第161話 『収束していく道』
背後から熊に襲われないように最後尾をナイトとし、グループの面々は廃旅館へと重い歩みを紡ぐ。
ようやく彼らの背中を拝み、合流しようとしたニックだが、
「ニック・スタムフォード!」
「……あ?」
掛けられた声に、のっそりと振り返る。
聞こえたのかナイトも腰の刀に手をやっていた。
ただし声の主に敵意は無く、
「あぁ、吸血鬼の君……すまなかった。娘のことで取り乱してしまって」
「俺だっててめェを気絶させたんだ、恨みっこなしだろ」
イーサン・グリーン。
崩壊した『亜人禁制の町』にて、疑問を抱きながらも生活していた人物。
「しかも『ホープに殺されかけた』って聞いたしよォ」
そんなイーサンのフレーズを思い出し、ナイトはホープに視線を飛ばす。が、ホープは聞こえてるくせに無反応で歩き続けていた。
イーサンの後ろには家族のニコルとサナ、そして住処を失った町の住民たちが続く。
ざっと、30人ほどいるのだろうか。
「――で? てめえら何の用だ」
ナイトとイーサン親子の関係など知ったこっちゃないと、ニックは彼らの目的を問う。
町の住民たちを代表するようにイーサンは前に出た。言いづらそうに口ごもりながらも、
「俺たちは、見た……プレストン・アーチの死を」
「!!」
「つまり、あんたたちの強さを見た。俺たちは――弱い。自分たちだけじゃ何もできない。でも、家族とか、守りたいものは一丁前にあるんだ……」
「…………」
「だから、あんたたちのグループについて行っても良いだろうか……!!」
何となく、ニックはそんな気がしていた。
予測はついていたのに、どうしても表情に嫌悪感は出てしまうのだが。
「身勝手だよな。俺たちは何もできなかった……あんたたちに迷惑を掛けること以外は、何も……だが全員で話し合った結果なんだ、これは」
イーサンは土下座までして「頼む」と懇願してきた。後ろの妻と娘と思われる者が、その背中を静かに見つめている。
――家族、か。
「守るべきもの」
「……ニックさん?」
「……ウチだって余裕があるわけじゃねえ、好待遇は期待するな。それでも構わねえってんなら、どいつもこいつも勝手にしやがれ」
サングラスを整え、グループの新たなメンバーたちの顔も見ずにニックは歩き出す。
彼らの「おおおっ」という静かな歓声だけ、耳に入れながら。
◇ ◇ ◇
ずっと、トボトボと歩き続けるホープ。
視線の先に何度もぼんやりと映り込む、橙色の大きなツインテール。
「……くっ」
レイが、すぐ前を歩いている。
もし話しかけるとすれば今しか無いのかもしれない。
『もっと喧嘩しろ。もっと嫌い合え。もっと話し合え、殴り合え――愛し合え。手遅れになる前に』
ニックの言いたかったことはきっと、とにかく何でもいいから何かしておけ――そういうことだろう。
いいんだ、これ以上気まずくなったって。
そうだ、これ以上なんて無い。
そうだ、そうだ。
「……ね、ねぇ……レイ」
その背中に言葉を投げると、ピタリ、と彼女の足が止まる。
同時にホープまで止まってしまう。別に止まらなくてもいいのに。
「……仮面。変えたんだね」
ああ、もっと何を話すか考えておけば良かった。
ホープはレイに見られてもいないのに、自分の顔を指差して『仮面』を強調しながら言った。
これほどまでに、つまらない話題があるか。
「…………」
ほら、彼女は知らんぷりだ。
でもいい。どうせ無視されると思って――
「……そ。おニューってやつね」
ほんの少しだけ振り返ってきて、レイは言う。
久しぶりの会話だった。
いや、久しぶりか? 実際のところどれだけの間、会話をしていなかったのか、もう忘れた。
彼女がどんな感情で返事をしてくれたのかも、全くわからない。
