第150話 『火事場の団結 〜後編〜』
「ぐぁ……ッ」
どさり、とグレネードランチャーを持った兵士が倒れる。
頭から血を流す兵士を見下ろしているのは、血濡れたスコップを構える年老いた男、スコッパーだ。
「うぅむ、ワシも町へ入るつもりだったが……この状況では悪手としか言えんな」
背中には、気を失った少女メロンを背負い。
なぜか壁外にプレストンの部下がうじゃうじゃといる、この状況。
スコッパーは冷静に考えてまだ町に入るべきではないと判断し、とにかく兵士を倒し続けていた。
そこへ忍び寄る――殺気。
「ぬうっ!?」
振り返り、命を刈り取らんとしてくる刀をスコップで弾く。
火花が散った先には、
「あれ……バレちゃったか。いけないな、ちょっとボクは平静を乱してるかも」
喋りながらもすぐにバックステップをした若い男。その正体はシルクハットを被る、
「吸血鬼ぃ……!? こんな時に!」
嫌なタイミングで唐突に現れた吸血鬼に、スコッパーは舌打ちをかます。
が、よく見ると吸血鬼の背後には、プレストンの部下の兵士たちと思しき死体がいくつも転がっていた。
戦いを避けられるなら、絶対に避けるべき相手。
「ま、待ってくれ! ワシもそいつらを倒して回っとって――」
しかし吸血鬼はとにかく退屈そうな顔で、
「命乞いとかもう聞き飽きたんだよ、あぁ面白くない。でもキミとキミのスコップは面倒だね。ボクは早く血を吸わなきゃいけないんだ、キミらに構ってる暇は無い」
「……お?」
それだけ早口で言った吸血鬼は踵を返して闇へと紛れていき、バーク大森林に兵士たちの悲鳴を響かせた。
スコッパーも安心して戦いへと戻るが――互いに仲間だとは気づかない。
"血の線"を使い果たしたヴィクターの強欲で、不毛な仲間割れは偶然にも避けられた。
そして、周到なプレストンが用意していた駒たちは、偶然にも潰されていくのだった。
◇ ◇ ◇
長いようで短かった眠りから、ようやく少女は目を覚ました。
地獄の戦場で気を失ったのは記憶にある。が、もしかして戦いはもう終わったのでは――
「ジル――――! いい加減起きろ、ゲホッ、ゴホッ! し、死ぬぞお前!」
いや、けたたましいドラクの呼ぶ声でわかる。
それ以前にジルが今置かれている状況で、嫌でも理解させられる。
「これ……何……?」
「キシャァァァ!!」
ところどころ炎の上がる『亜人禁制の町』が、遥か下に広がっている。
どうやらここは高所らしい。
四肢は何かウネウネと蠢くものに巻き付かれ固定されており、非常に気持ちの悪い感触。
極めつけに今、目の前には大きな食虫植物のような意味不明なバケモノが、乾いた鳴き声を上げながらウネウネと動いている。
地獄絵図。
正直、目覚めたくなかった。
「あぶ、ゴホッ……危ねぇぞジル! 避けろ!」
「え……」
遥か下の地面で、ドラクも食虫植物をトンカチでぶん殴ったりして奮闘しているのが見える。
彼はジルに警告をくれるものの、ジルとしては動けないので無意味だ。
「キシャアッ!!」
「うっ……!」
ジルの足に、植物のバケモノは遠慮なく牙を突き立ててくる。やはり敵対的な存在。
食虫植物の細い首根っこを掴むことくらいしかできないジル。じわじわと味わわされる苦痛に、拘束されているから藻掻くこともできない。
――ふと、自分から見て斜め上に、ジルの手斧を巻き取っている蔦があるのを見つける。
「かえ……して……」
手を伸ばす。でも届かない。
そんな彼女を嘲笑うかのように、巨大な黄色い花を携えた一際大きな蔦が近寄ってきた。
「……? っ、ああ……っ!」
巨大な花の威圧感に身構えたジルに、四方八方から無数の蔦が迫り、全身の隅々まで拘束されていく。
「あっ……ん、んんっ……」
顔や足をベタベタと撫でつけてくる。パーカーの中にまで侵入してウネウネと這い回る。気色悪すぎて、ジルは抵抗する気力すら折られそうになった。
「……おいおい、はぁ……はぁ……コールから、あのデッケぇ花をどうにかしろって頼まれてんだぞ……オレだって限界来てんのに……はぁ……どうすりゃいいんだよ……?」
ピンチのジルを見て、ドラクは蔦や食虫植物をトンカチで殴りながら悲嘆に暮れるのだった。
◇ ◇ ◇
「――ガラハハ! あったぜ、あれが一番近くにある『弱点の花』だ!」
