第137話 『任務』
筆が乗ってきた(大嘘)
…すいません。もう調子乗りません。今後もマイペースです…
「ぐぅう、うう――ッ!!」
ドラクの命を救うため『破壊の魔眼』をフルに使ったホープは、問答無用の右目の痛みに苦しむことになる。
片膝を地につき、血の噴出する右目を手で押さえる。
「ぎゃああああ――――」
聞こえるのはドラクの悲鳴。
彼は今、宙に浮いている。オルガンティアに抱えられていたから爆発を食らっていないが、凄まじい爆風に吹っ飛ばされているのだ。
(おれのせいだけど、ずいぶん高く飛んだな……おれがキャッチしたら二人まとめて潰れるか)
ドラクを死なすわけにはいかないが、ただの人間だから不可能。
落ちてくる彼を受け止めるのは、こちらへ向かってきているはずのナイトに任せる他無い。
それに今は――――今だけは、ホープにも死ねない理由がある。
(なのに、マズいな。やっぱりこの場で一番早く動けるのは……)
左目のみで見上げる先にいるのは、空中でジタバタするドラクだけではない。
「お……のれ……! ただの、人間が……!!」
吸血鬼オルガンティアが、意識を取り戻し翼をはためかせ、体勢を整えていた。
異常なスピードで急降下した彼は、ホープがまばたきを一回する間に地面へと降り立つ。
距離は遠いが、ホープは殺意の塊と相対する。
ホープの脳内に、先程ニックから課せられた『任務』の内容が過る――
◇ ◇ ◇
それは、ナイトが『列車』の上で無双している最中の会話。
あの時ホープとニックは二人きりだったのだ。嫌な予感はしていたが、
「……ホープ・トーレス。まさかてめえ、このまま俺から逃げられるとでも思ってたか?」
「急に何? お前を鉄格子から救ったのは、おれだ」
走りながら、ニックが思い出したかのように因縁を口にする。
嫌な顔をするホープに、
「言うじゃねえか。身柄は確かに救われたが、それ以外が全て汚されただろうが」
「まぁ、それはそ――」
「てめえには『任務』をくれてやるよ、リーダー直々にな。光栄に思え」
「……は?」
ホープの台詞を聞く気も無いようで、ニックは食い気味に言ってくる。
当然、彼はホープの否定の言葉も待たない。
「この戦いの中で、もしもてめえが死にやがったら――仮面の女レイ・シャーロットを殺す」
「!!!」
あまりにも唐突で、あまりにもピンポイントで、あまりにも……あまりにも残酷。
ホープの走っている足は自然に止まり、呼吸まで忘れそうになっていた。
「はっ……なん、で……」
強がろうとしても、肝心の強い台詞が口から出てこない。
余裕のない笑顔と震えた声しか、出ない。
ホープと同じように足を止めたニックがこちらを振り向かず、
「てめえには向上心ってもんが無えだろ。目を見りゃわかる……普通の人間なら誰しも持っている『死んでたまるか』って野心を、微塵も感じねえ」
「っ!」
「そして……レイとの関係が、グループの他のメンバーとは少し違うこともわかってる。まあ、他の奴らより付き合い自体が長えだろうしな」
「っ! っ!!」
図星、図星、図星。
この男がこんなにも勘の良い、鋭い男だったとは予想外である。
ニックが何もやり返してこないとは、もちろん思わなかった。
プライドの高い奴だから、何かしら嫌がらせをしてくるとは予想していた。
その予想がありながらもホープは覚悟を決め、彼に土下座をさせてやった。
――まさか、まさかレイを出してこられるとは考えが及ばなかった。
「…………」
「ふん、何も言えなくなっちまったな。俺に謝罪させて大物ぶりやがって――残念だが、てめえなど俺にとっちゃあゴミクズも同じ」
「……っ!」
「わかったら、愛する彼女のため、死なねえように頑張るんだな――ホープよ」
◇ ◇ ◇
――――こうしてホープは『死んではいけない』という任務を背負うことに。
実質、レイを人質に取られたようなものだから、何も言い返せまい。
ニックの言葉が冗談に聞こえることもない。
あの男はやると言ったらやるだろう。ホープが死んだ後、レイの脳みそをブチ抜く景色が簡単に想像できる。
だから……死ねない。今だけは。
こんな時に限って、
「人間風情が……俺に何をしたッ!!」
怒り狂うオルガンティアが、地を蹴ってホープに突撃してくる。
二本の剣が、ホープの命を刈り取らんと迫りくるのだ。
(足音は聞こえるから、ナイトも向かってきてるみたいだけど……ほんの一瞬は間に合わない)
つまりホープは、ほんの一瞬だけ、オルガンティアと戦わなければならない。
戦うと言っても、どこまで行っても時間稼ぎでしかないわけだが。
ほんの一瞬の時間稼ぎ――これが人間相手のものであれば、そこまで恐れることはない。
