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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第三章 『P.I.G.E.O.N.S.』問題
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第160話 『BEAR・BEAR・BEAR』



 鬱蒼としたバーク大森林の木々は、暗い夜をもっと暗くさせ、侵入者を不安にさせる。

 そんな中でも唯一安心できるのは、満月がくれる一筋の光――



「……はっ!?」



 木の幹を背にして、地べたに座らされていたプレストン・アーチが目を覚ます。

 周囲を見回し、


「バーク大森林……外に出られたのか」


 記憶が曖昧だ。

 ただ、自分の『亜人禁制の町』がどうなったのかは何となくわかった。


 にしても、なぜ自分はここに――



「起きたんだ。プレストン」


「な、なっ、お前は……!」



 青髪の少年、ホープが木々の合間から現れる。

 恐らく記憶が曖昧なのは、彼らの手で気絶させられたから。森の中にいるのも彼らに連れて来られたということなのだろう。


「なぁ、頼むよ。悪かった。色々と迷惑をかけたな。だが考えてもみろ? ニードヘルにも逃げられて、俺は全てを失ったんだ。もう見逃して――」


 今すぐにホープから逃げたい。

 だが、もうプレストンには夜の森を逃げ回る気力など残っていなかった。

 必死で命乞いをする他に、選択肢は――



「プレストン、そこに銃があるよ」


「……はっ! バカが! 動くんじゃないぞ!」



 ホープが地面にあるハンドガンを指差した瞬間、プレストンは喜々としてそれを手に取る。

 満面の笑みでホープに銃口を向けるが、



「残ってる弾は()()だけど、もう撃つの?」


「……何だと」



 不気味な無表情そのままに、ホープは残弾数を警告してきた。

 それはそれでプレストンは腹が立った――残り一発と聞いて撃てない自分が、まるでホープの思うツボになっているかのようで。


 撃てない理由。


 まず、ホープが一人なわけがない。

 奴を一人撃ち殺したところで、背後から仲間が出てきて復讐される可能性が高い。


 次に、今後の自分のこともある。

 ここで弾を使わず逃げ切ることができれば、その一発が何かの役に立つこともあり得るのだ。


 そうなると、撃たないことが得策――



「まぁ……アレが来てるけど」


「は?」



 突然。

 ホープはプレストンではない方向を見て呟いた。



「……フシュー……グォオ……」


「ひ……ひぃっ! 熊かよ!」



 ホープの目線を追えば、五メートルはあろうかという超巨大な熊が近づいてきていた。

 それはもう見上げるほどに大きい。『死』が歩いて向かってきている、と表現しても差し支えないほど。



「何てデカさだ……だがホープ、お前だって危険じゃないのか? 俺と共倒れになるぞ?」


「いや、それについては大丈夫なんだ」



 決してプレストンはホープを心配してあげたわけではない。

 彼の態度からして、これはプレストンの『処刑場』を用意したということなのだろう。


 でもホープがこんなに近くにいては、自分まで処刑することになるんじゃないのかと皮肉――を言おうとしたのだが。


 ホープは無表情のまま。焦りもなく、プレストンに掌を向けてきた。

 なぜなら、



「あのクマ公、俺が怖くて近寄れねェからなァ」



 彼の背後から出てきて、彼の横に並んだ銀髪の吸血鬼。

 その男を見た瞬間、熊は怯えるように足を止め、姿勢を低くした。



「ま、まさか……」


「そう。危険なのはお前だけだ、プレストン」



 ホープや仲間たちは、あの吸血鬼がいる限り襲われることはないだろう。

 ――プレストンは違う。誰にも守ってもらえない。銃はあるが弾は一発。


 ホープと吸血鬼が後ろへ下がると、



「グオオオオ――――ッ!!」


「うわぁぁぁ!!」



 熊は、この場で唯一襲える獲物はプレストンだとしっかり見定め、二本足で立ち上がって咆哮。

 恐怖で立ち上がることもできないプレストン。



(考えろ、考えろ、考えろ……!)



 死なないためにはどうする。死ぬわけにはいかない。死ぬのだけは絶対に嫌だ。

 今、この一瞬だけでもいい。危機を回避して今後も生き延びるために。


 方法は……



(これしか、ない!)



 特殊部隊『P.I.G.E.O.N.S.』において『知略』担当だったプレストンでさえ、一つしか思い浮かばなかった。

 ――ハンドガンを熊に向ける。



「グアアァオオォ――――ッ!!」


(くたばれ、化け物!!)



