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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第三章 『P.I.G.E.O.N.S.』問題
168/239

第156話 『AWAKENING』



 ――白い砂で満たされた、とある荒れ地。




「ああ、感じる……感じるわ……開花したのね」




 その中心の大岩の上に退屈そうに座っていた、濃い紫色のローブに身を包む女。

 彼女は何かに気づいた。興奮した様子で、岩の上で立ち上がる。




「少し距離が遠すぎるような……いや、でもアタシは感じているわ……間違いなくアンタの存在を」




 距離も名前もわからない相手へ話しかける。

 それが実際はただの独り言でしかないと、知ってか知らずか。




「『破壊』と『再生』――世界に必要なもの」




 女は、嬉しそうに天を仰いでいる。



◇ ◇ ◇



「――な、なに!? 今のなに!? ナイトおにいさん!」


 中央本部、三階。

 途轍もない轟音と衝撃を感じたサナは、恐怖心をナイトにぶつけていた。


「俺が知るか……!」


 だが、混乱しているのはナイトも同じ。

 吸血鬼であるオルガンティアもいないというのに、どうすれば今の衝撃が起こるのか。


 しかも、



(急に何だァ……!? この気配……怪物でも侵入してきやがったか……?)



 ナイトの警戒心をぶん殴ってくるかのような、この世のものとは思えないほど強力な気配が、唐突に現れた。

 姿が見えない。とても近いが、そこからこちらに近づいてくる感じもなく――


「ん? ……まずい、もうこの建物ァ原型を保ってられなくなるぞ!」


「わ!」


 上からは崩れてきた五階と四階の分の瓦礫が降ってきて、ナイトはサナの体を自分の体で覆って守ろうとするが、


「ちィ、下もか……掴まれェ!」


「わぁぁ!!」


 さっきの衝撃で、三階の床にも寿命が来た。

 ナイトはサナを精一杯に抱きしめながらも、瓦礫とともに落ちていく――



◇ ◇ ◇



 一方、中央本部の外からでも変化は視認できていた。


「今のは!? なんか赤くビカッと光ったかと思いきや、爆発したのか!?」


「そ、そう……ね……」


 大火事になった建物が、単に炎に焼かれて崩壊していくならわかる。爆発もわかる。

 しかし異様に真っ赤な光が弾けたとなると、普通ではないような。


 ――きっとドラクはそんな気持ちなのだろう。



「ホープ……やっぱり生きてた……!」


「……はぁ?」



 見覚えのある光を確認し、そして尋常でない魔力を感じ取った魔導鬼のレイは――心底、安心していた。


 混乱中のドラクを実質、置いてけぼりにして。



◇ ◇ ◇




『――――お"ぉぉあ"あああ"あ"ぁぁ!!」




 三階の床が全て崩落し、瓦礫とともに二階へと落ちたホープ・トーレス()()

 埃と炎と瓦礫の中で立ち上がり、天に向かって咆哮した。



『――ん? 先程、何か聞こえたか? まぁいい」



 青い髪、青い左目。敵に火をつけられて燃える全身。


 ――赤い右目。その周りには、顔に侵食する謎のヒビ割れ。

 埃によって少しは鎮火したものの、燃えていてもなぜか熱さを感じない全身。


 今の彼は、ホープ・トーレスであって、ホープ・トーレスでない……異形の存在というべきだ。


『これが外の感覚か。感じたこともない……ふむ、身体は自在に動く」


 宿主の体を乗っ取った『破壊の魔眼』の正体こと、赤く巨大なスケルトンは、ホープの手を自在に開閉させて動きを確かめた。

 動かす口も、当然発する声も、宿主であるホープのものだった。


『自分でも惚れ惚れする『破壊』……やはり右目の能力も、馬鹿な宿主に任せているより、おれ自身が操作する方が遺憾なく発揮できるじゃないか」


 決して小さくはない建物のワンフロアを一瞬で消し飛ばしたのは、紛れもなく彼の仕業。


 どうやってあんなことができたのか?


