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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第三章 『P.I.G.E.O.N.S.』問題
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第159話 『MEAT BALL』



「「おっ」」


 崩れ落ち、今や瓦礫が燃えているだけの中央本部。

 その正面と裏からそれぞれ出てきたホープとナイトが、鉢合わせた。


「生きてたかてめェ!」


「君こそ」


 ナイトは珍しく軽い笑顔を見せ、嬉しそうにホープの肩を掴んできた。

 ホープも彼の肩を掴み返しておいた。


 生き延びることを誓い合った二人は互いの無事を喜んだが、


「……あ」


 ナイトの後ろにいる何人もの仲間たちを見た瞬間、ホープは思い出す。


「ほ、他のみんなは!? 全員無事!?」


 ――自分の戦いばかりに集中しすぎていた。

 今回の戦いは、これまでの人間同士の小競り合いや、スケルトンとの戦いとは一味違った。


 まるで戦争だった。


 これまでの戦いですら死傷者が絶えなかったというのに。戦闘に慣れていないメンバーも大勢いるのに。

 犠牲が無いなんて、あり得ないではないか。


 さっきはニックと普通に愛の話なんかしていたが、もしかするとレイも殺されて――


 そこへ、


「うおぉぉぉ、さっすがはホープだぜ! またオレたち生き残ったんだぁ!」


「おわ、ドラク」


「……騒ぎすぎ」


 泣き叫びながらドラクが抱き着いてきた。その後ろから、ふらつくジルも静かに微笑んでいる。


「坊主、ニック! また会えて嬉しいぜぃ!」


 徐行しているキャンピングカーのドアから、リチャードソンが元気そうに手を振ってくる。

 ――この雰囲気だと、どうやら仲間に犠牲者が出なかったらしい。


「ね、ねぇエディ? あんた、あたしの素顔って見てないわよね?」


「…」


「ねぇ?」


「…」


 いつもと仮面が違うレイが、無口なエディに質問しているのも見える。

 ホープは――無意識に胸を撫で下ろしていた。


 全員生還? 何という奇跡だ。

 誰もがそう喜ぼうとしたが、



「……待て。全員じゃねえよな。車の中のメンバーも全員聞かせろ、点呼を取る」



 ニックは確認を怠らなかった。

 ――その結果、不在のメンバーが判明する。


「メロン、エン、スコッパー、あとは吸血鬼のヴィクターだな」


「あいつァ数えなくていいだろ……」


 安否がわからない三人の心配は当然だが、ナイトは最後の名前についてはどうでもいいと呆れていた。

 確かにヴィクターはいつも神出鬼没。強いのだし、どうせ死んでいないし、そのうち出て――



「酷いこと言うなぁナイト。ボクだって不死身じゃないし、仲間だろ?」


「あァ!?」



 恐ろしいことに、いつの間にか件の人物はナイトのすぐ真後ろに立っていた。

 ニックはハッとして、


「おいヴィクター……今言った行方不明者、てめえ以外の三人について知らねえか?」


「そもそも顔合わせもしてないからね、誰なのか全然わからないな――いや、待てよ? スコッパーってのは本名かい?」


「いいや、通称だろうな。スコップを常に装備してやがる、異常に強えジジイだ」


「心当たりがあるよ。さっき壁外で会った。緑色の髪の若い女を背負ってたっけな」


 まさかヴィクターが有用な情報を持っているなど誰も予想しておらず、この場の全員が驚いていた。


「間違いねえ。スコッパーとメロンだ」


 ニックがまとめるように言うと、


「……ヴィクターてめェ、そいつらに何もしてねェだろうな?」


 腰の刀に手をやったナイトは、鋭い目つきでヴィクターを睨みつけた。

 ヴィクターは頭の後ろで手を組んで飄々と、


「さぁ、どうだろうね? ヒヒヒ」


 不穏なやり取り。

 ナイトが刀の柄を握りしめると、



「えとー、険悪なお二人さんには悪いんだけどさー……あの、さー……」



 キャンピングカーから、よく通るものの自信無さげなコールの声が聞こえてきた。

 彼女が話に割り込むのはかなり珍しい。そう思った全員が彼女に目を向けた。



「エンのこと、なんだけどー……」



◇ ◇ ◇



 エンと最後に会った場所へと、居心地悪そうに案内してくれたコール。

 全員でついていった先に、


「この辺は敵兵が少ないと思ってたけどさ……あいつが暴れてたからなんだね」


 シャノシェが驚いたように呟いた。


 視線の先――両手に『鉤爪』のような武器を装備して敵兵を斬りつける、赤髪の若者の姿がある。



「……あれ? やぁ、みんな。何だか久しぶりに感じるけど、また会えるとは嬉しいよ」



 倒れゆく敵兵に目もくれず、エンは仲間たちに気づくと元気そうに手を振ってくる。

 何だ、あの武器は。それに話によると、



「えん! 無事ナノハ良カッタケド、四天王ノ……あくろがるどハ!? 逃ゲタ!?」


「今ァ、俺とヴィクターがいる。リザードマンの敵がいるならブチ殺してやるぞ」


「ボクを勝手に戦わせないでもらえる?」



 この町の『四天王』アクロガルドとかいう名前のリザードマンと、エンは交戦していたという。

 人間とリザードマンの戦いであれば、エンが生きているだけでも奇跡だ。


 ナイトはヴィクターを無理やり戦力に数え、後始末をするつもりであったが、



「……ア、アレ? ソノ『鉤爪』、あくろがるどモ付ケテナカッタ?」


「ああ、そうだよ。まさしく彼から奪ったんだ。使いやすくて気に入った」


「エ?」



 どうにも、想像していた展開と違う。エンはあっけらかんとしているし、アクロガルドの姿がどこにも見当たらない。

 そんな状況でホープは、あるものを見つける。



「……あれは?」



 ホープがわかりやすいように指を差すと、エン以外の全員がその方向を――その『物体』を見つける。

 見た全員が混乱していた。



「隕石じゃね? 隕石だろあれ」


「いや、あんなバカでけェの降ってきたら爆発どころじゃねェだろ」


「…」


「まん丸ね。元々この町にあったオブジェとか?」


「可能性、ある。ちょっと、リアルすぎるけど」


「うん。グロテスクで、ほんの少しだけ面白い存在かもしれないね。ホープ、キミには何に見える?」



 仲間たちが話し合ってもよくわからないまま、最終的にはヴィクターがホープに聞いてくる。

 ――丸い物体。大きさは人間サイズ。見た目だけで触りたくなくなる、肉々しい質感。


 ホープには、こう見える。



「肉団子……?」



 その一言に、仲間たちは「あー確かに」「そうかも」と頷いていく。


 え? ホープは、まさか正解したのか?