ただ、嬉しかった。
達成感のようなものに飲み込まれ、ホープは次の言葉を何も思いつかず沈黙してしまう。
レイも続けることはなく、二人の気まずい会話はそれで終わってしまった――
「おい、仲直りしたのか」
「うぉ!?」
突然に真後ろからナイトに聞かれ、ホープは電撃でも浴びたかのように驚いてしまう。
もうレイは歩いていってしまった。つまり、
「いや、『仲直り』ってのには、まだ時間がかかるかもしれない……」
「そうか。まァ頑張れよ」
「あぁ……うん。でも……ダメだな、おれ。人から教わってばかり」
「俺だってそうだ……ところでよォホープ」
「え?」
ナイトはなぜか淡々と話題を切り替え、
「イーサンとかいう男、グループに加入するようだが……てめェの知り合いだったよな?」
「知り合い……そう、かな」
「あの野郎『ホープに殺されかけた』と言ってたんだが……何かの間違いか? それともてめェ、まだ何か隠し事してんのか?」
「ッ!」
イーサンがどこでナイトとその話をしたのかはわからないが、言及しているのは間違いなく、ホープが『破壊の魔眼』に体を乗っ取られていた時だろう。
実際、あそこでホープが偽ホープを止めなければイーサンは死んでいた。
「……色々と事情があってさ。おれ自身はもちろん、彼を殺したくないよ」
「へェ……」
どうしても『破壊の魔眼』については、易々と他人に話せない。
今回の戦いではシリウスらを倒すのに最終的には貢献してくれたが、目立つのはリスクばかり。どこまでいっても危険なのだ。
その証拠なのか、
「この話ァ、また今度にするか……」
「あぁ……君もなの? おれは今思い出したんだけど……」
ナイトもホープも。
二人して絞りカスみたいな声を最後に――その場にぶっ倒れた。
単純に、疲れた。
しかも、そういえばホープは敵からボコボコに殴られ、全身に火傷を負っているのだった。
さらに右目がとても痛い。かなり痛い。しばらく右目を使う気にはならなかった。
「……アホンダラどもが。スケルトンの餌にでもなりてえのかよ」
そこへ偶然、一人の男が歩いてくる。
いち早く察して若者二人を米俵のように抱え上げたのは、責任者のニック・スタムフォードだった。
◇ ◇ ◇
「なぁおい、ジル? もう体の方は大丈夫かよ?」
「……何とか。でも、早く帰って……寝たい」
「オレも右に同じ」
まだまだ拠点へは遠い道中、整備などされていない森の中を歩きづらそうに歩きながら、ドラクはジルに声を掛けた。
――まったく、酷い目にあった。
「結局さ、今回の戦いって何だったんだ? 別に領土や物資の奪い合いでもねぇし……」
「忘れた? ベドべ、殺された」
「いやそれはそうなんだけども……」
「ん?」
椅子に縛りつけられ惨殺されていた、ベドべの死を忘れるわけがない。たとえ思い出の薄い人物でも、仲間なのだから。
彼の仇討ちのように始まった戦い――だが、ドラクが疑問を呈するのは、
「何か、オレにはその……都合良く仇討ちに見せかけた『P.I.G.E.O.N.S.』の内輪揉めにも見えちまって……」
「!」
ジルはその言葉に驚く。
しかし、それを聞いた自分の思考回路にも自分で驚いていた。
「あながち、間違いじゃない……かも」
「マジ?」
「きっと、誰も、そう思ってはいないだろうけど。無意識のうち、そうなっちゃってる……かも」
もしそうならば、特殊部隊の隊員でもないドラクやジルは、ただの巻き込まれた人というわけだ。
ジルにつられてドラクまで暗い顔をしてしまい、ハッとしたドラクは、
「で、でもまぁ! 何だかんだオレたちのグループ勝ったし? 見ろよ、ボロボロだけどオレもジルもちゃーんと生きてんだぜ?」
