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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第三章 『P.I.G.E.O.N.S.』問題
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第154話 『深紅の深淵』

※そういえば思い出巡り(?)の時に『ロックスター』と『画家』(会ってないけど)を書いてないのを思い出して追加しました。どうでも良いけど…

…え?他にもっと重要な人を忘れてる?いやぁ、そんなことないでしょう…何かの伏線とかでもないですよね?

















 どこまでも続く――――『闇』。

 その中に一人の青髪の少年、ホープ・トーレスは佇んでいる。



「……え? いやいや……いやいやいや……」



 気づけばここにいた。

 『ここは……どこだ?』とか、変な物語の主人公みたいなクサい台詞を吐きたくないホープは、



「……ここは……どこ?」



 嫌でもクサい台詞が出てきてしまうほど、ここがどこなのか想像もできない。

 さっきも言った通り。気づいたらここにいたのだ。



「ナイトぉ? サ、サナぁ? ……いないの?」



 声は虚しく響くだけ。

 返答は無い。どこに反響しているのかもわからない。


 普通に考えればここは中央本部の中のはずだ。なぜならそこでシリウスと戦い、



「負けた……おれは……」



 そのはずだから。

 だが中央本部は大火事で、この真っ暗闇はあり得ない――シリウスたちに拉致されたのだろうか。暗い倉庫のような建物の中に監禁されているのかもしれない。


 だとしても、


「何だこの感覚……何もかも気持ち悪い」


 どこまでも、本当にどこまでも続いている、ホープを包むこの暗闇。

 近くに物や壁の気配は無く、どこまでも進んでいけそうな感じがする。


 試しに歩き始めてみる。


 すると、気持ち悪さは増すのだった。


「何だ……うわ、何なんだ」


 ホープは確実に今、右足を出して、次に左足を出して、歩いている。当たり前だ。

 けれど地面でも床でも、踏みしめる感覚があるはずなのに、それが無い。


 宙に浮いている、というのが近いか。


 だが、そうは言っても歩いているのは間違いない。重力が消えたのならまともに歩くことはできないはず。

 なのに歩く姿勢は安定している。普通に歩ける。


 さらに気持ち悪いことに、


「何だよ……本当に。どうなって……」


 ホープの体を包む、生温かいこの温度。そして湿度。


 もちろん猛烈に暑いわけではないが、



「体温……?」



 例えるならば、『人肌ほどのぬくもり』。

 それに包まれているようだ。


 人間の体の中の温かさなど、ホープが詳しく知るわけがない。

 が、今置かれている状況は、どうにもそれを想起させて止まないのだ。


「はぁ……」


 ため息。


 漏れ出る吐息も意に介さず、『闇』はホープのちっぽけな体を、心を、包み続ける。

 ホープもまた、歩き続けるしかなかった。



♦ ♦ ♦



 ――何分、それとも何秒、歩いただろうか。


 ホープには永遠のように感じたが、実際のところはわからない。

 不意に、声がした。



『あぁ! ホ、ホープさん! ホープさんじゃないですか、お、お元気そうで、な、何よりです!』


「……え?」



 聞き覚えがあった。

 ホープが振り返ると、『闇』の中に一つ、ポツンと人影がある。こちらに手を振っているのは、



「ジョン……? ジョンだ……ジョンじゃないか!! 生きてたんだ!」


『は、はい、僕です。ジョンですが……』


「あの時は守れなくてごめ――」



 仲間との再会に、自分でも驚くほど気分が高揚したホープがジョンの肩を叩こうとする。

 だが叩けない――すり抜けた。



「……は?」


『…………ホ、ホープさん。あなたが、い、一番よく知ってるはずです』



 よく見ると青白い精神体のような見た目をしているジョンが、眼鏡をくいと持ち上げ、



