第145話 『仲間』
ああ…お久しぶりです。このエピソードはずっと書きたかったんですが、なぜか書けずにいました…何でだろう、最近ずっとそうなんです。すみません。
最後の方書いてて泣いちゃいそうだったんですけど、僕がおかしいんでしょうか?
これまで読んでくれた人が同じ気持ちになってくれたら幸いなのですが…
「…………」
「はぁっ……はぁっ……! は、速いよぉ、ホープおにいさん……」
――燃え盛る、五階建ての『中央本部』。
今走っている二階も、もうとっくに火の手が回っていて、まだ薄くとも煙が充満し始めていた。
そんな中、ホープに手を引かれて走る幼いサナは呼吸が荒くなっている。
「あんまり息を荒げないで、サナ」
「で、でもぉ……っ」
「火事のこととかよく知らないけど、煙を吸うのが良くないことってのはわかる」
「……じ、じゃあもっと、ゆっくりぃ……っ、はぁ、はぁっ!」
ホープは足が速い――なんてことは無いのだけれど、サナとの体格差を考えれば、スピードの差も当然。
苦しそうに走るサナを見ると、ゆっくり走ってあげたいのは山々なのだが、
「向こうも……殺す気だからなぁ」
ホープは危惧していた。
炎と植物に阻まれ一階には戻れず、二階からの脱出口など見つけるのは絶望的だろう。
さらに今のホープは『イチかバチか窓から飛び降りる』という選択肢も選べない。なぜならサナがいるし、そうでなくてもニックの『任務』のせいで死ぬわけにいかないからである。
こうして道に迷いながら走っていれば――シリウスたちが、すぐに追いついてくるはずだ。
それを常に危惧していた。
が、それと同時に、
「……おれも殺す気だけど」
「え? さっきからゴニョゴニョ、なんて言ってるの? ホープおにいさん」
サナから目を逸らして呟く。
そう、そもそもホープはシリウスたちから尻尾を巻いて逃げるつもりなど毛頭ない。
ホープは確かに、偶然にも彼らの仲間をさんざん殺してしまったようだ。
だが、ホープとしても奴らがべドベを殺したことを忘れない。
だから初めから、全員ブチ殺してやるつもりで
「ホォォォォプゥゥゥゥゥ!!!」
憎悪に取り憑かれたかのような、シリウスの鬼気迫る怒号が響いてくる。
距離はまだ離れているようだが、ホープにはわかる。すぐに追いつかれるだろうと。
周囲を見回し、幸運にもまだ全く火の手が回ってきていないスペースを発見。そこにあるクローゼットのような物を指差し、
「サナ、とりあえずあそこに隠れてもらえる? おれは君を守りながら戦えるほど強くないんだ」
「えっ、やだ、離れたくないよ! ホープおにいさん、たたかうの!?」
「そうだね……やるしかないから」
「うぅ……」
とても不安そうなサナは絞り出すように、
「私……じゃま?」
戦いの邪魔なのかと、足手まといなのかと、泣きそうな表情と震える声で聞いてくる。
正直言うと――その通り。戦場だから。
大正解であることは、ホープが教えなくともサナならわかっていることだろう。
だがホープはもう、純粋だけどどこか聡明なサナのことを、他人とは思えなくなっている。
この子を傷付けたくない――もうこれ以上、大切な人を傷付けたり、敵を増やしたりするのは面倒だ。
だから肯定も否定もせずにサナの肩を掴み、
「今言っただろう……おれが弱いんだ。それだけが理由だよ。さぁ隠れて」
「……! う……うん……」
困惑を隠せてはいなかったが、無事に決心してくれたサナは、その小さい体をクローゼットの中へ。
――数秒後。豪快に靴音を響かせながら、炎の合間からシリウスが現れた。
「何だよ、逃げ続けないのか? あのガキはどっかに捨ててきたんだな」
「……うん。そうさ。あんな子供どうでもいいから」
「は、清々しいほどの悪党だぜ。想像通りのな。狩り甲斐があるってもんだ……!」
メリケンサックを両手にそれぞれ握りしめるシリウスが、一歩踏み出す。
同時にホープも腰に手をやるが、
(あれ? ……しまった!!)