「……吸血鬼に、吸血された。顔、膝蹴りされた。しかも、変な植物……」
「暗ーッ!? でもよ、ここだけの話、植物に捕まってたお前エロかったな……」
「…………」
「…………」
「…………」
「あの、ジルさん? ツッコミ不在だとオレがただの変態野郎ってことで結論出ちゃうんですけど」
「……それ、正しい」
「今じゃねぇよ、ツッコミのタイミングがズレてんだよ! 判断が遅い!」
会話が自分の思いどおりに運ばず、ドラクはジタバタと手足を動かして怒りを表現。
ここまで励まされてもジルは、
「ドラクだって、何回、死にそうになった? もう、考えたくない……」
励ましを全て無効にしてしまうほど、深く悩み込んでしまっている。
「じゃあ考えんなよ」
「考えるの、やめても……またきっと、トラブルは起きる」
「じゃあ考えても意味ねぇな」
「どうして?」
「『トラブル』って言葉がどうして存在するんだよ……そりゃ人間がいくら知恵を絞っても、予測のつかない『トラブル』ってのは必ず起こるからだろ」
「っ……」
「どんなに強ぇ槍を持ってても、敵が銃持ってりゃ終わり。どんなに高性能のコンピュータだって、壊れたら終わり……考えてたってどうにもならねぇことばっかじゃねぇか」
ドラクに突然、パンチのような正論を食らわされ、ジルは黙るしかない。
「だから『トラブル』が起きるまでは、とりあえず楽しんどくんだよ。もちろん起こらねぇように精一杯の努力はするけど、悩むな」
正論ではある。
だが、それは楽観的な思考回路にとって正論というだけだ。
「もし、次、『トラブル』が起きて……私とか、ドラクとか、ホープとか……死んだら、どうするの?」
「っ……だから、考えてもしょうがねぇだろって……」
泣きそうになっているジルに、ドラクも一瞬だけ狼狽える。
トラブルとは言っても、その規模、重大さは、考えれば考えるだけあり得る。底が知れないのだ。
しかしドラクは持ち前の明るさを切り札に、
「と、に、か、く! オレたちはまた生き残った! 敵の親玉のプレストンも死んだ! 仲間も増えた!」
「…………」
「大丈夫だジル子ちゃん! オレもいる、ホープもレイっちも、ナイトもいる! お前一人じゃねぇ、危機はみんなで乗り越えんだからな!」
「……ん」
ジルは、日が昇り始めた空を見上げながら、そんな強く逞しい言葉に頷いた。
頷くしか、なかった。
お読みいただきありがとうございます。
あとは幕間みたいなやつと、恒例のキャラクター紹介で三章は終わりです。
この後書き読んでくれる方がいらっしゃるのかはわかりませんが…
ブックマークも、序章とか一章とかの頃に比べて増えましたよね。傍から見れば底辺小説でしかないんでしょうけど、僕には充分です。
でもポイント欲しさに小説を書いているわけではありません。
自分の好きなものを書き、でも一人では寂しいので読者がいてくれるなら楽しさを共有したい。
…まぁ綺麗事抜きで言うと、承認欲求を満たしたいのでしょうね…
そこで皆様に初めての「お願い」なのですが、四章を始める前に、これまでで印象に残った回に「いいね」を付けてほしいんです。
色んな要素をごちゃ混ぜにした作品ですが、僕は未だにわかりません…皆様が、この作品のどこを面白いと思って読んでくれているのか?
(世界観を褒めてもらったことはありますが)
感想を書けとも言いたくありませんので、「いいね」という機能を利用すれば良いかと思いました。
各サブタイトルを開いて、一番下の方にグッドボタンみたいなのがあると思うんですが、それを押してもポイントは増えず、他の読者からも見えないようです。
でも作者にだけは伝わります。どの回が印象に残ったのか、こっそりと僕に共有してくれると嬉しいです!お願いします!