『死んだ人間は蘇りません……ス、スケルトンでも、なければね』


「……だよね」



 落胆。わかっていた。

 でもその気持ちを、仕草を、ジョンに見せないように心の中に留める。


 ――自分の妄想にまで気を使うなんて、つくづくホープは自分が嫌いになるのだった。


『あ、案内しますよ。あなたのい、行くべき場所へ』


「……?」


『とにかく、き、来てください』


「……うん」


 自分の妄想に手招きされ、ホープは渋々と自分の妄想の背中についていく。


『……な、何か話したりしないんですか?』


「……うん」


 アホらしい。

 こんな意味不明な状況で、自分の妄想に自分から話しかける気力など湧くものか。


 案内とは言うが、どこまで歩いても『闇』しか無いし、何のために歩くのか誰か教えてほしい。


 その時。



「あっ……あれ? あれっ!?」


『ホ、ホープさん!?』



 踏み出したその一歩は、ついに闇を捉えることなく――つまり、穴のようなものにホープの体は真っ逆さまに落ちていく。


「うわぁぁぁ!!」


 どうすればいい? どうすればいい? ホープの体は明らかに落下している。

 ジョンの声が遥か上から聞こえてくる。そこから察するにホープはかなり高い所から落ちるようだ。


 まさか――このまま落下死?


「はぁっ…………いつ!? いつなんだ!!」


 落ちているとはいえ、景色は全く変わらない。

 上下左右すべてが真っ暗闇。


 いつになったら体が打ちつけられるのか予想できない。

 死ぬこと自体は怖くないが――もしかすると永遠に辿り着かない『底なし』かもしれない。


「――――ッう!!?」


 最悪の想像をしたその瞬間、ホープの体は停止する。死んでいないところからして、地についたのではないらしいが。

 浮いている? 今度こそ、落下中のホープの体は空中で止まった浮遊状態のようだ。


「もう……勘弁してくれ……頭がおかしくなりそうなんだ!!」


 殺すならひと思いにやってくれ。

 そう言いたいが、言う相手は誰なのだ。この空間は何なのだ。ホープはいつまでこうして浮いていればいいのだ。


 今叫んだ際に飛んだホープの唾液が、ホープの目線と同じ高さの空中に浮かんでいる。

 そして、ホープの頬を汗が伝い、顎から下へ落ちる……と思いきや。


「えっ……!」


 顎から落ちたはずの汗の雫が、下ではなく上へと急速に『落ちて』いく。

 見た目を表現するならば、上昇していると言うべきか。嫌な予感がしたが、


「……! ぅ、ぅぅうううああああ!!」


 ホープまでもが上へと『落ちて』いく。

 本当に『上昇している』というよりも『落ちている』という表現が正しい。


 上に落ちている。寒気がするほど理解不能な状況。


「く……ぅ!」


 今度こそ上に叩きつけられるだろう。

 そう思いホープは身構え、目を瞑ったが、



「……はぁ?」



 目を開けたら、そこはいつものバーク大森林だった。

 普通に地に足がついていた。



♦ ♦ ♦



 ようやく地獄が終わった。

 ようやっとプレストンたちとの抗争が起きている『亜人禁制の町』に戻って――


「いや、違う……この小屋は……!」


 かなり懐かしいが、ちゃんと記憶にある小屋だ。

 扉を開け、一応、中に入ってみる。


 天井からぶら下がった電球は粉々に割れ、テーブルに伏せる白骨死体がリボルバーを握りしめている。

 思えばここは――ホープにとって、始まりの場所。


「ここで……ここで死ななかったから、今おれはこんなに大変な目に遭ってるんだ……!」


 最大のチャンスだった。

 リボルバーには、たった一発だけ弾丸が残っていたのだから。


「何で……何で自分に使わなかった!!」


 頭をガシガシ掻きながらヒステリックに叫んだホープは、白骨死体の向かい側に座り、リボルバーを手に取った。

 記憶の通り、一発残っている。


「やるぞ……やるんだ今度こそ!!」


 ホープは銃口を突き刺すように口に咥えて、




 ドン、ドン、ドン――――!!




 扉の叩かれる音。

 また。まただ。またこれを繰り返すのか。


 また、これを!!



