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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第三章 『P.I.G.E.O.N.S.』問題
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第139話 『復讐返し』



 ――走ってくるティボルトが、レイの正面、10メートルくらい離れた場所で止まった。

 彼は釘バットを手放さないながらも両手を上げ、


「……ひ、久しぶりだなオラ! ……色々あったが、今の俺はてめぇと戦う気は」


「いっっっくわよー!!」


「なっ!?」


 きっと『戦う気は無い』と言いたかったんだろうティボルト。

 だが、もう手遅れ。もはやレイの耳は彼の言葉を受け付けない。


 ――レイは、例に漏れずその辺の小石を拾い、空高く投げる。


 そして先端に白い宝玉の付いた、いつもの杖を両手で構える。

 『構える』と言っても、その構え方はまるで――


「おいおい、野球のバッターごっこかコラ? この期に及んでふざけてんなぁ」


 野球でボールを打つときと全く同じ構え方。片足を上げ、相当強くブン回して打とうとしているらしい。

 レイがろくに魔法を使えないことを知っているティボルトは、ただ嘲笑した。


 が、


「この期に及んで、あたしがふざけると思うの? あんた、バカね」


「……!」


「あんたを、ブッ殺すためにやってるに決まってんでしょ!!」


 温かみのない声音と台詞にティボルトは寒気がしたが、あの魔導鬼に何ができるのか。

 どうせ今からやることも、小石を打ってこちらに飛ばしてくるだけだろう。


 そう思い、様子を見ていると、


「はぁっ!」


 カキーンッ――という高らかな音とともに、レイの振った杖が小石を打ち、正面へ飛ばす。


 ティボルトの思った通り。

 さすがに小石を体に当てられる程度じゃ、せいぜいケガするくらい。受けて立ってやろうと思い棒立ちを続けていると、


「っ!?」


 レイが振り抜いた杖の先端の宝玉が、今、白く輝いている。

 同時にティボルトの顔面に向かってくる小石も、白い光を強く放ち始めて、


「うおおおっ!!?」


 目に映る白い光から『殺意』しか感じられなかったティボルトは、怖くなって咄嗟に避けてしまった。

 普通に飛んできていただけの小石が、野球でもあり得ない超スピードになったのだから。


 避けなかったらどうなっていたか。


 それは、ティボルトを通り過ぎた小石の行方を見れば簡単に理解できる。


「え、ええ……!? 家が! 家がぁ!?」


 民家の壁に小石が着弾。すると同時に眩い白い光を帯びる大爆発が起きた。

 衝撃に耐えきれず、民家は爆発の起きた壁を起点にガラガラと倒壊していく。


 ――理解はできるが、信じ難い光景だ。


 特に、何もできない無能な魔導鬼と思っていたレイにここまでのことができるようになったのが、ティボルトの驚きである。


「下位魔法である『支援魔法』だけど、あたしは勝手に『味方をサポートできる』のかと思ってたわ」


 今までだとホープのパンチの威力を上げるとか、そういうことしかできないかと思っていた。

 だが、試してみると違ったのだ。


「そうじゃなくて『自分以外なら何でも威力や速度を上げられる』ってことだったのね」


「な、何だと……」


 人・生物だけではなく、条件が合えば色々な物質を強化できるのだ。


 ――これに気づけたのはナイトの投げかけてきた疑問のおかげ。

 そしてその疑問について深く考えたレイの功績。


 ――レイはこれまで、仲間の筋力、攻撃スピードの上昇だけを行っていたつもりだった。

 だがよく思い出してみると、いつもホープの腕ごと『ホープの短剣』だったり、ナイトの腕ごと『ナイトの刀』まで白く光っていたのだ。


 つまりは小石なんかも強化できるということだが、


「ただ地面に落ちてる石ころなんか、強化しようがないわ。だって置いてあるだけだもの」


 もちろん魔法と共鳴して白く輝くことはするが、何の効果もない。無意味である。


「あと、石を投げようとするあたし自身の強化もできないし……」


 そのルールが変わることもない。

 自分自身を強化することは、この下位魔法では永久にできないだろう。

 しかし、



「『あたしの投げた・打った後の、敵に向かって飛んでいく小石』は話が別よね」



