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ホープ・トゥ・コミット・スーサイド  作者: 通りすがりの医師
第三章 『P.I.G.E.O.N.S.』問題
149/239

第138話 『全員で掴み取る勝利』



 一人の男が這いずっている。


 その男のすぐ横には、横転したバイク。男は壊れたヘルメットを付けている。

 敵にやられた、バイク部隊の男だ。


「ハァ……ハァ……ッ!」


 バイク部隊とは要するにプレストンの部下なのだが、その部隊の中にももちろん、隊長のようなポジションの人物がいる。


 その名は、


首領(ドン)・リュウゲン……! すいま……せん、部隊は……全滅、し……」


「全滅じゃない。俺がいる」


 這いずる男の目の前に、龍の模様が刻まれたバイクを停めた長身の男――首領・リュウゲン。

 彼は司令塔だというのに、もはや今のバイク部隊で唯一動ける存在だった。


「も……もう一つ……! 首領に謝りてぇ……俺を追ってきてる奴が……いて。もうすぐここに来るでしょう」


「そいつにやられたのか?」


「はい、ウチのバイクを一台奪いやがった……リチャードソン・アルベルトです……『P.I.G.E.O.N.S.』の!」


「ほう」


 ここも危険だ、という部下の決死の忠告を聞き、首領・リュウゲンは頷く。

 そして、



「こりゃアツいぜ!!!」



 彼は天に向かって猛々しく吠えた。

 死にかけの部下の「……は?」という戸惑いの声には耳も傾けないで、


「俺は『熱いバトル』が大好きな男ぉ!! リチャードソン・アルベルトなんて有名人と一戦交えた日にゃ、熱すぎて喜びのあまり失禁しちゃうかもしれないぜ!!」


「…………」


「こうしちゃいられねぇ! こんな屍みたいな部下と話すのなんか退屈だ! 待ってろよリチャードソン・アルベルトぉぉぉ――――」


 ウキウキした様子で首領・リュウゲンはバイクに跨がり、リチャードソンが追いかけてくる方向へと猛スピードで向かっていってしまった。



(最悪の上司だ……俺、バイク部隊なんか入らなきゃ良かった……)



 そんな脳内での言葉を最後に、ガクッ、と男は地面に伏せた。そして絶命した。

 ひどい最期である。



◇ ◇ ◇



「きゃはは……きゃははははっ!!」


 高い声で笑う少女――シャノシェが、兵士の男に馬乗りになっていた。


「死になさいよ、きゃはは、死ねばいい! どいつもこいつも、ね!!」


「ごふっ……」


 既に吐血している男の胸に、シャノシェは医療道具のメスを突き刺す。

 もう幾度となく刺したが、まだ足りない。あと何百回でも刺さなければ、シャノシェの心に溜まった憤りは払拭できないのだ。


「そんなに苦しそうな顔して……もうちょっと待ってよ、すぐ殺してあげるからさ! きゃははっ……あ?」


 もう身じろぎ一つしない兵士の男に飽きてきていたシャノシェは、民家を挟んだ向こう側にある通りから何か声が聞こえると気づく。

 兵士を放置し、慎重に近づき、覗く。


 そこにいたのは、


(知ってる……! プレストン・アーチに、ニードヘル・ギアーズ……何してるの!?)