 ――いつもホープがやっているような、世界を歪ませて単純に破裂させるような現象がある。

 それを彼は自由自在に、より複雑に操ることができた。爆発を三本の線状に変化させ、螺旋状に回転させながら前方へと飛ばし、建物の壁も天井も床も破壊したのだ。


 もちろん右目から飛ばしたわけだが、


『ん? こいつのヒビ割れと出血が酷くなったか? ……おれは痛みなど感じないが」


 体へのダメージなどどうでもいい。

 なんてったって、本当の自分の体ではないのだから。ただ乗っ取っただけの抜け殻に過ぎない。



「――ぐぉぉ、クソ……何なんだ……!」


『ん?」



 今のホープの状態を仮に『偽ホープ』としよう。


 偽ホープの耳朶を打ったのは、瓦礫を掻き分ける音とともに聞こえた、中年男性の声。

 聞き覚えなどない。ホープの体を乗っ取ったばかりだから。


 しかし明確なのは、



『――敵だ」



 自分と主君を除いた全ての存在が、偽ホープにとっては『破壊対象』でしかない。

 ホープの仲間であろうと、知り合いであろうと……全ての生物を粉々にブチ壊し、通った場所を焼け野原にしていくつもりなのだ。


 燃え続ける体でゆっくりと、偽ホープは声の方へ歩み寄っていく。

 とうとう小太りの男を見つけ出した。向こうもこちらに気づいたようだ。


「……は? はぁ!? おま、どうして……体が燃えてるんだぞ! 俺は夢でも見て……ゲホッ、ゴホ……」


『よく生きていたものだな。お前はおれに火をつけた連中の一人か? 名前は?」


「いや、おおお前、見てなかったのか!? ずっと戦ってただろうが!」


『名前は?」


 頭から少し血を流している小太りの男は、自分の目が信じられないようで、何度も両目を擦ったりしている。


 だが破壊対象の気持ちなど、破壊者が考えるはずもない。

 二度も同じことを聞いてきた偽ホープの圧に恐れをなしたようで、


「……カ、カスパル……」


『そうか。哀れな人間のカスパル、左腕を失ったのか。加えて今からおれに破壊されると……惨めな人生よ」


「な……きゅ、急に歴戦の猛者みてぇなこと言い出しやがって……!」


 カスパルは唯一残っている右手で、偽ホープに向かって銃を構える。


「くたばれ!! 悪魔……め……?」


 構えた瞬間、正面にいたはずの偽ホープの姿が無くなり、



『おれにそんな玩具を向けるか。痛めつけられるのをお望みらしい」


「ぐぎゃあぁぁぁ――――!!!!」



 カスパルが絶叫を上げる。

 なぜなら銃を持つ彼の右手が偽ホープに掴まれ、バキバキ、という音を立てて握り潰されたからである。


 銃を床へ落とし、カスパルは苦痛に顔を歪めながら自分の右手を見る。

 全ての指があらぬ方向に曲がり、見た目としては、拳というより血濡れた石ころのようだ。


「はぁっ……あ、あぁ! いでぇ……なにし……何してくれてんだぁ……」


『お前たちが恐怖するのは『死』だろう。ならば『痛み』は大した問題ではない。違うか?」


「ぇ……」


『お望み通り、苦痛を与えてやっただけだ」


「ひぃ! や、やめろ……ぐぇっ!?」


 疲弊しきったカスパルとの会話の中にあった一瞬の静寂の間に、偽ホープは自分の抜け殻が焼死体になりつつあることを思い出した。

 自分は熱さなど感じないが、抜け殻が燃えカスになってしまったら乗っ取れなくなってしまう。


 だからカスパルの胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げる。


 『死』よりも『痛み』よりも偽ホープに恐怖しているカスパルの顔を見つめる。

