの体を人形のように振り回し、近くにあった木の幹に後頭部を打ちつけた。
「うぐ……!!」
しかしそこは吸血鬼、ヴィクターはまだ抵抗をやめずにいた。
『頑丈なものだが、苦しみが長く続くだけだな」
呆れたように呟いた少年は、まだヴィクターの顔を掴んだまま振り回し、今度は地面に何度も、何度も、何度も、その体を叩きつけた。
「ごふッ……"血の線"」
何度も、何度も、何度も叩きつけられている最中、ヴィクターが何か言った気がしたが、少年の耳には届いていないようで、攻撃は止まらない。
しかし次の瞬間、ヴィクターの刀が謎の『赤い線』のようなものを纏い、
「"死神の叛逆"」
長く伸びた赤い刀身が、いつの間にか少年の体の左から右へとスライドするように移動。
しかし何の変哲も無い少年はヴィクターの体を軽く投げて宙に浮かし、
「あぁ、これは、おもしろ゛ッ――――」
左手で、落ちてくるヴィクターの胸を貫いた。
ゴボゴボと溢れ出る血が少年の顔に、シャワーのように振りかかる。
綺麗に貫通した左腕を抜き取るついでに、返り血で濡れた少年はヴィクターの死体を放り捨てた。
『行かねば」
そして少年は、けん、けん、と健気に左足だけで移動を続けたが、
『何だ? 上手く動かない」
いつしか足は動いてくれなくなり――地面に倒れてしまう。
少年は不審に思い、自分の体を見てみた。すると、どうやら上半身と下半身が切り離されているようだった。
『不便だな、これは」
そう呟きながら、少年は上半身だけで前へと、前へと少しずつ進んでいく。
しかも左腕だけで。指を突き刺すように大地を掴み、上半身を引き寄せるように力を入れる。
バーク大森林の地面に一本の線を引くように、血痕が続いていく。
やがて。
上半身だけの少年は、『死』が何かもわからないまま……動かなくなった。