 特に大都市アネーロ出身の者なら誰もが知っている、特殊部隊『P.I.G.E.O.N.S.』の隊員たちであった。

 どうやら二人は誰かに向かって話しているようだ。


「これが天罰ってやつだよ。イーサン・グリーン……食料泥棒なんかせず、俺に忠誠を誓っていれば、家族ともども無事だった」


「そういうことだね……アタシらと戦う必要なんか無かったわけさ」


 話しかけている人物は、


「う……ゲホッ……」


 シャノシェの知らない人物。どこからどう見てもただの一般人の、中年の男。

 体じゅうボロボロで、地面に伏せたまま立ち上がれない様子だ。


「……待て、プレストン……家族……ともども……? 何か、おかしな言い方だが……」


「おかしくはないさ。俺がチャドに()()()()を出したんだからな」


「ッ!!!」


「事細かに指示しておいた。まずは、助けたり避難させたりする演技をするんだ」


「……!」


「そうして安心したところを、ぐさり、だ。今頃お前の妻も娘も八つ裂きだろう」


「あ……あぁ……!」


「あ、そうだ。チャドにはな、サナ・グリーンの断末魔を録音するように言ってある。だから安心しろ。お前には娘の()()()声だけは聞かせてから死んでもら――」


「お前ぇぇぇぇ――――ッ!!!!」


 イーサンという男が泣き叫び、傷だらけの足でどうにか立とうとする。

 が、立てない。ガクガクと震える膝では、立ち上がってもすぐに崩れるように倒れてしまうのだ。


 微笑んだプレストンが、立てもしない哀れなイーサンの頭に銃を向けた。


「……くそ……くそぉ……サナ……」


 なのに、



「!? ぐあっ!?」



 プレストンが、いきなり叫ぶ。

 隣に立っていたニードヘルが驚き、彼の方を見れば一目瞭然。


 ――駆けつけたシャノシェが、プレストンの肩を後ろから刺したのだ。


 不意打ち。そして刺された痛み。プレストンの顔は苦痛に歪み、銃を地面に落とした。

 四つん這いのイーサンはすかさず銃を拾い、近くにあった燃える建物へと投げ込んだ。


「アンタ、どっから来たんだい!」


「あうっ……!」


 ニードヘルの高速の横蹴りが、シャノシェの下腹部に突き刺さる。

 メスを既にプレストンの肩から抜いていたシャノシェは、躊躇うことなく後ずさり。


 今のニードヘルの蹴り――とんでもない痛みと衝撃だ。


 たった一発しか食らっていないのに、力の差が明確にわかる。

 戦うのが嫌になる。そんな威力と技術、そして嫌らしさの詰まった打撃だった。


「痛ぇ! くっ……ガキが……!」


 プレストンは肩を押さえ、恨めしそうに声を上げる。


「答えな。アンタ、どこの者だい? このイーサンと何の関係がある?」


 自身の桃色の唇を舐め、ニードヘルがシャノシェに問うてくる。

 人との会話が嫌いになった今のシャノシェの、答えは簡潔だ。


「ニックのところ。そのイーサンって人は……」


 少しだけ言葉に詰まったが、



「愛する家族がまだ生きてるなら、大切にしてほしいって思っただけ」



 最後まで答えて、小さな拾い物のメスを構える――二人の特殊部隊員を相手に。



◇ ◇ ◇



 リザードマンの四天王アクロガルドに殴られ続け、同じくリザードマンのダリルは、さすがに体力の限界が近かった。

 両刃斧を握る力も残っておらず、その辺の地面に落ちている。


 今、また一発顔を殴られた。


「ゴフ……」


「ガァッハッハ! 口程ニモネェトハ、コノコトダゼ! サッサト意識ヲ失ッチマッタ方ガ、楽ニナルンジャネェカ!? エェ!?」


「ウア……ッ」


「ソレトモ命ヲ失ウカ、ダナ! ガッハッハ!」


 ――初めからわかっていた通りだった。ダリルでは、アクロガルドの相手にもならない。

 アクロガルドの言う選択肢も間違いない。『敗北』以外に、もう道は無いのだから。


「スグニ殺シテヤル!」


「エッ……? ウワッ、エ!? 尻尾ガ!」


 満面の笑みを浮かべて鋭い牙を覗かせるアクロガルドが、その太い尻尾をダリルの首へと伸ばしてきて、


「ウゲッ……!?」


 尻尾が首に巻きついてきた。

 リザードマンの太く硬い尻尾は、筋肉の塊も同じ。締め付けられてしまえば、それだけで致命傷になるだろう。


 ダリルは同じリザードマンだからすぐには死なないが、


(ヤバイ……! 死ヌ……モウ死ヌ……!)