 にしても奇妙だ。

 仲間たちがこんなにも、あの『肉団子』について話しているというのに、


「…………」


 エンは、にっこり笑っているだけで触れようともしないのだ。

 ニックは怪しみ、


「おい、エン。アクロガルドとかいうリザードマンはどこに行った? 答えろ」


「彼なら()()()けど?」


「死んだ? てめえが殺したのか、シャキッと答えろ」


「いいや、死んだんだよ。彼は」


「……あ? 今時の若者は意思疎通できん」


 質問をするが、エンは答えているんだかよくわからない答えしか言わず、話が噛み合わない。


 アクロガルドの姿はどこにも見えず、ここにあるのは無傷のエンの姿と、エンが殺し回った敵兵の死体たち、そして巨大な肉団子のみ……



「ん?」



 目を凝らして肉団子を見るホープ。


 血のようなものが見えた気がした。

 そして、茶色い鱗のようなものも――



「まあ、死んだなら良い。今さら仲間を疑う気もねえ。最後の大仕事といくぞ」



 ホープの思考を遮るかのように偶然、ニックが早々に引き上げてしまった。

 彼は仲間を引き連れて一直線に、ある場所へと向かっていくようだ。



◇ ◇ ◇



「う……あぁ……?」


 ――プレストン・アーチは目を覚ました。


 袋のようなものを被せられているのか、目を開けても真っ暗で何も見えない。

 椅子に座っている感覚だが、ロープで縛られている感覚もあり、動けない。きっと椅子に固定されているのだろう。


「お、おい! おい! 誰だ、何してくれてるんだ! おい、俺を放せ! チクショウ!」


 口だけは動くので、叫び散らす。

 これはきっと何かの間違いで――



「『知略』担当が笑わせんじゃねえ。誰が犯人かぐらい、自分で考えろ」


「っ!!」



 ああ、そうか。そういうことか。

 プレストンは死を恐れるあまり冷静さを失ってしまっていたらしい。


 隊長の声などすぐにわかる。

 顔面を殴られたあの感触も、鮮明に蘇る。


「じゃァ、始めるぞ」


「は……? よせ! やめろオイ!」


 冷ややかな声がすると、プレストンの髪の毛ごと袋が鷲掴みにされ、強制的に正面を向かされる。

 何がなんだかわからないまま、


「ぶふぅッ!!」


 顔を殴られた。左から拳に打たれたようだった。

 さらに、


「ごぅ!!」


 今度は右から殴られ、その強烈さに顔を覆っていた袋が吹き飛んだ。

 ようやく周りを見れる。殴られた体勢から戻ると、


「う、うわぁあ!」


 目の前には吸血鬼らしき若い男。

 座らされている椅子を中心に、ニックとその部下たちに完全に包囲されていたのだ。


 そこへ、


「どりゃあぁ!」


「ぶおッ」


 ドラクとか呼ばれていた、臙脂色のツンツン髪の若い男が飛び蹴りをかましてくる。

 顔面を蹴られ、プレストンは椅子ごと後ろへ倒れた。


「ぐ……げほ、ごほっ……」


 咳き込んでいると、倒された椅子が強制的にまた元に戻され、


「ひぃ! お、お前は!」


「黙れ」


 プレストンを起こしたのは、青髪の若い男。確かホープとか呼ばれていたか。

 一言を済ませた彼は、プレストンの頭を容赦無く掴んで持ち上げ、


「ふん――!」


「ぐぉ」


 また、プレストンの顔を殴ってくる。

 小気味よい音を出して。


 ボコボコに殴られまくった顔の痛みに悶えているプレストンを、無表情で見下ろしていたホープは、



「ニック」


「ん?」


「ニードヘルは?」


「……わからん。気を失わせたはずだが、プレストンを置き去りにして逃げちまったのかもな」


「本当に?」


「ああ、いなくなってた。だがあいつは俺たちを恨んで付け狙うような奴じゃねえ。仕留めなくても良いだろう」


