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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第一章 地獄からの這い上がり方?
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第13話 『うっかり』



 汗と涙と血の臭いがする地下採掘場。

 再会を果たしたケビンはホープと肩を組み、自然な動作で自分らの持ち場まで誘導してくれて、


「朝7時から採掘作業は始まってるのに、9時になってもお前が来ないもんだから焦った。さっきの白髪の労働者の殺戮ショーを見ただろ? ここの連中はイカレてる、初日に殺されたって全然おかしくない」


「…………」


「ま、俺が洋館で気絶した後、お前とレイだけで逃げたって可能性もあったけどな。その様子から見るにレイも捕まったようだが……」


「…………」


 正直、ホープは放心状態に近かった。

 自殺をすることしか頭にない者が唯一の選択肢を奪われたのだから、当然といえば当然なのかもしれない。

 話を聞くことすらままならないホープの様子に、聡明なケビンが気づかないはずはなく、


「おい大丈夫か青髪、気分でも悪いのか? ――せっかく目覚めたらこんな環境じゃあ、悪くなる方が正常か」


「……ああ、いや、ごめん何でもない。それで何だったっけ?」


「やっぱり何も聞いてなかったんだな……初日から不安だな」


 少し寂しそうな表情をするケビンを見てようやく、話を聞いていなかったことに罪悪感を感じる今日この頃なホープ。


 ――彼の話を聞いていると何となくわかったのだが、どうやら今日は、洋館にて拉致された日の翌日っぽい。

 自分がどれくらい寝ていたのかわからなくて何気に怖かったのだが、さすがに何日も爆睡できるほど無神経ではなかったようだ。


 ケビンは心配の言葉を発するような雰囲気で口を開くが直後、


「――っと、指導者に睨まれてる。とりあえずツルハシ持て、まずは必死に作業してるフリしとくんだ」


 彼の言う通りにツルハシを両手に構え、彼の見よう見まねで壁に打ちつける。手錠をされていて非常に動きにくいのだが、作業不能なほどではないのが腹が立つ。

 他の労働者も全員そんな状態だし当然だが。


「あ、お前指導者から作業の説明って受けたか?」


「……あ、受けてないな。ヴィンセントを殺す方が優先だったのかな」


「優先させても普通はその後に話すだろ――ったく、ここの連中はエドワードを怖がってるばっかりで、仕事ぶりはお粗末極まりないよなホント」


 片手を額に押し付けてため息を吐くケビン。

 それはホープも感じていた。確かに指導者たちの働き方は雑そのものだ。ボスのエドワードがあれだから、驚きはないが。


「まず、俺たちが採掘するのはこれだそうだ。岩壁の中からこの鉱石を見つけ出す」


 そう言って彼が、彼の隣に置いてあった麻袋から取り出したのは、青黒い色をした鉱石だった。

 もちろんそれが何なのかホープにはわからず、ツルハシを振りつつ、


「それ、何?」


「いや、わからない。俺にもわからないんだ」


「え?」


 即答され、困惑。目的がわからないだなんて信じたくないが、どうにも信じるしかない事実のようで、


「何なのかは教えてくれなかった。『トップシークレット』だとさ……とにかくだ。この石ころを集めればその分の食料と水が、作業終了後にもらえるらしい」


「カビたパンをくれるってこと?」


「いいや()()だ。見せてもらったが、俺の小指にも満たないくらい、小さくて丸い団子だった。アホほど鉱石集めなけりゃ腹の足しにはならないだろうな……」


 そういえば割と大きかったあのパンは、特別メニューという話だったか。

 ただの労働力どもには、食べたら腹を壊しそうなカビの生えたパンすら、贅沢すぎる代物なのだろう。

 かくいうホープも少し腹が痛くなってきて、腹をさすっているとケビンが、


「ほら手が止まってるぞ青髪。ツルハシ振りつつ、鉱石探しつつ、自分用の袋持ってきて用意しつつ、俺の話を聞きつつ、お前も自分の意見を言ってくれよ」


「ちょ、ちょっと、やること多くないかなあ……?」


「おいおい、俺が注文してるんじゃないんだぞ。ここじゃあ話をするだけでも大変なんだ」


 まぁケビンの言っていることは正しい。言った全てが、確かにこの場でやらなければならないことではある。ただマルチタスク的な行動がホープには難しすぎるだけ。

 ひとまず袋だけは見つけて持ってきたホープに、ケビンは腕で額の汗を拭いながら、


「ところで、レイはどこにいるか知ってるか? 女だからか採掘場にはいないみたいなんだが」


「いないね……おれも見てないよ。監獄でも、外でも……」


「……そうか、心配だな。ここの連中め、レイに酷いことしてなきゃいいんだが」


「……!」


 ――まさか、と思う。

 洋館でホープが後頭部を殴られた直後、エドワード一味はレイに対して不穏な言葉をかけていたような気がした――うろ覚えだから確証はないが、そうでなくても仮面を剥がされればレイは魔導鬼という嫌われ者である。