唯一の武器であったマチェテを、さっきサナを救うために置いてきたままだったことを思い出し、
「『悪魔狩り』の、甲斐がなぁ!!!」
「くっ!」
一気にピンチになる。
飛び込んできたシリウスが振り抜いてくる殺人拳を、一発、二発と後退しながら避ける。
「このぉ!!」
「がっ!?」
今度はシリウスはホープの胸ぐらを勢い良く掴んできて、もう片方の拳を振りかぶる。
「っ!」
ホープは素早く、掴んでくる手をはたいて振り払うのだが、
「いっ……!!」
突き出されたパンチをギリギリ避けきれず、右の側頭部を鋭い痛みが真っ直ぐ駆け抜ける。
痛みに悶えたくなってしまって、ホープは右へと顔を背ける――戦闘中にシリウスから目を逸らしたのだ。
が、
『愛する者を守れないまま終わる気かよ、ガキ? 俺の家を奪っときながら……』
戦いから目を背けたその先に、二つの人影があった――いや、また幻覚なのだろう。精神体のようにボンヤリと映っている。
今話しかけてきたのは、ドルドとホープに家を乗っ取られ、結局ドルドと殺し合って相討ちとなった、フェイクスマンという男。
そして、
『おい、あの作業場から生き延びといてそりゃ無いぜ、同志。俺の死に様見ただろうがよ』
もう一人はボロっちい作業服を着用してタバコを吸う、ヴィンセントという男。
エドワーズ作業場にホープより少し前に入ったが、労働をサボっていると、ホープの目の前にて鞭で惨殺された。
「何だこれ……?」
「死ねぇホープっ!!」
小さく呟いているホープの背後、チャンスと見たシリウスが拳を振りかぶって突っ込んでくる。
ホープは、その二人が塵となって自分の体に流れ込んでくるような錯覚を覚えながら、
「――うるさいなぁ!!」
叫ぶ。
右へと顔を背けた勢いのまま回転し、握りしめた右の拳を、
ゴキンッ――――!!
強烈な裏拳が、シリウスの横っ面を打ち抜いた。
「う……ごぉっ……?」
予想外の一撃をモロに食らい、吹き飛ばされたシリウスは何の対応もできず床を転がった。
「……ぶは! や、やりやがったな……!?」
口の端から流れる鮮血を拭いながら起き上がるシリウスの背後から、例の植物が迫ってくる。
ホープが静観していると、その蔦の後ろからさらにダンが追いかけてきて、
「シリウスの邪魔すんな、草の分際で!」
ナイフでその蔦を斬りつけると、蔦は苦しむようにウネウネと歪みながら上の階へと突き上がっていった。
そして、ホープは確かに見た。
「あ……!」
上の階へと上がっていったその蔦に、ホープが置いてきたはずのマチェテが絡まっている。
この戦いに、あのマチェテは必然。どうしてかそう考えたホープは無我夢中で走った。
「クソ、逃げてんじゃねぇホープ! 俺を殴っときながら!」
蔦とマチェテを追ってホープは走る。それをシリウス、ダン、カスパルが追う。
戦いの舞台は、『長の間』もある三階へと移っていくのだった。
◇ ◇ ◇
――二刀流の剣戟が、どしゃ降りの雨のようにナイトの体に降り注ぐ。
「うぐゥッ」
刀一本で防御に徹するナイトだが、どうしても全ては受けきれない。と言っても武器の本数は関係無く、純粋にオルガンティアの勢いが怒涛なだけだ。
ナイトの腕に、肩に、腹に、次々と斬撃が入れられる。
「ぐォォあァ……!」
それぞれが致命傷とはいかないが、斬られるのはやっぱり痛い。
焼けるように鋭く、何より斬ってくる相手が元仲間であることが痛い――心身共に痛い。
「はははは! バケモノみたいに獰猛だった昔のあんたは、見る影もありませんね! ナイトさん!」
「ぐゥッ!」
最後に胴を斜めに斬られたナイトは飛び退く。
「黙れ……クソがァ……!」
黒を基調としたいつもの服も、オルガンティアに斬られまくってもうボロボロだった。
そこへ、
「おい。ナイトてめえ……いつまで苦戦してるつもりだ?」
「ッ!!」
「『最強』が聞いて呆れるぞ、その醜態」
ナイトにとって味方だとは胸を張って言えない男、ニックが声をかけてくる。
だが『味方』とは言えなくても『主』なのだ。
「てめえより若え、そのオルガンティアとかいう吸血鬼には負けたことねえんだろ? それがなぜ今やられてんだ」
「……!」
元とはいえナイトと仲間であった、先輩と後輩という立場にあったオルガンティア。
ニックは台詞の先を言わなかったが――言われなくてもわかる。
オルガンティアに情けをかけているのか?
