第149話 『火事場の団結 〜前編〜』
「――鬱陶しい!!」
「ギシャアァッ」
「キジャァァ」
ニックは、またしても地面から現れる植物たちにライフルを撃ちまくる。
とうとう弾が切れ、ライフルはその辺に捨てた。
「参ったな……手ぶらだ」
降参とばかりに両手を上げて言うが、ニックの声にはまだ余裕がある。
しかしプレストンはそのまま受け取り、
「でしょうね。隊長ご自慢のコンバットナイフは、俺が借りてますから」
「…………」
「ただ、返す気はありませんよ。だって、あんたはここで死ぬんだから」
「……ほう。言うじゃねえか」
『P.I.G.E.O.N.S.』が健在の時から使い続けている、刃渡り15cmを超えるコンバットナイフ。
ニックの持ち物であるそれをプレストンは手の中でくるくる回し、構えた。
「ァァキシャアア!」
「キシャアッ!」
「……この植物たちは、ウチの『四天王』フローラの仕業です。そいつらを殺したところで、種は次々降ってくる……全てが無駄なのです」
「…………」
「そして隊長ぉ……あんたは知らないが、俺たちには『秘策』がある。戦況を塗り替えるほどのね」
「…………」
「降伏を宣言してもらっても構いませんよ? しょうがないから、今なら許してやります」
「……おいおい」
勝手に悦に浸って話しているプレストンに掌をかざし、ニックは口を開く。
「てめえら、知ってるのか? 俺がこの世界で率いてきた仲間たちの実力を」
「……!」
次に何を言うつもりか、と身構えるプレストンとニードヘルだったが、
「――残念ながら俺自身よく知らん」
「…………」
ニックの答えは、拍子抜けしそうなもの。
自分の仲間の力さえ把握していないなんて、そんなのリーダーとして成り立っているとは――
「考えたってどうせ未知数だ――ゴチャゴチャ言ってねえで、かかってこいアホンダラ。結果が全てなんだよ」
「……っ!」
数多の殺人植物に囲まれながらも、ニック・スタムフォードは少しも怯んでいなかった。
◇ ◇ ◇
「キシャアアッ!!」
「……う!?」
シリウスとダンの猛攻をどうにかマチェテで切り抜けていたホープだったが、マチェテを持つ右手が突然動かなくなってしまう。
見れば、蔦が腕に絡みついてきていた。
「うぐ、クソ、こんな時に!!」
蔦を解こうとそちらに意識を集中すると、
「貰った!」
「っぐぅふ!?」
シリウスの飛び蹴りが鳩尾に入る。
内臓がかき回され、息ができなくなる感覚に悶え、ホープは床に倒されてしまう。
(痛い……痛い!! 邪魔だ、この植物……邪魔すぎる!!)
先程からシリウスたちも植物に襲われてはいるものの、向こうは三人。助け合える。
だがホープは一人で、お世辞にも戦闘に慣れている人間ではないのだ。
元々が勝ち目の無いくらい不利な状況なのに、さらに苦しい状況。
「クソぉっ」
その怒りをぶつけるかのように、ラリった目のホープは右腕を封じてくる蔦に噛みついた。
◇ ◇ ◇
事態はレナードやレイの予想を大きく上回り、大変なことになっていた。
「ちょ、ちょっとそこのデカいの! もう種飛ばすのやめなさいよ!」
というのは、焦ったレイの必死の叫びである。敵に届くわけがないことは本人が一番わかっているが。
「どうなっているのでしょう? あの植物の巨人に、何をしても効き目が無いとは……」
地面から次々と生成される植物を倒しながらも、レナードは矢で、レイは魔法で強化した小石や砂で、エルフと断定したあの植物巨人に攻撃はしている。
しかしどんな傷を与えても立ち所に治ってしまい、依然として種子を町に散布し続ける行為を止められていないのが現状だ。
「そんな筈は無いのです」
「え? どうしてよ、レナード……」
これはおかしいと――嘆いているのではなく――冷静に言っているレナードに、レイは理由を問う。
「植物を操作するという特徴から、あの巨人の中のどこかにエルフが潜んでいるのは間違いございません。なのにレイ様が魔法で爆発を起こしても、どこを狙ってもダメージが見られない」
「ええ、そうよ? それに困ってるんじゃないの」
「そう――エルフという種族がここまで無敵ならば、この領域アルファという世界で覇権を握っていないのが、おかしいではありませんか」
「た、確かに……!」
レイは納得した。
どうやらレナードもエルフ族と戦うのは初めてのようだが、それにしてもこの強さはあんまりではないか。
もしも無敵の種族と言うのなら、なぜ吸血鬼やリザードマンよりも『強さ』で名が上がらないのか? この世界の支配者になっていないのか?