 とにかく彼女が無事であればいいが、とケビンと同じ気持ちでいるしかない。


 レイの話をしたところで、二人の間にどんよりとした空気が流れ、しばらく無言に。

 無言の時間を過ごしている間は、二人して黙々と採掘作業に精を出すのみだ。


 ――気まずいムードは当然と言ってもいい。洋館で起こったことは、それほどに厳しいことだった。


 ケビンはあまり関与はしなかったものの、きっと何年も付き合っているであろうオースティンとエリックを失ったのは事実。もしかすると、彼らの結末を見ていないからこそ、もっと苦しいかもしれない。


 ホープはあの洋館での出来事をほぼ全て体験している。

 実はオースティンもエリックも――究極的には――、ホープがトドメを刺した。

 それはケビンには言いづらいが、彼に隠していることにも何だか心が痛む。


 しかし、大変な苦労をしたケビンもホープも、『すべて』までは体験していない。


 本当に全てを味わい、誰よりも苦しみ、その上でギリギリ生き延びたのがレイだ。

 あんなに明るそうな彼女でさえ、一時は「自決しようか」と口にするくらいのストレス。

 そこからようやく脱し、これから這い上がっていくのだ――そんな矢先にエドワード一味に襲撃され、この様である。


 ケビンは一年を超す彼女との付き合いから、ホープは洋館での彼女との会話から、レイの気持ちをある程度察せる二人だ。

 彼女の話が出ると気まずくなるのは当然なのだ。


 ――何時間か経ったところで、ケビンがまだ余裕ありげにツルハシを肩に乗せてホープの方を見てくる。

 腕力に乏しいホープはもうヘトヘトで倒れそうなのに、ケビンは体力がよく続くものだ。


「なぁ、青髪。ちょっとした提案なんだが――」


「――よーし作業中断!! 休憩時間だ、袋を見せろ!!」


 重要そうなケビンの言葉を遮ったのは、指導者のやかましい号令の声だった。

 次々と労働者たちの袋を覗き見ては、何か筒のようなものを渡したり渡していなかったりする指導者たち。


「はぁ……はぁ……あれ? これは?」


「そうだ、休憩時間にも水だけはくれる。どれくらい鉱石を見つけたかによってな」


「うーん……はぁ、はぁ、そうか、やばいな……」


 朝から何も飲んでいないホープは、体力はもちろんだが、実は喉の渇きの方が限界に来ていたりする。

 なのに、袋の中身は空っぽなのだから困る。


 ケビンの番が来た。彼は袋を指導者に見られ、「いいねぇ」と軽く褒められて筒を貰う。

 今度はホープも見てもらうが、


「……ゼロかよ。サボっては見えなかったが、こりゃひでぇ! 水は無しだよマヌケ野郎め!」


「…………」


 何も貰えないどころか服に唾まで吐きかけられた。

 中指をおっ立ててやりたい気分だが、向こうとしては、一つも鉱石が袋に入っていないため当然の仕打ちなのだろう。

 ケビンと話していたとはいえ、一応ツルハシは何度も振っていて、かなり岩を壊した。けれど鉱石らしきものは全く見当たらなかったのだ。


 ケビンは今の間だけでも、褒められるほど鉱石を採っているというのに、ホープはつくづく運の悪い男であった。


「……ふぅ、生き返る。施しを受けるなんて気分は良くないが、とりあえず命を繋ぐためだ。レイを探すためのこの命をな……」


 筒の中の水を、ケビンは豪快に口に注ぐ。彼は相当頑張っているから、報酬はあの水では足りないくらいだ。汗をかいているし喉も相当渇いているはず。

 ホープは俯きかけるが、気持ち良さそうに給水している彼に見られないように必死で耐えた。

 大丈夫。休憩が終わってからもっと鉱石を集めれば、()()()()()()()命を繋ぐことくらいはできる――


「……ほれ」


「え?」


「……半分残しといたから飲めよ。お前汗ひどいぞ、青髪」


「い、いいの?」


「当たり前だ。お前は何度もレイを守ってくれただろ? レイの恩人だったら、俺の恩人も同然さ」


 ケビンは笑顔でそう言ってくれた。「ま、だいぶ話に付き合わせたしな……」と反省するケビンを余所に、ホープは浴びるような勢いで水を飲み干した。

 生き返る、生き返るようだ。いくら死ぬための命とはいえ、苦しんだ末の脱水症状が死因だなんて嫌すぎる。


「ふー……あの、ありがとうケビン」


「言っただろ? 今のがレイを助けてくれたお礼なんだから気にするな――そういやお前の名前何だっけ?」


「ホープ」


「あー聞き覚えあるな。物忘れが激しくてすまん。だがホープって名前は、一生忘れなさそうだぜ」


 手を差し出してくるケビン。ホープは細い白い手で、彼のごつごつとした黒い手をしっかりと握った。

 彼に感謝しているのは本当だから。


 ――あれ? もしかして、うっかり友情というものを育んでしまっただろうか。


 ここまでしてもらうと、何だか死のうとしていることがケビンに失礼な気がしてきそうだ。

 だが仕方ない。いつか彼の、そしてレイの目の届かないところで死ぬしかないだろう。


「ああそうだ、提案っていうのは『ここから逃げよう』って提案だ。脱獄って呼んでいいのかは謎だけどな」


「……え?」


 小声でケビンが不意討ちの如く言ってきたのは、先程遮られた提案の続きであった。

 彼の提案は、『死んで戦線離脱』というバカの一つ覚えみたいな選択肢を失ったばかりのホープに、新たな道を示すこととなった。



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