第157話 『かくも数奇』
『……おいグレネードランチャー部隊!! 応答せよ!! 町を焼き尽くせ!!』
ぴくり。
――町のすぐ外、バーク大森林。
頭のおかしい吸血鬼に斬られ、大量出血により動けない男がいた。
彼はプレストン・アーチの部下。グレネードランチャーを町へ向かって撃つ予定だった。
うつ伏せで倒れていた男は、脳裏を過った命令口調に体を震わせる。
「うぉ……ゴフッ! プ、レストン……様……」
震える手で、とにかくグレネードランチャーの発射口を上に向ける。
そして引き金を引く――それはほとんど男の意思が乗っていない、反射のような行動だった。
大きな爆発力を秘めた小さな弾が一発、放物線を絵描き、偶然にも壁を超え、『亜人禁制の町』へと……
「グオオ」
「は……? ぎゃあッ――――」
自分が放った弾を見届けようとしていた男の頭を――何か、巨大な茶色い生物が踏み潰した。
◇ ◇ ◇
大火事により崩壊寸前の、中央本部。
その二階。
「クソォ! もうホープを探す時間もねェ、窓から飛び出すぞ……掴まってろよ!」
「う、うんっ!」
三階から二階へと落ちたナイトとサナは、どうにか無事であった。
――ホープを探したい、というのは二人の密かな総意であったのだが、一刻も早く脱出せねば誰も助からないのは確実だ。
サナが強く抱きしめてきているのを確認したナイトが手頃な窓が無いかと見回していると、
「――娘から離れろ!!」
背後から、怒りに満ちた声。
振り返るとそこには、一人の男が立っていた――ナイトに銃を向けて。
「てめェは……」
「関係ない!! 牢屋から出してもらったのは感謝してるが、娘は返してもらうぞ!」
「何だァ……?」
彼は確か、イーサンとかいう男。この町の地下牢にてニックの隣の牢にぶち込まれていた。
それをナイトたちは解放してやったのだが、
「ホープくんにも殺されそうになって、身の危険を感じた。だからカスパルの銃を拾っといたが……正解だったな。今すぐにでも撃つぞ!」
「……え? パパ……?」
どうやらその恩義も帳消しになるほどの誤解が生じているらしい。
と、ここでナイトはようやく理解する。
「あァ、親父か」
サナとイーサンの関係は知らなかったのだ。
わかったから、ナイトは走り出す。イーサンに向かって一直線に。
「もうこんな世界じゃ……誰も信じられない! 来るなっ!」
「パパやめてー!」
「大丈夫だ、サナ! お前はパパが守ってやるからな――――!」
イーサンは引き金を引いた。
「あれ!? 撃てないぞこれ!」
――が、残念ながら発射される弾丸が無い。
「ちょっとビビった……悪ィが少し乱暴するぞ」
「うわぁぁ!」
「ナイトおにいさんやめてー!!」
阿鼻叫喚の中で、唯一、冷静であるナイトが動く。走り出した足を止めもせず、
「がぇんッ!?」
泣き叫ぶイーサンの喉元を狙ってラリアットを決める。彼は白目を剥いて口から泡を噴き、豪快に地面に倒れた。
「ぎゃあああパパがしんだー!!」
「殺してねェよ……正気を失ってる野郎ァ、眠ってもらうに限る」
それを見たサナは目玉が飛び出そうな勢いで驚き、叫び散らかしたが、ナイトは淡々とイーサンを抱えてまた走り出す。
窓を見つけ、
「おらァ!!」
強烈な蹴りによって割れ砕けた窓から、三人は晴れて生還を果たす。
ナイトの着地後、すぐに中央本部が崩壊していったのは言うまでもないだろう。
◇ ◇ ◇
「ちょっと、今飛び出してきたのって……!?」
「ホープかもしれねぇ……調べなきゃな」
中央本部の二階の窓から何かが飛び出してきたのを見ていたドラクは、気絶中のジルを抱えながら確認へ向かう。
顔を両手で覆い隠す(ドラクにはもう見られてしまったが)レイも続こうとすると、
「レイ様!」
後ろから呼んでくる声に振り返る。
そこには何かを持って走ってくるレナード・ホークの姿があった。彼の後ろにはウルフェルとティボルト、しかもなぜか、
「キャンピングカー……!? どうしてあんたたちと一緒に!?」
コールやカーラが乗っているはずのキャンピングカーが追従してきていた。