「っ……」



 ホープの質問へのニックの答えは、何というか、少しズレていた。

 決してホープは残党狩りが趣味なのではない。


 本当は『おれを蹴った復讐で惨殺したかったのに』と口に出しそうになった。

 ギリギリで踏みとどまれたのは、



「…………」



 プレストンを殴ったホープを、じっと見つめてくる視線を後ろから感じるからだ。

 ――仮面の少女には、刺激が強かっただろうか。


 すると険しい表情のリチャードソンが、そそくさとニックに近寄る。



「おい……ニック」


「あ? 何だよ」


「とぼけんな、ニードヘルのことだ……お前さん、わざと逃がしたんじゃねぇだろうな?」


「……んなわけねえだろ」



 耳打ちのように話していたが、ホープにも微かに聞こえていた。

 今のでニックが『家族』のニードヘルを逃がした可能性がグッと深まったのだが、とりあえず追及はしないでおくこととした。


 なぜなら、



「ホープ、任務に成功した記念だ。この銃を使って終わらせるがいい」


「……これが最後の大仕事か」



 ニックが自ら『家族』のプレストンを打倒し、椅子に縛りつけてリンチすることも反対せず、遂には銃をホープに託してトドメを刺すよう命令したから。


 彼にしては、かなり妥協してくれただろう。



「じ、冗談だろ!?」


「冗談なわけないだろ、プレストン」


「ひぃぃ! 来るな!」


「――『死』っていうのは決まった未来なんだ。胸を張ってドンと構えてろ!!」



 拳銃を手に近づくホープに、プレストンはもはや恐怖心を隠すこともできない。

 これが、部下を全滅させられて一人になった、空っぽの支配者の末路――


 かと思った、その時。



「どひゃあ〜〜〜っ!」


「ニックの旦那たち、良いところに! ワシらの命を助けちくりぃ!!」



 騒がしすぎる乱入者たち。

 メロンと、彼女を背負うスコッパーはわかる。二人とも無事なのも安心だ。


 が、



「グオオオ――――ッ!!」



 彼らを追いかけている、五メートル近い巨大な熊だけは意味不明だ。受け入れられるものか。

 どうやら壁外からスコッパーたちを追いかけてきてしまったらしい。


 グループの面々が驚き恐怖する中、実はホープとレイは見覚えがあり、


「おい」


 しかも、



「てめェ、性懲りもなくまた出てきやがって……何してんだ?」


「……グオォ!?」


「失せろォ!」



 ナイトに至っては、あの熊をボコボコにして勝利した経験があった。

 彼の存在と咆哮に驚いた熊は、



「グッ、グォォォ……」



 聞こえ方としては子犬のように情けない声を上げながら、遠くへ逃げていってしまった。

 スコッパーとメロンは助かって良かったが、襲撃から撃退までが嵐のように早すぎて、シュールな茶番に見えてしまった。


 辺りが静寂に包まれると、



「なーんだ。あの熊がここで大量虐殺でも始めたらすごく面白かったのにな……実際は支配者が一人、ホープに撃たれて死ぬだけ。面白くないなぁ」



 相変わらず、退屈そうにヴィクターが呟く。

 軽すぎるその態度を咎めようと、ナイトが口を開いた瞬間、



「あっ、そうだ」



 ホープが何かを閃いたようだった。




「確かにこれだけじゃつまらないよね……じゃあヴィクター、少し面白いものを見せてあげるよ」




 珍しく微笑みながらプレストンを見るホープからは、凶気しか感じられない。

 その対象となったプレストンのみならず――仲間たちまでもが恐怖させられるほどに。



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