第141話 『植物巨人』
「自分の名は――――レナード・ホーク」
「えっ?」
目の前にいる緑髪の男がそう名乗る。
しかしレイが驚いたのは、決して彼の名前が変だったからとかではなく、
「本当は名乗る程でもございませんが、今この場においては、必要かと思いまして。所謂『コミュニケーション』というものでしょうか」
彼――レナードが、レイに向けて構えていた弓矢を地面に捨てたからである。
何の躊躇もなく、笑顔で、だ。
「な、何なの!? あんた何者!? ティボルトと……ウ、ウルフェル? とかいう奴と関係あるの!?」
それでもレイは警戒を解かない。
レナードの乱入のタイミングは、明らかにティボルトとウルフェルにトドメを刺されるのを止める雰囲気だった。
さらに、彼は初対面なのにレイの名前を知っていた。それもフルネーム。
「ティボルトからあたしの話を聞いたの!?」
直球な質問。
レナードは胸に手を当ててお辞儀し、
「……お察しの通りでございます、レイ様。自分たち三人は現在、行動を共にしております」
「じゃあこいつらの仲間ってことね!?」
「ええ、まぁ、そうとも言えるでしょうか」
「ハッキリしない奴……!」
正直、レイは苛つきを隠せない。
切られた腹は痛むし、ティボルトがまだ生きているし、何より仮面無しでレナードと顔を突き合わせているのだから。
するとレナードはレイの気持ちを察したようで、
「……ハッキリしない奴で、申し訳ありません」
「だぁぁ!! もぉ!!」
察したとはいえ、その現状を何も変えることのない不毛な謝罪は――火に油を注ぐことになった。
レイは小石を上に投げ、そして杖で打つ。
「無駄話が過ぎたようですね」
真剣な表情で冷静に言うレナードに、白く輝く小石が迫る。
が、地面を転がって回避した彼は直撃を逃れた。
「流石は魔導鬼。ティボルト様から聞いたお話では『一人では何もできない』とのことでしたが、どうやら急成長を遂げられたご様子」
後ろで起きる爆発を見ながら、レナードはレイを称賛する。
「あ、あんた聞きすぎよ! 知りすぎ!」
対してレイは、まるでレイを殺す対策を立てているかのようなティボルトとレナードの裏での行動に怒りを隠せない。
だが、レナードは悲しげな顔になる。
「レイ様。確かに自分は貴方様のことを知りすぎたかもしれません。無礼をお許し下さい」
「…………」
「しかし信じてほしいのです――ティボルト様は、貴方様を悪く言っていないと。むしろ逆なのだと」
「……どういうこと?」
流れが変わってくる。さすがのレイも、もう攻撃を仕掛ける気にはならなかった。
「ティボルト様は、そちらのグループ内で何が起きたのか、包み隠さず全てを話してくださいました――完全なる『悪党』であった彼が、グループの元お仲間様たちに、レイ様に、何をしてしまったのか。その全てを」
「っ!」
「話している間も、彼は悩み、苦しんでいました。時には自傷行為もあり、挙げ句の果てには自死の道を選ぼうともされました」
信じられない、話だった。
どういうことなのだ。それはまるで、
「後悔してた……ってこと……?」
「…………」
また直球な質問をしたレイに、レナードは深い沈黙で答えた。
そして、話は『今』へと切り替わる。
「自分が保証を致します――ティボルト様はもう、レイ様と敵対することはありません」
彼は揺るぎない眼差しで言い切った。
「……あたし今、あいつの顔グチャグチャにしちゃったけど?」
「ええ、そうですね。それでも彼は怒りもしない。むしろ本望でしょう」
「……嘘よ。聖人君子じゃないんだから」
ここからではよく見えないが、横たわるティボルトは今、左頬と左耳下半分が無いだろう。
それでもレイにやり返さないなんて、そんな――
「それでも、です」
強く言い切るレナード。
だがレイは、このまま気圧されて終わるわけにはいかない。
「どいて、レナード。あいつが死んでようやくこの戦いは終わるの」
「いいえ、どきません。貴方がたがどれだけの被害を被ったか、ティボルト様から聞いて理解はしております……もう制裁は充分でしょう。終わりでございます」
「余計なお世話よ!」
我慢の限界が来たレイは、とうとうレナードを無視。彼の横を通り過ぎてティボルトの方へズカズカ歩く。
と、すぐに後ろから腕を掴まれた。
「レイ様」
「何よ! 離して!」