 今は常に赤く輝いている右目が、さらに輝きを増して――


『……なぜだ」


 それは螺旋状に『破壊』を放った時にも感じていた疑問だった。



『なぜ、なぜ……人間を『破壊』できない!? 臆病で役立たずの抜け殻め!!」



 トラウマの経緯なら偽ホープも把握している。


 しかしそれはホープのトラウマであって、偽ホープには何の関係も無い。

 『悲しみ』や『罪悪感』や『慈愛』、そういった感情を持ち合わせていないからだ。


 ――どうやら、こればっかりは抜け殻の意思が強すぎて制御できないらしい。


『面倒な……」


 偽ホープは情けない宿主にため息を吐き、落ちていた銃を拾う。


「あぁっ……やめぼッ」


 叫ぼうとしたカスパルの口に、銃口をねじ込む。


「んんんんんん」


 ぱんっ――――

 後頭部が吹き飛び、カスパルは一発だけ残った弾丸にて命を落とした。


 直後、銃声を聞きつけたのか一つの足音がこちらへ急行してくるのが聞こえた。

 偽ホープは近くにあった火柱の裏へと回り込み、身を隠す。



「おい、今のは銃声か! カスパルか!? どこだよ、面倒くせぇなオイ……」



 仲間の姿が消え、焦っている青年。

 二本のナイフを両手にそれぞれ構えており、



「うぐぁ……ッ!?」


『お友達なら地獄で待っている」



 背後から偽ホープのマチェテで刺される。


『名は?」


 偽ホープはマチェテを抜き取りながら、青年の名前を問う。


「ぐ、ごはッ……ダン、だ……おらぁ!!!」


 ダンは名乗りながら素早く振り向きナイフを振るったが、しゃがんでいた偽ホープには当たらず、


「ごおおおっ……」


 ガラ空きの腹をマチェテが貫く。

 目を見開いて呼吸をするだけの生き物になってしまったダンに対して、偽ホープはマチェテを抜き取り、


「うぉ……」


 再び腹を刺す。

 再び抜き取り、再び刺す。


「ぉ……ぉ」


 再び抜き取り、再び刺す。

 再び抜き取り、刃を上向きにひっくり返して再び刺した。


 二本のナイフを持つ力すら失い、床に落としたダンは、


「……ぐぅ!」


 偽ホープの肩を掴んだ。

 弱々しすぎて掴んだ内に入るかわからないが。


「……悪魔め……シリウスに、ごろされろ……ぶふ」


『おれは悪魔でも、歴戦の猛者でも、ましてやホープ・トーレスでもない」


「ぉ……ぼぁぁあぁ!!」


 血を吐くダンの言葉を全否定した偽ホープは、いよいよ本格的に燃え上がり始めた体で、ダンの体を抱擁してやる。

 ダンの衣服に火がつき、やがて彼まで火達磨になり始めた。


 トドメに、


『おれは――心無き破壊者だ」


 上向きにしてダンの腹に刺していた刃を、その方向通りに真上へと突き動かす。

 ダンの腹から上、つまり胸が、首が、顔面が、最終的には頭のてっぺんまでが真っ二つに裂ける。


 ダンの割れた体が、燃え上がりながら倒れていった。



「……っ!? そこにいるのは誰だ!」



 するとまた、増援がやって来たようだ。

 ウンザリしながら偽ホープが振り向き、新たに現れた破壊対象の顔を拝む――


「まさか……ホープくん、なのか!? おい、体が燃えてるが大丈夫か!?」


『誰だお前は」


「お……え!? 覚えてないのか!? 俺だよ、サナの父親! イーサン・グリーンだ! なぁ、サナはどこに……」


『――死ね」


「は!?」


 カオスな状況に混乱しているイーサンという男を憐れみながら、偽ホープはマチェテを構えて突っ込んで行



♦ ♦ ♦



