第152話 『MERCY』
「これで最後だ! "剣砲"……"孔・雀駆"!!」
燃える中央本部――その三階。
腰を折ったオルガンティアが両手を上下に伸ばし、それぞれ剣を逆手で構えて、プロペラのように回転しながら突っ込んでくる。
「ッ……いいぜ、受けてやらァ……!」
前にも見たその技は"血の線"を纏ったことで、より強く、より速くなって、ナイトを斬り刻まんと迫ってくる。
ナイトは両腕を交差させ、その場に留まる。
「――――ッ!!!」
高速回転するオルガンティアの剣の片方が、ナイトの腕の交差した部分を強く斬りつけた。
が、
「ぐっ……おォォォ……!」
「な!?」
ナイトの腕は斬り飛ばされることもなく、まるで鍔迫り合いのように力が拮抗している。
そのうちナイトは体ごと吹き飛ばされ、床を転がっていった。
「素手なのに剣に張り合ってくるなんて……ん!? おいクソッ、こんな時に……!」
ナイトの耐久力に息を飲んでいたオルガンティアは、自身の剣を見てまた驚く。
刃が纏っていた赤黒いラインが消えていくのだ。
――"血の線"の発動時間に、限界が来るようだった。
「いや、でももうナイトさんも……」
今の技で、さすがにくたばったのでは? そうであれば必要無いものだ。
そうだ。きっともう戦い自体が終わりで、
「――発動が早すぎたなァ、オルガンティア」
ダメだった。ナイトは腕から流血こそあれど、普通に立ち上がってゆっくりこちらに歩いてきている。
オルガンティアの剣から、赤いラインが完全に消滅する。
「発動が早かった? ……いやいや。ボロボロになってるあんたが、ノーダメージの俺に何言ってんです?」
「…………」
今更なことだが、実はオルガンティアはナイトから一切攻撃を受けていないのだ。
「チッ、あと一発だけでも"血の線"状態の攻撃を当てれば勝てるのに……!」
そう考えたオルガンティアは、名案を思いついて目を見開く――ここには、いるじゃないか。吸血の対象となる人間が。
「そこのガキ! 逃げずに止まってろ。今までお前や家族を守ってやってた『四天王』の命令だ!」
「え……?」
サナ、とか呼ばれていた茶髪の少女。
なぜか戦場に紛れ込んでしまった役立たずのガキを、こんな形で利用できるとは。
オルガンティアは翼を広げ、彼女のすぐ正面へ。
「……安心しろ、なるべく一瞬で済ませてやる」
「えっ、えっ、やだ! いやだぁ!」
泣きそうな顔で抵抗するサナの腕を掴む。非力で、とても吸血鬼とやり合えるような力は無い。
その首筋にオルガンティアは牙を、
「そのガキァ、てめェの守る対象じゃねェのかァ!!」
噛みつく寸前。
怒号を上げたナイトが床を蹴り、またたく間にオルガンティアの懐に入る。
「なっ」
オルガンティアが気づいて声を上げた時にはもう手遅れ。
既にナイトは体を捻り、あり得ない角度からハイキックを放ってオルガンティアの顎を蹴り上げていた。
インファイト――それが刀を封印されたナイトの戦法。
「あぐっ……どぉっ」
ぶっ飛ばされたオルガンティアは天井に頭をぶつけ、落ちて床に背中を叩きつけられた。
急いで立ち上がるが、
「ごがぁあっ!?」
直後にナイトから至近距離で顔面を殴られ、弾丸のような音と威力にオルガンティアは再び吹き飛んでいく。
ナイトは――苦虫を噛み潰したような表情だ。
「あァ! どいつも、こいつも……守るべきもんを見失いやがってェ……!!」
オルガンティアも然り、ヴィクターも然り、また自分も然り。
何が正しいんだか、さっぱりである。
「ナ、ナイトおにいさん、ありがとう……」
そんな重苦しい雰囲気のナイトに、サナはぺこりと控えめに感謝を述べた。
――火事により壁や仕切りが無くなってしまって、戦闘のためのフィールドのようになっている中央本部内。オルガンティアが立ち上がってゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「……てめェ、ノーダメージなんか誇ってねェで、"血の線"発動中に俺を殺せなかったことを後悔しろ」
「っ! 急に先輩面するなぁ!!」
ナイトの教えに苛立ったオルガンティアは翼で飛び回り、わざと炎の間を何度も掻い潜り、
「"剣砲"! ……"火魔斬"!!」
炎の残滓を纒った二本の剣を携え、滑空するオルガンティアがナイトへ迫る。
燃える剣が、ナイトの体を斬り刻まんと苛烈な乱舞をかましてきた。
「うォ……くっ!」
バックステップやバク転で、ナイトはとにかく炎と剣を避け続けた。