――それはナイトが自分に聞いてやりたいぐらいだから。
「オルガンティアに負けたら、今の仲間たちを殺すと言ったはずだが。元仲間の方が大切か?」
「ぜェ、ぜェ……何も言ってねェだろ……任務を放棄する気はねェよ」
「てめえのことだ、そうだろうよ。だが、てめえのことだ――このままじゃ遂行もできねえよな」
「は……な、何を……馬鹿にしてんじゃァ……」
どっちつかずの態度を取ってしまっているナイトに、ニックは甘くはしない。むしろ厳しく、
「任務を追加してやるよ――ナイト、刀を納めろ」
「……はァ?」
意味がわからない。
相手が二本の剣で殺そうとしてきている状況で、その命令は『死ね』と言っているようなものだ。
それでも、
「……了解、した」
「ふん。それでいい。そしてそのまま使うんじゃねえぞ。刀を使って良いのは、オルガンティアへの『トドメの一撃』でのみだ」
「ッ…………あァ」
「きちんと完了したら、その後は刀は好きに使っていい」
ナイトは、ニックには従順でなければならない。
つまりこの任務はこの戦いの中限定の話であり、戦いが無事に終わりさえすれば解除される。
そう、無事に終われば。
「ちょっと? ナイトさん? さすがに冗談でしょ……何ですか、それは」
「…………」
変わらず二本の剣を構えるオルガンティアに対し、刀を鞘へと収めてしまったナイトは、ただ拳を握り固めるだけ。
「ナメんなぁぁぁぁ――――ッ!!!」
リーダーの命令とはいえオルガンティアと素手で戦おうとするナイトに、オルガンティアはブチ切れ、剣を持つ両手から赤いラインが飛び出し、それを剣が纏う。
「"血の線"……全ッッ開ッッ!!」
いったいどれだけ人間の血を吸い蓄えたのか、今どれだけ怒っているのか。それを象徴するように、彼の手から迸るラインは歪で、巨大。
火山の噴火のように燃え上がり、肥大化していく赤いオーラは、天にまで届きそうだった。
人間の血を吸わないナイトには、できない芸当。
しかもあのバケモノのようなオーラを放つ怒りの化身と、素手でやり合わなければならない。
「もう、ダメかもな……みんな、すまねェ」
『最強』の吸血鬼は、あまりにも女々しすぎる謝罪を小声で呟き、威勢の欠片もない表情でオルガンティアと対峙する。
どこか諦めたような、遠くを見るような目で。
「そうだ――おいニック。てめェの言うことには従う。だが、今回ばかりは俺からも言わせてもらうぞ」
「ああ?」
もしかするとナイトの生涯最後の戦いになるかもしれないのだ、だったらニックの『聞き捨てならない台詞』について一言くらい言わせてもらおう。
「『今の仲間より元の仲間の方が大切か』……てめェそれ、プレストン・アーチの前でも言えよ?」
「……! ふん、いいだろう……俺がこの手でケジメをつける」
一瞬だがニックは明らかに動揺した。ナイトは珍しく相手の核心を突いたらしい。
ニックが歩き去ったその直後、
「うぅぅおおおおおお!!」
息つく間も無く至近距離まで迫ってきたオルガンティアが、赤黒くて極太の、凶悪すぎる刃を振るう。
目を狙った上段斬りをナイトはしゃがんで躱し、
「おおおぉ!!」
足を抉り斬ろうとする下段斬りを、しゃがんだ反動でジャンプし躱す。
放物線を描いて着地したナイトはオルガンティアの背後を取るが、
「"剣砲"――"龍首狩り"!!」
オルガンティアが素早く振り向きながら、振り上げた二本の剣を大地へ叩きつける。
赤色の落雷だ、と言われても信じられる爆音と威力。いや、それを遥かに凌駕している。
「ゥごわァァァ!!」
衝撃波だけでナイトの体は紙のように宙を舞い、虫けらのように吹き飛ばされる。
――今のは本来ナイトを狙った一撃だろうが、直撃しても生きていられたのだろうか?
