第14話 『月・お団子・殺戮・本音』
鉄格子の張られた簡素な窓から、月明かりが差している。
そうでなくても監獄の中は全体的に明るいのだが。スケルトン湧き潰しは、エドワードの言う通り完璧だった。
それにしても、体じゅうが痛い。手錠を外してもらって少しは楽になったのだが。
特に腕なんかビリビリと筋肉痛がひどく、この世のものとは思えない、別次元の激痛に突入しつつある。
そういえば頬の絆創膏にも血が滲んでいる。エドワードに殴られたことで、さらに傷が広がったらしい。焼けるように痛む。
なのにホープの手にある報酬は、
「団子が一個、か」
――湧き潰しが完璧とはいえ、べらぼうに明るいということはなく、依然として寂しい雰囲気の牢屋。
その中でホープは一人ベッドに座っていた。シミだらけのシーツの上で、ホープの手中には小さな団子が一つ。
ケビンから水を恵んでもらった後、ホープは必死でツルハシを振り、何とか鉱石を見つけたのだ。しかしその量でも少なすぎて本来は団子を貰えるラインに達していなかったそう。
今回は同情で一つ貰えたが、次はこうもいかないだろう。
一歩間違えると――いや間違いなくこの食事は、外で暮らしていた時よりも少ない量だ。
「味、無いな。おれって贅沢だったのかな」
一口で頬張り、三回くらい咀嚼し、一発で飲み込む。これにて食事は終了である。もっと噛みしめれば良かったと後悔。
そういえば朝食はどうなるのだろうか。このエドワーズ作業場のことだから、『抜き』なのだろうか。きっとそうだろう。
腹よりも喉の渇きの方が、ピンチかもしれない。水を貰えないかと先程、指導者に質問はしておいたのだが、
『ダメだ』
の一点張りだった。
今、ホープが座っているのは二段ベッドの下の段。ここは本当はホープ専用の独房などではないのだ。
ならばもう一人はどこに行ってしまったのかと先程、これも指導者に質問をしてみたところ、
『そこには白髪の労働者がいたなぁ、何だっけ……あ、思い出したヴィンセントだ! ヴィンセントって野郎がここにいた』
聞かなければ良かった。寂しさは増すばかりだった。
朝、無惨に殺されたヴィンセントはホープが同室だと知っていてあの態度だったのだろうか。「新人か?」と何度か問うていたが、あれは彼なりのジョークだったのだろうか。
ふと、床を照らす月明かりが目に入る。
その光の線をたどるように視線を動かしていくと、ぶつかるのはもちろん鉄格子の張られた窓なのだが。
少し、外の空気を吸いたくなった。
光源の散らばる監獄の中は昼間よりも明るい気がするが、やはり埃っぽく、今から寝て朝に目覚めると病気になっていそうなくらい不衛生な空気が漂っている。
「よいしょ……っと」
手頃な木箱に足を乗せ、自身の身長を窓に合わせる。
――ホープの収監されているこの監房は、何だか『物置き場代わり』みたいな扱いを受けていたらしい。
その証拠に、中身が空っぽの木箱であったり、中途半端に壊れた掃除用具であったり、捨てるにはもったいないくらいだが半分割れている姿見であったり、色々とおかしなものが雑に置いてあるのだ。
とはいえ、何一つとして使えそうなものなどは無いのだが。
「あ、え、エドワード……!? あとあの指導者、見覚えがある……」
外にも適度に光源が置いてあるため、視界の確保には苦労しなかった。
――夜風を浴びようとしていただけのホープが見つけてしまったのは、長身の男エドワードに、今朝ホープを案内していた指導者の男だった。
彼は確かエドワードから酒を持ってくるよう頼まれて、げっそりしていたような。
何かを話している二人。どうやらコソコソと秘密の話をしているのではなさそうなので、ホープは彼らのオープンな会話に無遠慮で聞き耳を立てる。
「――言ったよなぁ!? あの青髪の新人くんを採掘場まで連れてったら酒を取って来るって、俺と約束したよなぁ!? あぁ!?」