でも、止まらない。オルガンティアに止める気は無いようだ。これではいつまで経っても反撃ができない。
ならば。
「ッ……あァァあ!!」
「は!?」
左腕で、片方の刃を受けた。
ジュウッと肉の焼ける音。高熱の刃がナイトの腕に沈んでいくが、
「嘘だ……!」
渾身の力を込め、筋肉で刃を止める。左腕が斬り飛ばされるには至らない。
「ふんッ!」
「がっ!?」
左腕に刃を食い込ませたまま、右の拳をオルガンティアの顔面にぶち込む。
それは例の『引くパンチ』なのでオルガンティアは鼻血を噴くだけで、吹っ飛ばない。
右腕を引いて腰へと戻したナイトは、
「おらおらァァ!!」
「ぐっ! ごぅっ、ぉぼ……!」
オルガンティアの力が緩んだのを機に、左腕を刃から脱出させて反撃へ。
左の拳でオルガンティアの右肩を殴り、今度は右で鳩尾を、左で下腹部を、と三連続のパンチ。
どれも『引くように放つ』もの。パンチの威力がどこにも逃げず着弾点に残り続けるため、威力は絶大だ。
その証拠に、苦しむオルガンティアの口から無様に舌が飛び出してしまっている。
そこへ、
「ァァァァああァあ!」
「ぶぐぁ――――ッ!?」
ナイトは遠慮無しのアッパーカット。
強制的に閉じられた顎でオルガンティアは盛大に舌を噛み、大量の吐血。
いきなり全身を殴られ、舌まで噛んだオルガンティアは悶えながらも睨んできた。
今度は片方の剣で突きを飛ばしてくる。ナイトは正面に弧を描くようなハイキックをすると、
「……ん!?」
靴裏で突き攻撃を受け止めた。
だが、まだ弧を描ききっていない。ナイトの足は止まらず、刃を靴裏に捉えたまま床へ。
「うゥゥゥおァァァァ!!!」
バキィンッ――――!
どっしりと足を踏み込ませたナイトは、オルガンティアの片方の剣を折ったのだ。
オルガンティアは刃を折られた衝撃に体を持っていかれ、ついでに驚愕していると、
「ぐぅ!?」
左足で踏み込んでいたナイトが、それを軸に右足でオルガンティアの横腹に蹴りを入れ、
「……おぉっ!!」
横腹を起点に『く』の字に曲がった彼の体。その翼をひっ掴んだナイトは、豪快に振り回して床に叩きつけた。
木製の床に、オルガンティアの体がめり込む。
「ぜェ……ぜェッ……」
相手はもちろん自分でさえ気が遠くなるような連撃を終え、ナイトは荒い呼吸を整えられずにいる。
「……ぜェ……何で俺が、このスケルトンの世界で……ぜェ……元仲間を痛めつけなきゃならねェ……?」
立ち上がろうとする元仲間には聞こえないように、小さくボヤく。
「……ナ、トさん……あぁ、ひたが、舌が千切れかけてて……喋りづらい。なん、か、言いました……?」
「……別に? ただ『生きるってのァ疲れる』って愚痴言ってただけだ」
「は、は……そうで、すか。じゃあ死んでくださいよ」
「…………」
折られた片方の剣を投げ捨て、オルガンティアは乾いた笑顔で言い放った。
どんなに斬られても、殴られても――今のような言葉が一番ナイトには効く。
「団長は……あんたのせいで、死んだんだろ!?」
ナイトの心の傷がどんどん抉られていく。
とっくに、オルガンティアはナイトとの絆など捨て去っていたらしい。
「……あのとき不在だったてめェが、知ったような口、利いてんじゃねェぞ……」
「びゃ、じゃあ、違うって言うんですか?」
「……何も言わねェ、てめェには……何も。そして俺ァ今、死ぬわけいかねェんだ」
任務がある――死ぬわけにはいかない。
そして、
「てめェを、始末する……俺が、ここで……!」
それこそが任務遂行の条件。
ナイトの言葉に、オルガンティアも数多の覚悟を決めたようで、
「俺だって……俺だって! ……プレストン様にこの身を捧げたんだ……絶対に勝ってやる!」
言い切る。
彼の目を見たナイトは、思わず笑ってしまいそうになる。それは抑えたが、口は止められなかった。
「変わって……ねェな……てめェは何一つ、変わっちゃいねェよ……」
「え」
「そうやって俺に何度も挑んでくるところも……実力よりも、つい技の派手さとか見た目にこだわっちまうところもよォ……」
「……!!」
この町で戦闘開始した時からずっと、ナイトはオルガンティアの欠点を――昔から変わっていない欠点を見出していた。
「"剣砲"……それは砲弾みてェな爆発力を秘めた剣技の名称」
「…………」
「のはずなのに、見てみろ。俺ァ何度も食らってんのにピンピンしてる――芯まで効いてねェのさ。見た目ばっかり派手で、技の威力は大して強かねェから」
