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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第三章 『P.I.G.E.O.N.S.』問題
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第142話 『――僕に任せてくれ』



「弱イ……! 弱スギル!!」


 四天王アクロガルドが、リザードマンらしい野太い声で叫んだ。

 ダリルは倒れたまま動けないものの、聞き耳だけは立てている。


「コノ程度ノ武力デ、ぷれすとん様ニ喧嘩売ッテンジャネェゾ!!」


「……グフ」


 動けないダリルの頭を、理不尽にもアクロガルドは踏みつけて地面に押しつける。


「今ノハ、オ前タチニモ言ッテンダゾ!? ザコ人間ドモガ!」


 アクロガルドの見る方向には、一台のキャンピングカー。攻撃のタイミングを待っているようで、微動だにしない。

 運転席のコールはダリルを心配して冷や汗をかき、後部にいるカーラは自分の作業に没頭している状態。


「車デ突撃スルシカ能ガ無ェ……馬鹿ノヒトツ覚エッテ言葉ガ――――ア!?」


 とにかく悪口を吐きまくるアクロガルドの語りが急に中断したのは、巨大な蔦のようなものが地面から生えてきて彼の腕を拘束したからだ。


「何ダコリャ……チッ、ふろーらノ仕業ダナ」


 捕まえてくる植物を面倒臭そうに睨むアクロガルドの周囲に、食虫植物のような種類の植物も次々生えてきて、全方位から一斉に彼を襲おうとする。


「アノ(アマ)……味方ヲ襲ワネェヨウニ調教シテネェノカァ、オイ!?」


 焦っているというより、呆れているような態度のアクロガルド。


 しかし――コールは見抜いていた。


 あの四天王はリザードマンのくせに、鋭い爪での攻撃を全くしない。

 なぜかと思い観察すると、彼は爪を短く切り揃えていたのだ。戦闘スタイルを見るにパンチが中心なので爪が邪魔なのだろう。


 あの植物が何なのかはわからない。意味不明な光景でしかない。

 だが一つ間違いない。アクロガルドには植物を引き千切る手段が少ない、ということ。

 牙は口腔に並んでいるが、そんなものであの無数の植物を迎え撃つのは難しいだろう。ウネウネと動く蔦などにパンチしても効果も薄そうだ。


「チャンス、だぜー」


 植物に囲まれ身動きの取れなくなったアクロガルドに、トドメを刺すなら今しかない。


 コールはアクセルを最高に強く踏み込んだ。


 巨大なアクロガルドの姿が、蔦や食虫植物に飲み込まれて見えなくなっていく。

 そこへキャンピングカーが猛スピードで突っ込んでいく――――!



「甘ェンダヨ!!」



 が、突然アクロガルドの姿が現れてしまう。蔦は全て切り裂かれていて、



「う、おーっ!?」



 キャンピングカーの猛スピードはアクロガルドの両腕に軽々と止められてしまう。

 こうなると、為す術もない。


「くっ、どうやってー……」


「俺ガ葉ッパ相手ニ、何モデキナイト思ッタラシイナ。ガッハッハ、残念ダガ」


 アクロガルドはその両腕に、()()のような武器を装着していた。

 今は普通に手を使ってキャンピングカーを押し戻しているが、串刺しにでもされてたらコールは即死だったろう。それほどに凶悪で鋭い見た目。


「俺ハ『四天王』……舐メテモラッチャ困ル!」


「うおー!?」


 そのまま、アクロガルドは自分よりも大きなキャンピングカーの車体を持ち上げる。とんでもない怪力っぷりだ。

 もう運転手のコールが何をしても、宙に浮かんだ車の制御などできるはずもない。


 ブォォォン、と無駄なエンジンの音が鳴り響くだけ。

 無意味にタイヤが空回りするだけ。もうどうしようもない。


「……ソッチノぐるーぷニモ、吸血鬼ガイルソウダナ? おるがんてぃあノ、知リ合イラシイガ」


「!?」


「恐ラク、ソノ二人ハ既ニ戦ッテルダロウ。ダガ、希望ハ捨テルコトダ」


 とっくに勝利を確信しているアクロガルドは、マフィアっぽい帽子の下で、不気味な笑顔を作りながらコールやダリルに話しかける。



「おるがんてぃあハ『最強ノ吸血鬼』。言イタカネェガ、俺デスラ手モ足モ出ネェ、化ケ物ヨ。誰ガ相手デモ奴ハ……負ケネェ」



 戦慄が走る。

 ナイトが本当に交戦しているとして、こちらとしても『最高戦力』である彼の勝利を信じなければならない。


 ならないのだが、このアクロガルドに圧勝する化け物など想像ができない。

 何て恐ろしい話だ。



「おるがんてぃあガ、オ前タチノ吸血鬼ヲ殺ス。俺モオ前タチヲ、コノ場デ皆殺シ――ソシタラ後ハ、町中ヲ掃除シテイクダケダゼ……マァ、記憶ノ片隅ニ残シトイテヤロウ」



 アクロガルドは片腕のみで車体を持ち上げ、離したもう片方の手は握りしめ、鉤爪の四本の先端が運転席のコールに狙いを定めた。


「くそーっ、カーラ何かないかー!?」


「――ダメだ。アイデアが浮かばねぇ!」


「こうなりゃー……」


 後ろのカーラからの絶望的な返事を聞き、コールは急いで銃を取り出そうとする。

 が、間に合わない。


「ヤ、メテ……」


 蚊の鳴くような声で言うダリルも、弱々しく手を伸ばすことしかできない。



「夢見ガチナ、馬鹿一味ダッタト――!!」



 アクロガルドの鉤爪がフロントガラスに届く、



「――ォォオオガァアァアッ!?」



 直前。


 吹き飛んだのは、叫んだアクロガルド一人。


 宙に浮いていたキャンピングカーは支えを失ったことで地面へと着地する。

 揺れる車内ではコールが、何が起こったのか理解できず混乱していた。


 だが、最も混乱しているのはコールでも、ましてやダリルでもカーラでもない。



(ハ……? オ、イ……ドウナッテ……?)