 頭の中は『死』の一文字に支配され、苦しすぎて声は出ず、視界はチカチカと明滅している。

 今度こそ終わりだろう。


 と思っているのに、


「ガハハハ! 死ネェ!」


「……!? ブゴォオ!!?」


 尻尾の力のみでダリルは宙へ浮かばされ、そのまま脳天を地面に叩きつけられる。

 続けて、


「ドラァァ!!」


「ダバ、ウゴ、ゲボガボォオ!!」


 地面に突き刺さったままのダリルの頭を、アクロガルドはさらに尻尾を動かして引きずり回す。

 そしてもう一度ダリルを地面から離し、今度は胴体を地面に叩きつける。


「ブクブク……」


 口から泡を吹き、白目を剥いたダリルは、完全に戦闘不能の状態だ。

 だが、現実に慈悲など無い。アクロガルドが容赦するはずもなく、


「アバヨ。りざーどまんノ、恥サラシガ」


 握りしめたその拳は、ダリルの脳を叩き潰そうと疼いている。

 拳を振り上げて、



「ッ? ゴガァァァッ!?」



 どこからともなく突っ込んできた()()()()()()()()が、アクロガルドを正面から弾き飛ばし、ダリルの命をとりあえず救った――



◇ ◇ ◇



「クソッタレ、待て!」


 バイクで町を疾走するリチャードソンは、バイク部隊最後の生き残りと思われる男を追跡していた。

 ヘルメットや車体の装飾や模様が他のバイク部隊とは違ってド派手だ。


 ただの派手好きかもしれないが――もしかするとバイク部隊を統率していたという証かもしれない。


 そんな男の向かう先に、


「ん!? ありゃニックか! ナイトも青髪の坊主もいる、無事救出できたんだな……! ってオイ! そっちに向かうなお前さん!」


 仲間たちが見えるが、バイク部隊の男は一直線にその方向へと走っていく。

 奴が銃を構え始めたので、


「させるか!」


「……っ!」


 リチャードソンもリボルバーを構え、奴の構える銃の銃身を撃ち、手から弾き落としてやった。

 とはいえ、


「ちっ……おいニック! バイクが突っ込むぞ避けろぉ!」


 銃が失くなっても、バイクで轢くだけでも十分な攻撃である。脅威に変わりはない。

 リチャードソンの声に気づいたニック、ナイトはそれぞれジャンプしたが、


「ぼ、坊主っ!!」


 ホープは気づくのが遅かった。出遅れてしまい、バイクの男はすぐそこまで接近。

 すると、


「何だ?」


 バイクの男は大きな袋を取り出した。

 その意味がわからないでいるリチャードソンをよそに、


「おわっ……」


「よっしゃ捕まえたぜー!」


 男はホープを轢かずに捕まえると、スピードを緩めないまま彼を袋に詰め込んだ。

 なぜあんな行動を取ったのか。意味はわからないが、彼は走り去ってしまった。


 リチャードソンはニックとナイトの前でバイクを一旦止める。



「坊主が連れてかれちまったが……どうする?」



 突如として誘拐されてしまったホープの処遇を、ニックに聞くために。

 するとニックは不思議そうに、


「どうするってのは?」


「いや、青髪の坊主は助けるべきか? もうあいつは、仲間ってことで良いんだな?」


「ああ……そういう意味か」


 もしもニックが冷めた態度で『あんな奴いらん』とか言うのなら、リチャードソンが必死こいて追いかけるのは無駄となる。

 だから一応聞いておいたのだが、


「バカかてめェら! リチャードソンが行かねェなら俺が行くぞ。あいつァ大都市アネーロに行って、生還した……もう仲間だ!」


 怒ったのはナイトだった。


「おい、てめえにはオルガンティアを仕留める『任務』があるだろうが。勝手な真似は許さねえ」


「だ、だが……」


「少し静かにしろてめえら。俺がまだ何も言ってねえぞ」


 ニックまで怒りそうなムードかと、リチャードソンはヒヤヒヤした。

 が、そんなことはなく、



「リチャードソン――命令だ。ホープ・トーレスを死なせるな。キッチリ助け出して、戦場に引きずり下ろしてやるんだ」


「……了解」



 ずっしりと重く、鋭い命令がリチャードソンの体に染み渡る。

 目をパチクリさせるナイトを無視し、リチャードソンはバイクのエンジンを唸らせるのだった。