「…………」
「てめェは昔からそうだった……だから俺に勝てたことも無かったんだよ……」
オルガンティアは確実に強くなっていた。
しかし、ナイトを倒すために必要な、あと一歩を相変わらず会得できていなかったのだ。
それを教えた途端、
「今更そんなこと……知らなかった……ナイトさんわかってたんですか……? じゃあ、何で……何で教えてくれなかったんですか……?」
「……っ!!」
オルガンティアは泣き出した。
――確かに、ナイトはわかっていながらオルガンティアに指導をしなかった。
一応、先輩という立場にはいた。だったら教えなければならない立場だったわけだ。
なぜ教えなかった? それは決して敗北するのが怖かったからとかではない。ナイトはそういう器の小ささは持っていない。
本当の理由は、
「……自信が無かった」
「は……?」
「無邪気に俺に向かってくるてめェを見て……どうしようって。もし、俺が指導をして、てめェがもっと弱くなったりでもしたらどうしよう……怖かったんだ」
「……今、やっと言えるようになった、ってことですか?」
「……まァ、何とかな」
当時のナイトは、今と違って本当に粗暴で、荒くれ者であった。
他人との交流を密かに恐れていた――そんな男が、アドバイスなどできるわけがない。
「ふざ……けるな……」
オルガンティアの涙は止まらない。
「尊敬、してたのに……! この髪、見てくださいよ……赤い自毛に、どうして銀色を混ぜるように染めたのか、わかるでしょう!?」
わかっていた。でも、わかりたくなかった。
――粗暴だった当時のナイトに毎日のように挑んできて、そして尊敬していたオルガンティア。
クズの自分を尊敬している者など他にはいなかった。だから、信じたくなかった。
「……ごめんなァ。てめェに何もしてやれなくて……しかもこれから、殺さなきゃいけねェときてて……」
「もう、いいですよ……こちらこそすいません。これは俺の選んだ道だ」
頬に涙の跡を残したオルガンティアは、一本しかなくなった剣を顔の横で構える。
そして、目を見開く。
――ナイトが鞘から刀を抜いたから。
『刀を使って良いのは、オルガンティアへの『トドメの一撃』でのみだ』
オルガンティアも、ニック・スタムフォードの言葉を聞いていた。
ナイトの刀は掲げられ、建物の倒壊した部分から降り注ぐ満月の光に、青白く輝く。
次の一撃で決める。
ナイトは暗に、オルガンティアにそう言っているのだ。
「わかりました……俺だってその気でいきます」
剣を顔の横で構えたまま、オルガンティアは突っ込んでいく。
「"剣砲"」
実力だってあるに決まっている。
少し戦い方や鍛え方が間違っていただけのことで、それは今ナイトに勝てない根拠にはならない。
「"一文字白虎"!!!」
牙を向き、叫び、一本のなまくらでナイトの命を奪いに走る。
対するナイトも、
「人生は……茨の道だ。だから」
柄を両手で握りしめ、歩き出す。
「……せめて」
ゆっくりと歩く。
「うおおおおおおおおおおおおおお――――」
オルガンティアが真正面から突っ込んでくる。
衝突する。
その瞬間、刀を振る。
「…………」
「…………」
すれ違った。
正面衝突はせず、二人はすれ違い、今は互いに背中を向けている。
「…………」
「…………」
互いにまだ、武器を持ったまま。
変化が無い。互いに静かな息遣いだけが聞こえていて、互いに武器を納めようとはしない。
「…………」
「…………ァ」
オルガンティアがまだ勇ましく立っている中、血を吐いたナイトが、片膝をつく。
ナイトの目から光は失われている。胸には一つの刺し傷ができており――
「…………」
「…………浅ェ」
ナイトは一言を残し、片膝をついたまま刀を鞘へと納める。
その瞬間、
「…………!」
オルガンティアの持つ剣の、その刃が半ばで砕けるように折れ、
「ぐぉおおおあああ!!!」
袈裟斬りにされたような傷が、オルガンティアの体に浮かび上がる。
敗北した男が、ガクンと両膝を床につけた。
「がぁ……ぁ……さ、し、サシャ分隊長……」
死の間際にあるのだろうオルガンティアが発した名前に、ナイトは振り返らないまま目を見開く。
「彼女は……いぎている"……デュラレギアに、ぎっと、戻り……」
絞り出すように言っても最後まで言い切れず、力尽きたオルガンティアは床にその身を伏せた。
ナイトはこくりと頷き、
「てめェはそこで止まってろ……茨の道ァ、俺が行くから」
任務を遂行し、ケジメもつけた。




