第140話 『FULL POWER』
「……いっ……」
腹を爪で引っ掻いてきたウルフェルに向かって、レイは杖を叩きつけようとする。
「たぁぁぁい!!」
「おっと」
が、当然レイは仮面が外れてしまった顔の右側を隠しながら片手で振るので、遅い。簡単に避けられてしまう。
「ガルル……ッ」
飛び退いたウルフェルはレイから目線を逸らさず、四肢を全部使って着地。その動きは本当の狼のようだ。
立ち上がった彼は、唐突に笑い始める。
「しっかし、オレ様もナメられたもんだぜ! ガラハハハ!」
「……な、何がよ!」
そこまで傷は深くないようだが痛む、鮮血の滴る腹を押さえながらレイはキレ気味に意味を問う。
「テメェが何隠してんのか知らねぇがよ、片手塞がったままこのオレ様に勝てるとでも思ってんのかぁ? ガラハ!」
「……!」
正論だった。
右手で顔を覆っている状態では、左手しか使えないわけで。これではまともに杖を振ることも叶わないわけで。
でも、
「……うっさいわね! そこどきなさいよ、あたしはティボルトに用があるの!」
この手を離すわけにはいかない――赤い肌。魔導鬼の顔。
敵だろうが仲間だろうが、人間だろうが人外だろうが誰にも見せたくない、憎たらしい自分の顔。
「だから、ティボルトは殺させねぇって言ってんだろうがよ!」
ウルフェルが突っ込んでくる。飛んでくる爪の攻撃を、
「……っ!」
杖で受ける。片手でも簡単な防御くらいできるが、逆に言えば簡単な防御が限界である。
「おらよ!!」
「くっ……!」
次の攻撃では杖を弾かれてしまい、
「オレ様〜♪ ウルフェ〜ル〜、ベリサリオ〜〜〜ッ♪」
「きゃあっ!」
歌いながら放たれるウルフェルのパンチをギリギリ躱すが、拳が地面に当たった衝撃にレイは吹き飛ばされる。
とんでもない破壊力だ。
「無理……このままじゃ……勝てない……」
地面を転がされてもまだ顔の右側から手を離さないレイ。
自分の馬鹿さ加減を嘆く。ティボルトに復讐する、という小さな目的すら達成できずに終わってしまう自分を。
「ひどい……あんまりよ……!」
何が必要なのか完全にわかっている。だから、レイは涙を流す。
思い出さなければならない。
『正直少し思うとこはあるけど、それ以上何とも思わないよ。君を差別する気にはならない』
『種族は自分で選べねェんだ、悪いもクソもねェだろ!』
『暗い事情や伏せた気持ち、言いたくない過去……闇ってのは誰もが持ってるもんだ、それが当たり前だ』
『社会の風潮だけで価値を決めるような、邪悪な人間にゃあなりたかねえもんだ』
『仲間、だから。それに、レイだって、私を助けた……魔導鬼でも、関係ない』
今まで仲間たちから掛けてもらった言葉を。
『ありがとう……レイ。怖かっただろうに……俺に、勇気を出して、見せてくれて……ありがとうな……!』
友との温かな別れを。
「っ…………うあぁぁぁぁぁぁ!!!」
顔の左側にまだ残っていた仮面を、レイは自分で引き千切って投げ捨てた。
赤い肌を。パールホワイトの瞳を。隠すことなくウルフェルと――否、自分と向き合う。
「これで満足!?」
「なるほど……魔導鬼か、ガラハハ! どうりで変わった匂いがするわけだ!」
「匂いって……」
切り裂かれた腹の痛みも今は忘れる。そして小石を二つ拾ったレイはそれを上に投げ、
「女の子の匂いクンスカ嗅いでんじゃないわよ! この変態!!」
それらを杖で打ち、魔法で爆弾に変換。
白き爆発が地面を抉り、ウルフェルの姿は見えなくなる。が、彼は煙の合間から現れる。
「ガルルルルッ!」
「やっ!」
