第147話 『たとえ、人生終わっていても』
各々の事情を抱えた戦いのため、とりあえずホープと離れたナイト。
燃える中央本部三階にて――オルガンティアと対峙していた。
「……ど、どうするの? ナイトおにいさん」
それにしても、だ。
(ホープめ……何でガキを俺に預けた……? てめェが持ち込んだ厄介事だろうが……!)
相変わらず二本の剣から迸る"血の線"がオーラのように燃え盛っているオルガンティア。
あんな化け物と戦おうとしているのに、ナイトの隣にちょこんとサナがいる――これはおかしくないだろうか。
『おれにサナを任せたら、今度こそクローゼットの中で焼け死んじゃうんじゃないかな……君は強いんだから何とかしてよ』
サナを押し付けてきた、ホープの最後の台詞が頭に蘇って眉間に皺が寄る。
とはいえこんな幼い少女を一人にするのも危険だ、どちらかが預かるしか――
「って、俺ァいつから保育士になったんだよ」
何だか最近、ホープやドラク等の妙なお人好しに毒されて、自分までお人好しになりつつある気がしたナイトは自分の顔を叩く。
――元から割とお人好し気質ではあったのだが、ナイト本人は気づいていない。
そして、
「来る気が無いなら、こっちから行きますよナイトさん!!」
「……てめェ下がってろ!」
「う、うん!」
オルガンティアが翼を広げて突っ込んでくる。ナイトはサナを後ろへ下がらせ、
「っく!」
振り下ろされた剣を横へ飛んで躱し、カウンターのパンチを打とうとするが、
「……ダメだクソッ!」
途中まで伸ばしたパンチを中断。ナイトは逃げるように後方へ宙返りする。
直後、オルガンティアは自身を中心としたドーム状の風の層に覆われた。
だがそれはただの風ではなく、
「よく避けましたね」
「ナメんな……はァ、はァ……」
オルガンティアの乱れ斬りによって起こされた斬撃の層だった。速すぎてドーム状に見えたのだ。
あのままパンチしていれば一発顔に入ったかもしれないが、代わりにナイトの腕が失くなっていただろう。
「呆れた……本当に刀を使わず戦う気なんですね? まさか、それで俺に勝てる気がしてるとか言いませんよね?」
「…………」
ナイトは沈黙するしかない。
正直――本当にわからないのだから。
昔は『二人の男』を除いて負け無しだったナイトだが、今の自分の実力は測れていない。確実に弱くはなっているけれど。
オルガンティアの方も確実に強くなっているが、どこまで強くなったのか。まだそれも不明。
ただ『弱体化したナイト』と『進化したオルガンティア』という対戦カードであり、どうしても諦めムードが漂ってしまっているのが事実だ。
「俺ァ……」
それでも、
「俺ァ……まだ」
それでも――
「――団長はどうなったんでしたっけ?」
「うッ!!?」
オルガンティアの突然の一言に心臓を抉られるような気分になったナイトは、思わず胸を押さえる。
『知ってますよ、あんたは終わってる』
彼自身が言い放っていた言葉を思い出す。間違いなく、オルガンティアはナイトの事情をきちんと把握した上で質問してきているのだ。
「ん、んなこたァ、どうせてめェも知って……」
わかっていても、ナイトは自分の声が震えてしまうのを抑えることができなかった。汗がとめどなく流れ落ちる。
さらに、
「じゃあ――副団長の方は?」
「……黙れェ!!」
答えなら、当然知っている。
でも目を背けている。考えないようにしている。そんなナイトの悪い癖はしっかり仇となり、
「はは……やっぱりあんたは終わってる」
自分の命も、仲間の命も、ホープとの誓いも懸かっている、こんな大事な戦いで平静を乱すことになってしまった。
「……ずァッ」
オルガンティアの二本の剣による斬り上げを、防御さえできずに受けた。
ナイトの視界は自分の腹や胸から噴き出した血で覆われ、さらには腹に重い蹴りまで食らってしまう。
床をゴロゴロと転がり、ナイトはうつ伏せに倒れる。
「ナ……ナイトおにいさん……?」
サナの弱々しい声。彼女はオルガンティアがナイトに近づくのを見て、恐怖に後ずさりする。
なぜオルガンティアが近づくか、それは剣を構えた彼を見れば明白だから。
「さんざん吹き飛ばしてきた……もう、あんたも限界でしょう。こんな世界で、後輩にトドメを刺してもらえる幸せを味わうといいですよ」
オルガンティアはその剣の切っ先をナイトの後頭部に向け、しっかりと狙いをつけ、
「……また、どこかで」
突き刺そうとするが、
「……!」
「負けるわけに、いかねェんだよ……」
最後の一撃のはずだった刃は、ナイトがうつ伏せのまま握ることによって止められた。
当然、素手だ。握りしめる手のひらからは鮮血が滴る。だがナイトは離さない。
「この剣は何だ……? 刀をどこにやった……?」
「ッ!」
オルガンティアの必死の抵抗も、全く意味を成さないほど強い力で握る。
刃を握ったまま、ナイトはゆっくりと立ち上がる。
「師匠から貰った刀を――――信念を、軽々しく捨てちまうようなてめェには、わかんねェだろうけど」
パッ、と刃を手放すと、オルガンティアは素早く後退する。まるでナイトを恐れているかのように。
「たとえ、人生終わっちまってるような奴でも――」
ナイトは自分の胸に手を当て、確かめる。自分が生きているか。
腰の刀を見て、確かめる。自分の『信念』が、まだ鼓動を絶やしていないか。
「譲れねェもんの一つや二つ、あって当然だろォがよ!!」
まだ、ナイトは『最強』であり続けなければならない。後輩に負けるなど言語道断。
ここで勝たなければ、グループにいる資格など無い。誰かから仲間と呼んでもらえる資格など無い。
ボロボロになった上の服を脱ぎ捨て、ナイトは再び拳を握り固めた。