◇ ◇ ◇



 ――事情があり、ニックやナイト、ホープたちと別れたドラクとジルは二人きりに。

 ドラクはジルに肩を貸し、この路地裏まで歩いてきた。


 事情とは、


「なぁ、どうしたよジル? 何でそんな体震えちまってんだ? オルガンティアには怪我とかさせられてねぇって話だったのに」


「……ん……」


 ドラクの言うように、ジルの体の震えが止まらないのだ。

 何度理由を聞いても答えてくれないから、ドラクは困っていたのだが、


「トラウマ……」


「は?」


「ごめん。トラウマに、なりそう……」


「い、いや……何がだよ?」


 やっと彼女は口を開く気になったようだ。

 もしかしてまともに喋れなくなった? という仮説も立てていたドラクは一安心。


「ん。血、吸われた時の、あの……体、一気に、冷たくなってく……あの感じが」


「あぁ吸血鬼の吸血かぁ。味わったことねぇけど、想像するだけで鳥肌立つぜオレも」


 決してジルを否定しない。

 というか、できない。ドラクも体験したことのないことを、彼女は突然体験したのだ。


 が、


「一度、やられたけど……あの時、よくわかってなかった。でも、今回……吸われる前から、何されるかわかって、理解してから、だったから……」


 だから恐怖が増幅した。ドラクが来なかったら、本当にあと一歩で死んでいた。


「は? 二回目なのか? 一回目っていつの話だよ」


「……あ」


 ジルは、うっかりしていた。

 肩を抱かないとやってられないくらいの恐怖心で、頭がおかしくなっていたのだろう。



『口止め。しなくて、いいの?』


『……嫌な思いをさせた。しねェよ……てめェの好きにしろ』



 思い出されるそれは『一回目』の直後の、ナイトとの会話だった。

 完全に忘れていたが、これは口外するには危ない話なのだ。


「……ご、ごめん。な、何でもない。忘れて」


「は? いや納得できるかよ! お前なんかおかしいぞジル、マジでどうし――」


 問い詰めようとしていたドラクが不意に横目に見つけたのは、口が止まってしまうほどの光景。


「な……シャノシェ!?」


 仲間のシャノシェが血まみれで、二人の人間から一方的に攻撃を受けている。

 路地裏を出たところ付近で行われる暴力。ドラクはたまらず駆け出した。


 路地から出てみるとシャノシェだけではなく、見たことのない中年の男も血まみれで倒れている。

 ここでいったい何が起きているのか。


 わからないが、


「シャノシェ! 交代だ、あとはオレに任せとけ!」


「……ぐ、ぅ? ドラ、ク……! やめ……余計なこと、するんじゃ……」


「うるせぇな仲間だろ、当然のことだ!」


 トンカチを抜いたドラクが、シャノシェを庇うように駆けつける。

 危なかった――近づいてみるとわかる。シャノシェは完全なる満身創痍で、今にも死んでしまいそうなほど荒い呼吸だったのだ。


「下がってろシャノシェ! こんな普通の人間なんか、オレがちょちょいのちょいのコテンパンだぜ! なはは!」


 ここまでリザードマンや吸血鬼と対峙してきて(運良く)生き残ったドラクにとって、人間相手の戦いなど屁でもない。

 余裕しゃくしゃくでトンカチを振りかぶっ



「だばはぁぁぁーっ!?」



 女が目にも留まらぬ速さで繰り出したパンチが、ドラクの顔面にクリーンヒット。

 鼻血を噴き出しながら転がっていくドラクに、


「『普通の人間』? 言ってくれるねぇ、このニードヘル・ギアーズとプレストン・アーチを前にして」


「ふ……ふぁっ!?」


「アンタもニックのとこの雑魚だろ。まぁ、かかってきたらどうだい? 殺される覚悟があるんならね」


「……!」


 挑発するように手招きするその女は、どうやらニードヘル・ギアーズだという。顔はよく知らなかった。

 まさかの対戦相手を前に、ドラクは。



「えーん、えんえん……」



 泣いた。

 対戦相手に全く恵まれない今日という日を、心の底から呪いながら。


「ドラク……!」


 路地裏からジルも出てくる。どうやら2対2の戦いになりそうだ。



◇ ◇ ◇



 ――キンキンキン、ガキン、キン!!