大口を開いて突っ込んでくるウルフェル。鋭い牙で噛みつこうとするが、それはレイが両手で水平に構えた杖に阻まれた。
「くぅ……っ」
勢いに押されたレイは背中から仰向けに倒れる。すると杖に噛みついているウルフェルの体が、レイのすぐ上に浮いている状態に。
「てい!」
「ぐほぁっ!?」
仰向けのまま腹を蹴り上げてやると、ウルフェルは目を見開いて吹っ飛ぶ。
着地するが、
「や、やるじゃねぇか……ガラハハ」
今度はウルフェルの方が腹を押さえている。完全な形勢逆転。そこへ、
「おいウルフェル、大丈夫かよコラ!」
「あ!?」
逃げていたはずのティボルトが、心配になったのか戻ってきた。ウルフェルは彼を逃がすために戦っていたので驚いている。
好都合だ。レイは意地悪な笑顔。
「二人まとめて始末してやるわ!」
その辺の砂を握りしめ、バラ撒く。
レイが何をしているのか全くわかっていないティボルトとウルフェルに向かって、
「喰らいなさい!!」
砂粒たちを魔法で強化。無数の砂が弾丸と化し、まるで機関銃のように絶え間なく二人に襲いかかる――
「うおっ、うわぁ!?」
ティボルトは怯えながらもすぐ民家の陰に隠れる。それでも砂粒は容赦なく壁を貫いてきて、ティボルトは頭を抱えて丸くなるしかなかった。
「ごぅふぉぉぉッ!!?」
回避の間に合わないウルフェルは、全身に砂粒の乱打を浴びる。浴びる。浴びる。
強化したとはいえ、たかが砂なので獣人を蜂の巣にするほど威力は無いが、意識を飛ばすくらいわけはない。
と思いきや、
「うぅ……ゲホ、ゴホッ……ぜぇ……ぜぇ……!」
「ウ、ウルフェルもう立つなオラ!」
横殴りの砂粒の嵐が止むと、ウルフェルはフラフラと立ち上がってきたのだ。
レイが「頑丈な奴ね」と呟くと同時、
「ガル、ル……ルァァァ!!」
ほとんど意識を失った白目のウルフェルが、拳を握りしめて突っ込んでくる。
避けるだけなら簡単。だがレイはそれでは終わらず、
「ん? 何だこりゃ、力がみなぎって――ガルルうおぉぉお!?」
レイの横を通り過ぎたウルフェルのパンチを、魔法で強化してやったのだ。
白く光る拳は本人の意思を無視してパワーとスピードが上がってしまい、ウルフェルは自分の拳に引っ張られ、勢い余って民家に激突。
壁から腕が抜けない。そうやって焦っているところに助走をつけたレイが来て、
「でやぁぁぁ――――っ!!」
「ぼ」
豪快な飛び蹴りが後頭部にクリーンヒットし、ウルフェルは上半身を民家にめり込ませてダウン。
続けて振り返り、
「嘘だろコラ……ウルフェル!?」
「終わりよティボルト! そい!!」
倒されてしまったウルフェルを心配して物陰から顔を出してきたティボルトに向け、小石を杖で打ち、魔法をかける。
白く輝く小石が真っ直ぐに飛んでいき、
「や、やめ――ぎゃあぁぁあ!!!」
ティボルトの左頬、そして左耳の下半分を貫き抉っていった。
少し吹っ飛んだティボルトは力無く倒れる。
だが――あれではまだ死んでいない。
「やらなきゃ。あたしがやらなきゃ」
奴が、奴が死ななければこの地獄は終わらない。復讐の連鎖は終わらない。
レイがこの手で終わらせなければ……
「お待ち下さい。ここで終わりと致しましょう」
思考が闇に飲まれたレイを横から呼び止めたのは、一人の若い男。
細身で長身。深緑色のマッシュルームカット、妙に良い背すじ、妙に丁寧な言葉遣い。
「魔導鬼の……レイ・シャーロット様」
だが、その男は弓矢をレイに向けていた。
上半身が民家にめり込んだウルフェル、顔の左側を滅茶苦茶にして気絶するティボルト。
その裏で、また一つ戦いが始まってしまうのだろうか。