「おう、見えてるぞコラ」
全速力で走る狼の獣人ウルフェルと、背負われているティボルト。
彼の顔の左側は、
「ティ、ティボルト……テメェ大丈夫かよ?」
「痛ぇよオラ。でもこんだけのことしたんだ俺はって、仕方無く思ってんぜコラ……傷、どんくらい深い?」
ティボルトは自分では見えない左の頬を指差し、どんな状態なのかウルフェルに問う。
「……頬の肉が裂けて、歯茎まで見えてる」
「……洒落にならねぇなコラ」
そういう顔の化け物が存在する、と言われても十分頷けるグチャグチャ具合である。
痛くてしょうがないが、不思議なことにティボルトはどこか晴れやかな気持ち。思ったほどの大量出血にもならず、治療は後回しで良さそうだ。
「でも、やっと……やっと貢献できるぞオラ」
「あ、あぁ、ガラハハ、トドメはテメェに任せた!」
ウルフェルはティボルトを背負ったまま、迫りくる植物たちに突っ込んでいく。
花を狙っているとバレているようで、迎撃のためか植物の量は尋常でない。
だが、
「どけどけぇ! ウルフェル様のお通りだ!!」
「キシャァオオッ……!」
「――――ッ!」
獣人の爪に、牙にかかれば、植物を切り刻むなど造作もないことだった。
走りながらウルフェルは腕を背に回し、ティボルトの服をひっ掴む。
「ガラハハハ! 活躍してこい、クズ男!!」
「うぅお!?」
片手で、流星の如くティボルトを投げ飛ばす。
空中でどうにか体勢を立て直したティボルトは、頭上に釘バットを構えて。
「キシャアアア!!」
大口を開けて迫ってくる食虫植物の脳天に、振り下ろす。
「アガッ……」
「――くらいやがれっ、ゴラァァァァァ!!!」
渾身の一撃は植物の頭など簡単に粉砕させ、その先にあった黄色い花をも二つに割り砕いてしまった。
◇ ◇ ◇
リチャードソンも乗車したキャンピングカーが、巨大な花を携えた蔦へと直進していく。
「アクセルを緩める気は無いぞー……カーラ、アンタの発明品ホントに大丈夫ー?」
力強くペダルを踏んで車をかっ飛ばすコールだが、火炎放射器を『魔改造』したというカーラのおかしな発明品については、不安を隠せない。
「バカかてめぇ、大丈夫に決まってんだろ!」
自信満々に言い放つのはローブで身を隠すカーラ。
「ボロい火炎放射器に、バッグに入ってた他の銃器を色々と合成して完成した最強の兵器!」
「お、おい、無駄使いしてねぇだろうな……」
「名付けて『ドラゴンヘッド』だ!」
貴重な銃をふんだんに使ったらしいカーラの発言。横槍を入れようとしたリチャードソンも無視し、カーラは『ドラゴンヘッド』を天窓から車の上に出そうとする。
その発明品は名前の通り、大きな銃の先端に、更に大きな龍の頭がくっついたような見た目であり、
「ふぬっ……上がらねぇ」
「エ?」
「……唯一の欠点は、龍の頭の部分が重すぎて、おれ含めて人間は持ち上げられねぇってことだ」
「ソレ『どらごんへっど』必要アッタノ!?」
なぜ、重すぎて持てない兵器を作ったのか。
必然的に『ドラゴンヘッド』を持つ役目を背負わされたリザードマンのダリルも、ツッコまざるを得なかった。
「文句言ってねぇで車の上に上がれトカゲ! 威力は保証してやるが、撃てるのは一発限り。タイミングを見誤るんじゃ――」
「サッキ『唯一ノ欠点』ッテ言ッテナカッタ!?」
一発しか撃てないことを、なぜ欠点に数えなかったのか。もう滅茶苦茶である。
兵器を持って車の上に這い上がるが、ダリルにのしかかるプレッシャーは半端ではない。
「ギ、ギヤアアアアア!!」
リザードマンの、情けない悲鳴が響く。
巨大な黄色い花を中心として、無数の蔦がダリルに向かって伸びてくるからだ。
あれらは正真正銘ダリルを殺そうと迫ってきているのだ、恐ろしすぎて膝が震える。でも今のダリルには秘密兵器があるのだ、あんなもの――
「焦るな! 一発しか撃てねぇんだぞ!」
「ア……」
パニックになり、完全に乱射しまくるつもりでいたダリルをカーラの勇ましい声が止めた。
その代わり、
「ウ、ウワアアア!!」
ダリルの四肢に、胴体に、次々と蔦触手が絡みついてくる。手足を拘束され、臆病なリザードマンのダリルは全く抵抗できず――
「……アレ?」
言うほど拘束されている感覚がしない。