(これは……ヤバいっしょ……)


 ――キンキンキンキンキンキン!


(四天王ともあろうこの俺が……)


 ――ガキキン! キンキンキン! キキン!


(どうしても……この吸血鬼に勝てるビジョンが見えないっしょ!!)


 それは四天王であるチーターの獣人、チャドの心の叫びであった。

 彼は今なお、グリーン家の住んでいた家の中にて吸血鬼ヴィクターと交戦中。


 爪と刀が幾度となくぶつかり合う。


 が、無限ではなかったらしい。


 最初こそ実力が拮抗しているかのようで、白熱の勝負だと誰もが思っていた。

 しかし、やはり獣人が吸血鬼より優れていることはないのかもしれない。


 チャドは少しずつだが確実に、疲弊してきていた。


 だがヴィクターの方に疲れの色は見えず、それどころか未だに笑みを浮かべて余裕で刀を振り続けているのだ。

 これは不公平というものだ。


 速度を落とさず振られる死の刃をどうにか捌きながら、チャドはこの勝負を有耶無耶にする方法がないか周囲を探す。


 ニコルとサナは、家の中でチャドとヴィクターの戦いを見ながら動けずにいる。

 だがあの二人に利用価値は無い。


 そんな時、


(ん……? あいつは、用心棒ロブロ?)