そんな相変わらず女々しいことを考えながら、ナイトは吹き飛ばされていく自分の体を止められない。この勢いに抗えない。
どうにか頭だけは腕で覆って守りながら民家を一軒、二軒、三軒、四軒と貫いていく。
そして一際大きな建物に突っ込むと、ようやく勢いは弱まって床を転がる。
「ぐァ……痛ェと、思ったら……今度は熱ィな……クソ、どこだここァ……」
周囲を見回したってわかるわけがない。
ただわかるのは、現在進行形で火事になっている大きい建物だ。普通の民家ではない。
なんだか――ナイトはここ最近ずっと疲れてるというか、働き通しな気がするが、考えすぎか。
ここ最近というのは、
「あの青髪と作業場で会った頃から、だろ……あの野郎、本当は疫病神なんじゃねェか……?」
ホープとかいうあの男が現れてからというもの、気が休まる時が無い。
まったく――
ガタッ!
「あ?」
突然の物音。
どこから聞こえたのかさえわからない。ナイトは刀を抜きたくなるが、
「いや、ダメだったな。危ねェ……」
もう絶対にニックも遠く離れていて見られるわけがないのに、ナイトは律儀に約束を守る。
すると、
「ひゃああ、あついあついあついあぁぁぁぁ!!」
「おォ!?」
今にも燃えそうになっていた木製のクローゼットから、何か小さい生き物が叫びながら飛び出してきて、ナイトに突っ込んできた。
ナイトの顔を覆うかのように抱き着いてきたその生き物を引き剥がすと、
「人間……ガキ!?」
「ひぃ、こわい顔ぉぉ!!」
「誰が怖い顔だァ!」
長い茶髪で、可愛らしいピンク色の上着を着た、小さな女の子。さすがに敵だとは思えない。
――本当に危なかった。刀を抜いていたら反射的に斬り殺していただろう。
なぜこんなクソガキが、クローゼットの中に?