しかし、相手は人外。
一太刀でも受けたら致命傷、もしくは死ぬ。
ほんの一瞬だけ死なずに時間を稼ぐことが、右目を除いてただの人間であるホープにとって、どれだけ難しいことか。
「死ねぇ!!!」
嫌だが、奴の攻撃が始まってしまう。
ホープは自身の斜め後ろに民家があることを確認し、息を吸う。
右目を押さえながらも片膝立ちのホープは、左手に土を握る。なるべく多くの土を。
どうせ息つく暇も無くオルガンティアが距離を詰めてくるだろうと知っていたから、
「ふっ!」
体感的には全然オルガンティアに近づかれていないが、土を前方にバラ撒いた。
すると次の瞬間には土を被ったオルガンティアが目の前に現れる。
ちょうどいいタイミングだったのだ。
「せやぁぁッ!」
風圧を感じるほど、力強く剣を振るうオルガンティア。
土が目くらましとなって少し斬撃の軌道がズレた。
(危なかった)
そのため、僅かに横に移動しただけのホープでも攻撃を避けられたのだ。
ここからは推測でしかないが――オルガンティアはホープを殺すつもりで剣を振った。空振りはしたが、奴は一瞬、ホープを斬った気になるはず。
だがそこにホープは不在。土をかけられたのも相まってオルガンティアは一瞬だけ混乱し、動きが止まるはずだ。
この推測が当たると信じ、ホープは少しでもオルガンティアを遠ざけねばならない。
「おぉ」
ホープのすぐ横には、空振ったオルガンティアの体が浮いている。
奴が動かない内に一歩踏み出したホープは、奴の横腹に両手を当て、
「ぉああっ!」
ありったけの力を込めて押し出し、斜め後ろにあった民家の窓へと投げる。
投げるというか、オルガンティア自身の勢いを利用して突っ込ませただけ。
「ぐ」
豪快に窓ガラスを破って民家の中へ転がり込むことになったオルガンティアだが、
「小癪、なぁぁ――――!!!」
直後、民家の中で彼は滅茶苦茶に剣を振り回し、驚異的なパワーとスピードでその民家を内側から細切れにしてしまった。
彼にとって、ちょっとした建造物くらいは障害物にもならないらしい。
崩れゆく瓦礫の合間を縫って、鬼神の形相を携えたオルガンティアが飛び出す。
その凶刃をさすがに避けれないホープだが、
「……く、来たか……ナイトさん」
「おォ。この青髪、俺の……知り合いなんでなァ」
ホープを守るように、オルガンティアの前にナイトが立ちはだかった。
剣と刀の鍔迫り合いになるかと思えば、続くように数発の銃声。
足元を狙ったそれを、オルガンティアは瞬間移動のようなスピードでバックステップし躱す。
「俊敏だな。ウチの吸血鬼どもより速えんじゃねえか、てめえ?」
「ニック・スタムフォードか……邪魔だてを」
援護射撃したニックが、ホープの横に並ぶ。同時にナイトが駆け出し、
「ぁああああ――ぶっ」
落ちてきたドラクを空中でキャッチした。
さらに、
「にしても青髪ィ、よくやったなてめェ」
「ナイトの言う通りだ。吸血鬼相手に時間稼ぎできる人間など、そうはいねえぞ」
違和感は置いといて、とにかく二人してホープを褒め称えてくれたようだった。
◇ ◇ ◇
ナイトから下ろしてもらったドラクは、自分がほとんど無傷であることを声高々に主張してから、
「いやぁ、助かったぜお前ら! マジで人生終了待ったなしかと思ってたわ……そうだジル! ジルお前血ぃ吸われてたんだな、大丈夫か!?」
「……ん、今は……」
ドタバタと駆けつけ、仰向けから起き上がろうとするジルを手伝う。
今や彼女の首元に傷は残っておらず、安心するドラク。そんな二人を見て、
「血ァ返してもらったんだな。そりゃそうか……それがルールだったもんなァ」
しんみりとした表情で呟いたナイトが、その流れでオルガンティアへと目を向けた。
当のオルガンティアは白々しく首を傾げる。
「……何の話ですか?」
「人間から血を提供してもらってる最中に何らかの妨害があれば、その時貰った血ァすぐに返し傷を塞ぐ――あの男の指導だろォが。癖で出ちまったんだてめェ」
「よくわからんですね」
ナイトとオルガンティア。二人の吸血鬼。
彼らのやり取りは意味不明であり、ホープもニックもドラクもジルも、頭の中には疑問符しか浮かばない。
「おい。単刀直入に聞くが、ナイト。てめえと、そこのオルガンティアって『四天王』とは知り合いか?」
リーダーとして納得のいかないニックが、誰よりも先に問う。
ナイトは表情を曇らせながらも「……そうだ」と確かに頷いた。
「なら、あと二つ聞かせろ――あいつは元々てめえの何だった? 敵か味方か?」
「……味方だ」
「オルガンティアはてめえの勝てる相手か?」
