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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第三章 『P.I.G.E.O.N.S.』問題
156/239

第144話 『SHOVEL』



 誰にも聞こえない鈍い音がした。


 そして、




「うあぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!!!!」




 バーク大森林の端まで届いてしまいそうな甲高い悲鳴が、宵闇に轟く。

 木々に隠れる鳥たちは恐れ、次々に空へと飛び去っていった。


 ――その発生源は、



「ハァ……ハァ……当然の報いってやつだ! て、てめぇが俺をしつこく追い回すから悪い!」


「あぁあぁぁぁぁ〜〜〜っ!!!」



 頭から血を流す、若草色の髪の少女――メロンだった。

 目を見開き、痛む頭を両手で抱え、地面をのたうち回る彼女を見下ろすのは、鉄仮面の大男ロブロ。


「俺は戦場から逃げ出してきたってのに……!」


「う、あぁぁ〜〜〜っ!!」


「もうプレストン様とは縁を切って……てめぇらとも無関係になるとこだったのに!」


「あああ〜〜〜〜ぁ!!!」


 つい先程――執拗に追跡してくるメロンに嫌気が差したロブロは、振り返って鎖を振るった。

 ヤケクソだったからロブロはよく見ていなかったのだが、その一撃はメロンの頭部のどこかに直撃し、彼女は地面に転げ、今に至る。


 戦う覚悟。


 ――相手の命を奪い、自分の命を賭ける覚悟。


 それがまだ無いロブロは、自分よりずっと若い少女が芋虫のように地面を這い回る姿を、どうにも直視できなかった。


「クソ……あばよ!」


 だからといってどうということもなく、ロブロは彼女に背を向け、逃走を再開する。



「うぅ〜っ、うっ……!」



 しかしメロンは地に伏したまま、定まらない視界の中で銃を握り、震える銃口でどうにかロブロの後ろ姿に狙いをつける。


 引き金を、引く。



「……っ! くぅ……!」



 決死の思いで放った一発は、見事にロブロの鉄仮面に命中――弾かれた。

 凄まじい痛みに判断力を狂わされているメロンは、普通に相手の脳を狙ってしまったのだ。今ので全てが台無しとなった。


 その上、だ。


「アァ"」


「……え?」


「ウ"ォオ"ォォオ」

「ァキ"ァア」

「オオオ"ォォ」


 メロンの悲鳴と銃声に釣られたスケルトンたちが、木々の合間から、茂みの中から、続々と現れる。

 数秒の内にスケルトンは数え切れない量になってきた。早く何かしなければ手遅れになる。


「カ"ァァァッ!!」


「……うぅ!」


 立つことができないメロンは座ったまま銃を構え、最初に近づいてきた一体の頭蓋骨をブチ抜く。

 倒れたスケルトンを踏み越え次々と迫る大量のスケルトンたち。さらに周囲の地面からも這い出てくる。


 メロンはそれでも冷静に銃を構えるが、



 ――カチ。


 ――カチ! カチ! カチ!