「うわぁぁんころさないでぇぇ! やだやだぁぁやめてぇぇぇ!!」
「痛ェ痛ェ! 叩くな、てめェがやめろ!」
わざわざ引き剥がしたのに、叫ぶクソガキは自分からまた抱き着いてきて、ナイトの頭をぽかぽか殴り始めた。
困ったことに、ボロボロの体にはよく響く打撃だ。
「殺さねェ、殺さねェからちょっと話を――」
「だって、だっでさぁー、ぐすん! パパはこわい人たちに連れてかれちゃってさぁ! ひぐ、ママとは離ればなれで、う、ぐす……」
「――――」
再び引き剥がすと、幼い少女は泣きじゃくっていた。さすがのナイトももう怒鳴り飛ばす気はしない。
両親と逸れてここに取り残されてしまった、という解釈でいいのか。
そう思った矢先。
「そ、それでぇ……ホープおに、おにいさんもいなくなっちゃうし……」
「何だと!?」
「ひっ、ひぃぃ! こ、ごろさないで! ごめんなさい! なにも、なにも言わないがらぁ! うぇぇぇん!」
予想外の名前に驚いたナイトに、少女がさらに驚いてしまう。
焦りながらも少女を床へ下ろし、
「俺はその……そいつのアレだ!」
「え? なに?」
「だからほら……今てめェが言った……」
「パパのこと!? ママ!?」
「違ェよ、その後だ、ほら、青髪……」
「あおい髪……? ホープおにいさん!?」
「そうだ」
「そうって……ホープおにいさんがどうしたの!?」
「いや、知ってんだよ……」
「しってるの!? え、でも、しってる……敵!?」
「んなわけねェだろ!」
「じゃ、じゃあ……なに?」
「何って……」
今も、今までも、避けてきた表現を、どうやらナイトは言わなければならないようだ。
「……仲間、なんだよ。そいつの」
「ほんとー!? やったーー!!!」
言った瞬間、少女はナイトの胸に飛び込んできた。これで話ができるだろうか。
抱き着いてくる少女に対して棒立ちのまま、ナイトは質問する。
「てめェ何者だ?」
「私、サナ! パパとママとこの町に住んでる」
「青髪とはどういう関係だ?」
「とっても優しいんだよー!」
「……ここはどこだ?」
「えっとねー、『ちゅうおうほんぶ』の、にかい! えへへ、わかるんだよ! すごいでしょ!」
「あァ、まァ……助かるよ」
またも少女――サナの頭を掴んで引き剥がしながら、褒めてほしそうな彼女に頷きを返す。
とりあえずサナが敵だったり、敵の娘だったりもしなさそうだと判断。となると、
「青髪ァどこ行った?」
「上に行ったよ! こわい人たちに追いかけられてたけど……」
「ここにいんのか!? しかも戦ってるだと……? 急いだ方が良さそうだなァ」
かなり掴めてきたはずの状況が、ホープが勇敢っぽいという解釈不一致により瓦解する。
とりあえず三階に行けばいいのだろうが、
「あっ、でも階段が……」
サナが指差すように、三階へと続く階段が燃えてしまっていて使い物にならない。
が、
「そんなもん」
「えっ!?」
ナイトはサナの小さな体を脇に抱え、
「問題の内に入らねェよ!」
「わーっ!?」
膝のバネを使って大きく跳躍。
二階の天井、そして三階の床を蹴り砕き、強引に道を開いてみせた。
◇ ◇ ◇
今、ホープは驚いていた。
突然ナイトとサナが床下から飛び出してきたと思ったら――偶然にもそのまま蔦まで蹴ってくれて、マチェテが床に落ちた。
一瞬にしてこんなことが起こったのだ。
おもむろにマチェテを拾うホープにナイトが気づき、
「おい、てめェ! このガキ下の階に置いてきただろ、燃えるとこだったぞ!」
「あ……そういえばそうだった」
「詰めが甘ェんだよアホ!」
「ケンカしないでよぉ!」
馬の合わない二人を、サナが手をバタバタさせながら止めようとする。
「ちィ……てめェ、どうしてここにいんだ? 誰と戦ってる?」
「あぁそれは……」
唐突なナイトの質問に答えようとすると、
「ホープ、もう逃がさねぇぞ!」
「あのガキも生きてたか……面倒くせぇなオイ」
「三階はそんなに燃えてないな」
その質問の答えそのまんまである、シリウス、ダン、カスパルが追いついてくる。
少女と吸血鬼までセットだということに驚いている様子だが、
「うおぉぉぉ!!! 今度こそ、あんたの息の根を止めてやる! ここにいるんだろナイトさん!!」
次の瞬間。