「やめろぉ!!!」


『……しぶとい、じゃないか』


 燃えて刻々と朽ちていく、深紅の深淵――つまりはホープの心の中。

 炎に囲まれ、鎖に全身を刺されて拘束されているホープ・トーレスが叫んでいた。


 あくまで冷ややかな赤く巨大なスケルトンに、


「あれは……サナの父親、だ……忘れたのか! 殺しちゃダメだ……殺すな!!」


『忘れたも何も、覚える必要が無い。おれにとっては全てが破壊対象だ』


「こんな奴をおれは右目に飼ってたのか……お前みたいな奴に殺してほしいのにな!」


『……飼ってた?』


 ホープの言葉に赤く巨大なスケルトンは、ぴくり、と一瞬だけ体を震わせた。



『つけ上がるな人間!!』



 首をもたげ、限界まで巨大な顔を近づけて叫んできた。珍しく怒ったようだ。

 だが、それはホープも同じこと。



「お前こそ! つけ上がるな骨野郎!!」


『……!?』



 近づいてきた顔面を弾き飛ばしてやるくらいのつもりで、叫び返す。



「お前は何もわかってない! 人間の弱さも……人間の心も!」


『当然だ、わかるつもりなど毛頭ない!!』


「それをわかってない奴が、天下なんか取れないっつってんのがわからないのか! どアホ!!」


『何だと!!?』



 ホープには二つ、引っかかる点があった。

 一つは、



「今乗っ取ってるおれの体をよく見てみろ! もうボロボロだ、普通ならもう倒れてる!」


『それがどうした! おれは痛みなど――』


「感じないんだろう!? だからお前はおれの体の限界がわからないんだ! 知らない内に死ぬから、目的なんか達成できないんだよ!!」


『……!?』


「あの右目の能力も! 何回か使うだけでおれの体は悲鳴を上げるんだ! 負荷が大きすぎて人間の体じゃ耐えられないから!!」



 ホープは、このスケルトン野郎が知っているのかわからないが、右目を何回か連続で使うと出血とともに激しい痛みに襲われる。

 いつものことだが、もしその痛みを無視して永遠に使い続けたらどうなるのか。


 予想はつく。


 きっと今度はホープ自身が『破壊』されるのだろう、と。


「でもお前はこう言った『ずっと昔から乗っ取ってれば良かった』って。無理に決まってる、お前みたいに体を酷使してたら人間はコロッと死ぬんだよ!!」


 ちょっと抱擁しただけで相手が火達磨になるくらい燃えているのに、普通に歩いたり戦ったりしているのも異常すぎる。

 こんなんじゃすぐに死ぬだろう。ホープにとっては悪くない結果だ。


『何を言っている。普段から死にたがってばかりいるお前に、とやかく言われる筋合いは無い!!』


 そう、ホープは死にたいのだ。

 スケルトン野郎の言い分は正しい。


 だがそれは、ある一点を除けばの話だ。



「おれだけ死ぬなら、良いさ……」


『……?』


「けど、死なせたくない人たちまで、死なせるわけにはいかない!!」



 今、本体の目の前にいるイーサン・グリーンだってそうだ。

 仲間でもない。思い出も無い。だが、彼は良い人で、サナの父親である。死なせたいわけがない。


 この町には仲間たちもいる。


『……ベラベラとよく喋る!! お前、廃人のようだったのに、なぜ急に歯向かってこれる!?』


 顔を近づけたままの赤く巨大なスケルトンは、両手を地面につけ、さらに迫力と語気を強めた。


「それは、お前がおれの心を理解してないからだ……この、()()()()()は嘘っぱちだ!!」


『……何だと?』


 腹に刺さった一番太くて一番痛いその鎖は――義妹、ソニ・グレースの変化したものだった。