 もうその小石とレイは離れていて関係無いから、魔法をかけることができる。

 そして『飛んでいってる』という動きがあるので、パワーとスピードを強化できる。


「これで殺戮兵器の出来上がり、ってわけね。ま、兵器と言っても『魔法』なんだけど」


「マジかよオラ……!?」


 突然のレイのパワーアップにティボルトは目を見開き、驚きを隠せない様子。


「――あんたがまだ『仲間』と呼ばれてた頃は、よくもやってくれたわね。あたしを執拗に追いかけ回して、理不尽に追い詰めた!」


「……!」


「その過程で無関係なフーゼスを殺して、ホープまで危ない目に遭った!」


「うぐ……!」


 苦い思い出をつらつらと語るレイ。自身の胸を押さえて苦しそうに聞くティボルト。


「あんたの弟が魔導鬼に殺されたって話は、可哀想だと思ったわよ?」


「…………」


「だからって何で、あたしや仲間が黙ってあんたに殺されなきゃいけないわけ!? クソ喰らえ、よ!!」


 ――今となっては苦い思い出も、レイの怒りを燃え上がらせる燃料でしかないのだが。


 宙に投げた三つの小石を、



「とりゃーっ!!」



 杖の一振りで、器用に三つ同時に打つと、


「おわぁぁぁ――――ッ!?」


 まるで散弾銃。

 三つの小さな白き爆弾が、地面で、民家で、空中で、バラバラな位置で爆ぜる。

 伏せたティボルトには当たらなかったが、彼に死の恐怖を植え付けるには十分すぎた。


「……まっ、ま、待ってくれ! ちょ、俺、そんなすぐに殺されるとは思わな――」


「黙ってて! 照準が鈍るわ!」


「ど、どこ狙ってんだ!?」


「あんたの心臓!」


「うわぁぁ!! やめろ、やめ、やめてくれ、ちょっとだけ待ってくれぇ!」


 怖がりすぎて逃げ足すらバタついているティボルトに、情け容赦ない言葉と、追加の石爆弾もう一発をおみまいする。

 走り出したティボルトにはギリギリで当たらなかった。


 この技の欠点は、近づきすぎると自分まで爆発に巻き込まれてしまうことにある。

 こんなリスクの大きい能力、どこかで聞いたことがあるような――


「ちょっと! 思い出させないでくれる!?」


「ぎゃあぁぁぁ!!」


 今度こそ。

 と、走るティボルトの頭を狙ってカキーン、と石爆弾を放つが、頭を下げられて当たらず。


 死にもの狂いで逃げ回るティボルトを見たレイは、


「……新技の説明、あいつに向かってするんじゃなかったわね……メリット無いじゃない。これ」


 自分でやらかしたことに、自分で呟くようにツッコミを入れる。

 そんなことをしていると、



「――手ぇ出すなとは言われたが、殺されそうなダチ放っとけっかよぉ!」



 上から、声がした。

 自分の真上から聞こえたと判断したレイは、見上げることもなく飛び退く。


 次の瞬間、レイが立っていた所に何かが降ってきて、砂埃に包まれた。

 中から埃を切り裂いて現れるのは、



「オレ様ぁウルフェル・ベリサリオ! テメェと違ってティボルトの『今の仲間』だ! ガラハハハァ!」



 灰色の獣耳、体毛、尻尾。尖った鼻先に、口腔に並ぶ牙。

 一瞬フーゼスかと思いかけたが、あの目つきの鋭さ、爪、ガタイの良さから、


「狼……の、獣人ね……!」


「その通り! ガラハハハ!!」


 レイの言うことに頷いた狼の獣人の男――ウルフェル。

 腕を広げ胸を張って豪快に笑っていたかと思いきや、いきなり腰を低くし両足にグッと力を入れた彼は、


「悪ぃが、ティボルト死ぬくらいならテメェに死んでもらうぜ!」


 いきなりレイの目の前に現れ、右手の鋭い爪を大きく振りかぶり、


(えっ、速っ……)


 全くスピードについていけないレイ。できるだけ体を仰け反らせたが――避けきれず。



 バキィッ!!



 レイの顔を覆っている木製の仮面が、爪の一撃で左右真っ二つに。

 時間が、スローモーションに感じられる。その一瞬の中で、



「……あっ」



 真っ二つになった仮面の右側だけ、紐も切れて顔から外れ、落ちてしまったと気づく。


 赤い肌が露出しているのだ。


 誰に見られているわけでもないのに――レイは右手で、ついつい、顔の右側を覆い隠してしまう。


 それが命取りだった。



 ザシュッ――――!!!



 無防備になったレイの腹部を、ウルフェルの二撃目の爪が切り裂いた。



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