 チャドは見つけた。

 この勝負から離脱しなければならない、明確で、そして正しい理由を。


「こんな戦争中にプレストン様のお側から離れるなんて、腰抜けも大概にするっしょ! ロブロ! 俺が制裁を加えるっしょ!」


「あ!? おい、キミ、ようやく面白くなってくるかと思ったら……」


 自慢の俊足で外へ飛び出していってしまったチャドに、ヴィクターは呆気にとられたが、


「今さら逃げ出すの? ……面白くない!!」


 すぐに感情は怒りに染まる。

 ロブロとかいう奴を追っていったチャドを追い、ヴィクターも外へ。


 すると、どうやら若草色のポニーテールの女が、壁を登る鉄兜の男を銃で狙っているようだった。

 そこへ、


「邪魔っしょ!」


「わ〜おっ! 誰ですか急に〜!?」


 チャドが回転しながら爪を振り回す。女は仰け反ってそれを躱している。

 女が撃たない間に、ロブロとかいう鉄兜の男が壁の取っ掛かりを上手く利用し、乗り越えて外へ逃げていった。


「逃がさないっしょロブロ!」


 叫んだチャドは信じられない速度で壁を登り、越えていった。


「さ、先を越されました〜! ロブロを殺すのは私です〜っ!」


 女も壁へと走っていくが、


「キミも敵かな!? 邪魔だ!」


「うわ〜〜!?」


 同じく壁を目指すヴィクターの進行方向に入ってきたので、女に回転斬りを仕掛ける。

 女は飛び退いて避ける。


「誰です急に〜! 撃ち殺しますよ〜!?」


「やれるもんならやってみなよ、ボクの用事は壁の向こうにあるからね」


 一言だけ話して、ヴィクターもチャドに負けず劣らずの勢いで壁を乗り越える。

 そして――出遅れたメロンも、何とか壁の取っ掛かりをよじ登って壁外へと進むのだった。



◇ ◇ ◇



「えっ……と……?」


 チーターの獣人も、サイコパスな吸血鬼も、突然いなくなってしーんとしてしまった家の中。

 取り残されたのはニコルとサナの母娘。


「ママ、ボーッとしてちゃダメー!」


「はっ……そ、そうね。じゃあ……パパを探しにいきましょう」


「うん!」


 先程まで、亜人たちの異次元の戦闘が目の前で繰り広げられてたというのに、サナはまるで賢者のように冷静だった。

 しかも今も、母親の手を握り、先行している始末だ。怖くないのだろうか。


 そう思いながら、もう使い物にならないほど崩壊した家から抜け出すと、


「いたっ!?」


 ニコルは突然、誰かに横から押される感覚に襲われた。

 いや感覚ではなく、


「サナ・グリーン……お前だな。ホープと話をしてたっていうガキ」


「うん、サナだよ……え、ホープおにいさん? おにいさんがどーしたの?」


 あれはシリウスだ。

 シリウスが、ニコルに体当たりをして倒した後、一人になったサナに話しかけているのだ。


「ずいぶん楽しそうに話してたと……他の同志から報告があったのを思い出した」


「?」


 何もわかっていないサナに対し、シリウスの口調は常に不穏。

 そして、



「その命、使わせてもらうぞ」


「わーっ!!」



 彼はサナを無理やり抱え、どこかへ走り去っていってしまった……



◇ ◇ ◇



 とある民家の屋根の上。

 四天王のエルフ、フローラは弓矢による狙撃を続けていたのだが、


「あちゃー、爆煙が多くて狙いが定まらないわね。これは失敗失敗」


 いくら視力が並外れていても、煙で周りが見えないのでは敵を狙撃しようもない。

 エルフは超能力者ではないのだから。


「お」


 と、ここで煙の晴れたところから、ちょうど良く見える人影。

 フローラが凝らした目に映るその人物は、


「ニック・スタムフォード……これは大物ね! 狙わない手はない!」


 サングラスにリーゼント、ワイルドで荒っぽい感じの風貌。

 間違いなくニック・スタムフォード。この戦争の主役の一人とも言える。