「……確かに、あの子の死は辛くて、もう二度と思い出したくないのに、ほぼ毎晩夢に見る。本当に最悪だった」


『ならば……』


「でもお前の解釈が間違ってるんだ」


 というのも、



「『どうしてお兄ちゃんって呼ばせてくれなかったの』……あの子はそんなこと言わない!! 絶対に、おれを恨んだりしないんだ!!」


『っ!?』



 確かに精神体のソニはそう言って鎖に変化し、ホープの心を傷つけてきた。

 あの時は追い詰められていて気づけなかったのが悔しいが、今なら簡単にわかる。



「おれが『悪魔』って呼ばれてたとしても、あの子は『天使』なんだ!」


『……!』


「だからソニのことは悪く言わせない! 大事な妹と一緒に遊んだ、喋った、あの楽しい時間を、お前に奪わせやしない!!」



 怒りのありったけをぶちまけながら、ホープは腹に刺さった太い鎖を両手で握る。

 全力で引き抜こうとする――ずっと見ていたかった、ソニの笑顔を思い浮かべながら。



『鬱陶しい!! 人間!!』


「あがッ!」



 だが、その手はスケルトンの一声で止められてしまった。他の鎖たちの拘束が強まったのだ。

 ホープは腹の鎖を握ったまま動けなくなる。


 そして、



『悪魔、悪魔、悪魔』


『お前が死ね、お前が死ね、お前が死ね』


『悪魔、悪魔、悪魔』


『お前が死ね、お前が死ね、お前が死ね』



 再び精神体たちが現れ、四方八方からホープを罵る大合唱が始まる。

 これほどまでにホープの心に突き刺さる攻撃があるのか。



『悪魔、悪魔、悪魔』


『お前が死ね、お前が死ね、お前が死ね』


『悪魔、悪魔、悪魔』


『お前が死ね、お前が死ね、お前が死ね』



 炎に焼かれて熱い、言葉に身を斬られて、鎖に刺されて、痛い痛い痛い。

 ホープはその場に跪く。どうにか鎖から両手は離さないが、それだけがホープがまだ正気を保っていられる理由である。


 もう耐えられなくなってこの鎖を離せば、再び廃人となり――イーサンに限らず、仲間たちもきっと全滅させてしまうだろう。


 でも、



『悪魔、悪魔、悪魔』


『お前が死ね、お前が死ね、お前が死ね』



 正直言って、もう耐えられない。

 今すぐにでも心が折れてしまいそうだ。


「あぁ……くそ……」


 ひょっとして、それでも良いんじゃないか? だって、ホープが仲間たちを思いやっていても、仲間たちの方はどうなんだ?


 未だに誰もホープのことなんか気にかけていないんじゃないのか。


 いや、きっと、そうだ。



『悪魔、悪魔、悪魔』


『お前が死ね、お前が死ね、お前が死ね』



 どうして心を繋ぎ止める? 無駄なのに、無意味なのに、ホープに何のメリットも無いのに。


 このまま鎖から手を離し、放置していれば、赤く巨大なスケルトンはホープの抜け殻を酷使し続け、ホープが知らない内に気づけば死んでいることになる。


 素晴らしい。

 まさにホープの望む、死の形だ。


 諦めたい。

 そうだ、諦めよう。


 それが一番、ホープには似合っている。



『悪魔、悪魔、悪魔』


『お前が死ね、おま』




『頑張れ――っ!! ホープ――っ!! あんたなら、大丈夫――――っ!!!』




『悪魔、悪魔……』


『お前が……』



 実はさっき耳に入れていた、あの子の言葉を思い出した瞬間、ホープの体には急激に力が湧いてくる。

 他のどんな悪口も、もう痛くも痒くもない。


 ……いいのか?


 まだ……おれは。


 まだ、君に、信じてもらえるんだ……!!