「いい加減にしろおおおお」



 ホープは銃口を咥えたまま引き金を引いた。銃声が鳴り響く。

 とうとうこの日が来たのだ。長く旅を続けてきた甲斐があったというもの。



「はぁ……はぁ……」


『――気は済んだかな?』



 生き汚く、まだ呼吸を続けているホープに、渋い中年男性の声が問いかけてくる。

 誰の声かはわかった。でもホープは振り返らないことにした。



「何で……? 何でおれは死なない? 今、撃ったぞ。自分を撃ったんだ、脳を吹き飛ばした!! 自殺したんだ!!」


『トーレス? どこかで聞き覚えがあるような……歳だな、思い出せる気がしない』


 話が全く噛み合っていない。ホープはどうやら自分の妄想とさえ、まともにコミュニケーションが取れないらしい。


「ブロッグさん!! 質問に答えてくれ!」


『そこの白骨死体は、君とは関係無いのかな?』


「無いよ……こいつはおれより先に地獄から抜け出した賢い奴だ! 羨ましい!!」


『君だって賢いさ。だから、わかっているはずだ。ここがある種の精神世界のようなものだと』



 死んでいるはずのブロッグ・レパントに正論を吐かれ、ホープは項垂れて黙り込むしかない。

 すっかりノック音の止んでしまった扉がゆっくりと開き、



『ホープ、お前はレイちゃんを助けるために、この扉から飛び出してスケルトンを撃ったんス。だろ?』


「…………」


『もう起こっちまったその事実を、変えられるわけないじゃないッスか』



 扉の外から語りかけてきたのは、同じく死んだはずのハント・アーチ。

 顔を見る気にもならない今のホープだが、声と喋り方ですぐにわかってしまった。


「……最悪の、気分だ」


 呟いたホープが周りを一切見ずにイスから立ち上がると、


「……今度は……嘘だろ、ここ?」


 ホープが立っていたのは、レイたちと奮闘したはずの洋館の前だった。

 また、懐かしく、忌々しい記憶だ。


 バリケードも何も用意されていない、不用心すぎるエントランスのドアをおもむろに開けてみる。

 中は真っ暗で、


「カ"ア"アアアア"」


「ウ"ォ"ォ"ォオ"オ」


 エントランスホールから、二体の狂人が滅茶苦茶な走り方で迫ってくる。

 一瞬しか見えなくても誰かわかった。


「オースティン……! エリック……!」


 襲いかかってくる、レイの元恋人と元仲間の姿にホープは無防備のまま。

 青白い二体の精神体は大口を開けて、ホープの顔に突っ込んできた。


「うぐっ……!」


 痛みも衝撃も無いのに思わず目を閉じてしまい、そしてまた開くと、



「あ……」


『お目覚めか、青髪のクソガキがよぉ』



 牢屋。

 ジメジメとして小汚い、鉄格子の中の、非常に生きづらい空間である。


 ホープと同じ檻の中にいる、顔に傷のある男がこちらに気づいて話しかけてきた。



「イザイアス……!」


『そう睨んでくんな。睨みてぇのはこっちだってんだよ……クソがよ』



 ホープに殺されたことをまだ根に持っているのか、精神体のイザイアスは相変わらず態度が悪い。

 そういえば、彼の横に何か、ロープでぐるぐる巻きにされ口をテープか何かで塞がれている男がいて、



『んんんん!(おいこらガキ) んんんんんん、んーんんん!(作業場を潰しやがって許さねぇぞ)』


「……誰?」


『んん、んんん、んーんん(バカ、俺はジュークだ) んんんおお!(判別不能)』



 意味のわからないのは置いておくとして、ホープが対峙しなければならない『化け物』は、鉄格子の外からホープたちを見下ろしていた。

 文字通り、異常に高い身長で、見下ろしているのだ。



『おいおいおぉぉぉい、新人くぅぅん……久しぶりじゃねぇか、えぇぇ?』


「……エドワード!!」



 ホープは本能的に、エドワードを殺さなければならないと思った。猛然と鉄格子にしがみつく。

 が、びくともしない。


『いきなり好戦的すぎだ、イメチェンかぁぁ? それとも俺のファンになっちまったかぁぁ!?』


「黙れ、殺してやる!!」


『八つ当たりすげぇぜ……でもよ新人くぅぅぅん、今の俺を殺せるのかぬぁぁ?』


「……!」


 鉄格子の隙間から手を伸ばすホープ。エドワードはわざと伸びてきたホープの手に触れようとし、すり抜けさせる。

 すると突然ホープに背を向け、



『どうやらここ、お前の脳内らしいぜぇ? ってか、()()()()()()みてぇなもんらしい』


「……っ!?」



 とんでもない台詞の直後、エドワードは近くのテーブルから血まみれのマチェテを取り出してきた。

 その眼光が、ホープを捉える。


『このマチェテ、お前ちゃっかり愛用しちゃってんだってな。許さねぇよ? 許すわけねぇよなぁ?』


「…………」


『なぁなぁぁ、この精神世界でお前を殺したらどうなんだろうな? 死ねるわけがねぇから――廃人になる、とか!?』


「……っ!? まずいよ、それはまずいって!」


 まさか、こちらからは触れることも攻撃することもできないのに、精神体のエドワードはマチェテを振り回してホープを殺せるというのか?