 仕留めれば大手柄。

 フローラは「やっぱ狙うなら敵のボスよね!」と目を輝かせ、弓を構える。


 矢を放つため手を離す、その刹那――


「…!」


「なっ!? 誰あなた!」


 背後から殺気を感じたフローラは弓矢の引きを解除し、飛び退く。

 ギリギリで振られた剣を躱せたが、


「…」


 ロン毛にロングコートで口元を隠すその男に、見覚えは皆無。

 ただ、耳は尖っていないし、何となくの雰囲気からでも人間だとわかる。


 そう危険視することもないはず。フローラは小型のナイフを構えた。



 ――ナメられている。



 無口な男――エディは、リーダーのニックが射殺される直前に敵を止めることに成功。

 耳が尖っていることから、相手はエルフという人外の種族だろうか。


 しかし、さすがに人外だろうとそんな小さなナイフを武器とするような者に、負ける気はしない。


 エディは腰から剣の鞘を手に取り、空高く投げる。


「は……!?」


 エルフの女は、鞘を投げるというエディの奇行に驚き、出遅れる。

 エディは風のように走り出し――まず一撃目。


「きゃっ!?」


 まるで水面のように滑らかな横一閃でナイフを弾き、エルフの手からナイフを叩き落とす。

 エルフは素早いバックステップ。同じ民家の屋根の上に着地し、弓矢を構える。


「…!」


 矢が放たれる。そしてエディの二撃目。


「ちょっ……え??」


 正直、八割くらいは勘なのだが、剣を斜めに振り下ろし、飛んできた矢を正面から真っ二つに叩き斬った。

 一歩、踏み出す。エルフとの距離が縮まる。


「来ないでよ!」


 エルフは軽やかなバックステップで、後方の民家の屋根に着地。と同時に矢が放たれる。

 エディも建物から建物へ飛び移る途中で、三撃目。


「…」


「反則よそれ! 反則……来ないで!」


 空中の自分の足に矢が当たる寸前、剣で薙ぎ払うようにして防ぐ。

 そうして無事に着地し、


「…!」


「いやぁぁ!!」


 四撃目。

 エルフの胸部から腹部にかけてを丁寧に、そして深く斬りつけ、背後へ回る。


「けほっ……」


 エルフは口からも血を吐き、倒れる。

 そこは屋根で斜めになっているので、エルフは転がっていき下の大地へと叩きつけられた。


 パシッ。


 エディは落ちてきた鞘をキャッチし、胸の前で剣を納める。

 ――彼は知らないが、あっさりとこの町の『四天王』を討ち取ってしまったのだった。



◇ ◇ ◇



「何で……急に止まった?」


 それはバイクを止めたリチャードソンの質問だった。

 町の中のとある広場にて――ホープを攫ったバイク部隊の男は、逃走するのをやめたのだ。


 もちろん、ホープもまだ彼の持つ袋の中に閉じ込められているままで。


「そりゃ決まってるさ」


 バイクから降りた男はヘルメットを外し、


「俺は首領(ドン)・リュウゲン! 熱いバトルが大好きな男だからだ!!」


「は? 熱い……なんだって?」


 リチャードソンは自分がいきなり難聴にでもなったかのような気分に。それほど信じ難い台詞だったわけだが、


「熱いバトルが大好きな男ぉぉぉぉ!!!」


「うるせぇな!」


 疑いようもなく、首領・リュウゲンとかいうあの男は頭がおかしい。

 自分の耳がバグったわけじゃないのだと、おっさんのリチャードソンは胸をなで下ろした。


「胸をなで下ろしてる場合じゃねぇぞぉ!? おいオッサン!」


「あぁ、そうだよな。リュウゲン、悪いんだがその坊主を放してもらえるか」


「リュウゲンと呼ぶな! 俺は首領・リュウゲン! 熱いバトルが大好きな男ぉぉぉぉ!!!」


「だからうるせぇって! いちいち叫ぶな!」


 リボルバーを所持しているリチャードソンが、なぜ銃を落とした首領・リュウゲンと戦わないのか?