 二本足で立ち上がり、前足を思いきり振り上げてくる巨大な熊。

 命を懸け、魂を込め、熊の胸の真ん中に、プレストンは銃弾を撃ち込んだ。



「ガッ……ァ……」



 命中。

 その一発は、プレストンの命を刈り取ろうとしていた捕食者に裁きを与えたのだった。



「アァ……」



 熊は勢いよく倒れる。

 無様に意識を失った大きな顔が、座り込むプレストンのすぐ目の前に落ちてきた。



「は、ははっ……はは……」



 プレストンは生き残った。

 生き残ったのだ。ホープが用意したこの処刑を、あろうことか回避してやっ




「グオオオオオオオオオ――――――ッ!!!」


「ひゃあぁぁぁ!!?!?!?」




 突如、目を開けた熊の巨大な顎が急速にプレストンに迫ってきて、腰に噛みついてきた。

 無数の牙が皮膚に食い込む。肉を裂き、骨をも砕くほどの万力のような顎の力。


 軽々と宙に浮かされ、付近へ飛び散る自分の体から出てくる赤黒い血飛沫。

 痛みよりも何よりも、プレストンはその光景が信じ難くて大騒ぎする。



「グゥ、グゥゥ、オオオオ」


「ああああああああああああああ」



 すっぽりと顎に覆われた腰に、熊の体の奥底から出てくる熱い息を感じながら。

 空中で玩具のようにプレストンは体を左右に振り回されていた。



「オオオオッ」


「あああああああっ……ああ……」



 さんざん振り回された挙げ句にゴミのように投げ捨てられ、地面に落ちる。

 自分のグチャグチャになった体など見たくない。見るわけにはいかない。


 だから、そっちではなく、



「タスケテ」


「…………」


「タスケテ、タスケテ」


「…………」



 何の感情も宿っていない目で見下ろしてくる、ホープと吸血鬼に助けを求める。手を伸ばす。

 返事は、無い。



「ガアアアッ!!!」


「ああああああああああああああああ」



 再び近寄ってきた熊が、前足に備えた太く鋭い爪でプレストンを弾き飛ばす。

 胸から腹にかけて肉が大量に削がれ、焼け付くような痛みに苦しみながら、地面を転がされる。


 あ、腸が飛び出てる。



「フシュー……フシューウウ……」


「あああっあああああっあああああああ」



 叫ぶ口からも吐血、吐血が止まらない。

 熱息を漏らしながら、巨大な熊がゆっくりと近づいてくる。涎がボタボタ垂れる音が、近づいてくる。



「グゥゥ……」


「あは、あははは、アハはアハハハハはあは」



 熊がプレストンの喉に噛みつき、ようやくご馳走にありつける喜びにでも浸るかのように、むしゃむしゃと貪り食い始める。


 ――生き残ったと、勝ったと、そう思ったのに。


 自分は正解の選択肢を選んだと、確信していたのに。


 何だこれは。

 結局グチャグチャに殺されているじゃないか。


 自分が馬鹿らしくて、肉を食われながら、涙と糞尿を垂れ流しながら、プレストン・アーチは狂気的に笑い続けていた――



❏ ❏ ❏


 領域アルファ防衛軍・特殊部隊『P.I.G.E.O.N.S.』。


 隊員プレストン・アーチ、28歳。


 『知略』に秀でており、並みいるベテランたちを押し退けて入隊した逸材。

 時たま協調性に欠ける部分は見られたものの、その知識、頭の回転の速さは、確実に隊員たちを成功へと導いていた。


 ――バーク大森林にて、賢さを活かすことができず、巨大な熊に痛めつけられて残酷に食い殺される。


❏ ❏ ❏



 ――いつしかプレストンの笑う声も消えた。

 ただただ、大きな熊が何かしらの肉塊を美味しそうに食べているだけの光景。


 見ていられなくなったのか、ジルは俯いて、


「ホープ?」


「何?」


「……ここまで、する必要……あった?」


 歯噛みして、信じられないとでも言いたげにホープに質問してくる。


「さぁ……おれにもわからない」


 ホープはプレストンに選択肢をちゃんと与えた。

 別にここまでグチャグチャに殺されるしか、道が無かったわけではない。



「今のはなかなか面白いゲームだったよ、ホープ!」



 その証拠に、吸血鬼ヴィクターが喜んでいる。



「銃弾は残り一発。なのに選択肢は()()もあったよね。『ホープを撃つ』か、『熊を撃つ』か」


「……『自分を撃つ』」


「!」



 解説したヴィクターの最後の選択肢を、ホープが被せるように言う。

 ジルが、そしてナイトが、口と目を見開いている。



「プレストンは『死』だけを恐れるあまり、一番綺麗に、苦しむ可能性も無く死ねる方法を見逃した……」



 それがホープの仕掛けた、ゲーム紛いの『処刑』の核心であった。

 解説しているホープが、なぜか自分のことのように苦しみ、悩んでいるのは、誰にも伝わっていないが。



「まぁ、あのプレストンとかいう男は最悪の結果だったろうけど、ボクは楽しめたよ! やっぱりホープは最高に面白いねっ!」



 はしゃぐヴィクターはホープを抱きしめてから、どこへともなく、森の中へと姿を消していった。


 ――わかっている。

 ジルやナイトだけではなく、仲間たち全員から、驚愕の視線を向けられていることを。


 特に、



「…………」



 仮面越しのあの視線だけは、誰のものなのか容易にわかってしまう。

 苦しい。苦しいけれど、




「因果応報ってやつさ……」




 そうホープは呟いて、踵を返した。


 全面戦争に実質勝利したグループの仲間たちは、廃旅館へと戻っていく――



◇ ◇ ◇



 熊に噛みつかれたプレストンが悲鳴を上げ始めた頃から、背を向けて歩き去った人物が一人いた。


「…………」


 ニック・スタムフォード。

 彼はホープが仕掛けたゲームの内容は、即座に理解していた。


 だから――せめて銃で自殺してくれとプレストンに願っていたが、叶わなかった。


 頭が良いとか悪いとかでなく、人間は『死』に直面すると、多くは()()()()()しまうのだろう。


「…………」


 森を歩き、できるだけ遠くまで来た。


 木の幹を背にして、葉巻を取り出す。


 オイルが尽きたのか、葉巻に火をつけたいのにライターが使えない。

 カチ、カチ、カチ。虚しい音だけが響く。


「…………」


 苛ついて、葉巻を投げ捨てる。

 決してニックは葉巻を無駄にしたいのではない。本来は大切にする男だ。


 が、最近は感情の動きが激しすぎて、勢いで潰したり捨てたりばかりしてしまうのだ。



「…………」



 サングラスもその辺に投げる。

 手で、顔を覆う。


 指の隙間から、雫が溢れ出す。

 頬を伝い、顎を伝い、バーク大森林の地面を湿らす。


 その雫は、滝のように止まらない――



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