 真実はわからない。

 だが、もしそれが可能だとすればエドワードの言うように、現実では廃人になってしまってもおかしくない。


 エドワードが、檻の扉を開ける。

 中に入ってきてゆっくりとホープに近づき、マチェテを振り上げる。



『死ねぇぇええ!』


「ッ」



 死なら受け入れる――しかし、廃人になって生き延びるのなら話は別。

 後ずさりすることしかできなかったホープは、ただただ目を瞑った。強く強く、瞑った。


 ――目を、開ける。



『どうしたんだホープ!? あっはっはっは!! 悪い夢でも見たのかい!?』



 目の前には、声の大きな犬の獣人フーゼス。

 ホープはとりあえず危機を脱したこと、そして味方であるフーゼスの存在に安心できた。


 見回すと、ここは焚き火の跡が残るキャンプ場。


 本来ならばスケルトンの群れに踏み潰されて、見る影もないはずだが。



『あ、ホープじゃないか。調子はどうだ?』


『元気でやってっか?』



 青髪のオズワルド、虹色の髪のポールが、洗濯物を干しながらホープの心配をしてくれている。



『はぁ……別に会いたくなかったわ』



 ボサボサの黒髪を揺らすライラが、舌打ち混じりにホープを睨んでくる。



『……久しぶり! ……妹は、元気にしてる?』



 栗色の髪の彼女はカトリーナ。

 シャノシェが失ってしまった、妹思いのお姉さん。


 気持ちが少しずつ落ち着いてきたホープは、カトリーナの質問に控えめに頷いて、彼女の安心したような笑顔を見てから、一歩を踏み出す。


 別にどこを目指しているわけでもないが、何だか歩かないと話が進まないような気がしてきたのだ。


「……ここが最後ってこと?」


 案の定。

 一歩踏み出したその瞬間に、景色は大都市アネーロの大通りへと一変した。



『カモンッ!! 他人の不幸は蜜の味ぃぃぃ〜〜♪ オゥッ! ベイベ! センキュ♪』


『マンマミーアッ! マンマミーアッ!』



 両サイドにはギターをかき鳴らす『ロックスター』と、キャンバスに絵の具を塗りたくっている見たこともない『画家』とかがいる。

 まぁよくわからないのは無視だ。



『君の、思うままにねぇ……ホープ』



 道路の端で、あぐらをかいたベドベが割れた水晶玉を抱えて座っている。

 彼にも頷きを返したホープは、明らかにおかしい存在に近づいていく。



 ――赤い、巨大な扉。



 それがビルディングの立ち並ぶ大都市アネーロの大通り、そのド真ん中にそびえ立っている。


 表面に洒落た花とかの模様が彫られているのに呆れながらも、ホープはその扉に両手をつき、押した。

 ゆっくりと開いていく。荘厳な音、地面を揺らす重量。なのに軽い力でどんどん開いていくのが意味不明なのだが。


 開ききった扉の先には、また先程のような無限の『闇』が広がっているようだった。

 もう早くこの意味のわからない世界から抜け出したいホープは、迷わず暗闇へと飛び込んでいった。



♦️ ♦️ ♦️



「……あれ、思ってたより暗闇じゃないぞ……」


 赤い大扉を開いて進んだ先には、また何も無いかと思っていた。が、違うようだ。

 続いているのは一本道。屋内らしき見た目。だが壁は狭く、天井は低い。何より――


「赤い……」


 壁や天井や床の材質は、例えるならば『赤黒いクリスタル』のようだ。

 暗くもどこか美しいが、なぜだか触ったり取ったりはする気にならない。したくない。見ていると妙に不安になるから。


 壁に触れないよう慎重に歩く。


 やがて、その赤い廊下に終わりがやって来る。


「……!」


 廊下を抜けると、そこから先はとんでもなく巨大な一つの赤い部屋が広がっていた。

 しかし進める方向は一つだけ。


「下か……」