 それは簡単なことで、


「なぁ、袋にナイフ突きつけるのやめてくれや。何もしねぇからよ」


「やだねー!」


「お前さん何が望みだ? ん? おっちゃんにできることなら、ある程度聞いてやるが」


「悪くねぇスタンスだな! 何しろ俺は熱いバ――」


「熱いバトルが好きな男だろ!? もうわかってるから叫ぶんじゃ――」


「ノンノン! 大好きな男ぉぉぉぉ!!!!!」


 リチャードソンは頭を抱えた。

 奴と話せば話すほど、耳が壊れそうだしストレスが溜まっていく。

 好きなだけ喋らせてやるのが得策だろうか。


「熱いバトルの極意、それは……戦う者のバックストーリーにあり! だから聞かせろ!」


「……っ!?」


「お前は何故この少年を助けたいんだぁ!? そこには大きく深く重い理由があるに違いねぇ! そうだろう、リチャードソン・アルベルト!」


「……なんだ。……俺が誰だか知ってたのか」


 首領・リュウゲンという男が何を求めているか、それは今のでだいたい理解できた。

 だから、リチャードソンは語る。思いつくだけ語る。



「俺とその青髪の坊主に、直接的な関係性ってのはさして無ぇよ」



 ――ホープも袋の中からそれを聞いていた。

 確かにそうだ。リチャードソンとはそんなに会話することもない。

 唯一、長く一緒にいたのは大都市アネーロに行った時くらいか。



「でも、『仲間』であることはもう揺るがねぇ……と思うぜぃ。ニックが認め、ナイトが認めた、本物の男だからな」



 今はそういう印象なのか、とホープは袋の中でしみじみ思う。



「俺たちはまだ、仮面の嬢ちゃん然り、出会ったばかりだ。でもだからって邪険に扱っていいわけじゃない。逆だ。若く、まだ駆け出しだからこそ、お前さんらには奪わせん」



 首領・リュウゲンは腕組みをして、無言でコクコクと頷いたりしている。



「ウチのグループは……よく人が死ぬ。これからも死んでいくだろう」



 この戦いの中では死ぬな、とニックは仲間たちに叫んでいただろうか。

 でもそれはこの厳しい世界に求められる最大級の願いであり、それすら達成できるかまだわからないぐらいで。



「結局、弱者の集まりなんだ。だから俺たちには一致団結が必要不可欠。この戦いでも助け合って、全員で勝利を掴み取らなきゃならん」



 リチャードソンはニックと比べて弱々しい、女々しいイメージがあったりするが、中身はニックに負けず劣らずの熱い男のようだ。



「もう、一人も欠けちゃならん。たとえその袋の中身が、ニックが、ナイトが、そして俺が――認めた奴じゃなかったとしても、な」



 先程リチャードソンは、ニックやナイトがホープを認めていると語っていた。

 それが正しいなら、今の台詞の意味を理解するのは容易だろうか。


「す、素晴らしい……素晴らしいスピーチだったぜぇぇぇぇ!!!」


 首領・リュウゲンは興奮気味に足をバタつかせ、リチャードソンへ拍手を送る。

 そして、遂に。



「リチャードソン・アルベルト……武器なんか捨てて、俺と殴り合おうぜ! これぞ熱いバトル! 魅せてやろうぜぇぇぇ!!」



 彼はバイクを横へ捨てるように倒し、ホープの入った袋も、ナイフも放り投げた。

 ステゴロタイマンに誘われたリチャードソンもリボルバーを手に取って、



「断る」


「……え?」



 引き金を引いた。


 次の瞬間、首領・リュウゲンの胸から血が流れ、呆気なく倒れた。

 首領・リュウゲンが死に、バイク部隊が全滅した瞬間である。


 リチャードソンは袋からホープを出す。


「……いきなり大変な目に遭っちまったな、坊主。ケガしてないか?」


「あぁ、大丈夫。ありがとうリチャードソン」


 ホープは、リチャードソンの語ったことを聞いて、正直何を話せばいいのかわからなかった。

 だからとりあえず、



「おれのことは……あんな風に見えてたってこと?」



 当たり障りない質問。

 リチャードソンは悩んだりもせず、すぐに頷いている。


「ま、大体な」


「…………」


「……時にお前さん、友達は多かったか? 答えたくねぇならいいが」


「!」


 最近ホープがあまりしていない種類の会話『雑談』。それがリチャードソンから突然始まり一瞬困惑したものの、


「いなかった」


 別に、気を悪くするでもなし。ホープはただ答えるだけだ。


「ふぅん、そうか。()()()()昔はそうだったらしいぜぃ」


「……へぇ」


 意外というほど意外でもない。

 強いて感想を言えば、あんなにも完成された頑固ジジイにも昔があったのだな、という気持ち。


「あー……こりゃ、友達が多くったって間違えがちなことなんだがな?」


「うん」


「お前さんも勘違いしてるかもしれんが――『仲間』とか『友情』『絆』ってのは、最初からあるもんじゃない。時間とともにできてくものだ」


「……!」


「だから、もうちょっと長く、人に寄り添ってみろ。避けてばかりじゃ何も変わらん。好きになれそうな人がいりゃ、嫌にならない程度に関わってみることだ」


「……うん」


 よくわからない。


 よくわからないが言われてみると、確かに勘違いしていたような気もする。

 最初から何もかもを人に期待しすぎていた、かもしれない。ホープにもそんな面があったかもしれない。


 何もかもに迷っているホープに、リチャードソンは助け舟を出してくれた……のか?

 とにかく、言葉の数だけホープのことを気にかけてくれているということだろう。


「さて、俺はもうちょっとこのバイク借りて暴れ回ろうと思うぜぃ。お前さん、どうする?」


「……おれは」


 忘れそうになったが、今ここは戦場だ。


 死んではいけない、という任務だけを背負っているホープだが、もしかしてこのままずっと隠れていた方が良いのでは――




「ホープ・トゥ・コミット・スーサイドぉぉぉ!!! 出てこい!! サナ・グリーンの命を預かってる!!」




 え……?


 ドクン、とホープの心臓が大きく跳ねる……そう遠くない距離から聞こえた。


 リチャードソンも放置したまま、ホープはフラフラと声のした方へ向かう。


 ――大通りの真ん中、そこにいた。



「ホープおにいさん……?」


「会いたかったよホープ。お前みたいな悪魔野郎が助けに来るとはな、ロリコンだったのか?」



 ホープは彼らが誰かわかった。

 サナは当然だ、グリーン家の娘。風船を取ってあげた幼い女の子。


 彼女にナイフを突きつけるのは、ダンという若い男。

 その横にいるのは、左腕を失っている小太りの中年男カスパル。

 そしてホープを呼びつけ、今も憎しみの込められた目で睨んでくるのは、シリウス。


 三人ともよく覚えている。

 ――ベドベをリンチし、殺した集団の筆頭だったのだから。



「行こうぜ、ホープ。燃える『中央本部』で、俺たちがお前を処刑して終わらせる」


「…………」



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