目を疑うような赤いオーラを放ちながら、翼を広げたオルガンティアが建物へ入ってきた。
次から次に合流して、大集合である。
「四天王オルガンティアか……何だあの姿!? あんなのと戦ってらんねぇよ!」
カスパルが不安を口にすると、
「心配無用だ、反逆者ども。俺はあの銀髪の吸血鬼の相手で忙しい。そっちもだろ?」
「……ああ、そうさ」
オルガンティアが否定し、続く彼の質問にはホープしか見ていないシリウスが返答。
大集合とはいえ、それぞれ相手は決まっているということだ。
オルガンティアと対峙するナイトが、サナを挟んで背中合わせになってホープに聞いてくる。
「青髪……まさか、3対1か?」
「うん」
「おい、勝てるのか? 言っとくが俺だって崖っぷちだ。助けてやれねェぞ」
「助けは期待してないから」
そう、元々は一人孤独に戦っていたのだ。今さら助けを乞う気にはならない。
「肝が据わってんなァ、青髪てめェ……」
「え?」
羨むようなナイトの言い方に、ホープは耳を疑った。が、
「ニックから任務を課されて、あのバケモノ相手に素手で戦うことになっちまってなァ。しかも負けたらてめェも仲間も皆殺しだとよ」
「素手!? 何でそんな命令聞くんだ!?」
「……さァ、何でだろうな」
話の流れからするとナイトは『任務』『敗北』『オルガンティア』、とにかく何もかも怖がりながら戦っている、ということになるのか。
でもホープだって、
「おれも……この戦いで死んだら、レイを殺すってさ」
「何……!?」
レイが死ぬなんて、恐ろしくて口にも出したくないくらいなのだ。
聞いたナイトは何度か頷き、
「ったく……どうなってんだ俺たちァ。ニックの操り人形じゃねェんだぞ」
「……うん」
「戦いくらい、単純にやらせてほしいもんだ……」
「うん」
こんな絶望の淵みたいな状況下で、ようやくホープとナイトは意気投合できる。
そして、
「俺たちァ能無しだよな。てめェはよくわかんねェし、俺ァ中途半端……で、お互い猿みてェに頭が空っぽ。やってらんねェ……」
「うん」
「だったらよ……」
――歴史が、動く。
そう言っても誰も信じないのだろうけど、ここから始まっていくものがあるのだ。
「せめて、仲良くいこうぜ。そんで、生き延びてニックに見せつけてやるんだ……生き残る力だけァ、あるんだってところを」
いつになく優しい声で言うナイトが――ホープに差し出すように、拳を突き出してくる。
顔はこちらを振り向かずに、拳だけ。
ホープにも意味はわかる。俗に言う『グータッチ』というものだろう。
意味はわかる。
でも、やっぱり、おかしいではないか。
「待ってナイト――その前にさ、教えてよ」
「あ? 何を?」
「だって、君は最近になって急に様子がおかしくなったもん。どうして? 前は……君がおれを嫌がってたのに、どうしちゃったんだ?」
「あれ……説明、して……なかったか」
白々しく言うナイト。どうやらちゃんとした理由はあるようだから無言で聞いていると、
「てめェが大都市アネーロから無事帰ってきたら、『仲間』として認める――そう決めてたんだ」
「……いや、初耳なんだけど」
「……悪ィな」
ナイトしか知らなかった自分勝手すぎる誓いを、どうやら真面目な彼は誠実に守ったらしい。
まぁ、彼がバカなのは知っているから、もう驚きとかは無いのだが。
ナイトは突き出した拳そのままに少し俯き、もう片方の手で後頭部をボリボリ掻く。
「ホープ・トーレス……でいいんだよな? これまでの態度は本当に悪かったと思ってる……ごめん」
「っ!!」
「だから……ほら。頼むよ」
謝罪。そしてグータッチごときを、拳をブンブン振って懇願してくる。
「俺たちァ……仲間……じゃ、ねェのか?」
「君は勝手だな――本当に自分勝手でバカで、最低の仲間だよ、ナイト」
ホープは間違っていた。
目の前に立っているその男は、『最強』でも『豪傑』でも、まして『悪党』でもない。
――言質を取るまでは仲間だと名乗れない、豆腐メンタル野郎。
――人間の血も吸わない、間抜けな吸血鬼。
――ただホープと仲良くしたいだけの、不器用な奴。
「生き延びよっか……とりあえず、ここではね」
「お……おォ!」
だからホープは、ナイトと力強く拳を合わせた。