振り払おうとするが、レナードはその細身からは考えられないほど力が強く、振り払えない。
そして、
「――本当に、『死』は『罰』となり得るのでしょうか? レイ様」
とんでもない一言。
レイは理解できず「……は?」と、絞り出すのが精一杯だった。
◇ ◇ ◇
「…」
無口な剣士エディ。
彼はこの町の四天王であるエルフ、フローラを討伐し、次の目的地を屋根の上から探す。
その場所は先程、フローラを斬った場所から変わってはいない。
つまり彼女の死体は相変わらず下の地べたに転がっており、
「…?」
エディは、おもむろに死体に目を向ける。
「…」
違和感。
別にフローラの死体自体に違和感は無く、問題はその傍らに存在する物だ。
――ちょうど斬り傷のある腹部のすぐ横、不自然なことに一輪の黄色い花が咲いている。
あんなもの、あっただろうか。
「…」
妙に気になってしまい、エディはしばらく花を眺めていた。
と、
――ポツン。…………ポツン。
気づく。
目を凝らして見てみると、どうやら花からは一滴ずつ蜜のようなものが垂れており、その雫はちょうどフローラの傷の位置に落ちて――
「…!」
エディはもう何も考えず、剣を抜いて屋根から飛び降りる。
あれが何を意味するのかはわからない。わからないが、間違いない。
「――ふふ、もう遅いわ」
エディは不覚を取ったのだ。
「…!!!」
死んでいるはずのフローラが、仰向けに倒れたままニヤつく。
同時に彼女の周囲の地面が盛り上がり、無数の太い蔦のような物が次々と飛び出してくる。
剣を振る。
たったの一振りでは、迫る一本の蔦を斬ることしかできない。それが限界。
間髪入れず迫りくる植物たちに、エディの体は飲み込まれていく。
「エルフ相手に一太刀で気を抜くなんて、本当に人間ってバカ。特殊な植物で多少の治癒ならできるのに」
蔦の中心にいるフローラが、まんまと策にハマって蔦に飲み込まれたエディを見つけて嘲笑する。
エルフという種族はその多くが、植物を操ったり、動物と心を交わす特殊能力を持つのだ。
エディを飲み込んでも蔦はまだまだ地面から生え続け、増え続ける。
やがて絡み合った無数の蔦は、一つの巨大な人型のシルエットを作り出す。
「"植物巨人"」
どこぞの彫像のような、天を仰ぐエルフの女性の上半身を象った姿は美しさすら感じさせる。
植物の巨人は芸術的なポーズを崩さないまま、無数に枝分かれした根のようなものをウネウネと動かして、大地を削りながら進んでいった。
◇ ◇ ◇
「……『死』が『罰』になるなんて……当たり前じゃない! 何言ってんのあんた!」
「……っ!」
今のレイに考える余裕など無く、ただレナードの手を振り払おうとするだけ。
「レイ様! 僭越ながら簡単にご説明を致します……少しだけ止まって頂けないでしょうか! ほんの少し、お時間を!」
「うるさいわね!」
「自分は『生』も『死』も、肯定も否定もしません。『復讐』というものも同様です! しかし、やり方を間違えてしまえば復讐は何も生まないものとなる。だから――」
激化する口論の渦中で、レイとレナードは同時に黙った。
――地面が揺れている。大きな振動を全身に感じるのだ。
「え、な、何これ……レナード何かした!?」
「いえ自分は只の人間にございますので……地震、とも違うような……?」
「だ、だんだん大きくなってきてない……?」
震動は止まることなく――否、止まるどころか強まってきていた。
するとレナードが呟く。
「レイ様、ご警戒を……巨大な何かがこちらに近づいてきています」
「そんなの何でわか――あっ!?」
冷静になればすぐに気づけること。
今まで降り注いでいた月光が突然失われ、レイやレナードや周囲の建物を、巨大な影が覆っているではないか。
「あれは……いったい……?」
目を見開くレナードが見ているのは、影を作り出している元凶。
20メートルくらいあるだろうか。巨大な彫像のように見えるそれは、地を這うように動かし続けていた触手を止める。
小さなレイやレナードには、気づいていないのかもしれない。
それほどの巨体を持つ謎の存在は天を仰ぐポーズのまま、超巨大な両手に、超巨大な弓矢のような物を形成。
形成している様子は、まるで植物が成長し絡み合っているかのようだった。
「……キモッ」
レイが呟いた直後、植物の巨人は引き絞った矢を空へ向かって放つ。