 何の脈絡もなく衝撃を受け、地面を抉りながら転がり、民家に激突して半壊させた、アクロガルド本人なのだ。

 壊れた民家の埃の中、アクロガルドは頭を振り、落ちていた帽子を被り直す。


(アノ……弱イハズノ、りざーどまんカ? アイツニヤラレタノカ?)


 ダリル、とか呼ばれていたリザードマンは再起不能になるまでボコボコにした。

 ほとんど動けもしなかったはず。演技だったのだろうか、そうは思えないが。


(車ノ中ニハモウ一人、人間ガイタヨウダガ……? イヤ、マサカ。人間ガ俺ヲ……吹キ飛バスナンテ……)


 アクロガルドの腹に走った、あの衝撃。

 力強く、爆発のようだった。まるで大砲にでも撃たれたかのように。


 人間にそんなこと、それこそ大砲が無ければ不可能に決まって――




「間に合って良かったよ」




 一人の人間がこちらへ向かって歩いてくる。


 運転席の女も、弱いリザードマンも、その一人の青年を見て唖然としている。

 その赤髪の、細身の、どこからどう見ても普通の人間な、青年を。


「ダリルくん、だったよね? ごめん。さっきまで僕は君の戦いを見ていたんだけど、別のことをしなくちゃいけなくなってね」


「……エ?」


 ダリルは目をしばたたかせるだけ。青年との会話ができていない。


「エンー? 今、今のって何ー? アンタ、何が起きたか見てたー?」


「ああ、そうだね。大丈夫」


「えー?」


 運転席の女との会話も、成り立っていない。あの青年が何者なのかアクロガルドにはさっぱりわからなかった。


「……オ、オ前カ!? 今、オ前ガ俺ヲ攻撃シタノカ!?」


「答えない」


「何ダト!?」


 アクロガルドは『エン』と呼ばれた、こちらにゆったりと歩いてくる青年に問い掛ける。

 が、ばっさり切り捨てられた。


「……僕には、このグループの人たちを助けなきゃならない理由があるんだ」


 エンはアクロガルドから目を逸らさないが、恐らく仲間たちに対して話し始める。


「大都市アネーロで死にかけていた僕を、拾ってくれたのはメロンだ。でも、ここまで命を繋いでくれたのはこのグループの人たち全員さ」


「……!」


「受けた恩は、なるべく返したいじゃないか」


 どうやら義理堅い人間らしいエンの次の一言は、この場の全員に衝撃を走らせるものだった。



「――僕に任せてくれ」



 間違いない。

 彼はこの場を……四天王のリザードマン、アクロガルドの相手を請け負うと言ったのだ。


「ちょ、アンタ正気ー? 武器も持ってないんでしょー!? ただの人間があんなのに勝てっこないよー……」


「僕を信じて。コールさん」


「え、えぇー?」


 さすがのコールも想像を超えた展開に、動揺を隠せないでいる。

 対してエンは冷静さを欠片も崩さない。謎の自信に溢れているのだ。


「でも、そうだね。簡単にはいかない相手だと思う。きっと巻き添えをくらっちゃうから、ダリルくんもコールさんも、この場から離れてほしいな」


「ヒ、一人デ……戦ウツモリ、ナノ!? 無理……ダヨ!」


「……信じてくれないのかい?」


「!?」


 とにかく今のエンとは、話せば話すほど言葉がつっかえて出てこなくなる。

 しかし最終的には、


「ダリル、乗れー」


 倒れ伏せるダリルの横にキャンピングカーを止めるコール。

 ダリルは芋虫のように這って車内へ。


「……死ぬなよー?」


 不安そうな顔でコールは言い、本当にキャンピングカーでその場を後にしてしまった。



「――人間ニ、俺ガ倒セル訳ガネェ! 舐メヤガッテ! ブッ殺ス!!」



 激昂したアクロガルドはエンのもとまで距離を詰め、両方の拳を固めて鉤爪を振りかざしていく。

 鉤爪が地面を切り裂く様子は、まるでスプーンでゼリーをすくっているかのよう。当たれば人間など一瞬で細切れだろう。


 そんな驚異の攻撃を躱しながらエンは、



「リザードマンのくせに、どうして爪を武器に頼るのかわからないな」



 冷ややかに言い放つ。



「アァ!? 俺ガ強スギテ聞コエネェナァ!」



 自身の攻撃の、風を切り裂く音で何も聞こえないと自慢げに言うアクロガルドに、エンは。



「――さっきの質問に答えなかったのは、君がこれから知ることになるからだ」



 また、冷ややかに言い放った。



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