いや、間違いなく蔦は絡みついてきているのだが、ダリルは臆病とはいえ戦闘民族リザードマン。
性格が残念でも肉体は普通に筋骨隆々であり、タフネスとパワーはちゃんとリザードマンなのだ。
多少の植物に襲われても、飲み込まれるほど大量でなければ力負けすることはない。
「ナ、ナンダ! 大シタコト無イナ!」
宝の持ち腐れという言葉がピッタリのダリルだが、その宝がやっと役に立ったのだった。
「行クゾッ!!!」
引き金を引く。龍頭から放たれるのは嘘かと思うほど特大サイズの火球。
それは邪魔する植物をねじ伏せ、焼き尽くし、巨大な黄色い花を貫いた。
一発限りの役目を終えた『ドラゴンヘッド』は、ダリルの腕の中で静かに崩れ落ちる。
「……ヒィィィ怖カッタヨォォォ! 早ク! 早ク、車ノ中ニ戻サセテヨォォォ!」
「オスだろ、ピーピー喚くな!」
泣きじゃくるダリルは、カーラに叩かれた。
「ったく、リザードマンは好戦的で血気盛んで、もっと崇高な種族だろうが……」
◇ ◇ ◇
燃え盛る町の中を一人の女性――ニコル・グリーンがふらふらと歩いていた。
夫は行方不明。娘も、味方かと思っていたシリウスたちに突然連れ去られてしまった。
もう守るものが無い。目的も無い。
ひょっとしたら、二人とも、もうこの世にいないのかもしれない。
だとすれば、自分は何のために生きて――
「ニコル――――っ!!」
叫び声に振り返ると、いきなりニコルの体が大きな腕に包まれる。
抱きしめられているから相手の顔は見えないが、見なくたって簡単にわかる。
「イーサン……」
「良かった!! お前、生きてたんだな! あぁ、本当に……」
「待って、待ってあなた、サナがシリウスたちに連れて行かれちゃったの!」
「何!?」
この喜びに浸りたいのも山々なのだが、ニコルは娘の安全を優先させた。
驚き、少し身を引いてニコルと目を合わせるイーサン。
「よく、わからなかったけど……脅迫めいたことを言っていたわ……もしあの子が殺されてたら……私……」
ニコルは傷だらけのイーサンの顔を見たら、これまで抑えていた涙がとめどなく溢れてきてしまった。
だが、イーサンは彼女の肩を力強く掴み、
「……あの子は強い。そして幸運に恵まれている。絶対に死んでない……シリウスはどっちに向かった? 教えてくれ、俺が必ずサナを取り戻すから」
体はボロボロで、足を引きずりながらでないと歩けないイーサン。
でも彼は、家族三人でこの戦場から生き延びることを少しも諦めていなかった。
◇ ◇ ◇
――誰も知らないが、最後の『弱点』。
その巨大な黄色い花を討てるのは、近くにいるドラクとジルだけだった。
なのに、
「あっ……あぁっ……」
ジルは巨大な花の目の前で全身を蔦に拘束され、
「ぐ……ゲホッ……うぅ、クソが!」
血反吐を吐くドラクは、無限に湧いてくる植物たちを相手に防戦一方だ。
このままでは何も変わらないどころか、植物たちのせいでグループが壊滅してしまう危険性も。
「イチか、バチかだ……おいジル!」
「っ……!」
口に入ってきた蔦触手のせいで返事はできないものの、ジルはドラクの声に耳を傾ける。
ドラクはトンカチで食虫植物を殴りながら、
「オレがどうにかして……お前を捕まえてるその蔦に、タックルしてみる……だ、だからお前、蔦が揺れたら、手斧取り返して花を斬れ! そいつが弱点だ、そいつさえ壊せば植物地獄は終わるんだ!」
花を破壊すると、それを守っている周囲の植物も勝手に全滅することをコールから聞いていたドラクは、その一撃に賭けるしかないと考えていた。
ジルも理解し、頷いた。
「やっ、やってやる……うるぁああああ!!」
トンカチを滅茶苦茶に振り回しながら、ドラクが突進を開始する。途中、幾度となく食虫植物たちに腕を、足を、噛まれても、止まることはない。
ジルを拘束する太い蔦に、勢いよく飛びかかる。
「オレが蝶のように舞うから、お前が蜂のように刺せ、やっちまえジル!」
一人の人間のパワーとはいえ、たかが植物になら影響くらい与えられる。
ぐらぐらと揺れ動く蔦。揺れは先端で拘束されるジルにまで届き、
「……くっ」
ジルの斜め上に巻き取られていた手斧に、手を届かせることができた。
が、
「うご、かない……」