温厚だから? ――いや、エルフもまた、人間とはそう仲良くもない種族。こんなに強いのならさっさと人間や他種族を虐殺し、レナードの言うように覇権を取っているはずなのだ。
「きっと何か……弱点のようなものが」
そう呟き周囲を見回すレナード。
レイは彼の意見を聞き、思いついたことがあった。
「ねぇ、あそこの大きな……花? みたいなやつ、怪しくない? さっきからあれだけ攻撃してこないのよ」
「え?」
レイが指差すのは、他よりも太くて大きな一本の蔦。その先端にはこれまた大きな黄色い花が咲いている。
「……まさか」
レナードはすぐに花を狙って弓を引き絞り、矢を放つ。
突然――複数の蔦が遮るようにその花の前に現れ、矢から花を庇った。
「……レイ様、何と素晴らしい観察眼。間違い無いでしょう。あれが弱点です」
「えっ、そう? えへ……えへへ」
レナードの確信をさらに裏付けるように、黄色い花を携えた蔦は二人から逃げるように遠ざかっていく。
地面を抉りながら移動しているようだが、その『ズズズ……』という特徴的な音が聞こえるのは、今の一本だけではないようだ。
「今の一本を合わせて四本、でしょうか。巨人を中心としてそれぞれ四方向に散っていきましたが……」
「すごい動き速いんだけど……どうするの!? 追いかけられるかしら……」
「いえ、追いつけたとしても四本分どうにかしなければなりません。グズグズしていると町が火の海になってしまいますね」
「ヤバいわね……!」
恐らく、逃がした四つの花が全部合わせて弱点か、もしくはあのどれかが弱点。
真実がわかったとはいえ、既に四本ともかなり遠くまで逃げてしまっている。もしどれかが正解なのだとしても、その法則を読んでいる余裕も無い。
確実なのは四本全て破壊することだが、レイとレナードだけで倒して回るのはとても現実的では――
「おっと、お困りかな? お嬢ちゃん」
「あっ……リチャードソン!?」
そこへバイクの音を鳴らしながら現れたのは、リチャードソン・アルベルト。
「……!」
彼はなぜだか一瞬固まったが、話を続ける。
「……そいつは誰だ?」
「あ、この人はレナード。色々と事情はあるんだけど、味方よ」
「なら良いが……あのクソッタレ植物の元凶を追ってきたんだが、そこの緑の巨人がそうだな?」
「ええ、そうなんだけど全然攻撃が効かなくてね……そうだ!」
レイは閃いた。
というか、共に勝利を目指している仲間ならば当然のことではあるのだが、
「見える? 今あっちに向かっていってる、大きな黄色い花が付いてるやつ!」
「おう、四つあるようだが……」
「その四つがたぶんあの巨人の弱点なのよ!」
「本当か!?」
リチャードソンに疑っている素振りは無く、見えた光明にただ喜んでいるようだ。
「つまり、あのデカい花を煮るなり焼くなりしちまえば良いんだな」
「ええ、でもエルフの本体はあの巨人の中にいて……」
「ってことなら任せときなお嬢ちゃん」
「え?」
いつになく頼りがいのあるリチャードソンの目線の先には、見慣れたキャンピングカーがこちらへ走ってきているのが見える。
仲間がさらに合流するようだ。
「車の奴らにも伝えて、俺たちで弱点を潰してくる。だからお前さんらはここに残って、本体にトドメ刺してくれや」
「……ありがとう、お願いね!」
「そっちこそ、頼んだぜぃ」
早々にバイクを走らせたリチャードソンは、なぜかレイたちに合流する前にキャンピングカーに辿り着き、止めさせ、事情を説明しているようだった。
そして花を追うリチャードソンのバイクに、キャンピングカーが追従していった。
「わぁ、リチャードソンおじさんカッコいい」
ついそんな呟きが出てしまったレイだったが、
「レイ様……よろしかったので?」
「え?」
レナードは終始、あることに疑問を持っていた。
「話に聞いていた、仮面を付けていらっしゃらないようですが……」
「あっ!!」
改めて、レイは確信する。
リチャードソン・アルベルト……レイの正体を事前に知っていたとはいえ、赤い肌に何も言及してこなかった。
彼は本当にすごい人だと、確信した。
◇ ◇ ◇
「キャンピングカーの中に全員いるわけじゃねぇのか。よし……じゃあコール、お前さん町中を回って、動ける仲間がいたらあの花の討伐に協力してもらうんだ。10分でここに戻ってきてくれ」
「えー、アンタ10分で片付けるつもりー!?」
バイクを走らせながら、リチャードソンはキャンピングカーの空いた窓からコールと話す。
10分という時間は適当ではあるが、
「大丈夫、大都市アネーロから命からがら持ち出した銃のバッグ……あそこにこんな良いもん入ってたんだからよ」
「ま、まーねー……」
確かにリチャードソンは車の中にあった銃のバッグから漁った、本格的な武器を背負っているが。
現実離れした怪物に、本当にそんなものが効くのかコールは不安げだが、
「了解ー。じゃ10分後ねー」
「頼む」
冷静に言ったコールは、リチャードソンと違う道へとキャンピングカーを走らせていった。