「うぅおおおおおおおおお!!!!!」



 腹に刺さった鎖が勢いよく抜ける。

 そして驚くほど体が軽くなったホープは、他の鎖も引き千切りながら走り、



『何!? ……どうなっている!!?』


「うぉおおおおおおおおお――――ッ!!!!」


『ぬあぁ』



 驚いて身を引いた、赤く巨大なスケルトン。


 それを追いかけるように、嘘かと思うような大ジャンプをして、ホープは憎きスケルトン野郎の顔面を殴りつけた。



『おぉぉ、愚かな……愚かすぎる!! 最強の力を手に入れられたのに……お前という奴は! こんな……死にかけたのに、おれが介入するなど、二度と無いと思え!!』



 巨大なスケルトンの弱っちい恨み言とともに、深紅の深淵は崩れていく――



♦ ♦ ♦



「――い! おい! ホープくん大丈夫か!? どうした!? 体が燃えてるぞ!? 燃え上がってるぞ! どうした、腹でも痛いのか!!」


 気づけばホープは、マチェテを握りしめたまま、イーサンの前で跪いていた。


 右目の状態は――触れなくてもわかった。



「ま"だ……続いてる"!!』


「は?」



 右目は赤く輝いたまま、ヒビ割れも継続している。

 精神は偽ホープから取り戻したが、このパワーアップ状態はもうしばらく使えそうだ。


 ならば、やることは一つだけ。



「おっと……見つけたぞホープ! それにイーサン・グリーンまで……? はっ、良い機会だ、二人まとめて始末してやるよぉ!」



 ちょうど良く現れた、メリケンサックを装着して走ってくるシリウス。

 奴と決着をつける――!!