「……あァ。過去あいつに何度も挑まれたが、負けたことァ一度も無ェよ」
質問に答えたナイトの最後の言葉は、彼とは思えないほど頼もしいものであった。
が、無言で聞いていたオルガンティアは不満そうに顔を歪め、
「それは、昔の話だろうが――――ッ!!!」
獣の咆哮かと勘違いしそうな気迫で、ナイトに向かって叫んだ。
「お仲間さんの前で悪いですが……今のあんたにゃ負ける気がしません。ナイトさん」
「……あァ?」
「知ってますよ、あんたは終わってる。でも俺はそうじゃない。今日までずっと修行を積んできた」
そんな台詞に顔面蒼白のナイト。それに追い打ちをかけるようにオルガンティアは「だからもう負けません」と言い切った。
さらに無意識に追い打ちをかけてしまったのは、
「……ナイト。もしかしてさっき吹っ飛ばされたりしてたのは、オルガンティアに?」
「ッ!」
ホープだった。
気になっていた、ニック救出の直前にナイトが遠くから降ってきた時のこと。
点と点が繋がった気がして、単純に聞いただけだったのだが、
「あはははっ! こりゃ何も言えないですよねナイトさん! あははは!」
「黙れてめェ」
「だって、さっき俺に散々ぶっ飛ばされてたの事実じゃないですか! あはは!」
ナイトがオルガンティアに馬鹿にされてしまい、挙げ句の果てには、
「ほお……ぶっ飛ばされてた、と……?」
「ッ!!」
聞かれてはいけない男――ニック・スタムフォードが、サングラスの奥で目の色を変えた。
顎に手をやって少しの間考えていたニックは、何か思いついたのか口を開く。
「ったく、どいつもこいつも、ウチのグループはどうしようもねえ奴らばかりだ――ナイトにも『任務』を課すとしよう」
前に立っていたナイトは、表情を強張らせて振り返ってくる。
その目は、まだ覚悟の固まっている目だとは到底思えないものであったが――
「オルガンティアを必ず殺せ。今はもう敵だ、同情するんじゃねえぞ。確実に息の根を止めろ」
「……!」
「でなけりゃ――ドラクもジルも、ホープも、俺の手で殺す。わかったな?」
現時点で勝てるかどうか、不明確な相手への『絶対の勝利』。
そして元仲間という迷いを振り払い『トドメを刺せ』という無慈悲。
それが、ニックがナイトに課した『任務』であった。
◇ ◇ ◇
「もうこの町もすっかり戦場だな」
「あぁ。あちこちで兵士とやり合うし、肝心のプレストンもニードヘルも見つからねぇし、面倒くせぇなオイ」
二人の若い男が小声で話しながら、火の手と爆発音が上がる町中を駆けていく。
シリウスとダン――『同志たち』の筆頭である彼らは、こっそりとプレストンやニードヘルを始末するつもりだったが、もうそれは叶いそうになかった。
そんな中で辿り着くのは、これまた火の手が上がり始め、列車の突き刺さった『中央本部』で――
「なっ……まさか、カスパル!?」
建物の近くには、左腕を失って地面に転げる同志カスパルの姿が。
モゾモゾと動くだけの彼に駆け寄って抱き起こし、
「ク、クソっ、誰にやられた!? カスパル、おい! 他のみんなは!?」
感情が爆発しそうなのをどうにか、どうにか抑えながらシリウスが問う。
カスパルは目を開けて、
「吸血鬼……だ」
「オルガンティアってことか!?」
「いや違う……あれは、そうだ……前にホープやニックと一緒にいた奴だ」
「っ! あいつか……!」
「列車に乗ってた他の同志も……あいつにやられちまった……すまんシリウス、ダン……」
切り飛ばされてしまった左腕が痛むだろうに、カスパルは涙ながらに謝罪。
それを見たシリウスに湧いてくるのは――怒りだけだった。
その時、
「ひゃはぁ! 聞いてるぜ、お前ら謀反者だってなぁ! 死ねシリウス〜!!」
そこへ突っ込んでくるのは、金属バットを構えるバイク部隊の一人。
筆頭であるシリウスを討ち取って名を上げようとするその男だが、
「邪魔すんじゃ、ねぇぇぇ――――っ!!!」
まさかのバイクへ正面から走っていくシリウスは、ぶつかる直前に跳び上がると、
「おぼぁぁッ!?」
メリケンサックを装備した拳を真っ直ぐに放ち、バイク部隊の男のヘルメットを突き破る威力のパンチが炸裂。
一撃で絶命して落ちた男をよそに、暴走していったバイクはシリウスの後方で建物に衝突し爆発を起こすのだった。
「ダン、カスパル! 行くぞ……プレストンやニードヘルは後だ!」
ダンがカスパルに肩を貸し、二人で立ち上がる。視線の先にあるシリウスの背中が、とても大きなものに見えた。
「ホープを殺すんだ……探し出すんだよぉ! もう絶対に生かしちゃおかねぇ!」
それはそうだ。
若きシリウスの背負う『任務』は、誰よりも大きいのだから。