そしてリチャードソンはというと――
「正々堂々、一対一での勝負といこうか」
最初から追いかけていた花が、町を囲む壁の付近で動きを止めたため、対峙することになる。
バイクのスピードを緩めず近づいていく。
「キシャアア!」
「うぉっと」
左右から襲い来る食虫植物や蔦の猛攻を避けながら、ぐんぐん花に近づいていくが、
「……のわ!?」
ボコボコッとバイクの下の地面から無数の蔦が這い出してきて、リチャードソンはバイクごと持ち上げられた。
それでもスピードを緩めない。二つの車輪は確かに蔦たちを捉えて走り続ける。
が、
「ぬお……クソッタレ!」
斜め後ろから迫っていた蔦に気づかず、左腕を縛られたリチャードソンは宙に浮かばされる。
運転手を失ったバイクは、
「――――!」
まっすぐ進み、猛スピードで花が付いている蔦に突っ込んだ。
と言っても突き刺さっただけで、爆発も無ければ花にダメージも無いようだ。
「キシャァァァ」
「ぐぉああっ!」
左腕を拘束されたリチャードソンは、右の肩を食虫植物に噛まれる。
血が流れ、痛みに叫ぶ。しかし、
「は、こんな牙……痛ぇだけだ。怖くも何ともねぇ」
「キシャ……」
「これじゃただの、スケルトンの下位互換だぜぃ!」
噛まれたままに、リチャードソンは右手で背中に背負っていた火炎放射器を掴む。
拘束も解かずに強引に両手で火炎放射器を構え、
「うおおおおお――――ッ!」
リチャードソンを殺そうと囲んでいた植物たち諸共、巨大な黄色い花に向かって、真紅の炎を食らわせる。
しかしすぐに他の蔦が集まってきて防御されてしまった。花は少しだけ燃えているが、倒すには至らないらしい。
炎に恐れをなした蔦や食虫植物たちがリチャードソンから離れ、彼の体は地面に叩きつけられた。
「いでで……もう一発欲しいか? ん? クソッタレ」
多少なり落下の衝撃を受けて、すぐには立てないリチャードソンは体を地面に横倒しにしたまま片手でリボルバーを構えた。
その銃の威力がわかるのか、大量の蔦たちが慌てた様子で花の周りを取り囲み、弱点を突かせまいと鉄壁の防衛を開始する。
――それが無駄であるとも知らずに。
「所詮は植物だ……俺の狙いはそこじゃねぇよ!」
高火力のリボルバーは、花のすぐ下に突き刺さっているバイクのエンジン部分を撃ち抜く。
「――――!!」
大爆発――蔦は見事にブチ折れ、炎上する黄色い花が地面へと墜落した。
花が弱点であったことの答え合わせのように、近くに生えていた植物たちが枯れて消滅していく。
「ぶわっはっは……見たか! ナメんなよ!」
その快勝に一人で笑うリチャードソンを、しっかり見ていた者がいた。
「10分、ジャストー。さっすが特殊部隊だよねー」
キャンピングカーの運転席の窓から顔を出し、素直に褒め称えるコールと。
「カ、カッコヨカッタ……!」
素直に褒め称えるリザードマン、ダリルだった。
「コール……もう10分経ったか。お前さん、誰かに協力依頼はできたのか?」
「まー、ドラクとジルにねー」
「おお無事だったか、あいつら!」
「うんうんー……リーダー代理はもう休んでていいからさー、乗んなよー。何かカーラがさー、その火炎放射器使いたいとか言っててー」
「あぁ、それが良いな。乗せてもら……待て、あの『発明家』が!?」
「うんー」
正直今ので疲れたリチャードソンは、コールの誘いに乗ってキャンピングカーに乗り込む。
信じられない言葉に耳を疑っていたのだが、
「げっ、カーラお前さん……本気かよ!」
車の奥からローブを着た人物がズカズカやって来て、強引に火炎放射器を奪ってきたのだ。
「本気に決まってんだろ? こいつはもうボロボロ、あと何回か使ったらどうせ不良品にならぁ」
明らかに女性の声なのだが、喋り方がワイルドすぎて男みたいに感じるカーラの声。
「やっぱ放置した時間長すぎたか……! スケルトンの世界になる前もずっと使ってなかったしな……」
「だったら最後に『魔改造』するだろ普通」
ローブで顔は見えないが、悪戯っぽく笑っているカーラの表情が想像できた。
◇ ◇ ◇
「アァアァァ――――!!」
レイとレナードの前で突然に、植物巨人が甲高い悲鳴を上げる。
もしかして、もうリチャードソンが花を破壊してくれたのだろうか?
「試してみましょ……えいっ!」
小石を杖で打ち、魔法をかけて飛ばすレイ。
白き爆発が植物巨人に直撃するが、相変わらずその傷は一瞬で治ってしまう。
「やはり、四本の花を全て破壊しなければ効果は無いようでございますね」
まだ一本目なのだろう。
リチャードソンもきっと全て破壊するつもりなのだろうからその点に心配は要らないが、問題は、まだ三本も残っていることで――
「話は聞いてたぞコラ……そんぐらいの仕事なら、今の俺にもギリできそうだコラ……」
「ガラハハ……オレ様も、もうひと暴れすっかな……!」
レイにやられてダウンしていたティボルトとウルフェルが、瓦礫の中から立ち上がってきた。