「シリウス……うぉ!? ホープくん!?」


 覚醒しているホープはイーサンが驚くほどの勢いで床を蹴りつけ、シリウスへと一直線に飛んでいく。



「シ"リ"ウ"ス"ぅぅぅぅ――――!!!!』


「う!?」



 マチェテを叩きつけるように頭上から振り下ろす。シリウスはメリケンサックでガードし、高い金属音とともに火花が弾ける。


「うぉ、う、うわ!?」


 明らかに勢いも、熱意も、筋力も、覚醒前の普通の人間だったホープの比じゃない。

 剣術など知らないのに、めちゃくちゃにマチェテを振り回しているだけなのに。ホープの体は燃えているのに。


「何だよこいつ……何でこんな強いんだ!?」


 明らかに、身体的にも精神的にも、シリウスを追い詰めている。


「ぐぅ、クソっ! 死にたいんだろホープ、殺してやるから大人しくしてろよ!」


 バキッ――間違いなくシリウスのメリケンサックが、ホープの顔面を打った。

 だが、


「……そう"だけど、死ぬの"は、お前が死んでから"だ!!』


「い!?」


 痛みを感じない。そういえば熱さも感じない。

 殴られて出血しても、特に何の弊害もなく体を動かし続けられる。


 ――このことには、ホープ自身も気づかないのだが。



「う"おおお"お"おおお!!!』



 今のホープは、完全に。


 『痛み』も『死』も恐れない、完全無欠にして唯一無二の――――最強の戦士なのだ。


「か"ぁあ"っ!!』


「ぐぉ!?」


 ホープはシリウスの首筋に噛みつき、顎の力だけで軽々とシリウスの体を持ち上げる。


「ぎぁぁあああッ!!」


 飛び上がり、ぐるんぐるんとシリウスの体を振り回し、顎だけで投げつけて床に叩きつける。

 その光景はまるで、血飛沫が舞い散るサーカスの曲芸。


 出血を押さえながらシリウスはどうにか立ち上がるが、



「く……! まっ、待て!」


「う"ぁあああ"ぁぁ"!!!』



 マチェテを防御するので精一杯。どんどん追い詰められていき、窓際までやってきて後ろを見たシリウスが焦る。

 しかし、ホープが止まることはなく。



「ごっ、わぁぁぁ――――!!?」



 強烈なタックルをシリウスに食らわせ、二人は揃って窓を突き破って落ちていく。

 憔悴しきっている人間たちが大きな建物の二階から落ちたら、もしかしたら死ぬかもしれない。


 が、



「あれは……池!?」



 中央本部の正面玄関より真反対、つまり建物の裏側。そこには、リーダーのプレストンが『長の間』から眺めるための、鑑賞用の池が設置されている。


 二人は空中で取っ組み合いながら、かなりの勢いで池の真ん中へ着水。


 ――こだわりの強いプレストンの池は、天国かと思うほどに澄み渡った青色。

 美しい光沢、滑らかな水質。色鮮やかな小魚たちに、彩り豊かな水草たち。


 その水面の真ん中に、大きく泡の塊が発生する。


 二人の男が高速で落下したのだ。二人の姿が見えなくなるほど泡に包まれるのは当然。


 そして、その泡が晴れた先に。



「…………ッ」



 マチェテに首を貫かれた敗者、シリウスと。



「…………』



 鎮火に成功した勝者、ホープ・トーレスの姿があった。


 そういえばスケルトン野郎が『近くに水の気配が』とか言っていた、恐らくその残留思念のようなものに、ホープは助けられてしまったのだろう。


 動かなくなったシリウスの首からどうにかマチェテを引き抜き、ホープは上へと泳ごうとする。

 まずい――咄嗟だったから息を吸っていなかった、苦しい。溺死なんて嫌な死に方ナンバーワンである。


(え……?)


 その瞬間。

 ホープの足が突然、動かなくなる。


(やばい、やばい……!)


 目が死んでいるシリウスのその手が、執念深くホープの右足を掴んできていた。

 力は尋常でなく、振り払える気がしない。


 ホープはどうにかシリウスの手首を切り落とそうと、マチェテを当てる。

 おかしい。

 どれだけ刃を動かしても全然、肉を切断できない。


(まさか……パワーアップももう終わりか……?)


 感覚でわかる。

 もう、右目が輝いていない。ヒビ割れも消えている。


 ただちょっと右目に痛みを感じ、出血しているだけのこと。


(クソ、クソ!)


 ギコギコと刃を動かし、ようやくシリウスの手首を切り落とせた。

 早く、早く地上に上がらなければ息が続かない……


「ぶぼっ……!?」


 と言っているのに、残り少ない空気を大量に吐き出してしまった。

 それは、驚いたからだ。


(この野郎ぉ!!)


 上を向いて泳ごうとしたホープの右足を、またシリウスが、今度は切られていない方の手で掴んできた。

 彼は、とっくに死んでいるはずだ。いったいどれだけの執念なのだ。


 もう少しだったのに……ホープの手は水面から飛び出す寸前だった。


 地上まで、あと、ほんの少しで届いたのに……



「がぼ、ぼぼ……! ごぼぼ……」



 ホープは力を使い果たし、僅かに残っていた空気も全て吐き出して、暗い池の底へと、シリウスとともに沈んでいく。


 どうやらこの勝負に、勝者は存在しなかったようだ。


 悔しい。苦しい。

 苦しい。悔しい。苦しい。


 こんなに嫌な死に方を迎えるなんて……ホープは、自分の運命を呪いながら意識を失って――






「よくやったなあ。アホンダラ」






 野太い声と逞しい腕で、地上へと引っ張り上げられた。


 ニック・スタムフォードは、間一髪でホープを救うことができた。

 そしてシリウスの手を切り落とし、敗者の死体のみを正確に池の底へと沈めてやるのだった。























えー、お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけましたでしょうか。

変な時間に更新してしまいましたが、これで作者の生活リズムは一目瞭然ですね。

察してくださってたらありがたいのですが、今回は第三章の最大のクライマックスでした。

…ここまで異常に長くなってしまった…


三章はもうすぐ終わると思います。プロット無いし、更新頻度がアレなので時間かかるかもしれませんが…

あと四章から先も、ここで続けていくつもりです。三章は大きく路線変更した内容だったと思いますが、四章はまた前みたいにひたすらシリアスです。

もしこれからもお読みいただけるなら、よろしくお願いします。

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