 何度引き金を引いても、何も反応が無い。弾が尽きてしまったようだ。


「どうして……こんな、時に……」


 ロブロ追跡時に無駄撃ちしすぎてしまったのか、よくわからない。

 ただ一つわかることは、




「カ"ァァァオォ"ウォォォォ"オオオオオオオォ"ォオオォォォ」

「ゥゥウ"ァァオ"ォォ」

「コ"ォォアッ」

「ァァ"ァァァアアアアアアア"アァァアァロ"ォォォアオァァァァァァ"」


「うぁぁ〜〜〜〜!!!!」


「カ"ァァァオォ"ウォォォォ"オオオオオオオォ"ォオオォォォ」

「ゥゥウ"ァァオ"ォォ」

「コ"ォォアッ」

「ァァ"ァァァアアアアアアア"アァァアァロ"ォォォアオァァァァァァ"」

「ウ"ォオ"ォォオ」

「ァキ"ァア」

「オオオ"ォォ」

「ゥゥウ"ァァオ"ォォ」

「コ"ォォアッ」

「ァァ"ァァァアアアアアアア"アァァアァロ"ォォォアオァァァァァァ"」

「ホ"ォォォォォアァア"ァァァォォォォォ」




◇ ◇ ◇



 ロブロは必死にバーク大森林の中を走っていた。戦場から遠ざかるように、とにかく遠ざかることだけを考えて――


「あ、あれっ、ちょっと待てよ……? これ方角合ってんのか!? まさか遠ざかってねぇのか!?」


 町から聞こえる銃声や爆発音が、いつまで経っても遠くならない。さっきまでは間違いなく少しずつ離れていたはず。

 もしかすると、あの女を鎖で殴った後から調子が狂っているのかもしれない。


「とにかく確認を――」


「ん? おい、そこにいるのは誰だ!」


「はっ!?」


 暗い森の中で、ロブロは二人の男と鉢合わせる。


「あぁ、お前……ロブロか」

「焦った。()()()をぶっ放すとこだったぜ」


「…………」


 彼らはどうやらプレストンの部下の兵士のようだ。

 しかし持っている物が他の兵士とは明らかに違っている。普通はライフルやハンドガンなのに、


「そりゃ……グレネードランチャーか?」


「おう。榴弾入りだ」


 擲弾発射器。グレネードランチャー。彼らが持っているタイプは基本的に上方向に銃口を向け、曲射にて榴弾を前へ飛ばすもののようだ。


「ん? おい、ところでロブロ――」


「てめぇら。そんなもん持って、どうしてここにいんだ? 戦場なら壁の中だぞ」


 兵士がロブロの話を始める前に、ロブロは色々と気になった点について聞く。

 なぜなら話を逸らさなければならないから。ここにいる理由を聞かれては、学が無いロブロには言い訳が難しい。


 『逃げてきた』なんて死んでも言えないし。


「は? プレストン様の用心棒なのに聞いてねぇのか、内容?」


「あ、あぁ、まぁ外のことはそんなにな……」


「……へぇ?」


「いいから話せ! 味方だろ!?」


 まずい。これは話なんかしてないで早く立ち去るべきだったかもしれない。


「だからよ、俺たちはプレストン様から『GO』が出たら、すぐ()()()を壁内に向かってぶっ放すんだ」

「今は待機中ってわけさ」


「おいおい、マジで聞いてねぇぞ。てめぇらみたいなグレネードランチャー部隊は他にもいんのか?」


「いるぜ。たくさん。町を囲むように配置されてる」


「……でもよぉ」


 壁内に向かってグレネードランチャーを撃つ、その言葉を聞いて疑問は増える。


「てめぇら命令されたら、本当にすぐ撃つのか? 味方がまだ中にいるかも……ってか、いるに決まってんだろ?」


「……まぁ撃つかな」

「プレストン様は用意周到な人だ。何か、味方が死なねぇような考えがあんだろ?」


「…………」


 ロブロはプレストンに、中央本部三階の窓から外の池へと突き落とされたのだが。平然と。

 あそこに池があったのはちゃんと計算されていたのか、それとも。


「いいや、プレストン様(あのひと)は……」


「おいロブロ。お前こそどうしてここにいんだよ?」


「っ!」


 これは、まずい。かなりまずい。


「俺たちこそ聞いてねぇんだよ、ただの用心棒のお前が壁外に出てくるなんてよ! さっきから態度も変だ。ここにいる理由を言え!」

「そうだよ」


「っく……べ、別に俺は!」


「まさかロブロ、お前逃げてきたのか!?」

「こりゃあプレストン様への反逆だな。悪いが死んでもら――」


 上手くいっていたように見えた誤魔化しもトントン拍子で崩壊。

 一人が懐からハンドガンを取り出そうとする前にロブロは、


「俺は死にたくねぇだけだ!!」


「ぐぇっ!」


 先に懐から鎖を引き出し、しなる鎖で相手の首元を打つ。

 首を押さえながら倒れる兵士。


「だからっ! てめぇがっ! 代わりに死ねっ!」


「ぐぁあッ!!」


 その背中に何度も何度も、何度も鎖の攻撃を浴びせる。そいつが動かなくなったところで、


「何してる、血迷ったかロブロ!」


「てめぇも死ね!!」


「ぅぐ!?」


 もう一人がロブロを止めようと走り出す。それを阻止するようにロブロは鎖を振るい、兵士の首に巻きつけた。


「あぁが……く、ぐる、じい……!!」


 苦しみながらも必死で、首に巻かれた鎖を取ろうとしている兵士。


「うらぁッ!」


「ごふ」


 ロブロはその鎖を引っ張り、兵士の頭を近くの木の幹に直撃させる。

 当たりどころが良いのか悪いのか、兵士は頭から血を流して死んでしまったようだ。


 二人とも、死んでいる。

 どうやらロブロは今日だけで三人も殺してしまったらしい。


「は……はは。だが、これでいい……これでいいんだよな、はは」