「だ、だから行ったじゃないすかその辺の村に! 確かに少なかったが、あんたのためにスケルトン掻い潜って酒持ってきたんすよ!」
どうやら下っ端はちゃんと約束を守ったようだが、調達した酒の量、そして彼の態度に、エドワードは不満を隠せていない。
エドワードの背が高すぎて、普通の身長を持つあの指導者が小人に見えてくる。
「まず『その辺の村』ってのが俺をナメてるとしか思えねぇなぁ。それから『あんたのために』って言い草よぉ……」
不穏な空気。エドワードは安物っぽい酒瓶の中身を飲み干し、その飲み口のそばを右手でしっかりと握って、
「恩着せがましくてイライラしてくんだよぉっ!!」
「ぅぶっ」
躊躇うことなく酒瓶を部下の脳天に叩きつけた。
瓶が割れるほどの威力だが、叩かれた指導者は意識を失っておらず、痛む頭を両手で抱えて地面を転げ回る。
そんな彼にエドワードはさらに近寄り、
「おら早く死ねっ! くたばれ! このウスノロの出来損ないがぁっ!!」
「ぶっ!! お、あぐぅおっ、がぁ――っ!?」
転げ回る彼の背中や腹に、無秩序に無規則に、割れた瓶の尖った断面を突き刺しまくる。
刺されるたびに肉や骨の裂かれるような気色悪い音と、可哀相な男の叫び声が響く。もはやエドワードの周囲は血の海も同然。
――それ以上、見ていられなかった。
「……ここからほぼ無策で逃げるなんて、とてもじゃないけど不可能だよケビン……」
その光景から目を逸らすように木箱から降り、届きもしないとわかっているのにケビンへ警告を呟くホープ。
昼間の採掘場にて、休憩時間の後、指導者の目を盗みながらケビンと二人でちょこちょこと話していたことだ。
『ここを出るんなら絶対に三人でだ、例外は認めない……俺がレイについての情報を集めてみよう。俺はスタミナに関してはまぁまぁでな、指導者たちからも信頼され始めてる。噂話に聞き耳を立てたりしたって怪しまれないさ』
ケビンは自信ありげに語っていた。
聡明な彼のことだ、『彼女はどこにいる』とかストレートに聞いて回ったりはするまい。きっと上手くやってくれる。
代わりにホープが頼まれたのは、
『静かにフェンスを切れる道具が欲しいところだな。チェーンカッターみたいなのとか、無けりゃニッパーだのナイフだのでも構わないとは思うが……』
フェンスの網目を切れる道具。
ケビンも、あの見張り台の存在は知っていて、フェンスがかなり高いことも知っていた。
よじ登るのでは時間がかかるし音も出るし、高いから間違いなく見張りに見つかってしまう。
そんなことになったら、三人揃ってさらなる地獄を見せつけられてしまうわけだ。
だから、なるべくあの白い箱から死角となるような位置で、こっそりとフェンスを切って逃げてしまいたいのだ。
しかし、
「無いなぁ」
この物置き場のような檻の中にも、そのような道具は無い。
あるとしてもきっと、中途半端に壊れていて使えない物しか置いていないと思う。
もしケビンが情報収集に成功したとしても、次にレイと無事再会することができたとしても。
このままでは三人でガシャンガシャンと騒音を出しながら、あの高いフェンスを乗り越えるしか選択肢がなくなる。
「だとしたら無謀すぎる……何となく」
エドワードも言っていたことだが、やはり見張りに見つかってしまうだろう。
――あの見張り台の中には、恐ろしいものが眠っている気配がする。
何となくでしかない。何の根拠もないのだが、箱の中にいる監視者が、只者である気がしないのだ。
見つかったら何をされるのか、とても怖い。
「道具は見つからないけど、ケビンにどう言えばいいんだ?」
また明日、採掘作業が朝7時からスタートする。
ケビンも喜々としてホープのもとへ情報交換にやって来ることだろう。
先程からホープはこの話を『作戦』のように扱っているが、こんなもの、ほとんど無策と同じだ。
ケビンと、生死不明のレイと、そして無能なホープで……最後まで成功させられるとは、どうしても思えない。それが本音だった。