レナードは仲間でも何でもない人物。それが普通にコールたちを伴っているのは違和感がある。
「自分たちはレイ様を知っていると、貴方様が仮面を失われて困っていると……ご説明したいと思っていたところ、リチャードソン様がすぐに事情を了承してくださいました」
「そっか、彼も乗ってるのね」
「そしてレイ様、こちらカーラ様に製作していただきました仮面でございます」
「あ、もうできたの!? ありがと……」
素早く説明を終えてしまったレナードは、その手に持っていた新たな仮面をレイに手渡す。
(奇抜ね……)
受け取った感想がそれだった。
カーラが何者なのかは未だによくわかっていないが、やはりセンスが一般人とズレているというか。
その仮面は、中心の縦線より左右が白と黒で分けられており、口の穴の形も、左は笑ったように口角が吊り上がり、右は悲しむように口角が下がっている。
見た目のイメージは『道化師』というのが一番近いと思う。
「カ、カーラ! ありがとう!」
木製なのかプラスチック製なのかよくわからないが、とりあえず仮面はそれしか無いのでカーラに礼を述べながら装着しておいた。
「……レナードも本当にありがとね。あたし、別にあんたに頼んでなかったのに」
「お気になさらず」
「……あと、ティボルトのことも……」
レナードの後ろでウルフェルに肩を貸してもらいながら歩いているティボルトが、どうしても見えてしまう。
抉れた彼の顔の左側。歯茎まで見えてしまっている、痛々しい傷。
本来、レイは謝る立場にはない。
ティボルトに謝りたいとも思っていない。
ただ、ティボルトの仲間であるレナードにこんなにも優しくしてもらうと、罪悪感が湧いてきてしまうのは当然ではなかろうか。
レナードが――恐らく否定の――言葉を発しようとすると、
「おーい、レイっちー! 落ちてきたのはナイトだったぞ、無事みたいだ! 来いよー!」
ドラクがこちらに、嬉しそうに手を振ってきた。
レナードは言葉を続けることはなく「さぁ行って」とでも言うかのように微笑み、頷いた。
迷いながらも、レイも何も言わないことにして、呼ばれた方へとゆっくり歩き出す。
――その時だった。
「魔導鬼ぃ!! 危ねぇぞコラッ!!」
「あっ」
ティボルトの声。
反応する暇もなく、レイは背中に強い衝撃を受けて前へと倒れ込んだ。
「――――――――――ッ!!!」
爆発。
すぐ後ろで爆発が起きた。
体を起こそうとしていたレイの体が、思わず動きを止めてしまう。
「え……えぁ……ティボルトぉぉぉ!!?」
レイがようやく体を起こし、振り返ると――狼の獣人ウルフェルが、崩れた民家の瓦礫を掻き分けている。
「何だ今の……おい! 爆弾みたいなのが降ってきやがったぞ! 全然気づかなかった……何やってんだオレ様はぁ!!」
状況を整理すると、どうやらレイの頭上に爆弾のようなものが落ちてきていて、それを唯一察知したティボルトが走り出し、レイを突き飛ばした。
そしてティボルトは民家ごと爆発に巻き込まれ、瓦礫の山に埋まってしまったらしい。
「ティボルト、ティボルトぉ……オレ様の大親友が」
ウルフェルはそのガタイや肉食獣の顔に似合わない、大粒の涙をボロボロ流しながら、瓦礫の中を捜索する。
だが、ティボルトが見つかる気配はゼロだった。
「……お、おいレイっち! 何だよ今の爆発!? 大丈夫だったか!?」
「…………あたしは、うん」
焦って駆け寄ってきたドラクに、レイは今の気持ちをどう表現したら良いやら、わからずにいた。
「ティボルトがね……あたしを庇って死んだみたい」
「えっ、は!? ティボ、ティボルトって死んでたはずじゃねぇのか!? 生きてたとしても、魔導鬼のお前を庇うなんて……」
信じられない。
ドラクは、目の前の何もかもに驚いていた。
同じく目を見開いているレナードが、二人のもとへ歩み寄ってくる。
揃って瓦礫の山を、泣き喚くウルフェルを見つめる。
「人生とは――かくも、数奇なものでございますね」
放たれた一発のグレネード弾が、ここまで大勢の運命を変えるのだから。
レナードはその顔に影を落とし、ただ、広がっている光景を見つめ続けていた。