想像以上に手斧に巻きつく蔦の力が強く、引っ張っても取れない。
この作戦が失敗すれば、植物たちに魂胆がバレて二度と通じないだろう。万事休すか――と思われたその時。
「っ!?」
何か小さな刃物が飛んできて、手斧のすぐ下を通過。蔦が、切られたのだ。
ジルの目がおかしくなければそれは、医療用のメスだった。
「当たった……早くこの戦い終わらせてよ、ビッチ!」
「シャノシェ……助かった」
ジルとドラクは、自分たちと同様に傷だらけの少女シャノシェのサポートに困惑と感謝を示し、
「っ」
落ちてきた手斧をキャッチしたジルは、
「――――」
蔦の揺れを利用し――すれ違いざまに、巨大な黄色い花を斬り裂いた。
◇ ◇ ◇
「キャアァァァァァ――――ッ!!!」
植物巨人が、一際大きな奇声を上げる。耳をつんざくように甲高い。
そしてそれは四度目の叫び声だった。
「……どうやら、弱点が四つとも潰された様子」
「チャンスね!」
しっかりと回数を数えていたレナードとレイは、それぞれ最後の攻撃の準備を整えていた。
ただし、それを四天王であるフローラが許すはずはなく、
「生意気なぁ……雑魚の集まりのくせに!! 調子に乗るなぁぁぁ!!」
確かにあの巨大な植物の彫像の中から、本体と思しき若い女の声が聞こえた。
エルフなのだろう。そしてその怒りの声からひしひしと伝わってくる殺気はレナードとレイに向けられていた。
「レイ様……チャンスは一度きりのようでございます」
「え、何で……あっ」
レナードの言葉にレイは周囲を見回し、すぐに尖った棘のような植物たちに包囲されていることに気づいた。
これはエルフの秘策だったのだろうか。確実に本体を一発で殺さなければ、レナードもレイも刺されて死んでしまうだろう。
「本体……あの巨人のどこにいるの!?」
「っ……」
レイの当然の悲嘆に、レナードも弓を引き絞ったまま口を噤む。
全く、わからない。
これまで何度も攻撃していたが、全て通じず、かつ傷は一瞬にして塞がってしまうため、本体の片鱗さえ拝めなかったのだ。
このミスが敗因となって――
「え……何!? 何なの!? 何か動いて……っ!?」
突然、エルフの焦ったような声が響く。巨人に異変は無いように見えたが次の瞬間、
「…」
彫像を体内から斬り破き、剣を振り回した一人の男が現れる。
レイは彼を知っていた。
「あれって……エディ!? 何であの中に!」
思わず叫んでしまったレイの疑問に誰も答えるはずもなく、無口な剣士エディは空中で再び剣を構える。
「殺したはずなのに、くぅっ……"植物巨人"の中で死んだフリを……? おのれ、人間めぇぇぇ!!」
「…!」
エディが彫像の左肩から右脇腹までを斬り裂くと、人間で言うちょうど心臓の部分から、四天王のエルフ、フローラが引きずり出される。
――棘が間近まで迫っているレナードが矢を放ち、
「スピードアップ! お願いっ!」
同じく首を棘に突かれる寸前のレイが、放たれた矢に魔法をかける。
白く輝く矢は、その威力と速度を上げていき、
「あ……っ」
フローラの喉を貫いた。
呪いのように長く、辛かった植物たちの支配は終わりを告げ、蔦も棘もフローラに追従するように枯れて散っていく。
レナードも、レイも、おまけにエディも、この戦いを生き延びたのだった。
◇ ◇ ◇
「……パッタリと、植物が出てこなくなりましたね」
「だなァ。ありゃァ、てめェの味方の能力だったんだろ?」
「四天王のフローラってエルフです」
植物に邪魔されたこともあって血まみれで戦う半裸のナイトと、未だに"血の線"全開のオルガンティアが、静かに話す。
静寂などあり得ない、燃え盛る中央本部の中。それでも静かに語り合う。
「悪ィが、そいつァ俺の仲間に殺されちまったみてェだな」
「…………」
「さんざ俺たちを『雑魚の集団』の扱いしてくれやがってよォ……なのにその考えを覆せねェのが心苦しい」
「……は? 自信が失くなりましたか?」
変なタイミングで弱気なことを言い出すナイトに、オルガンティアは不信感を露わにする。
しかし、
「いいや。てめェら全員、俺と俺の仲間たちにブチ殺されちまうからよォ……敗北を味わう暇もねェだろ?」
「……!」
二人の胸には、建物を燃やす炎よりも遥かに巨大な闘志が燃え上がっていた――