 自分さえ生きていればいい。誰が正しいとかは関係ない。

 また自分を正当化させたロブロは、二人に背を向けて歩き出そうとして、



「……あ?」



 左足で踏み込んだ瞬間、ガクッと力が入らなくなり膝をつく。

 いったい、何が。


「う、うわ、はぁ!? 足が!?」


 見ると、左の大腿部に風穴が空いている――銃弾が貫通したかのように。



「逃がしませんよ〜……逃がしません」


「え、えぇ!? てめ、あぁ!?」



 顔だけ後ろを振り向いたロブロの目に、若草色の髪を真っ赤に染めた少女の姿が映る。

 いや、そんなはずはない。頭を強打して死ぬ寸前だったのに。罪悪感から見せられた幻覚――



「クソがよぉぉ!!」



 もうこの際、幻覚でも何でもいい。とにかくロブロは振り向きざまに鎖を振り抜く。

 が、弾かれる。



「ふぁ!?!?」


「それもう二度と食らいませんから〜」



 血まみれの少女メロンは、手にスコップを持っている。それで鎖を防御したらしい。


「て、てめぇ何で生きてんだぁ!? 芋虫みてぇな状態だったろうが!」


「はい、確かに〜……しかも弾切れで〜、大量のスケルトンに囲まれました〜」


「わけわかんねぇ!!」


 鎖を振り回しながらロブロが荒い息遣いで問えば、全部をスコップで完璧に防御しながらメロンが爽やかに答える。


「正直私も死ぬかと思いましたよ〜……でも助っ人が来たんですね〜」


「何!? 何て言った!? す、助っ人って言ったのか!?」


 ガンゴンガン、という鎖とスコップのぶつかり合う音で会話がしづらい……のはロブロだけのようだが、



「その通り! 偶然通りかかったワシがスケルトンを蹴散らし、お嬢ちゃんを救ったのさ」


「だ、誰だてめぇ!?」


「ワシはスコッパーだ。そのスコップの持ち主。いや、一応外から様子見しながら町に侵入しようとしてたんだが……こんな形で功を奏すとは驚きよ」



 近くの木の裏から出てきたのは手ぶらの老人だが、話を聞く限り、どうやら彼がメロンにスコップを貸したようだ。

 そんなことを考えていたら、


「ぼがぁ!?」


 スコップの鋭い一撃がロブロの鉄仮面を打ち抜き、衝撃を与えてくる。

 方向感覚を失うロブロだが、


「ぶふぅッ! えぁぶッ!」


 左右から交互に、とめどなくスコップが飛んでくる。その都度脳みそが右に左に揺すられる。

 そして、


「がぅ……!」


 真上から脳天を打たれ、鉄仮面越しとはいえ衝撃に耐えられずロブロは両膝をつく。


「ふん〜っ!」


「ぐお」


 その厚い胸板にメロンは蹴りを入れ、ロブロを仰向けに倒れさせた。

 ロブロは倒れた自分の体をぼんやり見て、


「あ……?」


 そういえば太ももが撃たれていた。もう精神的にも物理的にも衝撃が多くて忘れていたが、銃で撃ち抜かれていたのだ。

 どういうことだ。弾切れだと言っていたのに。


「あ、あとこの銃なんですが〜」


「それもワシが弾持ってきた!」


 メロンがハンドガンを取り出し、スコップを投げ渡されたスコッパーが自分を親指で示す。

 ということはあの銃には、弾が潤沢に入っているというわけで――


「うぐぅ!! クソ! クソが、近寄るんじゃねぇよ小娘ぇ!!」


「イヤです〜死んでもらいま〜す」


 口ばっかり動いて、体の自由が利かないロブロ。頭と左足をやられているのだから、まぁ当然なのだが。

 メロンは銃をロブロの腹に押しつけ、


「は……おいやめろ!!」


「やめませ〜ん」


 一発、撃つ。


「あぁ!? がぁぁぁぁうぁ!」


 そして少し横に移動させ、もう一発撃つ。


「はびゃうぎゃぁぁぁだあぁあ!!」


「いきますよ〜」


 二度撃ったことによって空いた穴に、メロンは躊躇なく手を突っ込んだ。


「は!? ぁぁぁあああ!!」


「これ、かな〜? これですかね〜」


「えぁ、あぁ※○♨!?(判別不能) ▲☒◎♨※○!!!(判別不能)」


 もはや言葉にならない言葉を発することしかできないロブロ。

 嗚呼――明らかに内臓を掴まれている感覚がある。目の前の、清々しいほどの笑顔の美少女に。何だこの感覚、気持ち悪すぎる。


 そして――腸が、外へと引っこ抜かれた。


「うぉぼぁぁ〒△♨※♭D!!(判別不能) ⊆㉙Áごわぁ☓▼♨!!(判別不能)」


「耳障りですね〜。何て言ってるんですか〜?」


「➶✲※♨△♫(判別不能)」


「全然わかりませ〜ん」


 精神的・物理的ストレスによって、もうどこだか知らないが脳の言語を司る大事な部分が壊れてしまったかのようなロブロ。

 痛みなどどうでもいい、というか感じている暇も無いこの感覚。死が急激に迫ってくる感覚だ。


 引きずり出したロブロの腸をその辺に投げ捨てたメロンは、再び銃を構える。

 後ろで怯えているスコッパーを無視し、


「命乞いできますか〜? ロブロ〜」


「○△□(判別不能) ※§❖〓(判別不能)」


「はいわかりました〜。あなたは自ら仲間を殺したけど、私にはちゃんと仲間がいました〜。それが勝敗を分けたようですね〜」


「(´・ω(判別――――」


「死んでくださ〜い!」


 仰向けのロブロの顎に銃口を力強く突きつけ、メロンは引き金を引く。

 射出された弾丸は顔の内部で破裂し、鉄仮面の穴という穴から、ありとあらゆる体液が噴出した――――



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