 円柱の形をしたその部屋は、見えないくらい下まで続いているようで、壁にぐるりと備えられた螺旋階段から降りられるようだ。



『降りてこい』



 何となく、底に着くまではかなり時間がかかる予感がするのだが、



『降りてこい』



 どこか聞き覚えのある声が下からホープのことを呼んでくるし、どうせ道は一つ。進むしかないのだろう。

 段一つ一つが赤いクリスタルのような、螺旋階段をひたすら降りる。


「今の声……さっきも聞いたやつだ。確か『右目におれを宿した』とか、どうのこうの言ってた……」


 こんな狂った世界に送られてくるよりもだいぶ前に感じるが、だいたいそんなニュアンスの台詞を聞いた気がした。

 あの時も思った。聞いたことのある声。


「んん……?」


 わからない。


 腕組みしたり、首を傾げたり、伸びをしたり、咳やあくび、しゃっくり、色々としながら階段をゆっくり降りていく。

 手持ち無沙汰だから色々やっているとはいえ、一応声の正体を探ろうと必死ではある。


 この建物は何なのか見当もつかないが、形としては城のような感じだろうか。


 ――どれだけ時間が過ぎただろう。


 考え事を続けていたホープは、ついに自分の足がこれより下に動かないことに気づいた。

 きっとここが、最深部。


 赤き深淵。



『お前のせいだ。以前のおれの話し方は、もっと高貴だった。こんな品の無いものではなかったのに……』



 ここまで辿り着き、そびえ立つ『ナニカ』を前にして、ようやくホープは気づく。



「あぁ……これ、()()()()だ……」


『そうだろうな。おれとお前は、良くも悪くも一心同体なのだから』



 姿が、どうしてか、影になっているというか靄がかかっているようで、見えない。

 しかし目の前の『ナニカ』の声はホープの声そのものであり、見上げるほど高い位置から聞こえる。身長が高いというレベルじゃない。


 人間どころか恐らく人外さえも超越した、化け物のような存在がそこにいるのは確定的だ。

 なのにホープは怖がらず接することができ、



「おれのせい? とか、一心同体とか、どういう意味なんだ? 君は誰なんだ」



 率直に質問をする。



『何を言う。おれは、まだお前が赤ん坊にすらなっていない頃から、お前の右目に宿るのが決まっていたのだ』


「……『運命』ってこと?」


『無知な馬鹿者め、違う――――『呪い』だよ』


「っ!」



 暗闇の中から聞こえる声が自分の声で、それと対話しているだけでも気持ち悪いというのに、どうやら『ナニカ』はホープの生まれる前からの付き合いらしい。

 彼の正体は聞くまでもないかもしれないが、



「君は『破壊の魔眼』の中身ってこと?」


『いつ聞いても、ご大層な名前を付けたものだと感心する』



 ホープの質問に否定は返ってこなかった。


 ここはホープの精神世界のような場所。右目に宿る。生まれる前から一心同体の『呪い』。

 これだけの要素から導き出せないわけがなかった――まさか『破壊の魔眼』と会話する日が来るとは夢にも思わず、現実味は全く無いのだが。


 ――聞きたいことなら山程ある。



「君は何だ……何なんだ!!」



 だが――どれも形にならない。

 その中でも唯一、形になるものといえば、



「君の……お前のせいでおれは……! おれは普通の人間でいられなかった! どうしてくれるんだ……っ!」



 右目を除けばどこを取っても普通以下の存在であるホープが、人生を滅茶苦茶にされたのは、他でもない右目のせいだと思う。

 罵倒しか、形になってくれない。


 なのに、



『愚か者。おれを恨むのはお門違いだ。恨むのなら、お前と同じくらい愚かな、お前の父親を恨むがいい』


「……何!?」


『時間切れだ。無駄な質疑応答もここまで』


「おい待て!!」