放たれた超巨大な矢は上空で爆発のようなものを引き起こし、
「どうやら……何かが降ってくるようです」
爆発により四方八方へ飛び散った、無数の謎の欠片が、『亜人禁制の町』のあちこちへと落ちていく。
欠片はどれも大きくはなく、直撃さえしなければどうということもない。
が、それはサイズに限る話であって。
「あんな意味不明なデカブツが、そんな無駄なことするとは思えないわよね」
「ええ。全く同感でございます」
二人の予感は一致し、そして、
「きゃ!」
的中することとなる。
避けたレイのすぐ横へ落下し、地面に深く沈んでいった丸い欠片。
確かに欠片は沈んだ。なのに、着弾地点の地面が突如として盛り上がり、
「――キシャアアアアア!!」
「きゃあぁ!?」
地面を突き破って植物の化け物が現れた。
それは簡単に言うと、よくある食虫植物を人間と同じくらいの大きさにしたような、そんな存在である。
「う、わっ、噛んでくる! やめて!」
巨大な肉食の植物は、どうやら虫よりも人の肉を欲しているらしい。
牙のようなものが並ぶ顎で噛みつこうとしてきて、レイは避けたものの尻餅をついてしまう。
「レイ様」
再び弓矢を拾い、構えるレナード。
しかし彼とレイとの間に次々と丸い欠片が落ちてきて、埋まり、そして盛り上がってくる。
そこから飛び出すのは、今度は太い蔦のようなもの。
「ちょっ、きゃぁああ!?」
蔦はレイの足に絡みつく。異常なパワーでレイの体を持ち上げ、宙吊りに。
そこを狙って食虫植物が大口を開けて迫り――
「い、いやぁ、やめてぇぇ!」
「ギシャ」
レイが叫んだ直後、植物の動きが止まる。
一本の矢が下顎から上顎にかけて貫いているのだ。
食虫植物は死んだようで、もたげていた頭を地面へと伏せさせた。
さらに追加で矢が打ち込まれ、レイの足に絡みついていた呪縛が解ける。
「って、落ちるぅぅ!」
見事に宙吊りだったので、何の体勢も取れないまま真っ逆さまに落ちるのだが、
「……あれ。助かった……」
ばふっ、と柔らかな何かに受け止められて、レイは生還を果たす。
助けてくれたのは、
「お怪我はございませんか?」
「っ!!?」
「大丈夫そうですね。それは自分も一安心」
もちろんレナード。
しかしその受け止め方は、巷で噂の――
「『お姫様抱っこ』とかいうやつじゃないの、これ!? 本当にやる奴いるの!?」
「これは――大変なことになってしまいました」
「ちょっと、下ろしてちょうだい!」
おかしなこと続きでもレイは決して忘れない――今、自分は仮面を付けていない。
その状態で『お姫様抱っこ』なんてされて、恥ずかしいとか以前にダメだ。ダメ。ダメすぎる。
肌が赤いから赤面してもわかりにくいのは置いといて、
「能力からして……あの巨人の正体はエルフでしょうか。そして雨のように落ちてくる球体は『種子』ということ」
「聞いてんのレナード!?」
「こんな危険な植物の種が、町じゅうに散布されたということになります。自分たちは勿論、レイ様のお仲間様たちも被害を受けてしまうでしょう」
「……っ!」
冷静に状況分析するレナードの言葉に、レイの背筋が凍りそうになる。
あの獰猛な肉食植物や、怪力を持つ蔦が、仲間たちにも襲いかかるというのだ。
でも。少し考えて。
「……大丈夫よ……きっと、みんななら……」
レナードに下ろしてもらったレイは、震えた声で、自信無く呟いた。
自信が無くても、嘘だとしても、まずは仲間としてこの内容の台詞を吐けることが大事。第一歩である。
レイのことをある程度知ってしまっているレナードも、それを理解しているようで、
「……成程。では、目の前の危険に集中するとしましょうか」
「ええ、そうね」
深いやり取りはせず、二人はとにかく周りの植物たちと戦闘を開始する――
◇ ◇ ◇
――レナードの危惧した通り、町全体に降り注いだ種子たちは大暴れを始める。
「……あ? 今何か降ってきやがったが、手榴弾じゃあなさそうだな」
ニック・スタムフォードもいち早く異常事態に気づくが、平静を乱すことはない。
そして、
「キシャアアァ!」
「……!?」
ニックの目の前に、無数の巨大肉食植物と、巨大な蔦たちがびっしりと現れる。
それぞれニックを襲おうと迫るが、
「葉っぱごときに俺が殺せるか、アホンダラどもがあ!!」
「――――!」
いきなり襲ってくるファンタジーじみた怪物たちにも、ニックは怯むことなくライフルをぶっ放す。
頭を回すよりも『まずは生き残る』ことを優先させるのだ。
が、
「背中がガラ空きだぞ、ニック・スタムフォードぉぉ!!」
ライフルを連射し続けるニックの背後、滑空する吸血鬼オルガンティアが迫る。
ニックは無反応だが、
「させねェ!」
「っ!」
横から飛び込んできたナイトがニックを庇うように立ち、オルガンティアの剣撃を弾いた。
その金属音に気づいたニックは振り返り、
「残念、オルガンティア。今の俺にゃあ背中は無えんだよ」
「俺が守ってるからなァ」
ナイトが調子を合わせた。
息ピッタリの主従関係に、さすがの四天王オルガンティアも歯噛みする。
「……あァ!?」
次の瞬間、ナイトの足に太い蔦が絡みついた。
「しめた」
オルガンティアはニヤつき、一瞬にして間合いを詰める。
「ごぶゥ――――!!」
回転をつけたオルガンティアの蹴りが、体勢を崩したナイトのどてっ腹にブチ込まれる。
絡みついた蔦も千切れるほどの威力をモロに食らい、ナイトは三軒ほどの民家を貫いて吹き飛んでいった。
一瞬の隙が命取り。これが上位の戦いなのだ。
「……苦戦してんなあ」
ナイトが民家に開けていった風穴を見て、呟くニック。
しかし、すぐにオルガンティアと二人きりになったことに気づき、
「てめえもくたばれ!!」
「ッ」
ライフルを撃ちまくるがオルガンティアは空へと逃げ、難なく躱していった。
◇ ◇ ◇
そしてここは――燃える中央本部。
列車が突っ込んでいて邪魔な一階を避け、ホープたちはニ階にいた。
「さぁホープ。武器を全て捨てて、両手を上げて跪け。そうすりゃサナを解放しよう」
シリウスが脅してくる。
未だサナの首元には、ダンがナイフを突きつけている。従わなければ本当に殺すだろう。
「……わかった」
ホープが頷く。
どう考えてもサナと自分の間に絆などありはしない。風船を取ってあげただけの仲。
だが、どうにも、あの子が殺されてしまうのは辛い。放ってはおけないのだ。
――8歳とかその程度の、ごく普通の女の子。誰でも助けてあげたいと思うのではないか?
ともかくホープはマチェテを捨て、両手を上げ、跪いた。
「ほら、これでいいんだろ――――」
「うおぉ!?」
その瞬間、床を突き破って現れた巨大な植物――蔦のようなものにシリウスが驚く。
腰に巻き付いた蔦に、彼の体は宙へと持ち上げられていった。
「シリウス! 今助け――」
「よせ、銃はまだ使うな!」
銃で蔦を撃とうとしたカスパルを、なぜかダンは強く止め、人質のサナそっちのけでナイフで蔦を切りつける。
そんな中、
「どうなってる……うわっ!?」
理解の追いついていないホープの足元からも次々と蔦が現れ、腕、足と絡め取られていく。
ただの植物にしては大きく太く、しかも異常なパワーで締めつけてくる。気づけば体が宙に浮かされ始めた。
全く抵抗できないまま、無数の蔦たちに体が飲み込まれていく。
飲み込まれた体に、食虫植物のような口を持った蔦が近づいてくる。
ハエを食うだけなら巨大な図体は不要のはず。目的がホープの肉であることは明白だ。
――――絶体絶命。
普通の人間ならそう思うことだろう。
「うぉぉぉおぉぉぉ――――っ!!!」
ホープの右目が唸る。
赤い輝きが、取り囲む植物たちを一網打尽に焼き尽くす。
床へ着地したホープは、まだシリウスたちが植物に翻弄されていることを確認。
炎や植物を掻い潜って走り抜け、
「おおぉぉああ――――っ!!」
「ぐあッ!?」
シリウスの救出に夢中になっているダンの顔面を殴り飛ばす。
二本のナイフが落ち、ダンは床に倒れ込む。
「このガキぃ!」
カスパルが銃で殴ろうとしてくるが、屈んで躱し、
「こっちに」
「え、う、うん! ホープおにいさん!」
サナの手を握り、強く引っ張る。
ホープの思った通りに動揺しているサナだが、すぐに手を握り返してくれる力を感じて安心。
この中央本部を安全に出ていくなら、やはり一階に降りるのがいいだろう。
しかし一階への階段は植物たちが塞いで通れなくなってしまった。
別の道が無いかと、階段とは逆方向に二人は走っていく。
「クソが! 何だこの蔦は、お前らも何やってんだ! ホープ! お前だけは絶対逃がさねぇからな!!」
シリウスの、憎悪に満ちた叫び声を聞きながら。