『ならば待ってやろうか――そうすると、お前の実体は炎に焼かれて惨たらしい死を迎えるが』


「……っ!? な、なっ!?」



 言われてようやく思い出す。

 そうだ、ホープは、シリウスたちに敗北した後、体に火をつけられたのだ。



「う、うわぁぁ!!」



 深紅の城の中、ホープの周囲から突然火の手が上がり始めた。

 そして火の隙間からは、いくつかの人影が現れる。



『死ね、死ね、死ね、あんたが死ね! ソニと私の代わりに死ね! 父親と揃って消えろ! 役立たず! 悪魔! 捨て子! 泣き虫、弱虫! 死ね、死ね、死ね、死ねよ悪魔!』


「……はぁ……っ!!?」



 義母、エリン・グレース。


 記憶を巡っていた時は思っていた。彼女らの存在がどこにも無いのは違和感があると。

 なるほどこの時のため、『ナニカ』は出さずに待っていたのだ。


 自分の精神が急速に壊れていくのを感じる。



『そんな危険な目……見たことない! 妻や子供たちに近づくな、出ていけ悪魔め!!』



 サパカス一家が揃って出てきて、その大黒柱の男が容赦ない言葉を投げてくる。

 まずい。これ以上は、頭がおかしくなる。


 もう、これ以上は――



『ねぇ』


「あ……ソニ。やめて。何も、言わないで……」


『どうして』


「やめ……やめて、やめて」


『どうしてお兄ちゃんって呼ばせてくれなかったの!!?』


「はぁっ……はぁっ……!!」



 義妹のソニは、喋っている精神体が狂人の姿をしていた。目は虚ろで口は開きっぱなし。

 それがホープを食おうと正面から迫ってくる。



「やめろ。来るな、やめろ、やめ、来ないでくれぇ! もう嫌だ! もう嫌だぁ!!」


『カ"アア"ァア"ッ』



 首筋を噛みつかれる直前、ホープはとうとう両目を覆ってその場に蹲ってしまった。

 ――数秒後、痛みも何も無いことに気づき、前を見たホープは、



「え? うわぁぁぁぁっ!!!」


『愉快なものよ』



 巨大な『ナニカ』が首をもたげ、ホープの目の前まで巨大な顔を近づけてきていた。

 その、頭蓋骨でしかない顔を。



「スケルトン!!? 何で!? どういうこと、何でスケルトンが!!」


『――過去の記憶の全てが、鎖となってお前を蝕む。お前にはお似合いだ』



 鎮座している赤く巨大なスケルトンは、高笑いするかのように頭蓋骨を上下に揺らす。

 動揺どころのパニックじゃないホープの、その背中に、



「ぐあぁぁぁ!!! うぐ、あぁぁ!!」



 背中だけじゃない。腕に、足に、首に。何本もの鎖が飛んできて突き刺さってくる。

 後ろを見ると、螺旋階段の遥か上から鎖は続いてきている――赤い大扉の向こうの精神体たちが、鎖に姿を変えたのだろう。


 さらに、



『悪魔、悪魔、悪魔』


『悪魔、悪魔、悪魔』


『悪魔、悪魔、悪魔』



 エリンやソニ、サパカス一家が揃って合唱のように『悪魔』と唱え始め、彼女らの体が鎖に変換されて飛んできて、



「あ、あがぁぁあ!!」



 ホープの体に次々と突き刺さる。

 もう、ホープは鎖だらけのハリネズミのような見た目になっていることだろう。




『おれには行くべき場所がある。こんな所で燃やされて死ぬ気は無い――お前はただの無価値な宿主であって、主君ではない』


「う、おぉぉああ――ッ!!」


『お前の体を支配してやろう。そして、おれを燃やそうとした敵のみに留まらず、この腐った世界の全てを破壊し尽くしてやる。主君に会いに行くのだ……』




 赤く巨大なスケルトンの右目の窪みが、赤い閃光を鋭く放った。


 ただのホープの右目だったはずの『破壊の魔眼』は、とうとう宿主に反旗を翻し、暴走を始める――



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